• medicaljp badge

孤立と孤独は命の問題だ 地域の人の輪に患者を招き入れる「社会的処方」の挑戦

コロナ禍で人と人との接触が避けられ、ますます深刻化する孤立・孤独の問題。人の健康にも影響を与えかねないこの問題に対し、「社会的処方」という新しい対策が注目されています。どんなものなのでしょうか?

「すみませんー。遅れましたー!ようやく診療が終わりまして…。さて、始めましょうか」

午後7時、宇都宮市医師会の「社会支援部会」が始まった。医療現場で出会う孤独や貧困などの困難を抱えた患者への対応を相談する会議だ。

この日は健診センターの保健師からの事例紹介の日。

「配偶者と死別して、県営住宅で独り暮らしをしている69歳の女性の方です。コロナの影響で秋から体重が8キロも増えたということで、面談中、涙ながらの訴えがありました。隣人とのトラブルもあり、孤独で、食べることで気持ちを晴らしていたようです」

「2回目の面談の際は表情が明るく、ごはんは茶碗一杯だけにしたりと、生活改善をしてくれています」

「でも......これだけでいいのかな?という思いがあります。月1回面談するだけじゃなく、もっと気軽に話ができる場所が必要と思います。やり方がわからないのですが、『みんなの保健室』のような所につないで『社会的処方』をしてみてはと思います」

西智弘『社会的処方』より

社会的処方に熱心に取り組んでいる武蔵小杉の「暮らしの保健室」では、地域で活動するコミュニティナースが住民の困りごと相談を受けつけている。街中にこうした場所があることが地域住民の健康作りの一歩になる

※プライバシーへの配慮等のため、会話内容や事例の方の情報は架空のものへと変更しています。


コロナ渦で誰もが孤独感にさいなまれる中、今年2月、孤立孤独担当大臣が誕生した。

孤独や孤立は、単に「寂しい」といった気持ちの問題ではない。命をも奪うものなのだ。

孤独や孤立はコロナに特化した問題ではなく、歴史の中で連綿と存在してきた。新型コロナによる自粛生活や経済活動の抑制が続くなかで顕在化したため、政治が本腰を入れて動き出した、ということだろう。

具体的な対策を模索する中で今、注目されているのが「社会的処方」。人とのつながりを提供して、その人の生きる力を社会で支えようという新しい試みだ。

医師であり、健康格差の研究を進めている立場から、「社会的処方」の取組に焦点を当て、日本の孤独・孤立対策のあり方について考えたい。

孤独・孤立対策の実際

孤独・孤立担当大臣の誕生に対しては、メディアでは期待の声とともに「どれだけ本気なのか」「遅すぎる」などの批判の声があがっている。

しかし、一定の具体的な動きもみられる。

内閣官房には「孤独・孤立対策担当室」が設置され、3月には省庁横断の「孤独・孤立対策に関する連絡調整会議」が発足した。会議では、60億円の予算を確保して、孤独や孤立の問題に取り組むNPO法人へ最大125万円の財政支援を行うことが決定した

5月には、「世界で初めて」同大臣の活動を始めた英国との連携を深め、共にこの問題に立ち向かうことが決まった。孤独・孤立対策と「社会的処方」は政府の骨太方針2021にも明記され、文字通り政府の重点課題となっている。

では、今進められている孤独・孤立対策とは、具体的にはどのようなものだろうか。内閣官房のホームページには真っ先に「孤独・孤立対策に悩まれている方へ」として相談先一覧が掲載されている。

たとえば、厚労省は心の問題を相談する全国共通ダイヤル、文部科学省は子どものいじめ相談窓口、内閣府は性犯罪・性暴力・配偶者からの暴力(CV)等の被害相談窓口、といったように、これまで各省庁のページに散逸していた支援窓口の情報をまとめてある。

同サイトが次に示しているのが、孤独・孤立対策に取り組むNPO等への緊急支援策の案内だ。「生活困窮者支援」「フードバンク」「子ども食堂」「女性への相談支援」などが例として書かれている。

例えば、フードバンクだ。フードバンクとは、いろいろな事情で売り物にならない食品や各家庭の剰余食品を預かり、それを必要としている人に無償で届ける活動だ。

セカンドハーベスト京都

筆者が暮らす京都市内では「セカンドハーベスト京都」というNPO法人などが活動している。同法人のウェブサイトには有力な地元企業や大手の小売店が協力団体として名を連ねている

「子ども食堂もフードバンクも食べ物の支援であって、孤独や孤立支援ではないのでは?」と疑問に思うかもしれない。

しかし、食は「生きるために必要なもの」というだけでなく、孤独や孤立の問題や、社会との接点が乏しく公的・私的な支援を受けられていない人を発見したり、人と人、組織と組織をつなぐチャンネルとして重要だ。

