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「私は日韓ハーフなんだけど…」彼女がいま、カミングアウトした理由

車椅子の詩人・豆塚エリ。日韓ハーフで、四肢に障害を持っている26歳の彼女は、なぜ言葉をつむぐのか。韓国をめぐるヘイトや罵詈雑言が溢れる今に生きるからこそ、伝えたい思いがある。ロング・インタビュー後編。

韓国にルーツを持ち、障害者。そして女性。そんな、車椅子の詩人・豆塚エリさん(26)。彼女は多くのことを隠してきた。自らの出自も、そしてなぜ障害を負ったのかも。

「言葉」を壊したくないーー。自身のことを語り始めた彼女の思い、とは。前後編にわけてお伝えする。

前編はこちら:16歳の冬、彼女はなぜ自宅のベランダから飛び降りたのか。

詩人として活動するなかでも、韓国にルーツがあることは、公にはしてこなかった。両国関係の悪化もあり、「嫌韓」をめぐる世間の空気は、どんどんと悪化の一途を辿っていたからだ。

温泉地である大分県の別府に居を構えてからは、増えつつあった韓国人観光客に対する悪口を日常で耳にするようにもなった。

「韓国人が多くて、すごくマナーが悪い」「ああいうことするのは韓国人だよ」。事件があると、「韓国人かな?」という人もいた。

3年ほど前の、ある日。彼女のルーツを知っている年上の女性の友人から、突然こんなことを言われた。

「あなたは、祖国と日本のどっちの味方なの?」

すごく仲が良いと思っていた。だからこそ、ショックは大きかった。

女性は言った。日本には「スリーパー・セル」が潜んでいて、国家の転覆をはかっているのだ、と。だからこそ、「今はっきりしとかないと今後あなたは日本にいられない」と。

「愛国者」を自称していた女性は、こうも語っていたという。

「あなたは勉強が足りない。何も知らないから。今のメディアは偏向してるから、そういうのを許せないの」

「豆塚って在日らしいよ」

いつしか、地元情報を書き込む掲示板に、「豆塚って在日らしいよ」という書き込みがされるようになった。

詩集を売っていたマーケットで知り合った中年の夫婦は、Facebook上に「朝鮮人は犬の肉を食うからな」「韓国は世界で笑いものになる」などという罵詈雑言を書き連ねていた。

「すごく、優しそうで上品なご夫婦なんです。リネンのワンピースを着るような、ふんわりしたイメージだったんですけど、ネット上では言葉遣いがすごいんですよね。ネット言葉っていうのかな。『ワロタ』とか、そういう感じの言葉で嘲笑を書き込む。あとは日本賛美かな」

「韓国人に対して怒っている書き込みに対しては、怒りの『いいね』がいっぱい付いていて、嘲笑している書き込みには笑いの『いいね』がいっぱい付いていて。一定のコミュニティみたいなものが、そこにはできていた」

さすがに目に余るし辛いな、と感じた彼女は、自らの出自を明かしながら、「それはヘイトだから書かないほうがいいと思います」と指摘した。返ってきたのは、こんな言葉だ。

「あなたは作家なのに何も知らないんですね。もうちょっと勉強されたらどうですか?」

彼女は当時のやり取りを振り返りながら、いう。

「『帰れ』とか『このチョンが』みたいな言い方をされるのも嫌なんだけど、それって明らかにヘイトって分かる。そうじゃなくて、すごく論理的なふうを装って“擬態”している言葉って、わりと騙されちゃう人が多いんですよね。真に受けてしまう。それが怖くて……」

「障害者は、消えてください」

なぜ彼女は、そこまでの「恐怖」を感じているのか。

「私、過去のドイツにすごく興味を持って、ずっと勉強してきたんですけれど、当時最初に排除されたのが、同性愛者と障害者と外国人(*ユダヤ人)でした。私は障害者でもあり、外国にもルーツがある。いまの日韓関係は一触即発で、いずれ排除されるのではないか、と危機感を持っているんです。それも、合法的に」

そう彼女が感じる理由は、ルーツだけにあるわけではない。3年前に相模原の障害者施設「やまゆり園」で起きた戦後最悪の大量殺人事件も、ひとつ、彼女が恐怖を覚える契機になった。

「事件の後に出演したNHKの障害に関する番組でも、バッシングを受けたり、『障害者はこの世からすべて消えてください』という声が寄せられたりして。何もかも有機的に繋がっていて怖いのに、なんでみんな気がつかないんだ?っていうのが今の私の思いです」

