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がん患者が「科学的根拠のない治療」にすがる理由 死への不安とどう共に向き合うか

騙される方は悪くありません。騙す方が悪いのです。

13年半も前の話になりますが、卵巣がんになったときに周囲から「マイタケを煎じた汁を飲んだらがんが消えた人がいるらしい」とか、「還元水という装置を使って水を飲んだらがんの予防ができるらしい」などと言われました。

「そんなもので治ったらノーベル賞取れるわ」と、無責任な科学的根拠のない情報を持ち込む善意の人たちに悪態をつく自分がいました。いま思えば、がんは超早期であったし、不安が少なかったから、怪しい情報を信じることなく悪態をつけたのかもしれません。

患者会を始めてみると「科学的根拠のない治療」について患者さんから聞くことが多くあります。

それを選択肢として考えてしまう患者さんの気持ちを知ることにより、誰もがインチキ医療を受けたいわけではないことがわかりました。ただ真剣に自分の命についてなにかできることはないのか考えているのだと。

そして、いかにその人たちの不安をつく形で巧妙に「科学的根拠のない治療」の情報が提供されているのかも知りました。

「科学的根拠のない治療に騙される人は悪くない、騙す方が悪いのだ」

そう思い、日々、がんと不安に向き合う患者さん、家族の相談を聞いています。今日はそんな中から印象に残った3つの事例を紹介させていただきます。
※なお個人が特定されないように、一部一般化して記載しています。

「普通に生活をしてきてがんになったのだから」


日本婦人科腫瘍学会が発行している卵巣がん治療ガイドライン2015によると、卵巣がんの主な原因として「肥満」や「排卵の回数」、遺伝性乳がん卵巣がん症候群などの「遺伝」、子宮内膜症など「慢性的な骨盤内の炎症」等々、複数の原因が挙げられています。

しかし、これらの原因にまったく当てはまらない患者さんでも卵巣がんになる人はたくさんいます。また、原因に当てはまっていても卵巣がんにならない人もたくさんいます。

つまり「これが原因で卵巣がんになった」とハッキリ断言できるものはないのです。

それでも卵巣がんになった患者さんの中には「どうして卵巣がんになったのだろう」と思い悩む人が少なくありません。「再発しないためにどう生きていけばいいのか」という相談もとても多いです。

「がんは生活習慣病」「がんは免疫力が下がったから」という言葉を患者さんはよく耳にされているようです。「主治医には、普通に生活していいですよと言われたけれど、普通に生活していてがんになったのだから何かしないと再発するのではないかと不安です」と訴えられることもあります。

がんの1次予防として、国立がん研究センターがん情報サービスでは「禁煙」や「運動する習慣」などの生活習慣を推奨しています。しかし、これはがんに罹患する前のものであり、再発を予防するものではありません。

そのため、患者さんの中にはインターネットで散見される「四つ足の動物を食べてはいけない」「がんは糖質を好んで増殖する」という情報を真に受けて、過剰な食事制限をされている人もいます。

抗がん剤のなかには高血圧などがあると治療に用いることが難しいものもあります。「血圧を正常な値で保つ」「治療中に落ちた筋肉を戻す」などは体力の向上につながります。また、健康的な生活をされることが本人の気持ちの持ちようによってプラスになるならば目くじらをたてることはないでしょう。

でも、過剰な食事制限を行うことにより、「生きていることが楽しくなくなるほど気持ちが落ち込む」「貧血で日中の生活がままならないほどの体のだるさを感じる」などマイナスにつながることもあります。

過剰に食事や生活習慣を気になさっている場合には、「再発についての不安が強いことを説明し、主治医や栄養士に食事や生活についてのアドバイスをもらってみてはどうか」とお話しすることもあります。

「普通に暮らしていい」という正しいメッセージが時には患者さんの不安を強くしてしまうこともあるのだということを感じました。

「その後を生きて行く夫のために」

患者会に相談に訪れる家族のなかには、あらゆる情報を入手し、こちらが驚くほど勉強されているご家族がいます。

インターネットで臨床試験を検索され、条件に当てはまると思われた場合は日本国内どこへでも夫婦で飛んでいく人もいます。直接研究担当の医師から話を聞いて試験への参加をお願いしているというご家族もいるのです。

