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「知識をアップデートして、性の多様性を受け入れる社会を」 日本エイズ学会理事長が会見で呼びかける

HIV感染者の採用内定取り消し訴訟について、日本エイズ学会理事長が会見で見解。「知識をアップデートしてほしい」

HIV感染(※)を告げなかったことを理由に、病院の採用内定を取り消されたのを不当として、社会福祉士の男性が病院を経営する「北海道社会事業協会」(札幌市)を提訴し、勝訴した裁判について、10月23日、日本記者クラブで会見した日本エイズ学会の松下修三理事長が「まさに正しい判断をしていただいた」と判決を評価した。

この訴訟に関しては、同学会は一般論として、HIV感染による就業差別に反対する声明を2018年6月に出しているが、今回、初めて個別の訴訟事例に対する見解を出した。

ただ、被告側に対する強い批判の言葉は避け、「知識をアップデートしてもらいたい」と差別解消のためには正しい知識を持つことの重要性を強調した。

松下氏はまた、「正しい知識のアップデートと共に、性の多様性を受け入れる社会が求められている」と呼びかけ、偏見をなくしていく努力を社会にも求めた。

※HIV(ヒト免疫不全ウイルス)。現時点ではウイルスを排除することはできないが、治療薬を飲み続ければ普通に生活し続けることができる。治療をせずに、ウイルスが体内で増殖し、免疫が落ちることでニューモシスチス肺炎など23の病気を発症した状態をエイズ(後天性免疫不全症候群)という。

「治療の進歩で普通に生活できる」「治療を続けていればうつさない」

松下理事長は、まず会見でこう強調した。

「『正しい知識をアップデート。知ることから始まるスティグマのない社会』。これがエイズを克服するために必要なものだというのが伝えたいメッセージです。それには社会が理解を深めないといけない。エイズは自分と関係ないと思っていたらいつまでたってもなくならないんです」

「HIVは個人の責任ではありません。よく『HIVは自己責任』という人がいるのですが、やはり社会が理解して、治療・検査をしやすいシステムを作って行くべきだと考えます」

HIV感染症は、1996年、複数の作用の異なる抗ウイルス薬を組み合わせる療法が導入されたことで、薬を飲み続ければほぼ一般の平均寿命を全うできる病になった。さらに治療を続けて、ウイルスが検出限界値未満である状態を維持すれば、コンドームなしでもパートナーに感染させないことが研究で明らかになっている。

松下理事長はこう語りかけた。

「エイズは普通に生きられる時代になっています。感染したお母さんがHIV陰性の子どもを産むことができます。普通に生活できます。治療をきちんと続ければパートナーに感染も起こしません」

「これはコンドームをしなくていいということではありません。コンドームをつければ100%感染を防げるし、他の性感染症も防げるから大事ですけれども、治療をきちんと続けている感染者からパートナーには感染しないのです」

「しかし新規感染は続いています。正しい知識のアップデートとともに、性の多様性を受け入れる社会が求められています」

エイズ学会のこれまでの対応 「一般論として」就業差別に反対する声明

HIV感染者の採用内定取り消し訴訟について、エイズ学会は、2018年に同学会の理事会で声明を出すべきか議論があり、「きちんと意見を言うべきだ」という理事と「出すべきでない」という意見に分かれたという。

最終的には、一般論として、「HIV感染を理由とした就業差別の廃絶に向けた声明」を2018年6月24日に、松下理事長の名前で出していた。

「まさに正しい判断をしていただいた」札幌地裁判決

2019年6月に行われた本人尋問では、被告側の代理人弁護士が、「感染は嫌だというのは差別なのか」「医者には自分の身を守る自由がないのか」「100%感染しないと言えるか」と、HIVに関して知識不足の質問を繰り返して、裁判官に制止される場面もあった。

その後、2018年9月17日、採用の内定取り消しは不当であり、採用面接でHIV感染を就職の時に告げる義務はなく、雇用側がHIV感染を確認することは原則として許されないと判断した札幌地裁判決が出た。

これについて、松下理事長はまず、「就職の時に(感染を)言う必要はないし、聞かれる方が不当であるということが法廷ではっきり示された。陽性だからどうこういうのが差別を助長しかねないというのが裁判長の考えで、まさに正しい判断をしていただいたと思っている」と高く評価した。

この判決に対し被告側は、

「『原告がHIV陽性者であること」を理由とした差別的な取り扱いをしたわけではない」(9月18日)

「あくまで原告が虚偽の発言を複数回にわたり繰り返したことにより信頼を失い、職員としての適正に欠けたための『採用内定取消し』の考えは一貫して変わっておりません」「『差別』や『偏見』といった考えはないことは明白である」(10月1日)と2度にわたり、判決文の内容を不服とする見解を出した。

一方で控訴はせず、判決は確定した。

これを受けて、原告側の弁護団は、

「協会が『虚言』と揶揄している原告の言動は、被告病院が個人情報を違法に利用し、採用面接において質問してはいけないことを質問した結果、これに対してやむを得ずなされたものであることは明らか」

