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「コロナ禍で犠牲になっているのは経済格差の弱者」救急医療の現場に立つ医師が、いま伝えたいこと

新型コロナの第8波はピークをうちましたが、救急ではまだ逼迫した状態が続いています。 救急車要請が新型コロナ流行前の2倍近くになり、受け入れ率が60%まで落ちる中、溢れる患者を外来に宿泊させ踏ん張っている千葉県の救急医療の医師に現状を聞きました。

新型コロナウイルスの第8波はようやくピークを過ぎたようだが、救急医療の逼迫は続いている。

救急搬送困難事例(※)も増えており、本来な助けられる命も助からなくなっている状況だ。

そんな中、救急医療の現場ではどんな風景が見えているのだろうか?

BuzzFeed Japan Medicalは、東京ベイ・浦安市川医療センターの舩越拓・救急集中治療科部長に話を聞いた。

※インタビューは1月23日に行い、その時点の情報に基づいている。

※救急車が現場到着後、医療機関への照会を4回以上行なっても、救急搬送先が30分以上見つからないケース

受け入れ率が95%から60%に

——第8波はピークアウトしたとはいえ、救急は忙しそうですね。

ピークアウトしたのですかね...。したと言われていますが、救急は厳しい状況が続いています。

——どんな状況ですか?

うちは救急車が年間1万1000台来るので、月間約1000台、1日平均で35台ぐらい。休日になると45〜50台ぐらいです。

8波は年末年始の前、12月半ばぐらいからかなり大変になってきました。まだピークを抜けた実感はありません。

救急車を受ける件数が増えたわけではありません。コロナ前は応需率(救急車の受け入れ率)が95%でした。つまり救急受け入れ依頼の95%は受けられていたのです。

しかし、コロナ禍になってから台数はそれほど変わらないか、もしくは多い状況で、応需率は60%ぐらいになっています。

1100件受け入れ要請があって1000台受けている状況と、2000件要請があって1000台受けている状況では、同じ1000台でも全く違うのです。

断っても他で受け入れてもらえるわけではない。応需率60%は異常な状況です。

——この病院ではどの範囲の患者を受け入れているのですか?

東葛南部医療圏に属していて、千葉県の市川市、浦安市、船橋市、習志野市、八千代市、東京都の江戸川区が範囲です。主に診ているのは市川、浦安、江戸川区の患者ですが、東京の患者はほとんど受け入れられない状況が続いています。

「コロナ疑い」を受け入れない病院も 満床でも受けて交通整理

——今はどんな患者さんが多いのですか?

やはり発熱した高齢者が多く、行き場を失っています。それと並行して、冬なので脳血管障害や心筋梗塞、心不全の患者も多い。そもそも冬は一般救急の繁忙期なのですが、それに発熱が上乗せされて大変になっています。

——発熱は基本、コロナなのですか?

コロナはもちろん多いですし、一般救急の発熱、胆管炎なども普通にあります。救急車で運ばれてくる時点ではコロナかどうかはわからないので、「コロナ疑い」となると受け入れに及び腰になる施設はあります。

うちもコロナ病棟の空き具合によって受け入れられるかどうかが変わってきます。それでもなるべく受け入れた上で、コロナでないことがわかったら、他の病院に転送をしています。

コロナでなく、胆管炎などならば受け入れるという施設もありますし、逆にコロナだったら今は行政の入院調整が動いてくれます。

満床でもまずは受けて交通整理をすることも、大きな救急部門のあるうちのような病院が担うべき役割になっています。

救急外来に泊める裏技 入院料は取れず

——どこからも断られて、ここしかないと懇願されるようなことはありますか?

ありますね。コロナとは関係ないですが、先日は呼吸困難だった不法滞在の外国人が80件断られたそうで、うちで受けました。保険もなく支払えないから、どこも受け入れないのです。行政も補填してくれるわけではありません。

こんな特殊な例でなくとも、今、高齢者の発熱はどこも受け入れに消極的です。うちも連日満床なのですが、何をしているかといえば、救急外来に泊まってもらって凌いでいるのです。

——外来にベッドがあるわけですか?

そうです。そこでいったん泊まってもらって、翌日の日中、うちのベッドが空くかもしれませんし、平日の日中なら夜の救急や休日は対応していない病院も転院搬送を受け入れてくれることがあります。

だから夜はいったん外来に泊めて、翌朝行き先を考える方法をとるのです。ただ、行き先が決まらなくて外来に2泊した患者もいます。

——それは入院という扱いになるのですか?

ならないです。あくまで外来で1日過ごしたというだけです。先日も30時間うちの外来にいた患者がいましたが、入院料は取れません。

——コロナ禍の8波だからそんなイレギュラーな対応をしているのですか?