昭和女子大学の黒谷佳代氏らが2018年度に行った子ども支援の状況についての調査報告書では、こういった食を通じた取り組みについてこう述べている。

栄養面の支援にとどまらず、支援を通じた関わりを通じて家庭内の問題発見に結び付いており、食支援を入口に家庭内の問題を包括的に解決していくきっかけとなりうる」(同報告書概要版2ページ:ダウンロード

世界初で孤独担当大臣をつくった英国の今

孤独担当大臣の元祖、英国はいったいどのような活動をしているのだろうか。

英国が2018年に孤独担当大臣を任命したというニュースは世界レベルのニュースとなったが、その後の具体的な活動内容は、少なくともマスメディアを通じては日本にまで届いてこない。

2018年の任命後まもなく総理大臣が交代したこともあり、「実は孤独担当大臣、もう消滅しているのでは?」という懸念も脳裏をよぎった。

しかし、調べてみるとそれは杞憂であり、現在も活動を続けていることがわかる(1)。そればかりか、コロナの蔓延を受けてその役割は一層重視されているようだ。現在は3代目の孤独担当大臣が指揮を執っている。

具体的な活動を見てみよう。

2021年の政策文書「孤独対策年間レポート」によれば、コロナ禍が本格化した2020年4月、政府は孤独対策の包括的政策プランを提示して、以下の政策などを矢継ぎ早に決定したという。

  • チャリティ(民間公益法人)向けの7億5千万ポンド(約117億円)予算の使途の優先カテゴリーを「孤独対策」とすることを決定
  • 「孤独について語ろう」キャンペーンの開催(孤独に陥りがちな人への差別排除の活動)
  • 「自分と他者へのサポートガイダンス」の改訂
  • 「孤独対策組織ネットワーク」の設置(官・民・チャリティの組織で構成)
  • 500万ポンド(7億8千万円)の特別追加資金、12月に200万ポンド(3億円)追加決定


これまでに60の政策を打ち出し、孤独対策のための126プロジェクトに対して1億1千500万ポンドを使用したと書かれている。今後の活動の3本柱は以下だ。

  1. 差別と偏見を減らす:孤独に関する国民的な会話を構築し、人々が孤独について話したり、助けを求めたりできるようにする
  2. 持続的な変化を促す:人と人とのつながりをつくり孤独を減らす活動を続けてきた組織を支援し、社会の様々な面での政策の立案や実施において孤独対策が持続的なものとなる事をめざす
  3. 人びとの意思決定を支援するためのエビデンスづくりの強化:孤独に関するエビデンス(客観的な情報や学術的知見)や、活動の好事例を増やし、その情報を提供することで人々の意思決定を支援する

いずれも大切なことだ、と素直にうなずける。特に2番目の「持続的な変化を促す」は、筆者が重視する「後世に残るシステムづくり」とも関連するため、着目したい。

孤独や孤立の健康被害はたばこに匹敵 「つながりがクスリになる」

英国での新たなシステム構築の動きとして、健康格差の研究を進めてきた筆者が特に注目するのが「社会的処方」(social prescribing)の推進だ。冒頭の会議の場面でもチラリと登場した言葉だ。

英国には国民健康サービス(National Health Service: NHS)という組織がある。国民の病気の治療や予防に関する公的サービスを一手に担っている130万人の公務員が運営する巨大組織である。このNHSを動員して進めているのが社会的処方だ。

孤独担当大臣設置以降の議論を経て、英国政府は、2023年までに全国のNHS関連機関で社会的処方のしくみを導入するための支援を行うという方針を打ち出している。

社会的処方とは何か。社会的処方の説明をするときによく使われるのは「つながりがクスリになる」「社会とのつながりを処方する」といった言葉だ。

孤独や孤立は、言い換えれば「生活に必要な、社会や周囲の人々とのつながりがない」状態だ。国民の健康を守るための組織であるNHSがこの問題を扱うのは、孤独や孤立が命を脅かす危険な要因であるからだ。

世界中のエビデンスを統合したある研究によれば、その影響はたばこに匹敵する。たばこは日本人の12万人の死因に関係していることからも、孤独孤立対策がいかに重要かがわかる。孤独・孤立を解消すること、つまり人や社会とのつながりをつくることは、命を救うことになるからだ。

とはいえ、「つながりがクスリになる」「社会とのつながりを処方する」という説明はあまりに単純化しすぎており、誤解を生む危険がある。語弊のないように、英国の社会的処方ネットワーク(Social Prescribing Network)の定義を紹介する。

