• covid19jp badge
  • medicaljp badge

「野戦病院をつくるべき」破綻寸前の在宅医療。最前線の医師が望むこと

首都圏が感染爆発する中、自宅療養する患者の往診に乗り出している在宅診療のグループ。しかし限界も見えてきています。さらに重症者が増える見込みの中、政府、医療、市民が今すぐやるべきことを在宅医療の現場から提言してもらいました。

新型コロナウイルスの拡大とともに、急増する在宅療養の患者の診療に乗り出している在宅専門の大規模診療グループ「医療法人社団悠翔会」。

しかし、依頼の急増に通常の訪問診療も圧迫され、理事長の佐々木淳さんは、継続できる体制作りに知恵を絞る。

まだ感染者の増加が頭打ちにならず、これからさらに重症患者も増える見通しの今、私たちはどう備えるべきなのか。

在宅医療の現場から考えるコロナ診療の体制づくりについても語ってもらった。

開始1週間で通常の訪問診療も圧迫 継続できる体制づくりへ

悠翔会では、東京、千葉、神奈川、埼玉(現時点では依頼はなし)、沖縄でコロナの往診に関わる方針を決めている。

コロナ診療に乗り出すことを決めた時、「基本的に断らない」ことを目標に掲げていたが、保健所の依頼は日を追うごとに増えている。

「新規感染者数は増えている状況で、おそらくこれからも在宅療養者は増え続けるでしょう。今の体制では、通常の訪問診療が破綻してしまいます」

新型コロナの在宅医療バックアップを依頼してきた東京都医師会は、「地域の医師会がまず対応し、そこで診られない人を悠翔会で診る」という枠組みを打ち出している。

ところが、地区医師会にも温度差があり自分たちで熱心に診ているところもあれば、「コロナは関係ない」という態度のところもある。最後の砦となっている自分たちが往診依頼を断ることは避けたい。

「そこで来週から新橋を拠点としたコロナの専従ルートを作ることにしました。東京で2列のコロナ専従ルートを作り、特に依頼の多い城東エリアを中心に動きます」

「千葉県も市川や浦安など東京隣接地域での往診依頼が多く、船橋のクリニックが対応していたのですが、対応しきれなくなってきました。このコロナ専従グループが一部湾岸線に乗って舞浜あたりまでカバーすることにします」

さらに、在宅療養者のフォローアップにも手が回らなくなってきているので、法人内に「バックアップチーム」も作ることにした。

在宅療養者への電話でのフォローアップや、訪問看護や酸素の手配、関係機関との調整などの業務をこのチームで引き受け、診療チームから引き離す。

「在宅療養者のフォローアップは基本的に保健所の業務ですが、毎日3回電話するのはとても大変で、保健所だけで回らなくなっています。実際、往診に行った患者は我々がその後のフォローもしています」

「でも医者は足りないので、本当は訪問看護師が行った方がいい。神戸市では保健所の自宅療養者のフォローアップ業務を訪問看護が丸ごと受託する仕組みがあります。患者1人あたりいくらと報酬も発生し、地域に委託しています」

訪問看護を組み込むフォローアップの仕組みを

先週まで千葉県の訪問看護ステーションは、自分の患者がコロナにかかった場合以外、コロナの患者を新たに受け入れてくれなかった。佐々木さんらがあちこちに働きかけ、今週から訪問してくれることになった。

「酸素や点滴を経験したことがない人がいきなり一人で在宅医療というのは不安ですから、訪問看護師さんの力が必要なんです」

ただ、感染対策用の個人用防護具や薬などが足りるか、報酬は支払われるのかなどの懸念があり、動いてくれる訪問看護ステーションはごく一部だ。

「訪問看護師さんは一生懸命協力してくれるのに、訪問看護指示書があってやっと動けて、手間がかかるフォローアップの電話は基本的に報酬が算定されません。コロナ患者を受ければ受けるほど、通常の患者が受けられなくなり、収入が減っていく状況です」

医師の場合は、東京都の場合、コロナの往診に協力すると1往診あたり昼間は1万3000円が通常の往診料に加算される。夜間では1万6000円だ。

しかし訪問看護がコロナ診療に関わってもそれがなかった。最近やっと「長時間訪問看護加算」を時間にかかわらず加算していいというルールが作られ、5200円を加算していいことになった。

