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新型コロナ、未だ手付かずの倫理的課題は? 専門家会議のメンバーが問いかける

新型コロナウイルス流行対策で試行錯誤し、忘れられがちな倫理的課題。日本感染症学会がネット配信したシンポジウムで、政府の専門家会議委員の武藤香織さんが問いかけました。

新型コロナウイルスの流行拡大を食い止めようと、試行錯誤の対策が打たれる中、忘れられがちなのが倫理的な課題だ。

限られた人工呼吸器は誰を優先するのか、感染者やその家族、自粛要請を聞き入れない人への差別やバッシング、感染対策と社会経済的なデメリットのせめぎ合い、個人情報の取り扱いーー。

4月18日午後にウェブで生中継された日本感染症学会のシンポジウムで、こうした課題について早急に議論を始めるべきだと訴えた東京大学医科学研究所公共政策研究分野教授で、政府の専門家会議委員の武藤香織さんの講演内容をお伝えする。

※講演は18日に行われたが、19日、20日朝にメールや電話で追加取材をして内容を補足している。

新型コロナの医療倫理的に関する課題とは?

専門が医療社会学の武藤氏は、専門家会議の中で、新型コロナの流行に関する医学的な検討を、どのように社会の中で実効性のある対策に落とし込むか意見を述べてきた。

新型コロナに関する倫理的、法的、社会的課題には、いくつか種類がある。

「新しい科学技術の成果を応用する際に考えるべき倫理的法的社会的課題を科学者と一緒に考えるという研究領域があります。これは一つの研究のジャンルで、ELSI(エルシー)と呼ばれます」

「ヒトゲノム研究から始まり、幹細胞研究、ナノテクノロジーなどで発展しており、その分野でELSIといえば通じるところがありますが、感染症分野では余り研究されることなく今日まで来ました」

武藤氏によれば、日本では必ずしも新しい科学技術だけでなく、幅広い分野で用いられるそうだ。

武藤氏は、新型コロナにおいて考えるべき論点の例をいくつか示した。一つ目は「医療倫理からの課題」だ。

「この病気の医療は始まったばかり。そもそも、自分が患者になる自覚がないまま過ごしている人も多い。症状が出た時にどこに問い合わせ、何をして待てばいいのか。相談センターから紹介された病院にどういう手段で行けばいいのかなどを考えたり話し合ったりすることが必要です」

さらに、他の病気のように、患者や家族にわかりやすい一般的な説明が、新型コロナウイルス感染症ではまだ確立されていないことを指摘した。

「患者さんたちから出ている戸惑いは、例えば『軽症』のニュアンスが違うということです。医師が『軽症』『中等症』という言葉で思い浮かべることと、一般の人たちにとっての『軽症』『中等症』は全然違います。そのイメージのギャップにも問題がありそうです」

例えば、新型コロナで肺炎となった状況を挙げる。

「『肺炎』という時に、これぐらいの肺の病状だったら軽症だ、と医師の中でイメージがあるとしても、患者の方ではいろんな思いがあるとお聞きしています」

患者の体験談が散発的に報道されていることも、病気のイメージに影響を与えていると指摘する。

武藤氏は4月1日に専門家会議が出した「状況分析・提言」でも、「新型コロナウイルス感染症を経験した患者や家族などから体系的に体験談を収集し、情報公開する取り組みにも着手すべきだ」という意見を述べている。

限られた集中治療、誰に振り向けるべきか?

また、人工呼吸器など生命を維持するための医療機器の台数が限られている中で、感染者の増加に伴い重症者が増えていけば、治療するべき人の優先順位をつけること(トリアージ)が必要となる。

「限られた集中治療の資源をどう配分するかについて、医療現場としてはトリアージを考えなければいけないタイミングが迫っています。 しかし、どのように決めていけばいいのか。優生思想の観点からの懸念も表明されています

例えば、症状の重さではなく年齢で区切るのか、障害のある人が見限られるのではないかなどという懸念だ。

■生命・医療倫理研究会 「COVID-19の感染爆発時における人工呼吸器の配分を判断するプロセスについての提言」(2020年3月30日)


■障害学会 「新型コロナウイルス感染症と障害者に関する理事会声明」(2020年4月6日)

■参議院議員 舩後靖彦「新型コロナウイルスの感染拡大に伴う『命の選別』への声明」(2020年4月13日)

「緊急事態に限定した考え方について、タブーにせずに話し合う必要があります。このままだと、追い込まれたそれぞれの医療現場が決めざるを得ません」

「この2ヶ月ぐらいいろんな場所で訴えていますが、どこで議論して決めるべきことなのか、なかなか議論が進みません。関連学会で検討会を設け、幅広く意見を聞いて議論することが必要だと思います」

さらに他の診療科の一部から、診療が圧迫される、新型コロナの患者を受け入れたくないという声も聞かれているという。

「こういうことでは医療全体の調和が取れませんので、気になるところです」

感染症対策のために私権をどこまで制限できるか?

