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大量の警察官、旭日旗、「帰れ」と叫ぶ人たち。騒然とする日曜日の駅前、いま川崎で起きていること

日本で初めて、差別的言動に刑事罰を科す「ヘイト禁止条例」が川崎市にできてから、1年。

市内で続いた在日コリアンなど外国籍市民に対する差別的、排外的な言動を食い止めるのが狙いだったが、条例には「実効性が低い」との批判もつきまとう。

事実、駅前では街宣が繰り広げられ、ネット上にはヘイトスピーチが広がり続ける。いま、川崎では何が起きているのか。そして、課題はどこにあるのか。上・中・下の連載でお伝えする。

(*この記事にはヘイトスピーチが含まれます。閲覧にご注意ください)

連載(中):「戦時中ではありませんので…」全国初の模索と限界。ヘイト禁止条例、川崎市の見解は

11月下旬の三連休中日、神奈川県川崎市のJR川崎駅前は騒然としていた。駅前にはためく旭日旗。爆音で流れる音楽やノイズ音。そして「帰れ」と叫ぶ人たちーー。

大量の警察官が動員され、駅前広場の一部は通り抜けできなくなっていた。不安そうに眺める家族連れもいる。

この日、駅前で開かれていたのは「日本第一主義」を掲げる「日の丸街宣倶楽部」による街頭宣伝だった。

排外主義的な主張やヘイトスピーチを各地で繰り返していた「在日特権を許さない会」から派生した政治団体「日本第一党」(桜井誠党首)神奈川県本部の元幹部が立ち上げた団体だ。

参加していたのは男女およそ20人。年代は幅広いように見える。トランプ大統領支持グッズの「Make America Great Again」の帽子を被った人も複数、いた。

響き渡る「帰れ」コール

「日本人を弾圧するヘイト条例」「日本国民を差別するヘイト条例」…

こう書かれたプラカードを掲げる人がいたように、この団体は、川崎市で今年7月に全面施行された「ヘイト禁止条例」に対し、「日本人差別」などと反発。7月から川崎市内で街宣していた。この日で10回目の街宣だ。

街宣を止めようと集まっているのが、「カウンター」の人たちだ。

街宣側の倍以上の人数が集まっており、「市は条例の活用を」「KAWASAKI AGAINST RACISM」などと記したプラカードを掲げる。スピーカーやメガホンを使って大音量の音楽などを流している人たちもいた。

「帰れ」コールやカウンターの人たちの罵声などにかき消され、街宣の内容はほとんど聞こえない。街宣側の周囲に聴衆が集まることもない。

旭日旗をはためかせる集団のまわりを大量の警察官が囲み、それに対し抗議をする人たちーー。

Twitter上には「何事?」「物々しい雰囲気」「怖い」などという書き込みが広がっていた。

「ヘイトはない」と主張するが…

「日本を愛し守りたい、一般市民の集まりでございます。いわゆるヘイトスピーチ条例に対し、反対の声をあげております。私たちはヘイトスピーチ、差別など、一切しておりません」

街宣する弁士らは、川崎市の「ヘイト禁止条例」が「日本人差別」であるという主張を繰り返した。憲法が保障する集会結社の自由や言論の自由を掲げ、自らの権利がカウンターによって「妨害」されている、とも訴えていた。

なお、当日は内容を聞き取れなかったため、後日、アップされているYouTube動画からBuzzFeed Newsが発言内容を確認している。

「我々は税金を支払うなど日本にずっと貢献しているが、途中から入ってきた外国人を日本人として扱えというのは無理がある。左翼のみなさんは日本のことを考えているのか。こういうような反日団体は日本から退場させる必要がある。いま求められているのは保守と右翼。お前ら分断者に、日本に居場所はない。アンチ団体は日本から出ていけ」

「私たちはヘイトスピーチなど一切行っていません」と繰り返し主張する人物もいたが、弁士の発言には排外主義的な発言が散見された。

「私たちは日本に生まれ、育ち、死んでいく。日本国民がこの我が国における在来種だとすると、彼らは侵略者であり、外来種です。我が国の生態系に溶け込むならまだしも、こうやって私たちの言論を弾圧して、我々固有種たる日本国民を弾圧する彼らのような外来種と私は戦わないといけない。いったいどこにヘイトスピーチがあるのか」

法務省人権擁護局は「ヘイトスピーチ対策法」に基づき、「特定の民族や国籍の人々を合理的な理由なく、一律に排除・排斥することをあおり立てるもの」「特定の民族や国籍に属する人々に対して危害を加えるとするもの 」「特定の国や地域の出身である人を、著しく見下すような内容のもの」などがヘイトスピーチ にあたる、としている。

「メディアに報じられないから」

街宣は、およそ2時間ほどで終わった。

警察官が駅前広場から改札口までに100メートルほどの間に規制線を貼り、街宣の参加者を誘導。一部のカウンターの人たちが後追い、一時騒然となり、揉み合いは街宣参加者が改札に入るまで、続いた。

こうした状況に対し、改札口前で憤りをあらわにしていた女性に、話を聞いた。

都内からきた60代前半の会社員だという女性は、日本第一党を支持しているという。「ネットで日の丸街宣倶楽部を知って、せっかくはじめて街宣を見ようと川崎まできたのに、何も聞こえなかった」と語った。

「最近まで政治には興味がなかった。選挙にも行ったことがなかったくらい。でも、ネットの情報で日本の侵食状況を知って、おかしいと感じるようになった。日本人への差別が許せないから」

「私、怖いんです。税金を払っているのは私たちなのに、在日特権というのがあって、税金を払わなくていい、生活保護とかを受けやすいっていうじゃないですか。そういうことはテレビや新聞に報じられないけど」