しかし、なかには科学的根拠のない治療を「やってみる価値がある」と家族が思い込んでしまい、高額なお金を出して自由診療を希望されるケースもあります。

日頃の主治医とのコミュニケーションから、家族の提案する治療は科学的根拠のない治療であることや費用の割には効果が少ないかもしれないことなどをわかってはいるけれど、チャレンジしてみようと思うという患者さんもいます。

どうして効果が期待されないことがわかっているのにチャレンジをするのか・・・。

お話を聞いてみると、「私は、再発、再々発と続けていてこれからどんどん治療に苦慮し、やがて亡くなるのだと思っています。でも夫は私が亡くなったあとも生きていきます。夫が"やるだけのことはやった"と心の落としどころにしてくれるのであれば、夫の気がすむまで治療を受けることが夫の幸せにつながるかもしれない」と小さな声でお話しされました。

私は「今生きているのはあなた自身であり、あなたの人生なのだから、あなたの思いも大切にした方がいいと思いますが、本当にそれでいいのですか?」と問いかけました。

そのうえで、「ご主人が将来、自分が奥様に勧めた治療はなんら科学的根拠のない治療だったことに気づいたとき、もっと苦しむことになりませんか?」とお話ししました。

その上でなんらかの形で主治医に時間を取ってもらい、ご夫婦で「患者さんにとって最善の医療とは何なのか考える時間を話し合ってみては?」と伝えました。その時には、ぜひ患者さんご自身の希望もしっかり話してほしいと伝えました。

「他の人に効果が見られなくても私には効くかもしれない」

「春になったら卵巣がんの新薬が承認される」と、その日をいまかいまかと待ちわびている患者さんがいました。抗がん剤に次々と耐性ができてしまい「もう次の手はないから、毎日祈るような気持ちで過ごしている」とお話しされました。

しかし、患者さんは待ちに待った新薬が承認された日に、がん性腹膜炎からの腸閉塞を起こしてしまい緊急入院となりました。

「主治医からこれ以上の前向きな治療は難しいと言われました。薬が届くのを待っていたのにどうして・・・やっと承認されたのに・・・」

退院した足で、患者さんは自由診療の高額な免疫細胞療法を受診し治療を受けることを決めたと聞きました。

これまで「標準治療が最善の治療だ」と理解をされていた患者さんだと思っていたので、とても驚きご自宅に伺いました。

「科学的に証明されていない治療は効果が証明されていないだけじゃなく、予期せぬ副作用などもあるかもしれない」と私が話すと、その方はこう話されました。

「効果がないと主治医も言いました。主治医はそれだけのお金があれば旅行に行ったらどうだと提案もしてくださいました。でも、もう少し生きられたら孫が生まれるかもしれない。ちょっとでも病気の状況が良くなったら使えなかった新薬を使うことができて、次の新薬が承認されるのを待てるかもしれない」

「私にとっては、たとえ1万人に効かない治療であったとしても、私に効くかもしれない可能性があるならばやりたいの。旅行にお金を使うよりも、治療に使いたいの。やるだけのことはやったと思いたいの。それとも片木さん、私に絶対に効果は出ないという証明はできますか?」

こうした科学的根拠のない治療に関して「迷っている」「効果があるのか知りたい」という段階であれば、こちらの説明に患者さんは耳を傾け、主治医の説明にも耳を傾けてくださることが多いです。

しかし他に有効的な治療法を提案する手段がない中で、「それだけのお金を出す価値がある」と心の中で評価を固めてしまったものを他人が否定することはとても難しいのも事実です。

患者さんは私が科学的根拠のない治療を否定していることは理解していましたので患者会を抜けるといいました。

私は「なぁに言っているの、不安でしょうがないのに一人になっちゃいけないよ。元気になったら新薬受けるのでしょ?これまでどおり患者会の仲間でいてよ」としてサポートを続けましたが、1ヶ月ほどで天国に旅立たれてしまいました。

