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コロナ急増の先進国は米国と日本くらい? グラフが拡散→「ミスリード」と指摘相次ぐ、専門家の見解は

グラフをシェアしたのは、内科医でNPO法人「医療ガバナンス研究所」理事長の上昌広医師。日本は棒グラフ、ほかの国は折れ線グラフで示されているが、一見すると日本の新規感染者数が諸外国を超える勢いであるように見える。

新型コロナウイルスの感染者が急増している先進国は「トランプを支持する米国の一部と日本くらい」としてシェアされたグラフがTwitterで拡散している。

このグラフは一見すると、各国に比べて日本の感染者数が突出しているように見えるが、「ミスリード」であるとの指摘が相次いでいる。グラフの縦軸の値が、日本とそのほかの国で10倍以上も異なるからだ。

シェアした医師は「実数ではなく推移を比較したもの」としているが、別の医師や専門家からは「科学者として絶対にやってはいけないこと」との批判もあがっている。

グラフをシェアしたのは、内科医でNPO法人「医療ガバナンス研究所」理事長の上昌広医師。野党の推薦で、新型コロナウイルスに関する参議院の公聴会に出席した経験もある。グラフは8月3日、以下のような文言とともにツイートされた。

「真夏の北半球でコロナが急増している先進国は、トランプを支持する米国の一部と日本くらいです」

グラフは「各国と日本の人口10万人あたりの新規感染者数の推移」とされ、日本の新規感染者数の縦軸は0〜12人、イタリア、ドイツ、イギリス、フランス、カナダの縦軸は0〜140人となっている。

日本は棒グラフ、ほかの国は折れ線グラフで示されているが、一見すると日本の新規感染者数が諸外国を超える勢いであるように見える。

グラフは1万以上リツイートされるなど拡散し、立憲民主党の蓮舫氏も「検査数が圧倒的に少ないのに、時間軸で感染者は増加」などと引用リツイートしていた(その後削除されている)。

しかし、Twitter上では医療関係者を含め、グラフの縦軸の値が日本とそれ以外の5カ国で大きく異なる点に関する指摘が相次いだ。上医師はその後、批判に触れ、以下のようにツイートした。

「色んな意見がでていますね。欧米と軸が違うことを重視する人がいますが、PCR検査数が違うため実数の比較可能性はありません。ただ、同じ国で時間軸の比較は可能です。日本だけ増加しているのは明らかです」

上医師はこのツイートに改めてグラフを添付したが、日本以外の国の値そのものが削除されているものだった。こちらも4000以上リツイートされている。

「批判は真実に基づいて慎重に行われるべき」

Twitter上で上医師のグラフの不備を指摘し、軸の値を揃えたグラフ(上記)を投稿した医師・MPH(公衆衛生学修士)の手を洗う救急医takaこと木下喬弘さんは、BuzzFeed Newsの取材に「率直に言ってとてもミスリーディングだと思いました」と語る。

「今回の当該ツイートを一目見たら、まず欧米諸国と日本を比較するはずで、線グラフの高さと棒グラフの高さを見比べるのが普通でしょう。そうすると、まるで今や日本の方が患者数が多くなってしまっているかのような錯覚に陥ると思います」

「更に、『真夏の北半球でコロナが急増している先進国は、トランプを支持する米国の一部と日本くらいです』という文章が、誤解を加速させています。総合的に、とてもミスリーディングだと思います」

木下さんは、誤解をしていた人が多かったとして、縦軸を揃えたグラフをアップしたという。そのうえで、こうも指摘した。

「もちろん、日本の感染者数が増加傾向にあること自体は事実ですし、上先生が批判されているように政府の対応が完璧とも思いません。ただ、批判は真実に基づいて慎重に行われるべきで、批判ありきでデータを提示するというのは科学者として絶対にやってはいけないことだと考えています」

「今回の件でいえば、『欧米に比較して感染者数が多いように見せる』のはとてもミスリーディングだと思います。あくまで、『増えてはいるけれども他国ほど状況は悪くない』ということを前提に、今後の感染対策を議論するべきではないでしょうか」

上医師は「絶対数の比較ではない」と反論

一方の上医師は、BuzzFeed Newsの取材に「実数を比較するためのグラフではない」と、あくまで時系列の変化(取材後に「推移の比較」であるとツイート)を示すためのグラフであると反論した。