事実から言えば、在日コリアンに、税制優遇や生活保護などに関する、いわゆる「特権」は存在しない。

それを伝えても、女性は「YouTubeで見たから。メディアの人は信じられない」と語るのみ。「ヘイトスピーチ」について聞くと、こう、排外主義的な持論を持ち出した。

「出ていけっていうのはよくないと思うけど、今日だって帰れ、帰れって言ってたのは逆の人たちですよね。帰れるチャンスはいくらでもあったはずなのに、嫌いな国になんでいるのか、私はわからない。日本でおとなしく暮らしていればいいのに……」

「悲願」の条例だったはずが…

一方、カウンターに参加していた川崎市の30代の女性は、BuzzFeed Newsの取材にこう語る。

「数年前から街中のヘイトスピーチが気になるようになっていました。在日コリアンの友人もいるので、殺せみたいなことを言われているのは、怖いし、差別はひどいと思っていたから。これじゃいけない、許せないと思って、カウンターに参加するようになりました」

「カウンターは言葉が強いこともあるけれど、それは、そもそも差別的な発言をする人たちがいるからです。本当はこういうことではなく、法律で抑えられるようになって欲しいと思います。川崎市では条例ができたけれど、実効性がない。逆に勢いづかせてしまうんじゃないかと心配です」

そもそも、川崎市の「ヘイト禁止条例」(正式名称・川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例)は2019年12月に成立。

「本邦外出身者」に対するヘイトスピーチなどを繰り返した人物に対し50万円以下の罰金を科すとしており、差別に刑事罰を科す国内初の事例として注目された。

市内には在日コリアンの集住地区である「桜本地区」があり、そこを標的に、「日本浄化デモ」(2016年)といったヘイトデモが繰り広げられてきた。

こうした状況のなか、市民団体の後押しもあり、成立した「悲願」(団体関係者)とも言える条例だった。

「日本人差別」めぐる攻防も

日本には、2016年に成立した「ヘイトスピーチ対策法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」がある。

これは、国や自治体に差別解消に向け取り組むよう求めるいわゆる理念法で、差別発言した人物を罰するためのものではない。

一方、川崎市の条例では、以下の内容を差別的言動と規定。拡声器を使ったり、プラカードを掲示したり、ビラを配ったりしてこうした言動を広めることが、規制の対象になる。

  • 本邦外出身者(出身者やその子孫など)を、本邦の域外へ退去させることを煽動し、または告知するもの

  • 本邦外出身者の生命、身体、自由、名誉または財産に危害を加えることを煽動し、または告知するもの

  • 本邦外出身者を人以外のものにたとえるなど、著しく侮蔑するもの


この条例制定をめぐっては、街宣でも指摘された「日本人差別」をめぐり、「現状では市民の分断を生む」などと懸念を表明していた自民党が「日本国民に対する差別的言動」に以下のような文言を付帯決議に記すよう市議会で求める攻防もあった。

「本邦外出身者に対する不当な差別的言動以外のものであれば、いかなる差別的言動であってもゆるされるとの理解は誤りであるとの基本的認識の下、日本国民たる市民に対しても不当な差別的言動が認められる場合には、本条例の罰則の改正も含め、必要な施策及び措置を講ずること」

この点について、識者などからは「日本人であることを理由にする不当な差別的言動が繰り返され、人権侵害が起きているという立法事実は存在しないのではないか」などの指摘があがっていた。現在よく言われる「日本人差別」論に対しても、同じことが言えるだろう。

付帯決議は委員会で議論された結果、後半部分の文言は条例でそもそも定められているような、差別全般に対する以下のような文言に改められた。

「本邦外出身者以外の市民に対しても、不当な差別的言動による著しい人権侵害が認められる場合には、必要な施策及び措置を検討すること」

この付帯決議が委員会で採決されたことから、自民党は「あらゆる差別」に言及したことを評価。条例そのものにも賛成し、結果全会一致での可決に結びついたという経緯がある。

「実効性がない」のはなぜ?

また、条例では、憲法で保障されている「表現の自由」にも配慮することを目指して、「川崎方式」と呼ばれる仕組みを導入しているのが特徴だ。

差別的言動を取った人物の公表と罰則の適用(=警察への告発)までに、勧告、命令といった段階を踏むほか、市長による濫用を防ぐため、有識者による諮問機関「差別防止対策等審査会」が設置され、意見を聞くことが義務づけられている。

仕組みは整った一方で、カウンターの女性がいうように「実効性がない」と指摘されているのが、条例に定められている、ヘイトに関する定義の狭さだ。これまでの演説の中で、ヘイトスピーチとして諮問、認定されたるものはない。

福田紀彦市長が7月に「条例に該当する差別的言動はなかった」と明言したこともあり、逆に街宣の弁士に「市長がヘイトスピーチはなかったと公言している」と、逆手にとられているほどだ。

しかし、11月末の演説でも、前述の通り外国人への排除を煽動したり、侮蔑したりするような言葉が確認できているほか、これまでも「鬼畜外道なことをするのがシナ人だ」「ルーツが日本ではない人は平気でうそをつく」など、同様の趣旨、目的の発言が繰り返されている。

ヘイトスピーチに詳しい師岡康子弁護士は、市の対応が、刑事罰付き禁止規定にあたるか否かに限定されてしまっている点に問題がある、と指摘。「在日特権」などに関連した「デマ」により、憎悪を煽るものがあると懸念を示した。

「発言者らが規定を意識して『死ね』といった露骨なヘイトを避けているのは条例の成果だが、差別的言動にあたるものが繰り返されている。差別をなくすよう批判すべきだ」