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感染症専門医に聞く 専門家組織、人材育成、リスコミ対策、コロナの教訓、未来にどう生かすべき?

この1年半、新型コロナ対策に突っ走ってきた「くつ王」こと、感染症専門医、忽那賢志さん。コロナ対応で得てきた数々の教訓を未来にどう活かすべきか、聞きました。

新型コロナウイルス感染症診療の最前線で活躍してきた国立国際医療研究センター国際感染症対策室医長の忽那賢志さん。

大阪大学医学部感染制御学講座の教授に就任するタイミングのインタビュー最終回の第3弾は、情報氾濫にどう対処し、来るべき未来の新たなパンデミックにどう備えるべきか語っていただきました。

インフォデミック、どう対抗するか?

ーー今回の新型コロナの流行は、SNSがかなり発達した時代に起きました。玉石混交の情報の氾濫を示す「インフォデミック」という造語も話題になりましたが、デマ情報がかなり氾濫しました。どう対抗すべきですか?

特に影響力のある人が「コロナは風邪だ」とかいい加減な情報を広げて拡散していくことが特に第1波の頃はありましたね。

これだけSNSが発達する中で起きたパンデミックだと思いますので、今後はこういう事例を踏まえて対応を考えておくべきなのでしょう。

【#新型コロナワクチン に関する情報について】 接種後の死亡と、接種を原因とする死亡は、意味が異なります。 誤った情報をSNSやビラなどに記載されている例がありますのでご注意ください。 厚生労働省では、透明性をもってあらゆる事例を公開しています。 https://t.co/EW3sNOPgyn

Twitter: @MHLWitter

今は厚生労働省がワクチンのデマに対して、正しい情報を広報するようになっていますね。そのあたりはこの1年半で、政府としても対応の仕方、啓発、注意喚起をだいぶん行えるようになってきたのだと思います。

今は誰でも本当に好きなことを自由に発信できますからね。

コロナ疲れと変異ウイルスの相乗効果

ーー一般の人の感染対策ですが、途中までは要請ベースでしか対策をお願いできない状況が長く続きました。その中で「3密対策」などが言われてきましたが、国民の理解度や対策の徹底具合についてはどう見ていらっしゃいますか?

第1波の時の緊急事態宣言はそれで良かったのだと思いますが、やはり時間が経つにつれて、みなさん疲れてきています。

行うべき対策については十分わかっていると思います。これほど繰り返し言われていますからね。3密を避ける、マスクをつける、手洗いをこまめにするというのが感染対策に有効なのだというのはもう皆さん嫌というほどわかっているでしょう。

でもこの状況に慣れてしまって、これだけ長く流行が続いていて誰もがうんざりしています。明らかにコロナ疲れが出てきていますね。

それにやっぱり人間ですから、ある程度緩むのは仕方ないと思います。しかし今度は、その緩みに変異株が入り込んでくる。

コロナに疲れてしまった状態と、変異ウイルスの相乗効果が起こってしまって、第3波、第4波が起こってしまっているのかなと思います。

ワクチン接種による医療者の安堵

ーーそこで救世主として登場したワクチンですが、日本はやはり遅かったですか?

始めるのは確かに日本は遅かったですね。また、接種開始当初はそれほどスピードがありませんでした。

でも今は順調に進み、軌道に乗ってきていると思います。そういう意味ではとても良かった。

もちろん理想的には国内産のワクチンがあれば良かったわけですが、少なくとも今一番信頼できるmRNAワクチンの会社と契約して、相当数の数を確保できたのは、これは本当に良かったことです。大正解だと思います。

ーー今、ワクチン接種も加速して、この調子だと秋頃までには国民の希望者の大部分が接種できそうな勢いです。感染症診療の最前線にいる先生としては喜んでいますか?

本当に喜ばしいことです。

最近、ワクチンをうったのに感染した、という人がちらほら出てきています。数が少ないので印象でしかないですが、1回でもうっているとあまり重症化しないという印象があります。

やはりこれから2回接種した人が増えてくると、高齢者の重症者が減ってくると思います。それは現場の医療者からすると、非常にありがたいことです。

また、医療従事者が先行して接種することができて、感染するリスクが大きく下がった。このおかげで、本当に診療する上でのストレスが大きく下がりましたね。

独立した専門家の組織、副反応監視システムは必要?

ーー今回、コロナ対策では専門家の意見が政治にねじ曲げられることもありました。初期の頃には政府から独立した専門家機関であるCDC(アメリカ疾病管理予防センター)のような組織が日本にも必要だと言われていましたが、どう思いますか?

あった方がいいと思います。政府と独立して感染症のリスク評価ができる機関があった方がいいでしょうね。

それが必ずしもCDCである必要はないかもしれません。CDCは啓発だけでなく、研究も行う巨大な組織ですが、そこまででなくても、リスク評価を適切にして、それをリアルタイムに情報発信していく機関が求められると思います。

ーーワクチンが進んでいますが、副反応への不安はずっと続きます。もちろん新しいワクチンですから専門家も心配だと思います。その監視システムも日本では、米国などと比べて劣っているという指摘がずっと続いています。

今、重い「有害事象(※)」はすべて公表されて、検証はなされています。最低限のことはできていると思いますけれどもね。

※ワクチンとの因果関係があるかどうかに関係なく、接種後に報告された有害な出来事。

ただ、将来的にはアメリカのワクチン有害​事象報告制度(VAERS)のような仕組みができると良いとは思います。

どこでも新興感染症の患者を診られるよう人材の準備を

ーー診療現場の体制で、コロナの経験から変えた方がいいと思うところはありますか?