そうです。コロナ前はそこまで頑張らなくても、救急医療はなんとか回っていました。コロナ禍、特に第7波や第8波になってからは、そこまでやらないとどこにも行き場のない人が溢れてしまいます。

留め置く場所をどこにするかという問題なのですが、アメリカも救急外来にずっといることが当たり前だそうです。日本は「救急車内で8時間待機」など、救急車にしわ寄せが来ています。

小さな救急外来では患者を1泊させることは考えられないでしょう。お金にもなりません。だから自宅待機や救急車内待機になっています。

でもそれはリスクがあります。医者の近くや病院内にいた方が安全です。

——外来に泊まっている間、入院料は取れなくても放置するわけではなく、医師も診なければならないし、看護師さんも看護をしなければならないわけですよね。職員の負担は増えるのでは?

大きな負荷がかかっています。看護師さんは排泄の手伝いをしなければなりませんし、点滴は交換しなければなりません。ご飯も出しているし、ナースコールも持たせています。実質入院と同じなのです。お金にならない入院です。

——千葉県など行政にどうにかしてほしいですね。

どうにもならないのですよね。入院費用を取るには病室などの基準を満たなさければならず、それは難しいようです。病院の経営側は理解はしてくれていますが、急に救急外来のスタッフを多くするのは難しい。

救急外来には重症用のベッドが3床、中等症用のベッドが6床あるのですが、一晩過ごすのは半分までとしています。スタッフの負荷を考えてのことです。

マスク外して「感染しても医療が受け止めてくれる」は酷な要求

——2類相当から5類へ、マスクの屋内着用の廃止など、感染対策の緩和についてはどう見ていますか?

確かに死亡率や重症化の割合は、デルタの時よりオミクロンでは明らかに少なくなっています。治療薬や感染対策も進歩しました。

しかしこれから定期的に来るであろう波に対して耐えられるぐらい救急医療の予備力がこの3年間で上がっているのかといえば、そうではありません。

医療は経営の観点からは、ほぼ満床で回してやっと利益が出るシステムです。余裕を持って利益が出るビジネスではありません。

それが解決されていない中で、時々来る大きな波に対して「現場で頑張ってください」と言われても、厳しいものがあります。

「マスク外しましょう」「みんな感染しても医療が受け止めてくれるでしょう」と言われると、酷な要求だなと思います。

——もしこのまま感染対策を全面緩和して、常時コロナが社会で流行する「エンデミック」の状態になると、高い感染率のまま、救急も慢性的に逼迫すると理論疫学者の西浦博先生は指摘しています。ひと足先に全面緩和したイギリスでは、救急の逼迫が慢性化して、スタッフが立ち去っていく問題も起きているようです。

この状態がずっと続けば、救急医療は立ち去る人が増えるリスクはあるでしょうね。看護師さんも使命感をもって働いてくれていますが、やはり今は負荷が大き過ぎます。

これまでは医療従事者に対する補助金も出ていて、コロナ対応している病棟の看護師にはインセンティブが付いたりしていました。

対策緩和でそれがなくなっていけば、インセンティブも減るでしょうし、わざわざつらく、リスクのある職場で働こうという気持ちは少なくなると思います。使命感だけではどうにもなりません。

医師もつらい時期がずっと続けば、モチベーションは下がってしまいます。本来、救急医は「なんでも診ますから誰でも来てください」という心構えでやっているのですが、「社会的に搬送困難な発熱の人」の調整ばかりになっていくと、やりがいを失っていくと思います。

もしコロナが5類になって県が入院調整をやめたら、医師同士、病院同士で連絡を取り合うことになるでしょう。そこに時間が取られて本来の診療ができなくなることも考えられます。

救える命が救えない 医師にとっての心の負担

——普段の状況なら救えたのに、コロナ禍で救急が逼迫していて手遅れになった患者さんを経験したことはありますか?

それはよくあります。救急の特徴として、時間との勝負の病気を診ることがあります。敗血症だったり、心筋梗塞だったり、脳梗塞だったり、外傷もそうです。

時間が経つと、命は救えたとしても、麻痺が強く残ってしまったり、有効な治療が受けられなかったりということがあります。場合によっては命を落としてしまうこともあります。

いつもは10分、15分で搬送できていたのが、50分、60分かかってしまう。または搬送先を決めるだけでも1時間かかってしまう。

もっと早く治療できていればもっと軽い後遺症で済んだかもしれないわけですが、それは見えない被害です。見えにくい形で患者さんに皺寄せが来ているのは間違いないです。

——8波で印象的な出来事はありましたか?

例えば、千葉市から心室細動の40代か50代の男性が運ばれてきたのですが、病院に着いた時には心肺停止で死亡確認だけすることになりました。こういう人は本来、千葉市から運ぶような人ではありません。

そういう人でも市外の施設に受け入れ要請をしなければいけない状況が異常なのです。すぐに治療を受ければ救えるし、元気になる可能性も高い。時間勝負であることは救急医だったら誰でもわかることです。

それでも遠くの施設に要請せざるを得ない状況に追い込まれて、搬送時間も長くなり、亡くなってしまう。

脳梗塞でもそんな事例は枚挙にいとまがないです。そういう時間が左右する病気の治療成績は確実に悪くなっていると思います。

——それは救急医としてのやりがいにも影響しますか?