社会的処方とは、社会的・情緒的・実用的なニーズを持つ人々が、時にボランタリー・コミュニティセクター(筆者注:市民による自主的な地域活動のこと)によって提供されるサービスを使いながら、自らの健康とウェルビーイング(筆者注:心身も、社会との関係もよい状態であること)の改善につながる解決策を自ら見出すことを助けるため、家庭医や直接ケアに携わる保健医療専門職が,患者をリンクワーカー(link worker)に紹介できるようにする手段である。患者はリンクワーカーとの面談を通じて、可能性を知り,個々に合う解決策をデザインする。すなわち自らの社会的処方をともに創り出していく(2)

同ネットワークは社会的処方の基本理念を、

  1. 「人間中心性 (person-centredness)」
  2. 「エンパワメント(empowerment)」
  3. 「共創(co-production)


の3点であるとしている。

医師が患者に内服薬を処方し、しっかり飲むように指導する、というような、患者に対する一方的なつながりの提供をするのではない。

患者に寄り添い患者が主体的に自分に必要なつながりを見出すことを支援すること、そして、「つながり」という資源で力を与えるためのしくみを患者とともに作っていくことを大切にしている。

社会的処方のしくみ

ここからは、今年2月に出版された「社会的処方白書」の内容を紹介しながら説明しよう。筆者も加わり、福祉や医療の実務家や専門家10人でまとめた冊子である。詳しくはぜひ同書を無料ダウンロードして読んでいただきたい。

図に示したように社会的処方は「社会的処方者」「リンクワーカー」「紹介先」の3つの要素で構成されている。

「社会的処方白書」 / Via orangecross.or.jp

Healthy London Partnership. (2017). Social prescribing: Steps towards implementing self-care - a focus on social prescribing. p10 Figure 4を元に筆者加筆・改変

医療機関に来た患者や地域で生活している住民が、孤独や孤立、貧困といった生活課題を抱えているとする。その課題に気づいた医療者などは、その人をリンクワーカーに紹介する。

リンクワーカーは、その人と面談を繰り返して信頼関係を構築し、本人が必要と思う地域や社会の様々な活動や制度(紹介先)を提案して、本人のつながりづくりを支援する。

社会的処方を行う人には、「かかりつけ医」をはじめとした医療機関のスタッフが想定されているが、これは社会的処方がはじまったばかりの時期から想定されていた、いわば「伝統的」な社会的処方活動だ。

その後、生活に困った人を”発見”するのは病院や診療所ばかりではなく、様々な主体による地域の場や活動、事業などもあることから、それらを起点とした「革新的」な社会的処方も進められている。

図にあるように、紹介先は実に多種多様だ。趣味の会やボランティア活動といった住民による自主的な場や、職業訓練や生活保護などハローワークや福祉事務所で扱う制度も含まれる。

冒頭の事例では、保健師は「一人暮らしのAさんをそのような地域活動に結び付けたいが、その活動を知らないので結び付けられない」という悩みを打ち明けた。

どうも、こういう説明をしていると、「ひとり暮らしでさみしい人が、住んでいるまちでお友達づくりをするのを助けるということか」といった、なんとなく「ゆるふわ」な活動のように思われてしまうことがある。

もちろん、孤独を感じている人を支えることを軽視するわけではない。しかし医療現場には、他人には想像もできないほどの、数々の困難を背負ってきた方々が少なからずやってくる。

近しい人から虐待や暴力を受け続けながらも誰にも相談できないでいる人が、ある時命の危険となるほどの暴力を受けた後、幸いにもそこに気づいた人がいて、ようやく救急車でやってくることもある。病院に来るまでその人の困難に、行政もNPOも気づいていないこともある。

大きな病を患ったり、大けがをしたりして、命の灯が消えてしまうかもしれないという事態になり、ようやく「医療」という、共に生きるために必要な機能として社会が作り出したサービスにたどり着くのだ。

社会的処方は、医療と福祉のシステムが今まで以上に連携を深めることで、こういった人の尊厳にかかわるような事例を解決するしくみとしても重視されるべきだろう。

社会的処方の実際

英国では、実際どのような社会的処方の取り組みが行われているのだろうか。

上記「白書」を出版した「一般財団法人オレンジクロス」は現地視察を行っており、その報告書には興味深い事例が目白押しだ。

典型的なのは、地域の人々や患者同士が交流や相談の場として活用できる、いわばカフェ型スペースを診療所に設置して、地域の人々に活用してもらうというものだ。

活動に医療機関も緩やかにかかわりつつ、必要に応じて診療所の患者をその場での活動に巻き込んでいく、というスタイルだ。

オレンジクロス「英国社会的処方現地調査報告書23ページ

欧州で普及が進む「男の小屋(men’s shed)」。孤独を深めている男性への紹介先となる場合がある。近所の頼まれごと(家の小修理など)を引き受けたり、ただ仲間とおしゃべりしたり、好きなことをできる「おじさんの居場所」だ。日本にこれがあったら筆者も通って参加者のセンパイに教わりながら、近所の小学校のウサギ小屋なんかを作りたい