元々日本の新興感染症対策は、エボラ出血熱とかMERSとか、致死率のすごく高い感染症を対象にしていました。日本中で感染者が多く出る新興感染症は十分には想定されていなかったと思います。

日本では各都道府県に1ヶ所程度、第一種感染症指定医療機関 を設けて、そこに感染者を隔離して封じ込めようという対策を想定してこれまで準備してきました。

でもコロナのように致死率もそこそこ高く、感染性が高い感染症は想定されてきませんでした。対応できる専門家もたくさんいるわけではありませんから。

今後、またコロナぐらいの規模で重症度が高く、致死率もそこそこ高い感染症が起きた場合に、特定の施設だけではなく多くの医療機関で診療ができる医療体制はやはり必要なのだろうと思います。

それが今後起こり得るつもりで準備しておく必要があります。

ーー具体的には何をしたらいいと思いますか?

感染症専門医だけでなく感染管理看護師なども増やすことが必要です。

すべて感染症専門医が診療することは難しいと思いますので、各病院で感染対策の指導ができる人が少なくとも1人はいないといけません。ウイルスがいる可能性のある場所といない場所をゾーニング(区分け)する、個人用防護具の着脱を適切に指導できる、曝露者の対応をする、などです。

そういうことができる人を育成していくのが大事なのだと思います。

ーーその教育のためもあって、大阪大学に行かれるのですね。

そうですね。

リスクコミュニケーションはどうする?

ーー今回のように全国民が対象となる病気は感染症ぐらいだと思うのですが、リスクコミュニケーションについては、日本でどうしていくべきだと思いますか?政府のコミュニケーションの下手さについては、苦労しています。

これもリテラシー(情報を読み解く力)の話になると思いますが、誰が言っていることが正しいのか判断できる力を国民がつけるのが一番望ましいと思います。

ただ、それを全ての国民に求めるのはなかなか難しい。

私の課題でもありますが、やはり国民に向けた感染症の啓発を充実させることです。感染症に関する正しい知識を持ってもらって、とんでもないデマの拡散を少しでも防ぐために、感染症のリテラシーを国民に広げることが必要です。

ーー学校教育などが必要ですかね?

基本的なところから感染症の知識を身につけることが必要でしょうね。例えば感染症の感染経路としてはこんなものがあるとか、どういう病原体があるとか、インフルエンザはどうすれば予防できるかなどです。

そういう基礎知識を持つことが必要で、義務教育の中にそういう感染症教育を取り入れるべきです。

ーー今回、医療者がSNSで直接、国民に感染症の情報を発信することをかなり熱心にやられました。先生のYahoo!記事はもちろんですが、医師たちが正しい情報発信のために活動する「こびナビ」ができたり「コロワくん」ができたりしました。その効果はどう見ていますか?

専門家が新聞やテレビ局を通さず情報を発信するようになったことは、SNSの時代の一つのいい側面だとは思います。今まではどうしても間にメディアの解釈が入り、時々変な表現になってしまうこともありました。直接伝えられる手段があるのは大きいことです。

ただ、医療者は情報発信のプロではありません。医療者が学ばないといけないことは多いですが、科学的にシンプルに正しいことを伝えるのはやりやすい時代です。

それでもいい面、悪い面はある。誰でも好き勝手に好きなことが言えます。長所短所を理解して、今後の感染症の啓発は考えていく必要があるのでしょうね。

ーーSNSを通じて先生は漫画家の羽海野チカさんとつながり、手洗い啓発のポスターを書いてもらったこともありましたね。

このコロナ禍において、数えるほどしかなかった良かったことの一つですね(笑) 大阪に移っても、もちろん使わせていただきます。

ーー最後に阪大に移って挑戦したいことを教えてください。そういえば、先生が進めていた回復者血漿(回復者の血漿を移植する治療)の研究はどうなりますか?

研究代表者ではなくなりますが、分担研究者として引き続き参加します。まだまだ血液提供を回復者から募集しています。

研究と臨床はこれからも続けますが、対象となる感染症は大きく変わります。今までは「蚊媒介感染症」とか「ダニ媒介感染症」とかかなりマニアックな領域の感染症を専門にしてきました。大学病院で感染症に従事するのは10年ぶりぐらいです。

新しい挑戦として、今後は「病院内感染症」や「耐性菌」「免疫不全の感染症」などを中心に診療・研究をしていくことになると思います。自分の新たな専門性を開拓するという意味で、楽しみでもあり、プレッシャーでもあります。

あとは学生や研修医の先生を教育しながら一緒に診療していくことをすごく楽しみにしています。

国立国際医療研究センターで学んだ9年間の経験を活かして、今後は大阪の皆さん、そして日本の皆さんのために引き続き頑張っていきたいと思います。

【忽那賢志(くつな・さとし)】国立国際医療研究センター 国際感染症センター 国際感染症対策室医長

2004年3月、山口大学医学部卒業。同大学医学部附属病院先進救急医療センター、市立奈良病院感染症科医長などを経て、2012年4月から 国立国際医療研究センター 国際感染症センターで勤務。2018年1月から現職。


厚生労働省「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」編集委員。IDATEN 日本感染症教育研究会 世話人 Kansen Journal 編集長。著書に『症例から学ぶ 輸入感染症 A to Z ver2』(中外医学社)、『みるトレ感染症』(共著、医学書院)など。

Yahoo!ニュースでの連載でも新型コロナウイルス感染症について数多くの記事を書いている。