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「五輪の恩恵なんて…」東京都にある村が直面している「危機」とは

東京都の本土ただひとつの村。その限界集落で今、起きていること。

都心から1時間30分ほど車を走らせると、緑豊かな集落にたどり着く。東京都檜原村。都の島嶼部以外では唯一の村だ。面積の92.5%が森林で、駅も、コンビニも、チェーン店もない。

人口は2266人(6月1日現在)と、最盛期(1945年、7103人)の3分1ほど。この国の地方が当たり前に悩んでいるそれと同じように、急激な少子高齢化に直面している。

30年後までに消滅するおそれがある「消滅可能性自治体」にも名前があがる。そんな村に暮らす人たちは、都議選を前にしていったい何を感じているのか。

300年続いた「祭り」の危機

「都心の人は五輪で東京が活性化すると思っているけれど、私たちにはほとんど恩恵はないんじゃないかな」

BuzzFeed Newsの取材にそう語るのは、檜原村の中でも高齢化が著しく、「限界集落」と言われている藤倉地区の小泉民行さん(70)だ。

村役場から車で30分ほど。バスの終点、都道205号線も行き止まりという場所にある集落だ。約30世帯が暮らすが、そのほとんどが単身もしくは2人暮らしの高齢者。

この村で生まれ育ち、自治会長も務めていた小泉さんは、現状をこう嘆く。

「もはや、年寄りばかりの限界集落です。一人が亡くなれば、一軒の家がなくなるような状況。昔に比べて、どんどんと賑わいがなくなっている」

「若い人が入ってくれれば良いけれど、お店なんかも遠く、生活も大変だから難しい。集落が消えてしまうという危機感がありますし、このまま運営していけるのかどうかも見えない」

人が減ることにより、冠婚葬祭や神社の例祭の運営に支障が出ている。300年以上続いてきた「獅子舞」の存続も危ぶまれている。

「演目は12あるんですが、ひとつに1時間かかる。身支度も入れれば13〜14時間かかることになってしまいます。動きもハードなので、高齢者には難しい」

1781年(天明元年)。いまの奥多摩町から集落に伝承された獅子舞は、毎年秋に神社の例祭で奉納されている。

天下泰平、五穀豊穣、無病延命を祈るもので、都の無形民俗文化財にも指定されている貴重な伝統芸能だ。

「3、4年前から演目を半分にして、なんとかしのいでいます。あと数年は大丈夫かなと思いますが、後継者も少なく、舞はいずれできなくなるでしょうね」

止まらぬ人口減少

檜原村には26の集落がある。藤倉地区と同じような課題を抱えているところがほとんどだ。村づくり政策を担う企画財政課・課長補佐の藤原啓一さん(43)はいう。

「集落機能を維持できるかどうかが、多くの地区で危ぶまれています」

賃貸物件や仕事の少なさゆえに、結婚や就職を機に若年層が流出しているのも課題だ。だが、一番の要因は自然減だ。

「2003年に始めた若年層向けの村営住宅の建設により、120人ほどが定住するようになりました。それでも、自然減のペースが大きいです」

村の高齢化率(65歳以上の割合)は48%で、2人に1人が高齢者。毎年70人近くが亡くなっているという。

将来推計人口によると2025年には人口が1700人台に、40年には1200人台になるとみられている。ピーク時(7103人、1945年。疎開の影響)と比べると、その差は大きい。

