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「日本人差別」をめぐる攻防も。川崎でヘイト禁止条例が成立、その中身は?

戦前戦後を通じて「差別的言動に刑事罰を科す」初めての事例となる今回の条例。抑止効果への期待を示す声が上がる一方、ネット上のヘイトスピーチは罰則の対象外であることなどの課題もあり、今後の動きが注目されている。

ヘイトスピーチなどを繰り返した人物に刑事罰を科す「ヘイト禁止条例」が、12月12日、川崎市議会で全会一致で可決した。

日本には2016年に成立した「ヘイトスピーチ対策法」があるものの、理念法であるために罰則規定はない。そのため、この条例は戦前戦後を通じて「差別的言動に刑事罰を科す」初めての事例となる。

抑止効果への期待を示す声が上がる一方、ネット上のヘイトスピーチは罰則の対象外であることなどの課題もあり、今後の動きが注目されている。

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そもそも、どういう条例なのか

前提として、今回の条例(正式名称・川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例)案では、まず5条で以下のような差別の禁止を明言している。

何人も、人種、国籍、民族、信条、年齢、性別、性的指向、性自認、出身、障害その他の事由を理由とする不当な差別的取扱いをしてはならない。

「差別禁止条例」「差別根絶条例」とも呼ぶ報道機関があるのはそのためだ。

一方で、罰則に関しては、「本邦外出身者」に対するヘイトスピーチなどを繰り返した人物に対する、50万円以下の罰金を科す刑事罰に限定されている。

条例では、国または地域を特定し、その出身であることを理由とした以下のような言動が差別的言動、いわゆるヘイトスピーチとされている。

  • 本邦外出身者(出身者やその子孫など、対策法2条に基づく)を、本邦の域外へ退去させることを煽動し、または告知するもの
  • 本邦外出身者の生命、身体、自由、名誉または財産に危害を加えることを煽動し、または告知するもの
  • 本邦外出身者を人以外のものにたとえるなど、著しく侮蔑するもの

また、手段としては、拡声器の使用や看板、プラカードの掲示、ビラやパンフレットを配布することが該当する。

「表現の自由」に配慮するためにも、「川崎方式」と呼ばれる仕組みを導入しているのが特徴だ。公表、罰則までに勧告、命令と3つの段階を踏むほか、市長による濫用を防ぐため、有識者による諮問機関が設置される。

付帯決議をめぐり攻防も

自民党が提案した付帯決議(法的拘束力はない)には共産党などが反対したが、賛成多数で可決された。

付帯決議案は「現状では市民の分断を生む」などと継続審議を求めていた自民党が提出した。当初は以下のような「日本人」に対する差別に関する文言も記載されていた。

「本邦外出身者に対する不当な差別的言動以外のものであれば、いかなる差別的言動であってもゆるされるとの理解は誤りであるとの基本的認識の下、日本国民たる市民に対しても不当な差別的言動が認められる場合には、本条例の罰則の改正も含め、必要な施策及び措置を講ずること」

この点について、識者などからは「日本人であることを理由にする不当な差別的言動が繰り返され、人権侵害が起きているという立法事実は存在しないのではないか」などの指摘もあがっていた。

委員会で議論された結果、後半部分の文言は条例でそもそも定められているような、差別全般に対する以下のような文言に改められた。

「本邦外出身者以外の市民に対しても、不当な差別的言動による著しい人権侵害が認められる場合には、必要な施策及び措置を検討すること」

この付帯決議が委員会で採決されたことから、自民党は「あらゆる差別」に言及したことを評価。条例そのものにも賛成し、結果全会一致での可決に結びついた。

ネット上のヘイトは?

残された課題もある。たとえば、今回の条例の罰則では、インターネット上のヘイトスピーチは対象外だ。

市の区域内や市民などを対象にしているものであった場合、被害者の支援や、拡散防止の措置・その公表をすると定めるに止まっている。

市側は、削除要請や発信者情報の開示なども前向きに進めていくとしているが、その実効性は未知数だ。

現行法ではこうしたネット上のヘイトスピーチには対応しきれないということもあり、新たな法整備を求める声もあがっている。

条例可決後の会見に参加した立憲民主党の有田芳生・参議院議員は「東京オリンピック・パラリンピックまでに、与野党を超えてネット対策のための議員立法をしていこうという動きが着々といま、進んでいる」と語った。

条例はゴールではない

川崎の福田紀彦市長(写真右)は、全会一致での可決を歓迎。こう語った。

「川崎はいろいろな国籍の人が集まってできた、多様性の町。条例は全ての市民に対する、あらゆる差別を許さないものであると、中身について、引き続き周知していきたい」

また、ネット上のヘイトなどについて「一定の限界がある」との見識を示しつつ、「この条例はひとつの一里塚だと思う。ほかの自治体あるいは国に、そういった差別は許されないという意識をしっかり伝えていく大きな意味がある」とも期待を示した。

今後、川崎市では具体的な例示に関する「解釈指針」をつくるほか、諮問機関のメンバーの選定も始める方針だ。一部の規制は先行されるが、罰則規定を含んだ全面施行は来年7月から。

この日、議員や市長、さらに当事者からは「これがゴールではない」という言葉が相次いで上がった。

当事者として活動を続けてきた在日コリアン3世の崔江以子さんは、会見でこう言葉に力を込めた。

「抑止や教育効果にも期待したいですが、条例ができることがゴールではありません。これを通じて、差別のない社会の実現のためにまた、今日から新しい歩みが始まると思います」

UPDATE

施行日に関する表現を改めました。