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過労死した娘は、結婚を控えていた。奪われた記者の命とその未来

31歳だった彼女は、なぜ亡くなったのか。NHKの長時間労働の実態とは。

娘の薬指に、婚約者がエンゲージメントリングを差し込んだ。その身体が、荼毘に付される前に。

4年前の過労死が公になったNHK首都圏放送センターの記者、佐戸未和さん(当時31)。

結婚をすぐあとに控えていた彼女は、なぜ死ななければならなかったのか。ともに働く誰かが救うことは、できなかったのか。

BuzzFeed Newsは、佐戸さんの両親に話を聞いた。

佐戸さんが過労死したのは、2013年7月のことだ。

ふた月連続で東京都議会選挙、参議院議員選挙があり、取材に追われていた直後。参院選の投開票日の3日あと、自身の送別会から帰宅し、亡くなった。

いちばん最初に、その変わり果てた姿を発見したのは、婚約者だった。

連絡が取れないことを不安に思い、遠方から都内のマンションに駆けつけたところ、ベッドの上で寝たまま息絶えている佐戸さんを見つけたのだ。その手には携帯電話が握られたままだった。

プロポーズを終え、婚約指輪はどれにするか決めていた。結婚を控え、家具選びも済んでいた。両家の顔合わせも、もうすぐだった。

それなのに。

「本当だったら。これから結婚をして、子どもを産んで、普通の家庭を築くはずだったんですよね……」

BuzzFeed Newsの取材に応じた佐戸さんの母親・恵美子さん(68)は、目に涙を浮かべてそうつぶやき、うつむいた。

終業時間は「26時56分」

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佐戸さんはその当時、東京都政全般を担当する部署にいた。

2013年の夏は、東京で選挙を担当する記者にとって、特に忙しい年だった。東京都議選と参院選が6月、7月と続いたからだ。

選挙担当者の取材は、候補者たちの「当選確実」を他社よりもいち早く報道するために日々駆け回ることになる。

佐戸さんも街頭演説のみならず、候補者や陣営関係者の取材に奔走。さらには出口調査や選挙情勢会議を、幾度も重ねていた。

両親が勤務記録やタクシーの乗降記録などから独自に調査した結果によると、亡くなる直前ひと月の時間外労働時間は209時間、その前の月は188時間だったという。

参院選の投開票日までは、20連勤を超えていた。終業時間に「26:56」「25:00」などの数字が並んでおり、勤務が深夜に及んでいたこともわかる。

父親の守さん(66)はいう。

「仕事量が、多すぎたのでしょう。異常ですよ。日々の勤務表を上司が見ていて、こんな状態であれば、普通は休ませるはずですよね」

「選挙は、あらかじめ予定されているもの。どれだけの仕事があるか事前にわかるはずなのに、その分担などの労務管理ができていたとは到底言えないのではないでしょうか」

父に送られたメールに「辞めたい」

「警察の人と飲むときは、話の内容を忘れないようにお酒をあとから吐くんだよ」

鹿児島に赴任していたころ、佐戸さんはそんな話を恵美子さんにしていた。

取材先との酒に付き合うことが多かったが、そこで得た情報を忘れずすぐ報告できるよう、宴席後は酔いを冷ますために喉に指を突っ込み、トイレで吐く。それを日々、繰り返す。

いつの間にか、その指には「吐きダコ」ができていた、という。

深夜や早朝に取材先の自宅を訪問し、情報を得る「夜討ち朝駆け」では待ち時間が多いため、膀胱炎になったこともあった。

亡くなるひと月前の31歳の誕生日には、扁桃腺を腫らして高熱を出し、点滴を打ってから仕事に出ていた。

「未和の身体は、もう限界だったんでしょう」

選挙が終われば、佐戸さんは横浜総局へ異動する予定だった。神奈川県政を担うチームのリーダーである県庁キャップを任されることになっていた。

しかし、両親や婚約者には「いまより忙しくなる」「良いことなのかな……」とこぼしていたという。

その身体だけでなく、精神も、限界まで追い詰められていたのだろう。

父親が誕生日に送ったメールに対し、「滅多に弱音を吐かない」佐戸さんは、こんな返信をしている。

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パパへ

なかなか悲惨な誕生日だったけど、何とか体調も戻ってきたよ。

都議選は終わったけど、もう1ヶ月もしないうちに参院選・・・

それが終わったらすぐ異動だよ。

忙しいしストレスもたまるし、1日に1回は仕事を辞めたいと思うけど踏ん張りどころだね。


もし、誰かが声をかけてくれていれば

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当時、佐戸さんが所属する都政担当のチームは、5人中4人が年上の男性。いちばん下っ端で、独身だった佐戸さんに仕事が集中することは常だった。

