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「次亜塩素酸水」の普及目指す団体に、噴霧反対の医師や科学者が苦言 「効くならば...」

次亜塩素酸水の普及を目指すメーカーや大学の研究者が、次亜塩素酸水は「人体に安全」で、「新型コロナウイルスの感染予防策として役立つもの」だと主張した。一方、別の科学者や医師は「次亜塩素酸水を噴霧すべきではないし、吸入してはならない」と強調する。

次亜塩素酸水のメーカーや大学の研究者などでつくる団体「次亜塩素酸水溶液普及促進会議」が、記者会見を開いた。会場内で大量噴霧する中、次亜塩素酸水は「人体に安全」で、「新型コロナウイルスの感染予防策として役立つもの」だと訴えた。

次亜塩素酸水をめぐっては現在、経済産業省による要請で「製品評価技術基盤機構(NITE)」が、新型コロナウイルスの消毒方法の一つとして有効性を検証している最中だ。

5月29日の中間発表においては「現時点において、『次亜塩素酸水』の新型コロナウイルスへの有効性は確認されていない」と公表した。

また、BuzzFeed Newsが取材した2人の科学者や、医師らは「次亜塩素酸水を噴霧すべきではないし、吸入してはならない」と強調している。

次亜塩素酸水は、酸性で次亜塩素酸を主成分としている。

その代表的な製法は2つある。塩酸や塩化ナトリウム水溶液を装置で電気分解することで作る「電気分解方式」と次亜塩素酸ナトリウムと塩酸などを混ぜ、酸性に調整して希釈させた「混合方式」だ。

消毒用アルコール不足が叫ばれる中、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ代替品として、自治体の無料配布や、各メーカーの販売などによって広く流通するようになった。

厚労省は2002年、電気分解方式の次亜塩素酸水を「殺菌料」として食品添加物に指定した。食品の殺菌に用いられるが、「次亜塩素酸水は、最終食品の完成前に除去しなければならない」「使用後、最終食品の完成前に除去される場合、安全性に懸念がないと考えられる」との指針を示している。

よく混同されるものに、花王が販売する「ハイター」やミツエイの「ブリーチ」などに含まれるアルカリ性の「次亜塩素酸ナトリウム」があるが、別物だ。

厚生労働省と経産省は、新型コロナウイルスの感染防止にあたり、次亜塩素酸ナトリウムが食器や手すり、ドアノブなどの消毒に「有効」だと呼びかけている。人体に有害なので、手指に使ったり、空間噴霧をして吸い込んだりしてはいけない。

NITEによる検証の対象外、普及促進会議の反論

この「身の回りの物品の新型コロナウイルスの消毒方法として、評価に有効かどうか」を次亜塩素酸水について検証しているのが、NITEだ。

現時点で、新型コロナウイルスに対して一定の効果を示すデータも出ている一方で、「有効性評価を行う上で十分なデータが集まっていない」として、「有効性は確認されていない」と発表。引き続き検証試験を実施し、6月中に結果を公表するとしている。

なお、今回の検証では、次亜塩素酸水の手指消毒や噴霧による有効性、人体の安全性は「評価の対象外」となっている。

こうしたNITEの中間発表や報道各社による報道を受け、次亜塩素酸水は新型コロナウイルスに「有効」であり、「人体に安全」だと反論したのが、「次亜塩素酸水溶液普及促進会議」だった。

6月11日にあった記者会見で、三重大学大学院の福﨑智司教授は「適切に濃度を管理すれば、微生物に対しては殺菌効果を示しますが、人間の健康には害がない」と話した。

次亜塩素酸水を販売するメーカーは「無臭」「塩素系独特のニオイが少ない」などとその特徴を謳っている。

会場では、超音波噴霧器で次亜塩素酸水を大量に噴霧しており、次亜塩素酸ナトリウムとは異なる特異臭が漂っていた。初めて感じる刺激臭とも言えない独特なもので、違和感を感じずにはいられなかった。その匂いは、廊下にも広がり、記者はマスク越しでも常に感じ取った。