「それでも個人用の感染防護具も買わないといけないし、訪問前後の時間や手間を考えると割に合わない。在宅療養の人をフォローする仕組みは、保健所の人を増やすだけでなく、外注して看護師に任せるようにしたらいいと思います」

「保健所がフォローの電話で異変を感知したとしても、そこから先、対応してくれる医療者を探す仕事が生じます。訪問看護師がフォローしてくれれば、自分たちで動けるし、関係のある在宅医に相談すれば問題がすぐ解決できて効率的です。報酬をつけて、地域に仕事をどんどん任せていったらいいと思います」

法人外の医師たちへ協力も呼びかけ

色々なネットワークを使い、できる範囲を広げようと努力しているが、それでもこの感染拡大状況ではいずれ、自分たちの法人だけで対応するのは難しくなることは目に見えている。

佐々木さんは8月15日、Facebookで「在宅コロナ患者の往診」に協力してもらえないかと医師に呼びかけた。

「この呼びかけには二つ意味があって、我々は網目をこぼれ落ちた人を救う仕事なので、その網目を細かくしてもらえないかという狙いです。地域の医師たちでコロナ診療をやってみたいのにためらっている人もいるはずです。その人たちに一歩踏み出してもらいたいのがまず一つあります」

「もう一つは往診できなくてもオンラインで診ることはできると思うのです。オンラインで無理な状態になったら我々が往診に行くので、せめてオンラインで診療するのを協力してもらえないかということです」

これをやったとしても感染者の絶対増は避けられないことは十分わかっている。

「感染者は増えているので、中等症、重症も時間差で増えるはずです。今から2週間後ぐらいがピークなのかと予想しているのですが、そうなれば今の体制で全ての依頼に応えるのは無理です。コロナ専従ルートは作りますが、週に1施設だけでも協力してもらえないかという期待を込めました」

この呼びかけには結局、35人の医師が手を挙げてくれた。

「中には海外で経験があり感染対策の技術が高そうな人や、在宅医療をやっていて期間限定なら協力できるという人もいます。即戦力になりそうな医師で2ルートぐらいは増やせそうです。ただ看護師やコメディカル(医師・看護師以外の医療職)も必要なので、非常勤で募集しようかと思います」

デルタ株の脅威と一般の受け止め方とのギャップ

あの手この手を使って、コロナ診療と通常の訪問診療を両立させようと努力しているが、データを見ると先行きに暗い気持ちにならざるを得ない。

「デルタ株でも重症化する人は1.6%ぐらいだと言われていますが、1.6%って少ないように見えても100人に1人以上です。重症の手前には幅の広い中等症の人もいる。きめ細かい管理が必要な人は10%ぐらいいると思います」

8月19日現在、東京都で在宅療養者は2万4172 人、入院・療養などの調整中の人は1万2669 人だ。

「自宅療養者の1割を在宅医療で診るとしても2000人以上になります。千葉市だけでも在宅療養者は7000人を超えており、その10%だと700人。これを誰がどうやって診るのか。保健所だけでは無理でしょう。中等症、重症になったら地域の医療機関に療養者のフォローアップは任せた方がいい」

医療側としてはそれを今後どうやって実現したらいいか常に頭を悩ませているが、一歩外に出ると、外食をし、喫茶店でおしゃべりを楽しむ人が目に入る。

在宅で診ていると、若い人でも重い症状に苦しむ姿に驚く。

「往診依頼が来る人は40代が一番多く、その次が30代、50代、60代、20代の順です。70代以上はレアです」

「若い人も前は重症化しなかったのが、デルタ株では一定の割合で重症化します。『新型コロナってこんなもんだよね』と思っていた新型コロナでは今はないよと強調したい。『新・新型コロナ』になっています。それを知ってもらいたい」

「医療に届けば命は助かる」 その体制を守るためにできること

11月までに望む国民全てにワクチンが接種できると政府は言っている。なんとかそれまで持ちこたえるために、自分たちも努力するし、一般の人も協力してほしいと願う。

「万が一感染しても、入院さえできれば抗ウイルス薬や抗体カクテル療法など病院の先生たちはたくさんの武器を持っています。最終的には人工呼吸器とECMO(体外式膜型人工肺)も使ってなんとか生かそうとしてくれるはずです」

