• borderlessjp badge

「戦時中ではありませんので…」全国初の模索と限界。ヘイト禁止条例、市の見解は

日本で初めて、差別的言動に刑事罰を科す「ヘイト禁止条例」が川崎市にできてから、1年。

市内で続いた在日コリアンなど外国籍市民に対する差別的、排外的な言動を食い止めるのが狙いだったが、条例には「実効性が低い」との批判もつきまとう。

事実、駅前では街宣が繰り広げられ、ネット上にはヘイトスピーチが広がり続ける。いま、川崎では何が起きているのか。そして、課題はどこにあるのか。

連載の「中」ではネット上のヘイトスピーチにおける条例の限界や、市民団体の動きをお伝えする。

連載(上):大量の警察官、旭日旗、「帰れ」と叫ぶ人たち。騒然とする日曜日の駅前、いま川崎で起きていること

(*この記事にはヘイトスピーチが含まれます。閲覧にご注意ください)

川崎市の「ヘイト禁止条例」(正式名称・川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例)は2019年12月に成立した。

「本邦外出身者」に対するヘイトスピーチなどを繰り返した人物に対し50万円以下の罰金を科すとしており、差別に刑事罰を科す国内初の事例だ。

市内には在日コリアンの集住地区である「桜本地区」があり、「日本浄化デモ」(2016年)といったヘイトデモが繰り広げられてきた。こうした状況のなか成立した「悲願」(支援団体関係者)とも言える条例だった。

条例では、以下の内容を差別的言動と規定。拡声器を使ったり、プラカードを掲示したり、ビラを配ったりして言動を広めることが、規制の対象になる。

  • 本邦外出身者(出身者やその子孫など)を、本邦の域外へ退去させることを煽動し、または告知するもの

  • 本邦外出身者の生命、身体、自由、名誉または財産に危害を加えることを煽動し、または告知するもの

  • 本邦外出身者を人以外のものにたとえるなど、著しく侮蔑するもの


ネット上のヘイト、二次被害の懸念も

一方、被害者救済として不十分と指摘されているポイントがある。ネット上のヘイトの問題だ。

インターネット上に広がるヘイト書き込みは、枚挙にいとまがない。「野放しになっている」(専門家)との批判もある。

事実に基づかないデマが多く、拡散スピードも早い。完全に削除することは難しく、「デジタルタトゥー」になりうることや、同様のルーツを持つ子どもたちへの二次被害なども懸念されている。

しかし、裁判手続きなどのハードルもあり、誹謗中傷の問題と同様、SNSやサイト運営側の対応は追いついていない。

大阪市や東京都など条例で対処しようとする動きもある。書き込みや発信者の公開や削除要請の例も増えている。兵庫県や尼崎市など、独自のネットモニタリングを進める自治体もある。

川崎市の条例でも、ネット上のヘイト書き込みについての対応を定めている。市の区域内や市民などを対象にしているものであった場合、被害者の支援や、拡散防止の措置に加え、内容の公表をするというものだ。

1万件がピックされても…

川崎に暮らす在日コリアン3世の崔江以子さんは5〜6月にかけ、300件以上のツイートやブログ・掲示板の書き込みについて、市にこの条例に基づいた対応を求めた。

崔さんに関する書き込みは膨大で、暴力を示唆するものもあり、これまでも刑事告訴などの対応を取ってきた。昨年12月には、嫌がらせを繰り返していた匿名アカウントの男に対し、川崎簡裁から罰金30万円の略式命令が出されている。

市側は崔さんが提示した書き込みのうち一部を「差別防止対策等審査会」に諮問。審査会は10月、11月と2度にわたり答申を出した。そこでヘイトと認定された書き込みについて、市は削除要請を行った。

課題となっているのは、まずスピードだ。審査会は月に1度、2時間しか開かれない。委員の数も、5人だけ。ネットにどんどんと拡散していく膨大な量のヘイトに、対応し切れていないのが現状だ。

実際、崔さんのケースでも最初の2件の削除要請に至るまでに、申し立てから5ヶ月近くを要している。

さらに、市が独自に実施しているという「ネットモニタリング」も、実態が不明瞭であると指摘されている。外部の業者に委託しているが、そのキーワードなどは公表されていないからだ。

市の職員が足切り?

