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「9波は8波を超えてくる大規模な流行になる可能性」エンデミック化する英国とは違う道をたどる日本のこれから

新型コロナウイルス第9波の流行はどのようなものになるのでしょうか? 理論疫学者、西浦博さんは、先行して流行している英国のデータを睨みながら、日本の流行の見通しを探ります。

新型コロナウイルスの第9波の流行が始まっている。

対策緩和が進む中、9波はどのような流行になりそうなのだろうか?

先行して流行している英国の状況から、日本の9波をどう予測できるのか、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに聞いた。

※インタビューは4月1日に行い、その時点の情報に基づいている。

イギリス 徐々に流行の山は低くなっている

——いよいよ始まった第9波はどのような流行になりそうですか?

対策緩和でデータが減る中、限られたデータから正確な流行状況を確実に捉えることが重要になってきます。

先行して流行している国の状況を見ることは参考になります。英国はすごく良いデータが揃っているので、見ていきましょう。

こちらは救急車が搬送先を見つけるまでの時間のロスがどれぐらいだったかを、地域別にみているグラフです。

英国の中でもイングランドはNHS(国民保健サービス)の仕組みがある中でも救急搬送に苦戦していると批判されている地域です。クリスマスや年末年始は流行状況も悪い中でとても大変な状態でした。

それと比べると今は少し改善しているのですが、慢性的にサウスウェストは45分ぐらいのロスがあります。

でも年末ほどは酷くないわけです。なぜでしょうか?

英国では統計局とオックスフォード大学が協力し、ボランティアの国民に1か月に1回PCR検査を受けてもらって、人口の中でどれぐらいの割合の人が感染しているのかを追いかけている調査(ONSサーベイ)を続けています。

左側の図がそうですが、流行を繰り返すごとに徐々に波が小さくなっているのがわかります。それぞれの山はオミクロンの違う亜系統の流行です。直近はXBBの流行、その前がBQ.1です。

人口全体が感染していく過程で、振幅は落ちています。自然感染を繰り返して感染を阻止できる人が人口中に増えてきたことを反映しています。

エンデミック(※)に向かう中で、こうやって振幅を落としながら最後は一定の値になるというのは数理モデルに基づく疫学理論に対応したものです。

※風土病化し、常時感染者がいる流行状況

確かに陽性率ベースで2%程度のところに向かっているように見えますね。

英国では徐々に救急逼迫、入院者数は減ってきている

新型コロナの流行で何が大変であり続けたのかといえば、感染する人が増えると重症者が増え、医療が逼迫することです。

徐々に流行が減衰していくと、医療を必要とする人のピークも低くなっていきますから、戦いやすくなってきます。

XBBの流行は右側の低い山となっていて、救急の逼迫はこれまでと比べるとダメージが少なくなっているように見えます。

こちらのグラフは英国の入院患者数の推移です。こちらも減衰していますね。

感染者数が少ないと重症患者数も減り、入院患者数も減ります。だんだん振幅が減っていて、直近がXBBの流行になります。

ただ、このXBBの流行はきれいに落ち切っていっていません。間延びしているようにも見えます。収束まで時間がかかっているようです。実は、これも理論に基づく考え通りで、ピークが低い流行は時間がかかると知られています。

それでもこれまでの流行のピークと比べると、医療はかなり楽になっていることが伺えます。

——これはいいニュースですね。日本でも流行の減衰が期待できますか?

残念ながら、これは英国のいいニュースです。この図を見て僕も「XBB1.5はもしかして弱毒化しているのかな」と思って、流行曲線としても楽になるのかなと思っていたのです。でも、そう甘くはなさそうです。

入院者が増えていく日本 英国と違う道をたどる?

——日本は英国ほど感染者が増えたわけではないから、免疫を持つ人が少ないのですかね。

そこがポイントとなります。抗体調査によると、英国では全人口の9割以上が自然感染を経験しただろうと想定されています。

ここで日本の状況と比べたいのですが、このグラフの下の入院患者数を見てみると、日本は流行ごとに規模が大きくなっているのです。

日本は残念ながら、ホップステップジャンプ型です。つまり徐々に振れ幅が大きくなっている。

というのも、パンデミック開始当初からの制御は比較的にうまくいって流行規模は小さく済んできたのですが、だんだん皆さん、リスクと付き合えるようになってきました。政治家の方も度胸がついてきて、肌感覚で「これぐらいの流行なら許容できる」と社会で覚えていっています。

もちろん医療現場は苦しみます。

でも最初の波を考えると、野球でいえば9回表まできているわけです。

何回も波に対峙する体制をとって戦ってきた中で、1回表や2回表と比べて細かな部分も含めて戦い方もわかってきました。それでも日本はホップステップジャンプ型で自然と社会活動とのバランスを取ってきたのがわかります。

グラフの下側は全国の入院者数の実数ですが、第8波はこれで見ると過去最大の入院者数でした。リスク評価を担当する僕の目線からすれば本当はここまで大きくなる流行の前には何らかの措置を打たなければいけないと考えたのですが、それは全く実現しませんでした。