患者の言葉の裏には不安があることを知り、患者にとっての最善を提案できる医療へ


今回ご紹介した3人の患者さん以外からも患者会には多くの「科学的根拠のない治療」について思い悩まれる患者さんや家族からの相談が日々届きます。

相談を受けていて感じるのは、「がん」という病気になったことからのショック、そして「再発すること」「治療がなくなること」「重い副作用がでること」に対して不安感を持っている患者さんが思いのほか多いということです。

朝起きて家事が終われば、パソコンに向かい、気がつけば夕方になっていたというくらいインターネットにアクセスし「なにか少しでも良くなる方法はないのか」「自分の体のためにできることはないのか」と調べているなんて話もよく聞きます。

いまや患者さんの「情報がなくて不安だ」という声は、「本当に情報が少ない・届いていない」ではありません。「情報の濁流に溺れていて、なにが正しいのか選ぶことができない」のではないかと思います。

患者さん、ご家族にとって、主治医からの説明は得られる情報としてとても重たい情報です。
主治医に不安を訴えても「気のせいでしょ」「考えすぎ」と軽く流されると、「不安をわかってもらえない」と残念な気持ちになります。

標準治療を実施するにあたっても「科学的根拠があるからです」で済まされるとしましょう。「たくさんの人にとってよかった治療であることはわかります。でも私にとってどうしていいと思うの?」と患者さんの気持ちはついてこず不安になってしまいます。

いま、この原稿を書いているときにも治療に苦慮している患者さんからメールをいただきました。「主治医の説明に希望がみえません」と。

「もう抗がん剤をしても効果はないと思われる」
「治療をしないという選択もある」
「緩和ケアを探しましょう」

まだ生きているのに終わったような言葉を突きつけられる・・・主治医は嘘をついていない、けれども、それを聞く患者さんの気持ちは冷え切ってしまいます。

限られた診療の時間のなかで「医師としての経験」「科学的根拠」からどうしてその治療が患者さんにとって最善と思われるか説明をすること、がまず必要です。

前向きな治療がたとえできなくても、「そのなかでどういう選択をすることが患者さんにとっていま必要なのか」説明することが、ひとつの解決へのキーワードになるのかなと思います。

同じ説明をするのにも「もう治療法はありません」ではなく「あなたにとって今必要なのは痛みを取ることです。痛みをコントロールできたらまた一緒に考えましょう」という言い方にすれば患者さんは「希望」がもてるのではないかと思うのです。

そして、その治療や今後の「決定」に対して患者さんの参加を求め、一緒に治療を決めていくプロセスを踏むことが患者さんの納得につながるのではないか。そしてそれが、「科学的根拠のない治療」から患者さんを遠ざけ、「私(患者さん)と向き合ってくれる主治医と一緒に頑張ろう」という気持ちにつながるのではないかと思います。


【片木美穂(かたぎ・みほ)】 卵巣がん体験者の会スマイリー代表

2004年、30歳のときに卵巣がんと診断され手術と抗がん剤治療を受ける。2006年9月、スマイリー代表に就任。2009年~14年 婦人科悪性腫瘍化学療法研究機構倫理委員、2009年~北関東婦人科がん臨床試験コンソーシアム倫理委員(現職)、2011年厚生労働省厚生科学審議会医薬品等制度改正検討部会委員、2012年、国立がん研究センターがん対策情報センター外部委員、2014年厚生労働省 偽造医薬品・指定薬物対策推進会議構成員、2015年~一般社団法人 東北臨床研究審査機構理事(現職)。


2010年12月、「未承認の抗がん剤を保健適応に ドラッグ・ラグ問題で国を動かしたリーダー」として、日経WOMAN主催の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2010」にて「注目の人」として紹介された。ドラッグ・ラグ問題での経験を活かし、臨床研究の必要性や課題、医薬品開発についてさまざまな場所で伝える活動をしている。


※この記事は、Yahoo! JAPAN限定先行配信記事です。