「日本で(感染者が)増えているという現象が果たして、北半球の先進国で共通の現象なのか否かを調べています。結果的に日本は要注意であるという結論になりました」

「真夏の北半球で増加しているということを、私は異様だと感じている。そのようなことが日本以外でも起きているのか、比較可能性があるG7で検討したが、アメリカは州ごとであまりにも違うので外し、G6のなかで変化率を見るために検証をしたのです」

絶対数の比較であるとの誤解を招くのでは、との指摘については「絶対数は、PCR検査体制などの条件が違うから比較してはいけません」とも語った。

「このグラフは増えているか、減っているか、変化を時系列で比較するためのグラフです。縦軸が圧縮しようがされまいが、増えているか減っているかは比べられるんです」

そのうえでグラフは大きな誤解を招いているわけではないとの認識を示し、医療者らから指摘が相次いだことについては「絶対数が少ないのは事実だが、変化率についてコメントをしないのは曲解。絶対数の比較をして、日本は少ないから問題ないという立場の方は大きな声で言われればいい」とも語った。

専門家「本質が見えなくなる」

しかし、こうした上医師の反論に対し、データやグラフの扱いについて厳密な公衆衛生や疫学の専門家は厳しい見方を示している。

名古屋市立大学公衆衛生学教授で疫学者の鈴木貞夫さんはBuzzFeed Newsの取材を受け、同様のデータを元に、上記のグラフ(図1)を作成。そのうえで、こう語った。

「最も重要なのは軸をそろえることです。同じものを見ているわけだから、2軸にするにはよほどの理由がなければなりませんし、(今回の場合は)よほどの理由はありません。また、毎日の報告のデータではなく、移動平均を取るべきです。特にフランスは変動が大きすぎて、本質が見えなくなっています」

「私のグラフを見てわかる通り、このグラフからなにか『日本だけが』というものを見つけ出すのは困難でしょう。図1を見て『これは2軸にした方が適切だ』と考える人はいないと思います」

また、上医師の「真夏の北半球でコロナが急増している先進国は、トランプを支持する米国の一部と日本くらいです」という点については、以下のような見解を示した。

「移動平均をとるとフランスも上昇傾向にありますし、そもそもこの6か国の選択肢の中に(再び新規感染者数が急増している)スペインが入っていないということにも、何か理由があるのでしょうか」

「日本だけ大変なことが起きている」わけではない

鈴木さんがここで示したのは、ほかの国の推移を示した以下のグラフ(図2)だ。

「真夏の北半球、先進国という限定も特に意味があるとは思えず、単にインドやオーストラリアを除きたかったからとしか思えません。 今後はともかくとして、現状は『日本だけ何か大変なことが起きている』わけではないのです」

また、上医師の「縦軸が圧縮しようがされまいが、増えているか減っているかは比べられる」という主張についてはこう言及した。

「正誤だけから言えば正しいと思います。しかし、それはこの(上医師の)グラフが適切であることを意味しませんし、データの見せ方に対して誠実な物言いではありません。疑義に対してこのような答え方をする人を私は信用することはできません」

「増えているか減っているかが見たければ日本だけ見せればそれは明らかですし、他の国を描くということは『比較』になりますから、条件をそろえるということは『疫学では当たり前』のことです。上先生の専門はおそらく疫学ではないので,疫学の専門家に相談するべきでした」

そのうえで鈴木さんは、メディアなどを通じて数多くみられる「疫学の専門外からの疫学的な主張」についてもこう苦言を呈した。

「せっかくの機会ですので書きますと、コロナ禍に関連して、疫学の専門外からの疫学的な主張が数多くなされています。市民はそれをメディアを通じてしか見る手段がありません。したがって、メディアはひとつひとつの主張の正誤や適否を真剣に考え、エビデンスの高いものだけを取捨選択して伝える責任があります」

「また、そうでないものをメディアが発信してしまった場合、それが正しくなかったことをきちんと報道する義務があると思います。また、同じ方が続けて発言されていますが、発言が正しいものであったかをしっかりと吟味し、その上で次の発言に進んでもらうことも大切だと思います」