国の「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)」で見た時の全国の第8波のカーブは第7波と肩を並べる程度です。

というのも、次第に診断や報告が精密でなくなってきていて、全感染者に占める患者数の報告率も悪くなっている中での患者数データなのです。だから、入院患者数のようなホップステップジャンプは見られなかった。少なくとも、英国と日本とは明らかに違う状況なのがわかります。

グラフの上側は気管内挿管するかICU(集中治療室)に入っている人を示す重症者数です。一番高い山はデルタ株で、2022年のオミクロン株が出てきた後を見ると、ひいき目に見れば少し減衰しているように見えます。英国のことを想起すると、良い兆候のように思えるのですが、明確には減衰していない。

なぜか。単純なことですが、軽症の人も含んだ全感染者数や全入院者数自体は第6波よりも第7波、第7波よりも第8波、と増えてきたのが実体だからです。

日本は8波を超える?免疫保持者が少ない中で緩和へ

——英国と全然違いますね。

英国のように感染で免疫を持つ人が増えてエンデミックに向かっているような状況と、日本は少し違います。

疫学像で言えば、自然感染が人口内に浸透するスピードは、日本は英国の10〜11ヶ月遅れで進んでいます。もちろん、それは日本で最悪の事態を避けながら進んでいることも影響しているわけですが。

現状のところまで、日本はかなり流行を抑えながらやってきて、自然感染を繰り返すことによる免疫を持つ人が圧倒的に少ない状態にまだいるのです。そしてその中で全面的な対策緩和が進もうとしています。

XBB1.5の流行を制御しようとしなければ、9波は8波を超えてくる大規模な流行になるリスクが十分にあるものと想定されます。

——このまま対策を打たなければ、重症者数はそれほど増えないかもしれないけれど、入院者は増えて医療は逼迫すると考えていいのでしょうか?

今回の流行がこれまでと比べ物にならないぐらい大きくなれば、重症者数も過去を超えることが考えられます。まだ、XBB流行がどちらに転ぶかはわかりませんが、流行は大きなものになる可能性が高いと想定しておいたほうがいい。

もちろん全感染者に占める重症患者や死亡者数はどんどん減ってきています。だから皆さんも強気になっているのでしょう。

しかし、全体の流行のボリュームはずっと増え続けています。日本はそういう厳しい状況にあるのです。

いつも「待ったなし」の状況なのですが、もうノラリクラリとはやれない事情があります。緩和が決まったことに注意する必要があるのです。

感染した人が少ない日本

その中で注目したいのは、厚労省が実施している日本人の抗体保有率の調査です。

この調査で見ているのは「抗N抗体」の保有率で、自然感染した人の割合です。ワクチンで抗体を持った人は含まれません。つまり以下のグラフは年齢別にどれぐらいの割合の人が感染したかを示しています。

日本でも全年齢で見ると既に感染した人は概ね40%を超える状況になっています。第8波では、人口の10%以上、多い地域では30%ぐらいの人が感染しました。

気になるのは右端、60代の抗体保有率です。30%未満ですが、これは2月時点の調査なのでその後の感染を考えると多くても40%未満でしょう。つまり、6割以上が自然感染したことがないことになります。

70歳以上になるとそれ以上の人がまだ自然感染していないのでしょう。

——それはある意味、高齢者で予防接種の接種率が高いからなのでしょうか?

その通りです。また、他の年齢群と比較して、人との接触率が低い状態が保持されているのだろうと推定されます。高齢者の人でいまだにずっと行動を自粛している人もいます。

その一部さえ動き始めるのがこの緩和期です。

高齢者の行き場がなく、感染で体を壊す可能性

——そうなると、高齢者が感染して入院することが増えることが考えられますか?

はい。これまでの医療体制のままなら、入院する人が増えるということです。軽症で入院を必要としていたような高齢者がこれまでより増える可能性が高いです。

しかし、今、医療機関はコロナ専用のベッドを閉じ始めています。民間病院は特にそうですが、補助金が出ずに体制だけ変わるなら、コロナ診療では経営できないということになります。

感染症法上の位置付けが、季節性インフルエンザと同じ5類に変わってベッドが増えるかといえば、むしろこれまでより圧倒的に不足することが予想されます。

だから軽症者を中心とした高齢者の行き場がなくなるのです。おそらくそんな流行になると思います。

地域の開業医も困るでしょう。コロナ感染をした高齢者の外来診療はできても、「この方は入院した上でみておかないと」と判断した人を紹介する先が既に埋まっている、という状況が長く続く。そんな状態に陥るものと思われます。

——高齢者はそもそも持病がたくさんありますから、コロナ感染でそれが悪化したり、入院で足腰が弱って寝たきりになったりして、その結果死亡者が増える可能性もあるのでしょうか?

その通りですね。感染者数が一定レベルになった時に、医療として何を優先するのか、議論をしなければいけない時期が目の前に迫っていると思います。

(続く)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。