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「ビル・ゲイツは処刑されたのよ」母親を変えてしまった陰謀論。絶縁状態の息子が“諦めた”関係修復、その理由とは

新型コロナウイルスやワクチン、米大統領選をめぐり広がった「陰謀論」。YouTube動画をきっかけにその世界にはまり込んでしまった母親と、絶縁状態になってしまったという男性が語る、コロナ禍の3年間とは。

コロナ禍でその広がりが改めて問題視されるようになった「陰謀論」。

ワクチン接種会場に押し入って業務を妨害するといった社会的な混乱を巻き起こしたり、個人の人間関係に亀裂をもたらしたりするなど、深刻な事例が目立つようになってきた。

「もう、元には戻れない」

ワクチンをめぐる問題などを機に、YouTube動画を見た母親が陰謀論にはまり込むようになったという男性は、そう吐露する。

絶縁状態になってしまった母との関係。一時は望んでいた修復を諦めてしまったのは、なぜか。たった数年で、いったい何が、家族を、そして人を変えてしまったのか。話を聞いた。

「母親を陰謀論で失った直後は、『時が解決する』と信じていた。でも、もう……。元には戻れないんじゃないかなと、感じるようになりました」

そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、都内に暮らすぺんたんさん(30代)。2021年5月に『母親を陰謀論で失った』という体験談を自らのnoteにまとめ、大きな話題を呼んだ男性だ。

コロナ禍とワクチン、そしてアメリカ大統領選をきっかけに、陰謀論を信じるようになってしまったという、ぺんたんさんの母親。YouTubeで動画を見ているうちに、そうした情報が集まる「フィルターバブル」に入り込んでいたようだった。

いつの間にか、日常会話のなかで「ワクチンは殺人兵器」「中国の支配下から私たちを救えるのはトランプだけ」「アメリカ大統領選は不正選挙だった」などの言葉も飛び出すようになった。親子関係はほぼ断絶してしまった。

「コロナ禍で広がった陰謀論の根底には、『憎悪』があるように感じています。母もそうした情報を信奉し、特定の国の人たちに対して、そのような感情を向けるようになっていたのは、本当に耐えられなかった」

働きながら2人の子どもを育ててきたという、誰にでも優しかった母親との関係を喪失した悲しみ。そんな母親と、「昔のように笑い合える日々」への期待をnoteに記してから、2年。

その親子関係は残念ながら、「ほとんど絶縁状態になってしまっている」という。

「非常に悲しいし、やりきれないのですが、自分の人生に側にいてもらうことがしんどくなってしまったんですよね。関係をもとに戻したいとも、もう思えなくなってしまいました。もう踏み込まないし、踏み込んでもほしくないと……」

「陰謀論は、もはや母親の根本にある価値観のようなものになってしまっているんでしょう。そこでとても深い溝ができてしまっている以上、ここまでくると、時が解決するものでもないのかな」

ぺんたんさんと母親の間に、その後、いったい何が起きたのか。

出会った人たちは「普通」だった

noteの拡散を機にぺんたんさんは、「大切な人」を陰謀論で失った人たち同士でが集う、ささやかな会を主宰するようになった。

「連絡をくれる人がたくさんいて。自分と同じような経験をしている人たちが、こんなにもたくさんいるんだと驚いたんです。そこで、自助グループみたいなものをつくって、陰謀論で家族を失った人たちと語り合うようになりました」

結婚を控えるパートナー、小さな娘を抱える妻、同居している両親。なかには、陰謀論に自らがはまり込んでしまって、「抜け出した」という人もいた。さまざまな境遇の人たちと話を重ねるなかで、「私自身、もうすこし母親を理解してみたいと思うようになっていた」と語る。

母親との会話の糸口を見つけるためにも、まずは理解してみることが必要なのではないか。そう感じたぺんたんさんがしたことはシンプルだった。自らのSNSで「裏アカ」をつくり、陰謀論を拡散しているインフルエンサーをフォローして「フィルターバブル」をつくりあげたのだ。

そこで流れている情報を自分が知ることで、「母親側」からのものの見え方を、少しでも理解しようとした。さらに、陰謀論を信じている人たちとつながろうと、直接DMでやりとりをしたり、「Clubhouse」の会話グループに参加してみたりしたこともある。

「数人で話しているなかに飛び込んで、『大切な家族との間に亀裂が入ってしまったんです』と話を投げかけたこともありました。そうしたら彼らは、『私たちだってそうなんだよ』というんです。その後すぐに、『ここにいる人たちは違うんだ』となってしまうんですが……」

「とはいえ、出会う多くの人たちが『普通の人』だということに、改めて気がつくことができました。その根底には、誰かを何かから守ろうとしているという心理があるということも。陰謀論を信じる人を馬鹿にするような風潮もありますが、シャットアウトするべきではないんじゃないかと思えるようになりました」

誰しもが、コロナ禍という急激な時代の変化に、恐怖や不安を覚えているように見えた。その人自身の大切な人やものを守ろうと必死になったとき、すがってしまったのが、陰謀論だったのかもしれないーー。

母親だってもしかしたら、自分たちを守ろうとして、誤情報や陰謀論にはまり込んでいってしまったのではないか。その理解を前提にすれば、またどこかで歩み寄れるのではないか。いつしかそんな期待を少しだけ、できるようにもなった。