また「公衆衛生倫理」からの課題もあるとする。

「代表的には公衆衛生対策のために私権を侵害することに関して、両者(公衆衛生上の必要性と私権の保護)のバランスを考えないといけないという課題があります。最近は、メディアにも関心をもっていただき、有識者が取材に応じられ、少しずつ議論が喚起されてきました」

さらに、このテーマで考えなければならないのは、「個人情報とプライバシーのバランス」だ。

「新型コロナに対しては、様々な個人情報を活用して対策を打つ可能性も考えなければなりません。個人情報保護委員会も、個人情報保護法上の例外的な取り扱いを認める見解を示しています」

「ただ、それだけでは不十分で、どの程度の利用をすればどのような利点が得られて、どのようなリスクを伴うのかを比較したうえで、それにふさわしい管理体制がどのようなものかについての議論を、市民に見える形で進めるべきです」

「すでに良い活用例の報告も出始めています。しかし、その運用ルールが個人情報保護法を遵守する企業とその客だけに委ねられるのではなく、感染症対策、ひいては公衆衛生政策としての必要性について、日本全体としてどう考えるかを決める時期です」

「かなり遅くなりましたが、開かれた場で議論し、透明性を保って進めた方がいいと思います」

新しい治療法など研究倫理の課題も

さらに、現時点では効果が証明された治療法がない新型コロナだが、治療法などを研究するのに、「研究倫理の課題」もあるという。

効果があると目論まれている薬や治療法を、緊急的に患者に試み、経過をみる「観察研究」が既に医療現場では行われている。

「緊急時ということで、患者さんから新たにインフォームド・コンセント(説明を十分受けた上での同意)を取得できず、オプトアウト(※)や情報公開などで観察研究を始める機会も多いと思います。研究の目的や方法に関する情報が患者さんから見えやすいところに示されていることが大切です」

診療など研究以外の目的で取得した試料・情報を研究に利用する場合、研究対象者が研究利用を拒否する機会を提示することによって、研究参加しないという選択ができる仕組み。事前に同意を得た人しか参加しない「オプトイン」という手続きよりも利用が前提となる傾向がある。

「介入研究(※)の場合は、適切なインフォームド・コンセント(説明を十分受けた上での同意)と研究の公正性を歪めない実施がとても重要です。今、治療法確立に対する期待感が強い中で研究が行われていますので、適切な研究計画をつくり、科学的に歪められた結果とならないように十分注意が必要です」

※研究目的で人の健康に何らかの影響を与える介入(健康維持・増進行為や予防行為、投薬、検査など)を行い、その効果を検討する研究。

「東日本大震災の時の経験を踏まえますと、今から新型コロナを題材としたさまざまな研究計画が動き出すでしょう。これらが医療機関や患者さんらを圧迫することのないように、十分注意しなければならないと思います」

「東日本大震災の後には、様々な研究者が良かれと思って被災者たちにアンケートや聞き取り調査を行いました。その結果、被災者の中には辛い記憶を繰り返し語らされ、『調査疲れ』を経験した人もいます。こうしたことも危惧しているのです」

緊急事態措置がもたらす社会的経済的影響

さらに、緊急事態宣言が全国に広がり、国民の社会的・経済的な影響は莫大なものとなりつつある。

「この専門家会議は、あくまでも医学的見地から助言するのが役割です。政府には経済や財政に関する審議会がありますし、その中で、経済学や経営学の専門家の方は様々な中長期のシミュレーションをしているのではないでしょうか」

「労働力調査など公的統計のミクロデータや企業が持っているビッグデータを活用した政策決定がきっちりなされていると信じたいところです」

「例えば、厚労省のクラスター対策班の西浦博教授のシミュレーションのデータと、経済に関するシミュレーションのデータがきちっと統合されて解析されないと、先々の未来が見えにくく、企業の方々も動きにくいのではないかと思います」

さらに、緊急事態宣言で影響を受けている個々の人々への影響も甚大だ。

「緊急事態措置で自宅にいましょうと伝えるなら、安全な居場所を失う人たちへのケア、それを支援する人たちへの支援も非常に重要です。学校については、学校が安全な居場所であった子どもたちもたくさんいて、教育をしっかり受けてもらうことを前提とした体制への移行が非常に重要です」

「『ウイルスの流行期の学校は危ないから閉じよう』という論理だけで動いていくと、おそらく何年か先によくない影響を及ぼしそうな気がします。リスクを避けながら運営する学校を応援していくような仕組みが非常に重要だと思います」