研究者たちの実験結果

NITEが検証中である、新型コロナウイルスへの有効性については、北海道大学の玉城英彦名誉教授が独自の実証実験の結果を発表し、pH5.5で、有効塩素濃度40ppm(4万ppb)の次亜塩素酸水では、「新型コロナウイルスを瞬時に、検出不可能なまでに不活化した」と話した。

「次亜塩素酸水の有効活用は、新型コロナ感染症予防対策に大きく寄与することが期待できる。北海道の帯広畜産大学の実験でも同様の結果が出ており、この不活化効果に自信を持っています」

また、東京工業大学の奈良林直特任教授は、海外の事例を紹介した。

アメリカでは、次亜塩素酸水が新型コロナウイルスの感染防止対策に採用されており、同国の疾病予防管理センター(CDC)が「生物組織に無毒」だと明言しているとした。さらに、中国の国家衛生健康委員会は「物体表面、医療機器、空気、手、皮膚、粘膜などに使えると認めている」と述べた。

空間噴霧の必要性と安全性は?

次亜塩素酸水の空間噴霧の目的と安全性については、先出の福﨑教授が以下のように述べた。

まず、空間噴霧は「空間における微生物を制御すること」が目的で、「物の表面に付着している菌の方が、空間に浮遊している菌よりもはるかに多い」と話したうえで、その特徴を説明した。

「浮遊している菌は、換気や新鮮な空気の入れ替えで対応できるが、もっとも大事なのは、付着菌をどうするか。付着菌は、私たちの手の触るところ、何よりも床面に非常に多いんです」

インフルエンザウイルスの不活化効果を検証した実験においては、「次亜塩素酸水の噴霧により、不活化効果を示した」などと空間噴霧の必要性を語ったが、こうも噴霧の課題を話した。

「(人がいる空間と人がいない空間で、噴霧による落下菌数を比較したところ)人がいる空間では、非常に薄い気体状の次亜塩素酸では効かない。人は汚染源ワーストワン。どんなに清浄な空間でも、そこで何人の人間が活動するかで落下菌数が大きく変わる。人が活動する場で、いかに微生物を制御するかが、私たちの一つの課題になっています」

つまり、次亜塩素酸水を「人がいる空間」で使用してもらえるよう普及を目指す会議の場で、「無人空間での噴霧は有効だが、人が空間にいる場合は落下菌に対して効果を示さなかった」という認識を共有したのだ。この記者会見場はもちろん、「人がいる空間」だった。

一方、空間噴霧の安全性については、空気中の塩素濃度に関する労働安全衛生法を根拠に、「1日8時間、週40時間、人が暴露されても、人の健康に害はないというものが、0.5ppm(=500ppb)です。この基準を超えない噴霧が必要になる」と語った。

ただし、この基準を上回る「50ppm(5万ppb)」の次亜塩素酸水(pH5.8)を2時間噴霧した実験においては、超音波噴霧器から2メートル離れた地点を測定し、もっとも数値が高かった床面でも「0.02ppm(20ppb)」だったという。

「いかに濃度が低いかがわかるかと思います。空間噴霧といったら、全体的に消毒するイメージですが、実際にはこのレベルの濃度が作用している。微生物が多い床面や、私たちが手で触る机のうえの濃度が機能的に高いのが空間噴霧の特徴です」

また、過剰に噴霧した場合でも、「次亜塩素酸濃度が上昇し続けるわけではない。健康上問題のない濃度でとどまる」と言った。

浮遊菌よりも、物体に付着している菌が多いのであれば、次亜塩素酸水の空間噴霧ではなく、厚労省が推奨している次亜塩素酸ナトリウムで拭くのでいいのではないか。報道陣からこんな質問があがった。

この点について福﨑教授は「拭き掃除で微生物を制御する目的が達成されたら、空間噴霧は必要ない。それでもまた不十分だという時に適用するとお考えください」と話し、「次亜塩素酸でも、アレルギー反応を持った方がおり、手首まで消毒したら真っ赤になる人もいる。消費者側で、取捨選択ができるという点では有効かと思う」との認識を示した。