裏切られた期待、そして…

2021年の末、母親と久しぶりに再会した。

両親と自分、妻の4人で、東京都内のレストランで、久しぶりに顔を合わせることになったのだ。

国内のワクチン接種状況も落ち着いてきたころでもあり、社会や政治も少し凪の状況にあるように感じていた。そのようなデリケートな話題は俎上に上がることもなく、最初は1時間ほどは他愛もない、「温かい」おしゃべりが続いた。

「もしかしたら、元に戻ってくれたのかもしれないな」。ぺんたんさんは、そう嬉しくも感じたという。しかしその淡い期待は、妻が席を外したタイミングでばっさりと裏切られた。

「ビル・ゲイツが処刑されたらしいの」。突然、母親が切り出したのだ。その目つきと声のトーンは、それまでと明らかに変わっていた。

「世の中は本当に悪い人たち、ディープステートが仕切っていて、彼らは子どもの血を飲むことで、若返ろうとしている。その黒幕の一人がビル・ゲイツだったの。近いうちにバイデンもグアンタナモに収容されるのよ」

「私はそういう小児性愛者を憎んでいる。それに、製薬会社が儲けるだけのためにつくっているワクチンだって接種しなくてよかったと思っている。イベルメクチンだって飲んでいるし、お茶で免疫も……」

繰り広げられるのは、荒唐無稽の話ばかり。どこかで聞いたことあるような話ばかりだ、と感じた。

ことイベルメクチンは、コロナへの治療効果を否定するエビデンスが集まっている薬だ。欧米でも使用は推奨されず、日本でも有効性が見られないとして製薬会社が承認申請を断念している。

しかし、一部ではいまだに「コロナの治療薬」と根強く支持されている。母親がそれを義理の母に勧めたこともあり、トラブルになっていたという経緯もあった。

ぺんたんさんのなかで溜まっていたものは、このときまた、ぷつんと弾けてしまった。

「私も我慢の限界だったんです。妻のいる会食の場で、そうした話を続けるなんてと、公共の場で思わず声をあげてしまったんですよね。本当にそこから、疲れてしまって……」

以来、母親と会ったり、話したりすることはできないままでいる。文字でのコミュニケーションを取ることも、ほとんどなくなった。

「いつ、誰がそうなってもおかしくない」

気がつけば、それから1年が経とうとしている。陰謀論が2人の関係を壊してから、3年だ。

母親は自らの考えを発信していたFacebookを、いつの間にか閉鎖していた。

まだ残るInstagramでフォローしているのは、ワクチンに反対しイベルメクチンを推奨する医師、子どもを守ると自然派を掲げる保守政治家、ウクライナを「ディープステート」と批判する元外交官ら。状況は、変わっていないように見える。

「母のように陰謀論にはまり込んでしまうのは、特殊な人ではないはずです。誰しもが不安や不満を抱える時代だからこそ、いつ、誰がそうなってもおかしくないはず」

ぺんたんさんの体験をもとにしたコミックエッセイ『母親を陰謀論で失った』はこの2月、書籍化される。その作業にあたり、これまでの記憶と改めて向き合ってきた。なぜ陰謀論に人ははまり込むのか。そもそもなぜ、陰謀論は危ういのか。そんな問いとも、向き合ってきた。

「いまのネットって、極端なことを単純に言い切ることが持て囃されるように感じるんです。世の中は複雑で、いろいろなことが絡み合ってできいるのに、単純にばっさり『切り捨てる』ことは、賞賛を集めやすいですよね。そうした『単純化』の最たるものであるのが陰謀論なのではないでしょうか」

アルゴリズムによるフィルターバブル、そしてそれをハックするかのように広がった「単純化」された言葉たちーー。

コロナ禍や戦争の不安に乗じて増殖するそうしたコンテンツは、個人を、そしてその関係を簡単に壊してしまう。社会の分断や破壊だって、もしかしたら容易いことなのかもしれない。

「単純化した物言いが耳障り良く聞こえることってあったら危ない。落とし穴は、どこにでもあるのかもしれません。そんなことを考えていたら、インターネットが少し、嫌いになってしまって。ラディカルなコンテンツからは距離をおいて、実社会に軸足を置いていたほうが、心も安定するし、なにより自らの中庸が保てるんじゃないかなって」

もし「タイムスリップ」できるなら

自らの経験を通し、人間関係は「おぼつかないもの」であるとも感じるようになった、ともいうぺんたんさん。

取材の最後、「もしタイムスリップできていたら、母親との関係も変わっていたかもしれませんね」と口にした。

「陰謀論を信じてしまった人を全否定しても、分断を産むだけなんです。その人が信じるようになった理由を考えながら、いかに自分にとって、相手が大切な存在だったかを説明するよう努めるのが大事なんですよね」

「もし自分がやり直せるんだったら、恐怖が根底にあるんだよね、気持ちはわかるよ、と寄り添ったコミュニケーションをすると思います。はねのけないで、突き放さないで、相手の価値観もいったん受け入れてあげることが、母にとっては必要だったのかもしれません」

そう思うから、こそ。自らの経験が、誰かが同じような悲劇を繰り返さないための教訓になるように。そしてやはりどこかで……母親に届くようにと、願っているという。