市の担当者が諮問前の段階で、多数の書き込みを「足切り」していることも、課題のひとつだと言えるだろう。

崔さんからの申し立ても、モニタリングも、大半が審査会に諮問されずにいる。申し立てについては最初の諮問にかけられたのは300件以上のうち9件だけ。モニタリングに関しても、1万件以上が委託業者によりピックアップされ、結果として諮問されたのはたった4件だったという。

しかし、その「足切り」を担当する職員に対するヘイトスピーチなどに関する専門的な研修が実施されておらず、ガイドラインも存在しない。

師岡弁護士は「ネット上のヘイト対策に最重要なのは迅速な削除であり、体制拡充が必要。また、ヘイトスピーチ対策法2条に該当するかの判断が法務省人権擁護局の基準に照らしても極端にせまく、被害者救済という条例の目的と合致していない」と語る。

また、ネットモニタリングについても、今の体制では「迅速に拡散を防止し市民を守る目的が果たされない」といい、「他の自治体のようにガイドラインや対応マニュアルをつくり、職員の実地研修などを行い、明らかにヘイトスピーチに該当するものは審査会にかけずに処理するなど、運用の改善を図ってほしい」と語った。

こうした現状に対し、条例制定の後押しをした市民団体「ヘイトスピーチを許さないかわさき市民ネットワーク」は制定1年となった12月12日に発表した要請書で、条例に一定の評価をしたうえで、厳しい言葉も投げかけた。

「差別行為が広がりを見せており、市は有効な対応が取れていない」

要請書は、差別的な発言のある街宣が繰り返されていること、ネット上のヘイト書き込みに関する被害者の救済が及んでいないこと、さらに市内の公園で「差別落書き」が相次いでいることなどにも言及。

「川崎市の判然としない対応が、差別主義者の行動をエスカレートさせ、被害を拡大させている現状があります」と批判した。

市民ネットワークの三浦知人さんは「条例には『不当な差別を解消する』ことが市の責務として記されている。今日より明日が、今年より来年がよくなるよう、ぜひ、責任を持って進めてもらいたい」と訴えた。

自民、公明からも指摘が

同様の指摘は、市民団体だけではなく議会の与党会派からもあがっている。

川崎市の12月の定例議会でも自民党や公明党などから、その実効性を問う質問が相次いであがった。

自民党の各務雅彦議員はネット上のヘイト書き込みについて、前述のような問題点に触れながら、「インターネットによる人権侵害の対処は、早期発見、早期削除が基本」と訴えた。

また、公明党の川島雅裕議員も条例について「一定の評価をするものの、答申まで時間を要し、その間にもネットで拡散され、川崎駅での集会が繰り返されています。被害者に寄り添い、スピード感のある対応が必要」と踏み込んだ。

これに対して市側は、「表現の自由に留意した上で、丁寧かつ慎重に対応していく必要がある」「表現の自由への配慮から過度に広範な規制は許容されないことから適切に判断している」などと答弁するにとどまっている。

市の態度に対し、後日、公明党の沼沢和明議員は質疑で実際にネットに書き込まれながら市が「足切り」した書き込み内容を紹介。市側がヘイトスピーチの対象を「狭義に捉えすぎている」「厳格的すぎる運用」と批判した。

そのうえで、「表現の自由の保証のみならず、差別の根絶こそが主な目的だが、果たされているとは言えない。実効性が担保されないなら改正も含めて協議会や審査会への諮問をする必要もあるのでは。被害者にも希望を与えられるリーダーシップを市長に期待している」と求めた。