実際、選挙の取材でもベテラン勢の上司たちが分担して大きい政党を担う一方、佐戸さんには複数の政党や無所属候補があてられた。取材先が多い分、負担も大きかった。

恵美子さんは言う。

「未和は、唯一の女性としても、年下としても、すごくストレスを感じていたみたいです」

仕事の合間を縫ってたまに会うことができた際には、「風通しが悪いんだ」と、こぼすこともあったという。

その死後、元同僚から聞いた話では、「とにかく、すぐ出せるようなネタを取ってこい」という指導方針が徹底されていたという。

「未和はひとつのテーマをじっくり掘りたいと思っていた記者でした。『すぐ結果を出せ』というタイプの上司たちと、どこかギクシャクしていたようでした……。もしかしたらあの子は、一人きりで抱え込んでいたのかもしれません」

「それでも、チームの誰かが一言声をかけてくれていれば。少しでも配慮していてくれれば。未和は、死ななくて済んだかもしれないのに……」

恵美子さんがそう肩を震わせる傍で、守さんも言葉に力を込める。

「上司や一緒に働いていた同僚たちには、未和を見殺しにした責任があるということを、今後一生、忘れないでほしい」

公にされなかった、その死

その死から、4年が経った。

NHKは2016年末、新入社員の過労自殺が明らかになった電通の問題を皮切りに、「過労死問題」を積極的に報じていた。

2014年4月、労基署に過労死が認められた佐戸さんのことには、触れることはなく、だ。

その内部で、「未和の死」は共有されてきたのか、働き方は改善されているのか——。そんな不信感を抱いた両親が行動を起こしたことで、佐戸さんの死が公にされた、とも言える。

NHK側は「当初、遺族は公表を望まなかった」としているが、遺族側は否定しており、見解が異なっている。

いずれにしても、この問題を知った大手メディアの記者からは、「他人事とは思えない」という声をたびたび聞く。全国紙で記者をしていた私自身だって、そう感じた。

記者の働き方は、佐戸さんの両親がいうように「異常」だ。NHKに限ったことではない。

事件や事故、大きな政治的動きなどがあれば、時間外労働が200時間を超えることは決して、めずらしくない。

それぞれの持ち場で起きた物事に対し、担当記者が徹頭徹尾の責任を負わなければならない構造になっているからだ。

「寝られるときに寝ておけ」「食べられるときに食べておけ」とアドバイスされることだってある。

そんな「働き方」が許されているからこそ、チームや組織で労働を管理するという考え方ではなく、その責任が「個人」に押し付けられてしまう。

実際、佐戸さんの死後、労務管理の不備を指摘する両親に「記者は個人事業主のようなもの」と語る上司がいたという。さらに、百か日法要の宴席で、こんな言葉を言い放った同僚も。

「自己管理ができない記者は、エースとは言えません」

「憧れの仕事」だったはずなのに

佐戸さんにとって、記者は憧れの職業だった。

一橋大学の在学中から、学生ラジオ局「BSアカデミア」のニュース班に参加。米軍ヘリ墜落事故が起きた沖縄など、様々な現場を取材し、自ら感じた疑問や、思いを伝えてきた

就職活動のとき、NHKに提出したエントリーシートには、その熱い想いが記されている。

多くの人の声をすくいあげ、人々の選択肢の数を増やすことのできる記者になりたい。

NHKの看板に頼るだけでなく、記者として私が人々の信頼関係を得ていきたい。


いまも大事に保存されている遺品の中には、「待機児童」や「いじめ」「里親」など、テーマごとにきちんと整理された取材ファイルがあった。ノートには、読みやすい文字で、事細かに時々の描写が記されていた。

几帳面で、そして取材先への思い入れが深い。そんな佐戸さんの性格が、にじみ出ている。恵美子さんはいう。

「社会を少しでもよくしたい、弱いものに寄り添いたい、そんな願いを持っていた未和が、一番弱い立場になってしまっていたんですよね」

死後に届いた「報道局長特賞」

その死後、「都議選、参院選での正確、迅速な当確を打ち出したことにより、選挙報道の成果を高めた」として、NHKから両親の元には「報道局長特賞」が届いたという。

「選挙結果を一刻一秒はやく出すために、未和は命を落としたんですよ。腹が立ちます。本当に、悲しい。もうあの子は帰ってこない。死ぬまで、働かされたんですから」

エントリーシートの「私はこういう○○になりたい」という項目には、「家族」と記されている。自らが望んでいた、理想の姿も。


記者になると、忙しく、自分の家族を持っても一緒に過ごせる時間はとても少ないだろう。だからこそ、家族だから何でも知っている、と決め付けるのではなく、少しの時間でも、全力で相手の話を聞きたい。

そして将来、自分の子供が大きくなったときに、『私の家族は、一緒に過ごす時間は少なかったけど、ちゃんと話を聞いてくれたよ。』と言われるような、そんな家族に私はなりたい。


過労死、長時間労働、ハラスメント、仕事と生活の両立や男女格差……。

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