これは、場所を選ばずに次亜塩素酸水の空間噴霧することで、アレルギー反応を示す人が出る恐れがあるということだ。

NITEが指摘した各商品の問題点

NITEによる中間発表後、次亜塩素酸水を無料配布していた自治体が、配布を取りやめる動きが出ている。また、文部科学省が、子どもたちがいる空間で噴霧をしないよう通知を出し、噴霧を中止する学校もある。

噴霧に関してNITEは「消毒目的で有人空間に噴霧することは、その有効性、安全性ともに、メーカー等が工夫して評価を行っていますが、確立された評価方法は定まっていないと承知しています。メーカーが提供する情報、経済産業省サイトの『ファクトシート』などをよく吟味いただき、十分に検討を行っていただいた上で判断をお願いします」との見解を出している。

また、次亜塩素酸水の効力は、ppmやppbで示す「有効塩素濃度(残留塩素濃度)」と、pHで表す「酸性度」が指標となるが、ファクトシートで各商品の問題をその点を含めて次のように指摘している。

・液性を、pH値によって明記していないものが多い

・次亜塩素酸濃度をmg/L又はppmを単位として明記していないものが多い。希釈して用いる製品については、希釈方法について明記していない

・安全性を謳っているにもかかわらず、その根拠が不明なものが多い

・食品添加物であること、又は食品添加物と同等の液性・濃度であることだけを根拠として、人体への安全性を謳っているものがある

・薬機法に基づく承認を得ていないにもかかわらず、手指・人体への効果を謳っている

・特定の効果や効能を謳っている

噴霧の安全性については、「消毒液の噴霧による人体への安全性について、国際的に確立された評価方法は見当たらない」とし、「人体への実際の影響や効果については、濃度等に応じて異なるため、精査中」だとしている。

科学者や医師「噴霧すべきではないし、吸入してはならない」

一方、次亜塩素酸水溶液普及促進会議の記者会見を受け、科学者や医師などが6月14日、YouTubeでオンライントークイベントに出演し、次亜塩素酸水の噴霧について「噴霧すべきではないし、吸入してはならない」と語り合った。

出演したのは、物理化学が専門の京都女子大学名誉教授・小波秀雄さん、生物物理や化学物理が専門の山形大学理学部の天羽優子准教授、米国国立研究機関博士研究員でウイルス学、免疫学を専門とする峰宗太郎医師、ハーバード公衆衛生大学院を卒業して「手を洗う救急医Taka」としてTwitterで知られる木下喬弘医師などだ。

BuzzFeed Newsの取材に「体に優しく、高い殺菌力を持つ消毒剤なんかありません。ウイルスに効果があれば、人体にも有害なわけです。吸い込んだら危険ですよね」と答え、次亜塩素酸水の使用に警鐘を鳴らしていた小波さんは、「人がいる空間では、非常に薄い気体状の次亜塩素酸では効かない。課題だ」と福﨑教授が会見で述べたことに注目し、「素晴らしい。同じ科学者として率直でいい発言だった。決定的だと思う」と話した。

天羽准教授は「医療現場においては、人がいる空間において消毒薬を噴霧してはいけないのが原則。被害がどれくらい出るのかは、濃度と接触時間による。濃度もまちまちなので、噴霧して吸入してはいけない」との考えに変化はない。

次亜塩素酸水が有用ならば、政府から安全に、確実に使う方法が近々決まるはずだ。だから、今は使うべきではなく、病院でも使えるようなマニュアルが発表されてから手を出すべきだという。

「公的に推奨されている方法以外に、余計なことをしないのが大事です。どうしても不安になると、人は追加で何かをして安心したいと思ってしまう。一度、立ち止まり、冷静になる時間を取ってもらいたい。国の事故情報データバンクシステムも活用してほしい」

医師が指摘する問題点

峰医師も次亜塩素酸水の噴霧に反対する一人だ。

新型コロナウイルスは、くしゃみや会話による「飛沫感染」と、汚染された物を触るなどして移る「接触感染」の2つのルートで感染するが、前者では消毒薬は無意味だと指摘する。

「飛沫感染ルートは、防ぐ方法は簡単。飛沫が飛ばないようにする。吸い込まないようにするということです。推奨されているのが、人と人との間に距離を置くことや、人混みにいかないこと。それから、マスクやフェイスシールド、ゴーグルです」