「協会の態度は、かかる違法行為を自ら行った事実から目を背け(中略)、判決が指摘する『患者に寄り添うべき医療機関の使命を忘れ、HIV感染者に対する差別や偏見を助長しかねないものであって、医療機関に対する信頼を裏切るもの』です」と反論し、病院側を「司法判断に真摯に向き合う姿勢が全く感じられない極めて不誠実な態度」と批判する声明を出した。

この、病院側の見解について松下理事長は、「院内感染マニュアルもやっていて、差別や偏見はないと書いてありますので、ある意味、日本エイズ学会としてのメッセージは伝わって就職の差別はしないんだと。それはいい」と評価した。

また、「原告が虚偽の発言を繰り返した」として判決に納得していないと見解を出していることについては、こう独自の解釈を述べた。

「採用担当者に配慮したのではないか。もしかしたらすごくいい人で、感染者が来たらいろんなトラブルが起きたり、病気にすぐかかったり、色々聞いたら感染のことを言わないし、ということで病院のことを考えて採用内定の取り消しをした(のではないか)と。ある意味、それなりの評価を受けている人ではないか」

「これはどういうことかというと、採用担当者が知らなかった。今のHIVがどうなっていて、診断を受けて治療を受けている人がいかに生活ができるかということがアップデートされていなかったのではないかと思うのであります」

「怒っているが、批判だけでは社会は変わらない」

BuzzFeed Japan Medicalは、この理事長の解釈について、質疑応答で「病院側の見解に肯定的なように聞こえるが、見解は自分たちがどのような差別をしたかということを認めているような内容には読み取れず、原告や原告の代理人弁護士も怒りの反論コメントを出している。理事長はこの見解が差別をしたことに対して反省しているように読み取れたのか?」と質問した。

松下理事長は、「僕は怒っている側ですが、でも怒ってもしょうがない。結局、なぜあのようなコメントを出されたのかを考えた。僕は決して肯定的ではない。なぜ出されたかというと、採用担当者を守るためだと考えた」と答えた。

この回答に対してさらに、「病院というのは病者に対する差別を積極的になくすように社会に対して発言して、差別をなくすための発信をしていくのが医療者だと思う。この見解は全く反省が見られないし、病院側の方が正しいことを言っているのではないかと勘違いする人も出かねない。エイズ学会の理事長としては、医療者としてどうあるべきか伺いたい」と追加質問をすると、松下理事長はこう返した。

「(知識が)アップデートされていないのが一番の理由だと思うんです。結局、エイズに対するイメージとか、感染者が一緒に仕事をするようになったら心配だとか、そういうことを思っていらっしゃるのではないかと思っただけです」

「まさに差別的な考えなので、そういう考えをやめてもらわないといけないですが、非難するのは簡単です。何をしてもらいたいかというと、(知識を)アップデートしてもらいたいし、知ってもらいたい。一緒に仕事をしないとわからないこともある。むしろ積極的に採用した方がいいわけです。そういう考えになってほしいのです。人権問題は、差別する人を攻撃することが差別をなくすためになるのかということです」

そして、こう述べた。

「そうではなくて、差別的なことをやってきた人たちが何が問題だったのかをはっきりしたい。それはやはり、知らなかったし、アップデートしていなかったし、そういう人が近くにいなかったのでしょうね。そういうことを伝えたかった」

医療・介護施設の差別解消に厚労省はもっと強い方針を

また、治療法が向上したことで長生きする感染者が増え、他の合併症や歯科診療、人工透析、介護などの必要性が生まれているが、医療や介護施設での差別や拒否があることについて、学会としてどう取り組むのか質問するとこう答えた。

「『エイズ予防指針』でも国が(改善を)進めると書いてある。国の方針としてもっと強く出していただくのが必要だと思う。一つ一つ頑張ってご理解いただくしかない。高齢になっていく患者が増えていくわけですから、受け入れていただかないと回っていかないところがあります」

患者を拒否する施設に対して罰則を課しておらず、指針に法的な拘束力がない問題を問われると、「今のところはそういうものがないので、都道府県ベースの指導になるかと思うのですが、今から症例も増えていくので受け入れに対する(公的機関の)指導はもっと強力に出てくると思います。必要性があるからです」

さらに、「早期発見・早期治療」をHIV対策のスローガンに掲げながら、検査で早期発見しても、治療費の負担がなくなる障害者認定を受けるために、病状がある程度悪化するまで無治療で待たなければいけない不安に患者がさらされている問題についてはこう答えた。

「これについては3年半前から厚労省に行き、何回も折衝しているところですが、なかなか今の診断基準が変えられない。他の国では障害者医療ではない特別枠になっていたりするので、そういう考えの方が正しいと思います」

「感染した直後の人がすぐ治療できないのは非常に問題なので、今日も働きかけた。これは非常に重要なことなのでやります」

予防薬も「2020年には世界のスタンダードに」

また、抗ウイルス薬を予防的に飲んで感染を防ぐ「PrEP(プレップ)」については、海外での承認や使用実績が積み重なっている場合に臨床試験を省いて承認申請できる「公知申請」の制度を使って、2020年までの国内承認を目指していることを明かした。

「いろんなことが重なって日本では(承認が)遅くなっています。世界ではPrEPはもうスタンダードになっています。少なくとも2020年は予防も治療も世界のスタンダードになれる年だと思っています」と前向きな姿勢を示した。