「医療に届けば命が助かる可能性は高い」と佐々木さんは思う。しかし今、その医療に届くこと自体が難しくなっている状況だ。

「「『死亡者少ないじゃん』とみんな高を括っていますが、必要な人が必要な医療につなげていたからこうなっていたのであって、今、堤防は決壊し始めています。おそらく、そのまま間に合わずに亡くなる人も増えていきます」

千葉県で初めてコロナで在宅死した61歳の男性は、実は悠翔会で診ていた人だった。

「この方はフォローしながら診ていたのですが、夜、突然亡くなりました。いかに1日何度も電話して安否確認しても、電話と電話の間の急変は家にいる限りは防ぎきれません。新型コロナの場合、酸素を吸ってもステロイドを使っても在宅ではそれ以上の治療はできません」

「人工呼吸器をつけてもらうために病院に運ぼうと思っても運べない。そんな人がこれからどんどん増えてくるのだと思います。それを減らしたければ、必要な人に必要な医療が届く体制を守ることしかありません」

そのためにできることは、感染者を減らすしかない。

「今、必要なのは医療の充実ではなく、一人ひとりのちょっとした心遣いだと思います。11月に国民の75%がワクチンを終えたら、コロナウイルスがいてもそんなに拡大はしないでしょう。11月末まであと3ヶ月。1年半頑張ってきたのだから、あと3ヶ月だけなんとか辛抱してほしいのです」

「今の状況は災害」死者を最小化するために今考えるべきこと

そのための政府のメッセージが効果的に届いていないと佐々木さんは残念に思う。

「出口が平和に訪れるためには、こういう条件を満たせばいいのだと国民に共有する必要があります。出口の直前でこんなに感染拡大に苦しんでいます。死亡者を最小化するには、今からベッドを増やすという議論ではなく、感染拡大を抑制する協力を国民に求めるしかない」

「そのためには出口戦略をきちんと説明して、これを満たせばいつまでにこうなるという明確なビジョンを伝えないといけません。『全力で取り組みます』とか『これが最後の緊急事態宣言になるように頑張ります』という言葉は空虚です。頑張るとはどういうことなのかをちゃんと伝えてほしいのです」

政治家がのらりくらりとしているから、国民にも「政治家のせいだ」と責任転嫁させてしまっているように感じる。

「強い決意を国民に示して、『その代わり我々はこういう約束をする』と示してもらえれば、みんなも変わるのではないかと期待しています」

とは言え、今、佐々木さんが診療している人は今から10日〜2週間前に感染した人たちだ。感染者はそこから今は2倍になっているので、中等症や重症も2週間後には2倍になることを覚悟しなければならない。

「現実的に、その時に在宅医療で自宅療養者を支え切れるかと考えると、おそらく無理です。酸素も足りない。1人1台の酸素濃縮機に依存しない酸素供給ができる仕組みを今、考えておかなければいけません」

入院前に一時的に酸素投与ができる酸素ステーションが各地に設けられ始めている。しかしもっと大規模な野戦病院のようなものを作るべきだと佐々木さんは考える。

「東京都なら都立高校の体育館を丸ごと(ウイルスが外に漏れない)陰圧にして、ベッドを並べて集中配管で酸素を投与して、看護師を常駐させればいい。今のリソースで死者を減らす戦略を急いで考えるべきです」

「今の状況は明らかに災害です。災害時には一晩で避難所が立ち上がります。低酸素向けの避難所という考えですぐに作った方がいい。我々が患者の自宅に1台1台酸素濃縮機を届けるような人海戦術で診られる人数は限られています」

この危機を乗り越えるための、大きな絵を描ける人材が日本にはいないと現場の一医師として感じている。

出口戦略、そして今目の前に迫る危機を乗り越えるための視野の広い対策ーー。

「そういう現実的な対策を考えられる人がいないと厳しいのかなと思います」

(終わり)

【佐々木淳(ささき・じゅん)】医療法人社団悠翔会理事長、診療部長

1973年、京都市生まれ。
1998年、筑波大学医学専門学群卒業。三井記念病院内科・消化器内科、東京大学医学部附属病院等の勤務を経て、2006年に医療法人社団悠翔会を設立し、理事長就任。
在宅医療に特化した医療法人として、「機能強化型在宅療養支援診療所」を首都圏と沖縄に18クリニック展開。約6500人の在宅患者さんの診療・サポートを実施している。