• factcheckjp badge
  • bousaijp badge

関東大震災「荒川で数千人の朝鮮人殺害、遺骨は1本も発見されず」と虐殺を否定する誤情報が拡散。「不可能」と指摘したが…

関東大震災時に「井戸に毒を入れた」などのデマを起因に起きた朝鮮人虐殺。被害者の人数にはさまざまな推計がある。そうしたなかで、「虐殺があったとされる荒川河川敷を1982年に掘っても遺骨が見つからなかった」ことを、虐殺の否定に用いる言説がネット上に散見される。これは誤っている。

関東大震災のときに起きた「朝鮮人虐殺」をめぐり、ネット上に「荒川河川敷では数千人が殺されたとされ、1982年に掘り返されたが遺骨は1本も発見されなかった」などとして、虐殺を否定するような言説が拡散している。

しかし、これは「誤り」だ。「数千人」ともされる被害者の人数は荒川河川敷に限ったものではない。

また、荒川河川敷では震災の後、警察によって遺骨が掘り起こされていることもわかっている。BuzzFeed Newsはファクトチェックを実施した。

ネット上に広がるのは、以下のようなツイート。一部が伏字になっているが、「朝鮮人」と「虐殺」を指しているとみられる。

《東京都城東地区を南北に流れる荒川河川敷で関東大震災時に、数千人?の◯鮮人が◯殺されたとされて、1982年に河川敷を掘り起こしたが、遺骨?は一本も発見されませんでした、それなのにその近くの一般の敷地の中に『慰霊碑』を建て一年に一回追悼式を行っています。数千人を◯殺するのは、不可能です》

ツイートは2022年6月17日のものだが、関東大震災のあった9月1日前後にかけて再び広がった。これまでにリツイートは5000、いいねは1万を超えている。

しかし、これは冒頭に指摘した通り、誤った情報だ。

「荒川河川敷で数千人の朝鮮人の虐殺」があったとしているが、まず人数については、朝鮮人殺害の被害者総数の推計と混同しているとみられる。

震災直後、根拠のないデマから、住民らによる「自警団」や軍・警察などにより、各地で朝鮮人の殺害が相次いだことは否定できない事実だ。

しかし、当時の虐殺の被害者の正確な人数は明らかになっておらず、さまざまな推計がある。政府の中央防災会議報告書(2008年)では、虐殺の犠牲者は朝鮮人、中国人、そして誤認された日本人らをあわせ、震災による死者10万人の1~数%、つまり1千~数千人としている。

次に、ツイートが名指しで挙げた東京都墨田区の荒川河川敷での被害実態も、同様にはっきりしていない。

周辺での聞き取り調査や慰霊祭を続けてきた団体「ほうせんか」の西崎雅夫さんは、目撃者による証言、史料や当時の報道などを総合し、河川敷における虐殺の被害者は、「数十人から100人くらい」と推測している。

「この地域は都内でも虐殺がひどかった場所です。町工場が点在しており、さらに当時は荒川放水路の工事中だったこともあり、多くの朝鮮人労働者が暮らしていた場所でした」

「そうした地区に震災の火災から逃げてきた人たちが殺到し、混乱のなかで『朝鮮人が井戸に毒を入れた』『襲ってきた』などのデマが広がった。河川敷だけではなく、地域のさまざまな場所で虐殺が起きたという証言があります」

西崎さんらが集めた証言者の数はのべ150人。河川敷やその他の場所での虐殺の目撃者のほか、遺体が運ばれてきたところや燃やしている様子を見た人、実際に遺体を埋めるための穴を掘ったという人もいた。

「試掘」のあとに判明した事実

拡散していたツイートのように、「1982年に荒川河川敷を掘っても遺骨がなかった」ことを、虐殺の否定に用いる言説はほかにも散見されるが、これも誤っている。

前提として、墨田区にある荒川放水路の木根川橋付近で1982年に発掘調査があったこと、その時に遺骨が見つからなかったことは、事実だ。それには、大きく分けて二つの理由がある。

まず1982年の調査は、西崎さんによると「試掘」だった。建設省(当時)の許可を得たエリアのみで実施され、穴はその日のうちに埋め戻すという条件つき。すでにコンクリート敷きとなっている土手に近いエリアの調査ができないなどの制約もあったという。

そして、試掘を終えたのち、当時の資料の調査を進めたところ、新たな事実関係も判明した。

震災と虐殺から約2ヶ月後、警察当局が河川敷の現場を2度に渡り掘り返し、多くの遺骨を収集して移送していたことが、当時の新聞報道などからわかったのだ。

震災当時、地区の南側にある亀戸署では、日本人の労働運動家が警察によって虐殺される事件、通称「亀戸事件」が起きた。

震災後、この「亀戸事件」の遺族らが遺骨の返還を求める運動を弁護士らと始めたことで、はからずも遺体が埋められたとされる荒川河川敷が注目されることになった。

遺骨を「三台のトラック」で…

たとえば東京日日新聞(毎日新聞の前身)の1923年10月15日付紙面では、当時の亀戸署長が交渉に訪れた遺族に対し、河川敷には「百名くらい」の遺体があったと述べたと記されている。

