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元アイドルに批判も。「タレント候補」は本当に問題?参院選でなぜ多い?その歴史と背景、そして危うさ… 専門家に聞いた

古くは戦前から存在する「タレント候補」。選挙制度とテレビの普及により、1960年代から増えてきたという。その政策や訴えが批判を集める一方で、選挙に「強い」候補も少なくない。その背景や歴史を専門家に聞いた。

選挙のたびに話題を集める「タレント候補」。7月10日投開票の参議院議員選挙でも、元アイドルやスポーツ選手、お笑い芸人ら、著名人候補者たちが与野党で注目を集めている。

「タレント候補」はなぜたびたび現れるのだろうか? その政策や訴えが具体的でないなどと批判されることもあるが、一方で選挙に「強い」候補も少なくない。有権者はどう判断すれば良いのだろうか?

「選挙では有権者が候補者の名前を知っているというのは非常に大事。政党としては、メディアを通じて知名度の高い人をリクルートすることで票を集めることができますし、候補者としても当選がしやすいのですから、そうした候補が増えることは、制度の性であるとも言えます」

そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、日本政治に詳しい政策研究大学院大学教授の増山幹高さんだ。

そもそも日本で、タレント候補といえる人々の歴史は古い。戦前には「オッペケペー節」で知られる興行師の川上音二郎や歌人の与謝野鉄幹、作家の菊池寛が出馬したこともある(いずれも落選)。

戦後の第1回衆議院議員選挙(1946年)では、吉本興業の演歌師・石田一松氏が当選。昼は国会で過ごし、夜は寄席の高座に上がることもあり、「芸能人代議士」と呼ばれた。

「タレント候補」「タレント議員」という言葉が一般化したのは、1960年代のことだ。1962年の参院選では文字通り「タレント」の藤原あき氏が116万票を集めてトップ当選を果たし、大きな注目を集めるようになった。

さらに68年の参院選では作家の石原慎太郎氏や放送作家の青島幸男氏、漫才師の横山ノック氏などが当選し、話題を席巻した。

この際、作家の今東光氏と、東京五輪の女子バレー(通称・東洋の魔女)の監督だった大松博文氏をあわせた5人の「タレント候補」の総得票数は670万票を超えた。

うち301万票を得たのがトップ当選の石原氏。過去最高の記録となった。

選挙の仕組みが生み出した?

増山さんは、特に参議院選挙では、学識者や職能代表の声を反映させようとつくられた制度の特性から「タレント候補」が出馬しやすい状況もあると指摘する。

実際、60年台のブームの背景には、当時導入されていた「参院全国区」の存在があった。

全国から得票を集める仕組みのため、「人気投票」が行われやすくなるほか、遊説に高額の移動費用がかかることなどから「銭酷区」とも呼ばれたという。

「参議院では国をひとつの単位とする、事実上の大選挙区制を採用してきました。全国で上位50人を選ぶため投票する仕組みになると、全国的な知名度があれば優位になってくるわけです。テレビの普及に相まってそうした傾向が高まったとも言えます」

こうした副作用を是正するために1982年には全国区を廃止して比例代表の「拘束名簿方式」が導入されたが、弊害が指摘され、2001年から現在の「非拘束名簿方式」に変わった。

投票用紙に個人名を書くことができるようになり、その得票順に当選が決まるため、再びタレント候補が生まれやすい土壌になったというわけだ。

もちろん、比例区だけではなく、選挙区で出馬するタレント候補もいる。今回の東京選挙区などもそうだが、増山さんは、特に都市部でその傾向が高いと指摘する。

「大都市においては、ひとつの選挙区から複数の候補を選ばないといけないため、全国区ほどではないですが、同様の状況になっている。たとえば東京であれば6人を当選させないといけないことになり、やはり知名度が大切になります」