「大事なのは、くしゃみをした瞬間、0.1秒後に、(ウイルスは)私の口からあなたの鼻の中です。消毒できるならやってください。でも、できません。だから、飛沫感染ルートに消毒薬が入る余地は一切ないんです」

なので、消毒薬が活躍するとすれば、石鹸での手洗いやアルコール消毒などで防ぐ「接触感染ルート」になる。

「我々ウイルス学者が、実験する時にウイルスをいっぱい扱うんですけれど、(消毒薬として)何を現場で使っているか。たった2種類です。アルコールか次亜塩素酸ナトリウム液です。これはなぜかというと、証明されている効果が確実であること。それから、安価であり、適切な使い方をすれば、安全であるということです」

「消毒薬はなんらかの形でウイルスを破壊することによって、感染性を失わせるわけです。ということは、破壊力のある化学物質なわけですから、人体に触れないことが原則になります。体に触れても大丈夫なのは何か。一言で言うと、エタノールです。これが確実です。ですから、ウイルス学者は選択しています」

そして、「アルコールなどを噴霧して用いるのは、何も意味がない」と強調する。

「噴霧で接触感染ルートを断つことにはなりません。霧にしても手はきれいにならないし、汚染された机もきれいになりません。それどころか飛沫感染は防げない」

「皮膚は、多少なりとも頑丈な角質層があるので、多少の化学的、物理的な刺激に対しては耐えれられるようになっている。でも、粘膜、目、鼻、口、それから肺まで続く上気道、下気道は、簡単にただれて細胞が死んでしまうんですね」

「なので、防御されていない粘膜に対して、化学物質が触れることはできるだけ避けたいわけです。安易な化学物質の噴霧を行うと、やけど、臓器の炎症を招く恐れがあり、有害になり得るという認識を持ってもらいたいです」

「ステップをかっ飛ばしており、理解不能」

峰医師の発言を受け、木下医師は、病院の中で使う薬物は、厳格に定められたルールの中で臨床試験をし、有効性と安全性を何回も確認して承認に至ると指摘した。

その上で、「次亜塩素酸水は、『ひょっとしたらウイルスに効くかも』というレベルのものを空間に噴霧し、人に対する有効性や安全性まで話を持ってきてしまっており、私からしたらもう無茶苦茶なんですよ。すごいステップをかっ飛ばしてやっているわけです」と苦言を呈した。

「もし本当に新型コロナウイルスに効くのであれば、たとえば集中治療室(ICU)で、集中治療を受けている患者さんの部屋で噴霧しているといった話になっているはずです。研究をすっ飛ばして、ICUで使われていないものをなぜ居酒屋や学校で使っているのかが、もう理解不能です。だから、まったく信じるべきではないと思います」

科学者や医師など出演者に一致するのは、政府や専門家会議が推奨する感染防止対策を実践し、国がまだ認めておらず、推奨していない目新しい方法には手を出すべきではないということだ。峰医師は言う。

「空間に噴霧したり、噴霧器を首からかけるなんて医療現場でやっていないことをやる必要はないです。それで、もし害が起きるようなことがあったら、後悔してもしきれない。余計なことはせず、小さなお子さんは、大人より弱いということを認識していただき、手洗いなど基本的なことをするのが大事だと何回でも繰り返して伝えたい」

また、景品表示法や医薬品医療機器等法といった広告規制に詳しい染谷隆明弁護士は「薬機法の承認を取っているものを購入するのが大事。医薬部外品なのか、医薬品なのかを確認した上で、購入したほうがいい」と注意喚起した。

先述のように、NITEは、次亜塩素酸水が新型コロナウイルスに効くかどうかの結果を6月中に公表する方針だ。

YouTubeでこの動画を見る

LOFTchannel / Via youtube.com

科学者や医師などが出演したYouTubeでのオンライントークイベント

訂正

当初、「インフルエンザウイルスに対して効果を示さなかった」としていましたが、「落下菌に対して効果を示さなかった」の誤りでした。訂正いたします。