スティグマ、偏見、差別の問題

さらに、社会的に重大な影響の一つとして、「スティグマ(負のレッテルを貼ること)、偏見、差別」の問題を挙げた。

「『こういうことは避けてください』『こういう行動をしてください』と啓発している中でも、それに逸脱した行動によって感染してしまった方もいます」

「もちろん、ひとこと言いたくなる気持ちもわからなくはありません。しかし、この方々を社会全体に責め立てたり犯人を探したりしたところで建設的な解決が遠のいてしまうように感じます。報道関係者の方々には、報道後の影響について想像力を働かせていただけたらと思っています」

そして、人との接触を8割減らすことがなんども叫ばれている中で、仕事の必要上、どうしても外出や接触の機会を減らせない人もいる。この人たちへの風当たりが強いことも問題だと指摘した。

「医療従事者の方々、エッセンシャルワーカー(人々の暮らしを守るために外で働かざるを得ない人)の方々、その家族の方々に向かうスティグマや偏見、差別に一刻も早く自覚的になる必要があります」

武藤さんはこのような例を挙げた。

「『うちの県で一例目(の感染者)になりたくない』という言葉を聞いたことがあります。私は都会で育ったので感覚的に理解できなかったのですが、そういう思いで暮らしていらっしゃる地域の方にとって、この病気と関わることでどれほどの重荷を背負わせるか真剣に考えるべきです」

さらに院内感染にも批判の声や差別の問題が生じていることに触れた。報道による影響で委縮した医療従事者の離職や休診のために生じる医療崩壊を念頭に置いているという武藤氏はこう述べた。

「院内感染や施設内感染で、体力の弱い立場の人々が犠牲になっているのは事実です。そのため、医療従事者や施設職員がなるべく早くこの感染症の予防に習熟することが重要です」

「しかし、こうしたことを細かく報道で取り上げたり、誰が持ち込んだのかを調べたりすることで、医療従事者が予防に習熟するどころか委縮してしまい、新たな医療崩壊を招きかねません」

情報をどこから、どう受け止めるべきか

さらに、情報をどこから、どのように受け止めるべきかという問題にも言及した。

「今回痛感したのは、日本の人々の情報源はとても細分化していて、情報の伝播が早いように見えて遅いところもあるという複雑な構造です。情報源は人によって違うので、受け取りたい情報を、受け取りたい情報源から受け取りたいだけ受け取ってしまいます。気に入ったものや、広めてみんなと感情的に盛り上がりたいものを伝播させるという構造もあると思います」

そして、新型コロナが流行し始めてから盛んに流されているデマ情報についても触れた。

「デマは人の心に浸透しやすく、心情的に揺さぶられる内容だったりするので早く伝播する傾向があります。逆に、正確だけれども複雑な説明、この感染症の特徴のように簡単には説明できないというものは、拡散しにくく、なかなか理解してもらえません」

また、未知の感染症であるため、事態が日々変化していくことも正確な情報が伝わりにくい要因となっていることを指摘した。

「日々、新たにわかったこともどんどん増えてくるので、ある時点で有用だと考えられて示された知見が、一般に浸透したころには別の新たな知見に置き換えるべき段階になっていることもあります」

「それは間違いであったのではなくて、科学的にわかってきたことを更新しているのであって、これに基づいて政策を変えるということはありうることです。なぜ変わったのか、なぜ一致していないのか、なぜ前に言ったことと違うのかということを責めたてることはあまり解決にならないと思います」

さらに媒体の特徴によって、得意な分野と不得意な分野があるが、その違いをうまく活用できていないとも述べた。

「テレビには映像がある。新聞ではじっくり文字が読める。ニュースサイトでは文字の分量も際限なく読める。さらにいろんな参考文献のリンクが貼られている。しかし、短い文字数でしか伝えられない媒体もある。全員がすべての媒体に目を通しているわけではない中、統合して発信する体制を作るのが難しいというのが実感です」

緊急時のあるべきリスクコミュニケーション

緊急事態には、リスクについて理解してもらう「リスクコミュニケーション」が重要になる。これを今後、どうしていくかは重要な課題の一つだ。

「専門家会議の姿勢や態度に対する批判もいっぱいいただいています。そういった批判をいただくことも大事で、改善しながらやっていかなければいけません」

武藤さんは、専門家会議で議論を重ねているうちに、「情報発信が少ない」という批判を受けて、提言を出すことを提案した委員だ。それ以降、その時点でわかった情報をまとめて文書として出し、会見で国民と共有する形ができた。