英国ではクリニカルコミッショングループ(Clinical Commission Group:CCG)という組織に各診療所は所属している。CCGはNHSにより担当する地域を割り当てられ、地域内の住民の疾病管理と健康づくりに責任を持ち、その人口に応じてNHSより報酬が支払われる(人頭割の支払い制度)。

患者は特定のCCG内の診療所の総合診療医(general practitioner:GPと呼ばれる)をかかりつけ医とする。また支払いの総額は割り当てられた患者の数で決まるため、住民が健康になり診療所に来る人が減れば、その分スタッフにゆとりが出て、通院患者一人にかけられる時間も増え、手厚いケアが可能となる。

NHSは社会的処方を推奨はしているが、義務化しているわけではない。その意味では、社会的処方を明確な「公的制度」化しているというわけではない。

しかし、CCG側からすれば、社会的処方によって地域住民が健康になり、慢性疾患患者のセルフコントロールがよくなれば、住民も診療所も助かる。CCGが自主的に社会的処方を推進するのは、CCGが医療と予防とを共に担っていることが大きい。

予防の手段として、社会的処方の活動を位置づけることに財政面の合理性があるのだ。

日本で導入する時の壁

これが日本の出来高払い制(患者が受診するほど医療機関の収入が増える診療報酬制度)との大きな違いであり、日本で社会的処方を進める際に最も配慮するべき点といえる。

日本の医療サービス提供者側には、患者にいきいきと生活してもらいたいと思うプロフェッショナリズムに基づく社会的処方への意欲がある一方で、医療機関の経営という観点では、社会的処方によって患者が大幅に減れば報酬も減りかねないという意味で、財政面の合理性がない。

社会的処方のような活動を日本で広める場合、このジレンマが足かせとなる。

CCGに所属する診療所の電子カルテには、気になる人を同じCCG内のリンクワーカーに紹介するシステムが搭載されていたり、患者の生活状況や、本人の希望など、リンクワーカーとの面談内容が記録されるシートが実装されていたりする例もある。

イングランド東北部にあるNorth East Lincolnshire CCGや東ロンドンのHackney and City CCGなどでは、社会的処方の推進のツールとして、「ウェルビーイング・スター」というアセスメントシートを活用している(下図)。

オレンジクロス「社会的処方白書」39ページ

社会的処方の推進のツールとして使われる「ウェルビーイング・スター」というアセスメントシート

ライフスタイル・支えてくれる人・症状の管理・仕事や役割・お金・居住地・家族、友人・ポジティブな気持ち、という8項目について患者に自己評価してもらい、その結果をもとに面談を行い、本人が望む社会とのかかわりを共に探り、評価していくという工夫だ。

実は、社会的処方の取組は、すでにイギリス国内にとどまらず世界的な広まりを見せている。

カナダ、ニュージーランド、フィンランド、オーストラリア、シンガポールなどからも活動報告がみられている(3)。世界の取組から学べることがありそうだ。

前編では、孤立対策や「社会的処方」の生みの親である英国の事例を紹介した。後編では、日本での取り組みについて掘り下げてみたい。

(続く)

【参考】

(1)University College LondonのNoriko Cable氏から多くの情報提供をいただいた。記して感謝します。

(2)澤憲明,堀田聰子「英国における社会的処方」https://www.orangecross.or.jp/project/socialprescribing/pdf/socialprescribing_1st_02.pdf

(3)1. 西岡大輔, 近藤 尚己. 社会的処方の事例と効果に関する文献レビュー 日本における患者の社会的課題への対応方法の可能性と課題. 医療と社会 2020; 29(4): 527-44.

【近藤尚己(こんどう・なおき)】京都大学大学院医学研究科社会疫学分野 主任教授

東京都町田市出身。2000年山梨医科大学医学部医学科卒。2005年同博士課程修了。ハーバード大学研究フェロー、山梨大学講師、東京大学准教授などを経て2020年9月より現職。「健康格差対策の進め方」(医学書院)、「社会と健康」(東大出版会)など著者複数。趣味は野遊びとトレイルラン。