第6波が始まり、警戒を強めている医療現場。
しかし、繁華街も電車の車内も人であふれている。
オミクロンの感染力の強さで感染拡大が急速に進む中、大阪大学医学部感染制御医学講座教授の忽那賢志さんは今回の流行で感染対策を啓発することの難しさを語る。
※インタビューは1月6日に行い、その時の情報に基づいている。
「接触者」を自宅待機させていては医療はもたない
ーー沖縄では感染者と接触した医療従事者が医療現場から離脱する影響で医療の制限が起き始めていると聞きました。大阪ではどうでしょうか?
大阪はまだそこまでにはなっていません。感染力が強いオミクロンが流行し始め、従来の「濃厚接触者」とは違う「接触者」という基準が新たにできています。
これまでの「濃厚接触者」の定義に当てはまらなくても、オミクロンの場合は、感染者と同じ部屋で長時間一緒に滞在していれば、マスクをつけていても、距離があっても、「接触者」とされてしまいます。
「接触者」となると、義務ではないのですが、14日間、人と接触しないことを推奨されています。
例えば、病院でカンファレンス(患者の病状や治療方針について話し合う会議)をしていて、その中で1人オミクロン感染者が出たら、マスクをつけていても皆「接触者」扱いになって、その部署の機能が一気にストップする可能性があります。
そうなると医療はもちません。今の「接触者」の定義は、医療の継続性という観点からは無理だという印象があります。今のところ大阪はそこまでの状況にはなっていませんが、実際にそういう状況になった場合、この基準は取り下げてもらわないと医療が回らなくなります。
ーーオミクロン感染者は全員入院という当初の方針も撤回されました。状況が変わるにつれて、柔軟に対応は変えていった方がいいですね。
おそらく「接触者」の基準も一時的なものだと思いますし、そうであってほしいです。
ーーもう市中感染も広がっていて、水際対策も難しい段階ですから、対策は切替え時ですかね。
その時が来ていると思います。市中感染も拡大していますので、封じ込めはもう難しい段階に来ています。
感染対策の啓発を難しくさせるオミクロンの性質
ーーオミクロンの感染のスピードはこれまでの5波と比べて速まっていますか?
沖縄の増え方も速いですし、大阪も急激に増えています。ただ、年末年始の影響がどれほどあるのかわからないので評価はまだ難しい。年末年始は休日で検査が受けにくかった影響が年明けに現れている可能性もあります。
オミクロンの性質で急激に増えているのか、他の要素があるのかは、まだ判断しにくいです。ただ、これまでよりもすごいスピードで増えていることは間違いないです。
ーーアルファ株からデルタ株に変わった時も危機感が強まりましたが、オミクロン は感染力は強くても、重症度はデルタほどではなく、性質の変わり方が微妙です。戦略を変える必要はありそうですか?
オミクロンはおそらく本当に重症化しにくいのだと思います。特にワクチンを2回以上接種している人はそうです。そういう意味では、重症化しにくい情報だけが伝わると、一般の人に危機感が伝わりにくい心配はあります。
どういう風に啓発をしていくのかがますます難しくなってきました。
感染者数が増え過ぎてしまえば医療が逼迫し得ることは、みなさんご理解いただいていると思います。
しかし、「ワクチンをうっているし、オミクロンはどうせ重症化しないでしょ」と捉える人が増えると、今までのように警戒しにくくなると思います。それが人間なのだろうとも思います。
そうなれば、個人の感染対策の努力に頼るのもまた一段と難しくなってきているのかなと思います。
政府や自治体がもっと積極的に、ブースター接種を今まで以上にスピードを上げて進めるとか、そういうことでしか、目に見えた対策の効果は出にくいのかなと思います。
行動制限、現時点で呼びかけるべきか?
ーーこれまでの流行では飲食店の営業時間短縮やイベントの人数制限など、様々な生活上の制限が課されてきました。ワクチン接種がある程度進み、みんな生活の制限にはうんざりしていると思います。現時点で、人の接触を減らす対策はうつべきだと思いますか?
第5波が終わった時に、政府はそれまでの「ステージ分類」から「レベル分類」にコロナ対策を判断する際の基準を変えました。感染者の数ではなく、医療の逼迫の状況を見て考える形に変えたのです。
基本的には飲食店の時短の要請も、医療の逼迫具合を見て判断すべきものです。
例えば今、沖縄だけでなく、広島や山口でも「まん延防止等重連措置」を適用しようとしていますが、これはレベル分類ではなく、かつてのステージ分類に基づいているように見えます。
ただ一方で、オミクロンはとても広がるスピードが速いので、医療が逼迫した段階で決めるのでは遅過ぎる、という判断もあるのかもしれません。むしろそうした判断に基づいての要請なのだろうと思います。
だから「レベル分類」に変えても、レベル分類が通用しないぐらいすごいスピードで拡大する場合、先手先手で時短営業などを考える必要があるのかもしれません。
このあたりの判断は非常に難しい。海外の状況を見て、実際に今の日本の感染者数をもとに、1カ月後にどれぐらいの感染者と重症者が出て、医療機関はどれぐらい逼迫するかを予測して考えるしかないのかなと思います。
今は感染対策の基本的なマナーをお願いする段階
ーー日本人は海外と比べて外を散歩している時でもマスクを律儀につけているので、感染するタイミングはマスクを外した時なのだろうなと想像できます。日常生活ではどんな対策を呼びかけるべきでしょうか?