署長は「変死者と焼死、溺死者」としているが、これはあくまで当時の警察の言い分だ。

その後の報道は「百名」ほどの遺体について、「鮮人等」「日鮮人」(いずれも原文ママ)などと伝えており、虐殺された朝鮮人のものが多く含まれていることをうかがわせる。

遺体を掘り起こした人や処分した人の「日本人は一人も埋まって居ない全部朝鮮人ばかりだ」「荒川放水路の埋葬現場には日本人の死体は一つもなく総て朝鮮人のみ」という証言を報じた紙面もある(1923年11月20日付、國民新聞、東京日日新聞)。

このような現場から警察側が遺骨を掘り起こし、運び出したのはあわせて2度とみられている。

最初は亀戸事件の遺族側が遺骨を収集しようとした前日の11月12日深夜。

その2日後の11月14日にも警察は再び遺骨を掘り起こし、この際は「全部一纏めにして十三個の棺に納め、三台のトラックで現場から運び去った」とも報じられている(同年11月15日付、國民新聞、下)。

なお、当時の現場は憲兵や警察に守られ、遺族側は現場に近づくことができず、引き返したという(同年11月14日付、報知新聞、下)。

朝鮮人遺骨を「始末」する方針も

一連の警察の動きについて、西崎さんは「日本人が被害者となり、遺骨返還運動が起きた亀戸事件で、朝鮮人の大量の遺骨の存在が注目されるようになってしまった以上、証拠を隠す必要があったのではないか」と指摘する。

朝鮮人虐殺をめぐっては、「関東地方震災ノ朝鮮ニ及ホシタル状況」という名前の朝鮮総督府警務局の文書(1923年12月付)が国立国会図書館に残されている(斎藤実関係文書、下)。

ここでは、朝鮮人の遺体は火葬することや、遺骨は日本人か朝鮮人か判別できないよう「処置スルコト」とされ、さらに起訴された事件の朝鮮人犠牲者に関しては、「速ニ其ノ遺骨ヲ不明ノ程度ニ始末スルコト」という方針まで示されているのだ。

植民地下だった朝鮮半島を刺激しないよう、虐殺そのものを「徹底的に隠蔽」(西崎さん)する狙いがあったとみられる。

文書が出される直前の亀戸署の対応は、こうした文書に残る政府の方針とも一致すると、西崎さんは見ている。

荒川河川敷では、日本人が被害を受けた「亀戸事件」があったことから、結果として朝鮮人遺骨の存在に関する報道が多数、残っていたといえる。

それでも、警察側の遺骨の持ち去りにより、河川敷にあった遺骨の身元、正確な数や行方は一切、明らかになっていない。

「ほうせんか」としても、発掘調査には限界があると判断。その後は追悼碑の建立と、毎年9月の第1土曜日の追悼式に注力してきた。

直接多くの証言者の話を聞いてきた西崎さんは、虐殺を否定するような言説について、こう語った。

「試掘をした40年前には、街の中には目撃者や証言者が多くいた。虐殺がなかったなどという人は1人もいなかったんです。そうした人たちが亡くなってくるにつれ、デマなどが広がるようになってきたと感じます」

「私たちもそうした言説を否定をし続けてきましたが、ネットが普及したことがさらに拍車がかかっている。当時流されたデマをそのまま引用した新聞が流用されることもあります。当事者がいなくなった時代だからこそ、それを伝え残している人の話を直接聞いたり、資料館に足を運んだりしてもらいたい」


参考文献:増補新版 風よ鳳仙花の歌をはこべ 関東大震災・朝鮮人虐殺・追悼のメモランダム(ほうせんか編著、ころから、2021年)

訂正

当初の原稿では、ほうせんかの開催している追悼式について、「毎年9月1日」としておりましたが、正しくは「毎年9月の第1土曜日」でした。訂正いたします。

UPDATE

前文の表現を一部修正しました。

BuzzFeed JapanはNPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)のメディアパートナーとして、2019年7月からそのガイドラインに基づき、対象言説のレーティング(以下の通り)を実施しています。

ファクトチェック記事には、以下のレーティングを必ず記載します。ガイドラインはこちらからご覧ください。なお、今回の対象言説は、FIJの共有システム「Claim Monitor」で覚知しました。

また、これまでBuzzFeed Japanが実施したファクトチェックや、関連記事はこちらからご覧ください。

  • 正確 事実の誤りはなく、重要な要素が欠けていない。
  • ほぼ正確 一部は不正確だが、主要な部分・根幹に誤りはない。
  • ミスリード 一見事実と異なることは言っていないが、釣り見出しや重要な事実の欠落などにより、誤解の余地が大きい。
  • 不正確 正確な部分と不正確な部分が混じっていて、全体として正確性が欠如している。
  • 根拠不明 誤りと証明できないが、証拠・根拠がないか非常に乏しい。
  • 誤り 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがある。
  • 虚偽 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがあり、事実でないと知りながら伝えた疑いが濃厚である。
  • 判定留保 真偽を証明することが困難。誤りの可能性が強くはないが、否定もできない。
  • 検証対象外 意見や主観的な認識・評価に関することであり、真偽を証明・解明できる事柄ではない。