「言論統制になってはいけない」

市の担当部局は、街宣やネット書き込みの現状をどう考えているのか。

この条例を巡り、市側が何度も強調してきたのは、「表現の自由」との兼ね合いだ。担当部局である人権・男女共同参画室の担当者も、BuzzFeed Newsの取材にこう語った。

「街宣では排斥につながりかねない言動はありましたが、条例には抵触しているものはありませんでした。不適切な発言に対してお墨付きを与えているわけではありませんが、行政が公共の場におけるスピーチに踏み込むには、相当慎重にならざるをえません」

「難しい課題ではありますし、現状の運用には問題があるかもしれない。しかし我々は戦時中の特高警察ではありませんので、言論統制になってはいけない。憲法をはじめ、各種法令に則りながら、検討していく必要があると思っています」

ネット上のヘイト書き込みについても、「自治体がどこまで対応できるのか。街宣と同様にどう効果的に運用できるのか、模索しています」とこぼした。

ネットモニタリングについては外部委託しているが、キーワードは市が指定し、そこからあがる書き込みを市の職員がチェックしているという。条例を担当している課員4人だけでスピード感を持った対応をするのは難しい、とこぼした。

「条文に忠実に考えると、なんでも諮問にかける、というわけにはいかない。先例のある東京都や大阪府などに問い合わせなどをしながら、できるだけ改善に努めていきたい」

なんとか市による削除要請に至ったものについても、法的根拠がなく、Twitter社などが市の要望に応じていないケースがあるのも大きな課題だ。

この点については国による法整備を求める声もあがっており、市議会でも、「インターネット上の誹謗中傷の抑止に係る法整備を求める意見書」が採択された。

条例の全面施行から、5ヶ月。学校現場における啓発教材の完成も今年度中を目指しているといい、それらの業務を抱えるなか、「正直バタバタしているところ」(担当者)。まだ探り探りの現状も見えてくる。

「表現の自由の濫用は…」

とはいえ、「路上でも差別街宣が活発化し、ネットでも放置され、落書きもあるのに、なぜ市の顔が見えないのか」(市民団体関係者)といった実態があるのは事実だ。

師岡弁護士は「表現の自由も無制限ではなく、マイノリティの人々が人間であることを否定し社会から排除するヘイトスピーチは差別であり、表現の自由の濫用であり、決して許されない」と、市の主張に釘を刺す。

そのうえで、11月26日には大阪市のヘイト対策条例をめぐり、ヘイトスピーチの表現者の氏名公表も含め、合憲との高裁判決もでていることに言及。川崎市に対しても、「誰もが差別に苦しまない社会を作るという条例制定の目的に立ち返り、ヘイトを放置せず、実効性ある運用をしてほしい」と述べた。

関係団体や議会からもそうした指摘があがっている以上、市の現状の運用には早晩の改善が求められていると言える。

前述の「ヘイトスピーチを許さないかわさき市民ネットワーク」では、市に対して「実効性」のある条例運用を求めるための署名活動を始めている。

具体的には(1)街宣対策(2)差別的言動に対する啓発(3)差別防止対策等審査会の活用(4)インターネット上のヘイトスピーチ対策と被害者支援ーーの4点だ。

なかでも街宣については「市が公けに非難するなどの抑止策」を講じるよう、ネット上のヘイトについては「明らかに該当しないものを除きすべて審査会に諮問する」ことに加え、ガイドラインの作成と専門調査員の配置を求めている。

ネット署名サイト「Change.org」では12月14日から署名が開始。要請書は、来年3月まで開催予定の署名とともに提出する。


12月25日配信の「下」では、川崎市の条例を全国に広げようとする人たちの動きを紹介します。

連載(上):大量の警察官、旭日旗、「帰れ」と叫ぶ人たち。騒然とする日曜日の駅前、いま川崎で起きていること