「いきなり、私も刺されるかもしれないじゃないですか。私は、車椅子をひっくり返されたら何もできないんですよね。逃げられないし。そういう身体的な怖さもある」

それでもいまなら、間に合う。彼女はその可能性を信じ、自らのルーツをカミングアウトをすることにしたのだ。

「言葉が通じるいまのうちに言っておかないと、いずれ本当に何を言っても聞いてもらえなくなると思ったんです」

そう語る彼女は、ナチス・ドイツ時代にヒトラー政権に抵抗した牧師マルティン・ニーメラーの詩に触れた。世界的な有名なその詩の内容は、こうだ。

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった

私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった

私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった

私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき

私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

いまなら、言葉は通じる

「誰一人残っていなかった」となる前にカミングアウトをしてよかった、と今は思っている。思っていた以上に好意的な励ましが、多かったからだ。

日韓ハーフや在日コリアンの人たちからも、同じような体験をしてきたという声が続々と寄せられた。なかにはこんな、力強い言葉もあった。

「誇りを持って隠さずに生きていけ」「そんな言葉に耳を貸しちゃ駄目だ」

一方で、あからさまなヘイトに対しても、彼女はできる限り返信をしていこうと心がけていた、という。

「言葉を尽くしていけば、差別の芽を摘めるかもしれない。語り合うことで、心の中に実はあった差別にお互い気づいたりするかもしれない。『こういう人たちは差別主義者だから関わらないほうがいい』という人もいるけれど、切り捨てていけばいくほど分断は生まれるし、さらにそこが強化されていく」

「そうすると、いつの間にか、差別の芽が木みたいになっていて、その人の心の中に根をしっかり張ってしまう。言葉が噛み合わない、そんなどうしようもない状態になってしまいますよね。でも、まだいまなら、言葉は通じるんだから」

議論を尽くしていると、「これだから韓国人はヒステリックなんだ」と言われることもあった。しかし、無数の匿名の人たちが、反論をして、彼女を守ってくれた。

「そういう言葉には、とても励まされました。当事者たちがフォローしてくれたり、DMで大丈夫だよとか言ってくれたり……。ひとつ安心したし、言ってよかったな、と思いました」

「呪い」を解くために

韓国にルーツを持つ、障害者として。かつて生に絶望し、自殺を図った経験を持つものとして。そして、詩人として。

これからは「生きづらさを抱えている」人たちの声を拾い上げていきたい、と思っている。

「いまの日本は、本当ギリギリなんですよ。明日生きていけるかどうか分からない状態の人たちがいっぱいいて、死にたい、と思っていて。でも、自分の話をすると、すぐ自分語りみたいな、ちょっと笑われる、誰も聞いてくれない。そういう風潮ってあるじゃないですか」

「困ってるとか辛いとか言うと、『そんなの勘違いだよ』『もっと恵まれない人たちがいる。あなたはまだマシ。だから頑張ろう』とか。すぐ努力不足だとか、諭すように誰かが否定してくる。辛い気持ちを、なかったもの、あるいはちっぽけなものにしてしまおうとする力が当たり前のようにあるわけですよね」

彼女は自らが「立場主義」「エリート主義」の呪いにかかっていた、という。だからこそ、いち当事者として、多くの人も抱えているであろう、その呪いを解いていきたいと。

「私だってずっと自分が悪い、自分の努力不足でうまくいってなかったと思ってたんですよね。でも、問題は社会の側にもあって。それはみんなでちゃんと議論して変えていかなきゃいけない。どっちが上とか下とかなくて、みんなで、当事者で社会をつくりあげていかないといけない」

悪いのは、私たちじゃない。

先の参院選で、重度障害を持った当事者が国会議員になったという事実や、彼ら彼女らの言葉にも、背中を押されている。

「悪いのは私たちじゃない。変わらなければならないのは、この社会なんだ」「私も言っていいんだって」と思わせてくれる力があったからだ。

「そういう考え方って、今は壊れかけていってる言葉を、また取り戻そうとしてくれてるような感じがしていて。あなたも困っていたんだ。あなたが悪いわけじゃないんだって、寄り添えるように。私も自分の言葉で自分のことを語れるようになりたいし、それを聞けるようになりたい。そのためにも詩人として、言葉を尽くしていきたいんです」

彼女の最新の詩集には、「冥府へ」という作品がある。その一節は20歳のころのそれと比べると、力強い呼びかけがあるようにも、感じられる。

《クモの巣状に張り巡らされた/ソーシャルネットワークに/容赦なく火の粉が降りかかる/蝶々はなすすべもなく/貝のようにうずくまる/おびただしい手が迫る/臆病な嘘つきは/すみずみまで手抜かりがない

何も口にしてはいけないと/決めたのはだれ

少女たちよ 目覚めなさい/目覚めなさい/歌声を/張りつめた肌を/これ以上奪われる前に》

🧚‍♀️🧚‍♀️🧚‍♀️🧚‍♀️🧚‍♀️

昨日も、きょうも、これからも。ずっと付き合う「からだ」のことだから、みんなで悩みを分け合えたら、毎日がもっと楽しくなるかもしれない。

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10月1日から10月11日の国際ガールズ・デー(International Day of the Girl Child)まで、こちらのページで特集を実施します。