二通りあると思います。「このような患者が救えないなら、この状況をなんとかしなければ」とカンフル剤のように働くのか、「もうこれは絶望的だ」と悪い方向に働くのか。

間違いないのは、思ったように標準的な救急医療が提供できない状況は救急医にとってストレスだということです。

普段なら救えていたはずの人が亡くなってしまう現実は、医療者にとって非常に大きな心の負担になるのは間違いない。そんなことを目の当たりにしてしょうがないとはなかなか言えませんし、そんなことをするために医者になったわけではないのです。

コロナで犠牲になるのは健康格差の弱者

——救える人が救える医療体制があることは私たちみんなにとって良いことですが、今後の政策転換によっては、医療がますます逼迫することも考えられます。

マクロな視点で見れば、医療を守るために経済を停滞させて、失業者が増えて、自殺が増えると言った影響がでれば医療逼迫よりもインパクトが大きいという議論も理解できます。

それなら救急で目の前の人が一人亡くなったとしても、全面緩和の方が費用対効果としてはいいという考え方もあるのかもしれません。

そこのバランスを取るのが政治家です。当然、天秤にかけて考えていると思いますから、決まった方針に対してはガタガタ言いたくはない。

でも医療面から言えば、大切な人が亡くなることは個人にとって非常に大きな衝撃です。それを減らしたいという願いが根底にあるので、医療側に負担を増やすことで、そういう悲しみがもっと増えるのではないかという懸念は大きいです。

また、対策緩和では経済的な問題のことがよく言われますが、コロナ禍で犠牲になっているのは健康格差、経済格差の弱者です。高齢者や経済的弱者は持病をたくさん持っていますし、コロナの感染拡大で一番しわ寄せが来ているのはそういう人たちです。

そういう人たちは、「経済を動かそう」というマジョリティとは違います。その人たちは亡くなっていいのか。そこをどう考えるのかは倫理的な問題だと思います。

——コロナで症状が悪化するのはやはり持病がたくさんある人なのですね。

そうです。それと高齢者、ワクチンをうっていない人です。ワクチン、受けない人は受けないですが、うっていない人の方が確実に重症化しています。

ワクチン、マスクで身を守って

——この状況で、一般の人に救急医の立場から伝えたいことはありますか?

一番呼びかけたいのはワクチンをぜひうってください、ということです。

流行って、かかる可能性が高くなっていく中で、普通、防御はするものだと思います。戦争に行くのに、裸では行かないのと同じです。

できる最大の防御はワクチンです。

それからもし「マスクを取ってもいいよ」と言われたら、逆にマスクをすることのデメリットは何なのかを考えてほしい。密閉した空間で、不特定多数の人が密集していれば感染のリスクは高まるわけですが、そこでしない理由は何か。

「マスクをつけなくてもいいよ」と言われても、そんな場所ならつけていればいいと思うのです。食事の時はさすがにつけられないと思いますが、狭い空間で長い会議をする時はマスクをつけたらいい。

「取りましょう」と言われたとしても、リスクのある場所なら、みんなで取り始める必要はないと思います。

「やらなくてもよい」は、「やってはいけない」とは違います。そうした判断がより個人の裁量に委ねられていくわけですが、できる自己防衛はした方がいいと思います。

飲み会するな、外出するなとは言いません。何が感染のリスクで、何がそのリスクを下げるのか、3年間でわかってきました。その代表がワクチン接種であり、3密を避けることであり、マスクだと思います。

その情報を個人でうまく活かし、自分自身や自分の大事な家族を守ってほしいです。

——それがひいては救急や医療を守ることにもつながるわけですね。

そうです。我々の負担を軽くしてくれますし、そうすれば、いつ自分に起きるかもしれない不慮の怪我や急病の時にちゃんと医療が受けられる状態を維持できます。

地域の感染者数が低いレベルであればあるに越したことはないですが、波が高くなれば、地域の医療のキャパシティには限界があります。コロナはゼロにはならないでしょう。でも、波の高さは低くできるはずです。

それは患者さんが出てから対応する僕らが病院内で何をしてもダメで、一般の人が自分を守る対策を取ることが必要不可欠です。

日本は常に医療にアクセスできて、安価な水のようなものでした。それが日本の誇るべきシステムとしてあり、常に当たり前にあるものだと思われています。でも大事にしなければこのシステムはもちません。

「欧米ではマスクしてません」と言って取るのはいいですが、思ったように病院にかかれないし、かかかろうとしても膨大な待ち時間が発生する欧米の医療と同じ状況になっていいのですか?と問いたいです。

美味しいとこどりは難しい。大事にしないと医療は保ちません。皆さんと手を携えていきたいと思います。

【舩越拓(ふなこし・ひらく)】東京ベイ・浦安市川医療センター救急集中治療科(救急外来部門)部長、放射線科(IVR部門)部長

2005年、千葉大学医学部卒業。千葉大学総合診療部、国保旭中央病院を経て、2012年3月から東京ベイ浦安市川医療センター救急科。2017年、東京ベイ・浦安市川医療センター救急集中治療科(救急外来部門)部長、放射線科(IVR部門)部長に就任した。