「客寄せパンダ」と批判も…

客寄せパンダだーー。出馬するたびそんな声もあがりやすいのが、タレント候補でもある。政策的な訴えがされないことを批判する指摘は少なくない。

今回の参院選でも、自民党から出馬した元アイドルが候補者アンケートにほとんど「無回答」であったことから批判が集まった。事務方の処理ミスと釈明し謝罪したが、その後も回答をめぐり物議を醸している。

タレント候補に対するこうした厳しい視線について、増山さんはどう見るのか。

「本来の目的と異なる形で選挙を利用し、売名行為のように用いる人や、当選しても何もしない人、不祥事を起こしてしまう人もいる。政党側もある種、知名度を搾取するためにリクルートしているわけですから、そうした傾向がある人が増えてしまうのは当然であるとも言えます」

「とはいえ、新人候補者それぞれが政策に明るくなくてはいけない、というわけではないと思っています。志の低い人、ダメな人は結果的に有権者に排除され、淘汰されていく。一方で当選を重ねて知識や経験を積み上げ、能力やキャリアをつけていく人もいる。政治家にもトレーニングは必要。“なってから”が重要です」

タレント候補として当選したのち、実績を重ねてきた人たちも少なくはない。

たとえば参議院議長まで務めた扇千景氏や山東昭子氏は、ともに元女優だ。山東氏の参院当選数8回は最高記録でもある。オリパラ大臣を務めた橋本聖子氏(五輪メダリスト)らもいる。

ブームの先駆けとなった石原慎太郎氏や青島幸男氏もそれぞれ東京都知事となり、政治家としての足跡を残している。テレビのニュースキャスターだった現知事の小池百合子氏も同様の系譜を辿っていると言えるだろう。

諸外国に目を広げれば、元ハリウッド俳優だったアメリカのレーガン大統領や、ドラマで“大統領“を演じて人気を集め、コメディ俳優から政治家に転じたウクライナのゼレンスキー大統領もやはり、もともとはタレント候補である。

注意すべき「危うさ」とは

「私は、タレント候補が悪いとは思っていません。政治を開かれたものにするためにも、多様な意見を反映するためにも、さまざまな分野で活躍したバックグラウンドを持つ人が、素人でありながら政策や立法に見解を表明できることも、議会の大切な役割のひとつなのではないでしょうか」

「もしかすると名前を知っている候補がいるから選挙に行く人がいるという側面もあるかもしれませんし、票を投じる有権者が多いのは事実です。ダメだと思えば投票をしなければいいだけですから」

増山さんはそうも語る。政治が遠い存在となりかねない昨今の状況からすればポジティブな側面もあるともいうことだ。

ただ、その一方で、「ポピュリズム」とタレント候補の「相性の良さ」には懸念も示した。対立的な理念を掲げることで大衆を扇動する政治手法でもあり、排外主義やナショナリズムなどに傾きやすい問題点があるからだ。

欧州ではそうした流れも生まれている。たとえばイタリアでは人気コメディアンが立ち上げた「五つ星運動」が反緊縮を掲げて勃興。反移民を掲げた右派ポピュリズム政党とともに、反EUで一致し連立政権を担うまでに至った(その後崩壊)。

現状、日本ではそうした政治状況にはないものの、移民に関する議論などが活発化すればそうした事態が起きかねないと増山さんは危惧する。前述した候補者の「成長」も含め、有権者はしっかりと見守っていく必要があるともいう。

「仮に今後移民政策の議論が日本でも進み、ナショナリスティックなハレーションが出たとき、そこに便乗する政党や政治家は出てくるはずです。ポピュリスティックな側面は大きな懸念材料になりますし、そうした時の“タレント候補”には危うい面はなくはない。有権者は気をつけていかなければならないでしょう」


7月10日に投開票日を迎える参議院議員選挙。

なんで選挙カーってあんなにうるさいの? ネット投票まだ? 投票方法から選挙の仕組み、選挙運動の謎までーー。

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