今までと同じように、マスクを外した状況で会食をすることがリスクが高い行為であることは変わりないです。
マスクをつけた人同士が近距離で会話をすることで感染が成立することがあるかといえば、100%は飛沫を防げないのであり得る。オミクロンでは今までよりあり得るでしょう。
でもそこまで言い出すとキリがないので、基本的にはマスクをちゃんと着用する、ということでいいと思います。
ーー今の段階で感染症の専門家として「会食はそろそろ控えてほしい」などと呼びかけたいですか?
これも難しいと思います。基本的には私もレベル分類に賛同していて、政府は今までと同じような新規感染者に合わせた感染対策はやめています。医療の逼迫に合わせるレベル分類から見れば、今の段階で人々の行動を制限するのは難しいです。
お願いはしてもいいと思いますが、せっかくこの2年間少しは進んだかもしれないと思っている中で、「また飲食店に行けないのか」「またあれもだめ、これもだめなのか」「しかも私は重症化しないんでしょ」と思われたら、ますます聞いてもらえなくなります。
お願いするとすれば、「このまま放っておくと、1ヶ月後にはこんな状況になって、医療が逼迫することが容易に想像できるので、それを避けるためにご協力をお願いします」ということなのかもしれません。
少なくともマスク会食や黙食のように飛沫がお互いに飛ばないようにする配慮は、流行していない時も本来やるべきことです。これはコロナ時代のマナーです。徹底していただきたいところではあります。
政府が政治判断で行動制限を呼びかけることはあってもいい。しかし専門家が何の根拠もないのに、「みんなステイホームだ!」と言うのはおかしい。最低限の感染対策のマナーは守ってください、と協力をお願いする以上のことは言えない段階なのかなと思います。
コロナは終わったわけではありません 5波よりも酷い状況になる恐れも
ーー今、繁華街を見ると人であふれていて、居酒屋も混雑しています。一般の人はこれから起こり得ることについて、それほど危機感を抱いていないように見えます。意識の切り替え時ではないですか?
切り替えていただきたいとは思います。「会食に行くな」と今の段階で言うことは難しいですが、会食する時の黙食は徹底し、人数も少なくし、できるだけ短時間にしていただきたい。
第5波が終わって、10月、11月、12月とかなり感染者がほとんど出ない時期が続いたので、「もうコロナは終わったよね」という人がいらっしゃるのかもしれません。でも「そうじゃないですよ」とお伝えしたい。オミクロンも広がってきているので、感染に気をつけた食事に戻ってほしいのです。
また、オミクロンはワクチン接種していても感染することがあります。そして感染が広がり過ぎると、第5波よりも酷い状況になり得ることを意識していただく必要があるのかなと思います。
致死率が元々2%の病気が、第5波で0.4%ぐらいになり、おそらくオミクロンではもっと下がると思います。重症度がそれだけ下がっている感染症に対して、今までと同じような厳しい感染対策は本来は必要ではないと思います。
ただ、難しいのは「感染力の強さ」という要素が今回加わったことです。個人にとっては、インフルエンザと同じぐらいの病原性になってくる可能性がありますが、感染力はインフルエンザよりもずっと高いのかもしれない。
そうすると、単純にインフルエンザと同等と考えることはできないかもしれないですし、急速に拡大することで社会が機能停止に追い込まれるインフルエンザよりも危機的な感染症かもしれません。
これをいかに伝えていくのかが第6波の課題なのかなと思います。
(終わり)
【忽那賢志(くつな・さとし)】大阪大学医学部感染制御医学講座教授
Yahoo!ニュースでの連載でも新型コロナウイルス感染症について数多くの記事を書いている。
2004年3月、山口大学医学部卒業。同大学医学部附属病院先進救急医療センター、市立奈良病院感染症科医長などを経て、2012年4月から 国立国際医療研究センター 国際感染症センターで勤務し、2018年1月から同。センター国際感染症対策室医長。2021年7月から大阪大学医学部感染制御学講座教授。
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」編集委員。IDATEN 日本感染症教育研究会 世話人 Kansen Journal 編集長。著書に『症例から学ぶ 輸入感染症 A to Z ver2』(中外医学社)、『みるトレ感染症』(共著、医学書院)、専門医が教える 新型コロナ・感染症の本当の話 (幻冬舎新書)など。