さらに、「ウイルスとの戦争」「総力戦」など、戦争のメタファー(隠喩)が頻繁に使われることも、一定の人々への拒否感を強めている問題を指摘した。

「『戦争なのだ』と言われると鼓舞される人もいるかもしれません。しかし、過去の戦争で犠牲になってきたのは、指揮官ではなく、たくさんの弱い人たちです」

「このウイルスとは長く付き合っていかなければならない中で、『戦争』という表現は適切とは思えません。どううまく付き合って、どううまく逃げるかというメタファーに変えていかなければならないと思います」

こうしたメタファーに拒絶感を抱く人との分断が生まれると、多様な人を包みこんで対策を実行することがうまくいかなくなるとも言う。

「戦争メタファーを嫌うのは女性が多いのではないでしょうか。ジェンダーに配慮あるコミュニケーションになっているのか。他にも目の見えない方、耳の聞こえない方など、様々な情報の取得をする方に情報保障ができているのか。ダイバーシティ(多様性)の観点からもテコ入れをしなければいけません」

専門家会議から市民への発信 従来メディアへの信頼度が下がる中で

専門家会議としては、2月24日に見解を出し、「(流行拡大の)瀬戸際です」と呼びかけたのが最初の市民への発信だった。

3月2日に2回目の見解を出した時は、若者向けの注意喚起をしたことで、「専門家会議は流行を若者のせいにする」と批判も浴びた。

会議終了後には記者会見も開いてきたが、提言の内容や会見について色々な課題を感じてきたという。

「十分推敲する時間がなかった。読みやすい資料に加工する時間や労力も足りていない。生中継されていることも気づかずにやっていたので、中継で見ている方には手元資料もなく配慮が不十分でした。時間帯が深夜に及んで不健全でしたし、反面、報道機関のご都合も伺わなければいけない」

今後、流行が中長期に及ぶことを考えると、少しでも洗練された情報発信に変えていかなければならないと考えている。

上記のグラフは3月26日から28日に武藤さんの研究室で行なった調査結果。新型コロナウイルス感染症についてどんな情報源を見ていて、そこをどれぐらい信頼しているかを聞いたアンケートの結果だ。

「報道で情報を得ていなかったり、情報源を信頼していなかったりする人が一定数います。そうした方々に行動変容の呼びかけは届きません」

コロナ専門家有志の会で情報発信

そこで試みているのが、「コロナ専門家有志の会」による発信活動だ。武藤さんの他に、専門家会議副座長の尾身茂さん、厚労省クラスター対策班の西浦博さん、和田耕治さんら多数の専門家が加わっている。

「情報が全然届いていない人たちに少しでも届く手段を使ってお届けすることを思いつきました。助けてくださる多くの方々によって成り立っています」

行なっているのは、「note」での発信と、Twitterでの発信だ。

「コンセプトは、『秒で理解、秒で拡散』。だから、なかなか長い文章は書けませんが、なるべく一次情報にも触れてもらえる場所となることを目的に始めています」

運営は民間のプロのボランティア「プロボノ」30人以上が関わっており、特定の企業からの財政支援は受けていない。政府や厚労省なども含め、全ての団体から独立して発信することをポリシーとして掲げる。

「ここから発信する情報をなるべく信用していただけたらと思っています。疑われるような情報の出し方を避けたい。労力がかかる活動ですけれども、そのような運用をしています」

Twitterのフォロワーは14万4000人、noteの記事を11本出しての総ページビューは、約146万となった。

「報道でも取り上げられ、個人的には直接お会いすることができない、地方自治体の議員さんや首長さんもフォローしてくださっているのは嬉しいことです。また、コメントの中には、このツイートの内容を家族に電話して読み上げてくださった、というのもあって、嬉しかった反応の一つです」

「多様な人たちで成り立つ社会なので、多様な意見や態度があるのは当たり前です。それでもゆるくつながってなんとか乗り越えられたらという思いでやっていきたいと思います」

【武藤香織(むとう・かおり)】東京大学医科学研究所公共政策研究分野教授

1993年、慶應義塾大学文学部卒業。1995年同大学院社会学研究科修了(社会学修士)。1998年東京大学医学系研究科国際保健学専攻博士課程単位取得満期退学。2002年博士(保健学)取得。財団法人医療科学研究所研究員、米国ブラウン大学研究員、信州大学医学部保健学科講師を経て、2007年東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター公共政策研究分野准教授に就任。2013年より現職。

専門分野は医療社会学、研究倫理、医療倫理。主な著書に『医学・生命科学の研究倫理ハンドブック』(共編著、東京大学出版)、『薬学人のための事例で学ぶ倫理学』(分担執筆、南江堂)、『男性も女性も知っておきたい 妊娠・出産のリテラシー』(分担執筆、大修館書店)など。