檜原村は、民間研究機関「日本創成会議」(座長・増田寛也元総務相)が2014年5月に発表した「消滅可能性都市」にも名前が挙がっている。

この通称「増田レポート」では、2010年からの30年間で、20~39歳の女性の人口が5割以上減少することを「消滅可能性」の指標にしている。

檜原村の減少率は74.2%。これは奥多摩町(78.1%)に次ぐ都内で2番目の値で、全国上位100番内にも入っている。

「秘策があったら聞きたい」

藤倉地区のような辺縁の集落だけではなく、中心部の賑わいもなくなっている。観光協会長の幡野庄一さん(78)は「さみしくなった」という。

記憶の中の役場周りには、酒屋や魚屋、旅館や料理屋などの店が十数件、並んでいた。

1960〜70年ごろの人口は6千人近くだ。主要産業だった林業にもまだ盛り上がりがあり、村にはたしかに活気があった。

「40年で、みんななくなっちゃったよ」

銀座で喫茶店を開き、引退を機にUターンしてきて驚いた。周囲は、床屋や雑貨屋などの数店舗しか残っていない。輸入木材に押され、林業も衰退した。

「こういう実情じゃあ、若い人が増えるわけがないんですよ。じゃあ何をすれば良いのか、と言われても僕らにも思いつかない。秘策があったら聞きたいくらい」

いまは役場の1階でカフェを営んでいる。コーヒーをすすりながら、幡野さんは笑みをこぼした。

「でもね。僕は、檜原村は絶対になくならないと思いますよ。甘い考えかもしれないけれど」

住民による取り組みも

実際、みんなが無為無策でいるわけではない。役場だって、「消滅」を防ごうと力を入れている。

たとえば、冒頭の藤倉地区では集落の機能集約のため、中心部に高齢者向けの村営住宅を2棟建設した。

課長補佐の藤原さんは今後の村づくりの方向性について、こう語る。

「人口は徐々に減っていく。ただ、1千人を切っても消滅していない村や町はたくさんありますよね」

「外の人を無理に呼び込み、人口を増やそうとするだけではなく、まず、地元の人たちが幸せに生きられるようにすることが、大切だと考えています」

村営住宅の建設といった若年層への定住支援策だけではなく、空き家対策や、補助金による林業支援にも力を入れる。2016年には第三セクターによる、村で初めてスーパーマーケットがオープンした。

観光振興にも余念はない。山間部という地勢を生かし、2011年から毎年、自転車レース「東京ヒルクライム」を開催している。

また、小池百合子知事が地域振興のために始めた「焼酎特区」の実現めどが立ったことを受け、「じゃがいも焼酎」の生産にも取り組む予定だ。

住民による様々な取り組みも進む。人里(へんぼり)地区では、住民が新たな祭りを企画しているという。

古民家を改築したゲストハウス「へんぼり堂」ができたことが、ひとつのきっかけだ。お寺がカフェを始めたり、パン屋や新たな宿泊施設ができたりする動きもある。

大きな政治に頼らない

へんぼり堂のスタッフ・伊藤昌兵さん(29)はここに暮らして1年9ヶ月。23区内で生まれ育ったといい、「都内に村があることは、知りませんでした」と笑う。

「もともと何もないと思っていたところに宿屋ができて、人も来たというのは、地元の人には驚きだったようです」

「消滅」への危機感があるなか、活気を作り上げようとする挑戦が始まった。伊藤さんも植樹活動や、新しい祭りを作ろうとする地元の人たちの動きに、積極的に参加している。

都議選では、主要各党が公約で「多摩地域の振興」「多摩格差の解消」などと掲げている。ただ、選挙戦で具体的な議論が深まっているとは言えないだろう。

「豊洲や五輪などの大きな都の政策から外れているとは、僕も、村の人も感じている。物理的にも仕方ないことですよね」

「大きな政治とか大きな経済ではなくて。そこに暮らす個々の人たちが楽しくいろいろやっていけば、それが集まって良い変化が生まれるんじゃないでしょうか」

「限界集落」である藤倉地区も、負けてはいない。小泉さんも仲間たちとともに、紅葉の植樹活動を始めた。

10年、20年後に観光資源になれば、との思いからだ。国指定重要文化財の古民家近くには、ハイキングコースも設けた。小泉さんは、言葉に力を込める。

「都政もテレビで取り上げられるのは中央のことばかりだし、落差は感じますね。ただ、そういう現状に不満を言って、変えてもらうのを待ってもらっていては遅い。小さいことから、やっていくしかない」

諦観でも、悲観でもなく。何かできることを、と希望を見出して。村はたしかに、前に進もうとしている。


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