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不妊症女性が語る、我が子を授かるための費用

大金を費やしてきた不妊治療に失敗した自分は、代理出産にさらに多くの金を費やすつもりだ。それでもまだ、赤ん坊が生まれる保証はない。

5年前に妊娠を試み始めたときには、それほど費用を掛けなくても、すぐ簡単に妊娠すると思っていた。妊娠しやすい家系の出身だからだ。母は避妊手術をした後も妊娠したし、妹は出産後3カ月経ってまた妊娠した。ただし、私は独身なので、無料では済まないのはわかっていた。精子を手に入れる必要があった。それに、スポイト状調理器具で七面鳥にたれを掛ける要領で、自宅で処置するつもりはなかったので、専門の医師も必要だった。だが、妊娠するのに長くは掛からないはず、だった。

最初は、人工授精である子宮腔内人工授精(IUI)から始めた。排卵前に、医師に精子を子宮に注入してもらう。所要時間は1分で、痛みはない。1回につき数百ドル掛かるだけだ。IUIが1回目で成功するとは限らないので、精神的な面でも経済的な面でも、数回は試す心づもりをしていた。だが、6回試しても妊娠テストは陰性で、医師に体外受精(IVF)を勧められた。参った。IUIとは違って、IVFは複雑で費用が高くつく。何千ドルも掛かるホルモン注射を数週間受け、頻繁に予約を入れ、卵子を取り出して受精卵を作るための外科手術を行う。1回のサイクルで優に1万5000ドル以上掛かりかねない。

私はこれまでいつも、お金にはうるさかった。締まり屋だ。レストランに行くと、まずはメニューの価格表をくまなく調べ、いちばん安いメニューを見つける。両親はテレビ修理工と秘書という下流中産階級であり、いつもお金の心配をして、今にもすべてを失うと確信してケチケチと使っていた。私は、お金の心配をする遺伝子を両親から受け継いだのだ。

それでも、本当に子どもがほしかった。生まれてこの方ずっと、自分が親になっているところを想像してきた。学校の卒業や海外での生活、「適切なパートナー」がまだ現れていないことなど、様々な理由があって、子供を持つのを待ってきた。だが、もう待てなかった。シングルペアレントになることで妥協した。IVFしか選択肢がないのであれば、その現実をすぐに受け入れ、がむしゃらに突き進んだ。貯金は十分にあったし、費用を下げる他の方法も見つけた。なんとか医師に料金を下げさせ、友人がただで余分にもらっていたIVF用の薬を使用した(友人は、IVFに健康保険が使える数少ない幸運な人たちの1人なのだ)。私はこれまでいつも闘志満々だったが、不妊症のせいでさらに闘志満々になった。

その後すぐにIVFに取りかかったが、3回とも失敗に終わった。少数の凍結受精卵と預金口座の残高減少のほかには、何の成果もなかった。ほしいものを手に入れようとして失敗すればするほど、必死の戦術になるという古い格言がある。不妊症の場合、この格言は、さらに強化されたかたちで事実だ。越えるつもりはない一線は常にある(「私はIVFをけっして行わない」、「絶対にIVFを1回以上行わない」、「IVFを2回以上するつもりはない」)のだが、その一線を越え続けるのだ。

ほとんどの人は、代理出産するのは、金持ちや有名人だけだと思うだろう。私もそうだった。妊娠するために可能なことをすべて試し、考えられるあらゆるテストを受けた後、医師の前に座らされて、「血のつながった子供を持てる見込みは代理出産しかない」と言われたときには、私は思わず吹き出した。手元に10万ドルもなかったからだ。その場で3回、クルクル回ればあなたはユニコーンに変身するよと言われたも同然だった。それくらいばからしい話だった。

代理出産は常に、子作りにおいて、私がけっして越えるつもりがない一線だった。とてつもない額の費用が掛かるように思えたし、自分で我が子を身ごもりたくて必死だった。別の女性にその仕事をさせるなんて、奇妙な感じだった。だが、自分は絶対に妊娠しないこと、妊娠しようとして月日と大金を無駄にしてきたことに対する、脱力感を覚える悲しみが消え去ると、グーグルで「代理出産」を検索していた――何気なく、ためらいがちに。そして、「越えない一線」がさらに遠ざかるのが感じられた。

不妊症は、潮の流れが激しい渦のようなものだ。つま先を浸すと、もう抜け出すのは難しい。抱っこできる赤ちゃんがまだできないまま、金や時間、感情をどんどん注ぐうちに、ますますこう考えるようになる。これだけたくさん注いできたんだから、ここまで来たんだから、もう少し先に進んでもいいだろう、もう少しだけ……。そして、すべてが雪だるま式に膨らんでいく。最終目標の実現まではあとちょっとだ、といつも感じている。それに、IVFの受精卵がまだ残っている。凍結した我が子だ。ここであきらめることができる? 負けを認めるの? また500ドル掛かるけど、それが何? また5000ドル? また5万ドル? ある時点で、モノポリーをしているときのような金銭感覚になり始める。

「養子を迎えたら?」。よくこう尋ねられた。 凍結受精卵が準備できていなかったら、検討していたかもしれない。だが養子縁組も、保証人なしで子どもを引き取るとなると、困難で、驚くほど費用が掛かりかねない。代理出産に頼る前に養子縁組しようとして、生みの親が土壇場で気を変える結果となった人々を知っている。

代理出産についてじっくり考え始めたとき、最初に浮かんだ疑問は、代理出産に頼った人々はどうしてそんな金銭的余裕があったのか、ということだった。そこで、代理出産に関するオンライングループに参加したところ、IP(intended parents:代理出産によって親になろうとしている人々)の大多数は、「標準的」な経済状況(中流階級で、場合によっては中流階級以下)であり、金持ちではないことがわかった。でも、IPが富裕層でないなら、どうやって代理出産を成功させているのだろう?

待望の子どものために一生懸命切りつめて金を貯めている、というのがその答えだ。IPの厳しい現実は以下の通りだ。副業として第2、第3の仕事をし、残業手当をすべて手に入れる。外食を止め、「休暇」の意味を忘れるほど働き、なくても暮らせるものをすべて売り払う。極限までクーポンを利用し、クラウドソーシングを行い、親戚に金を無心し、何カ月もスープだけの生活。マイホームがある場合は売ったり、小さい家に住み替えたり貸したりし、余分な部屋があれば賃貸に出し、実家の地下室に引っ越しする。確定拠出年金(401k)を切り崩し、住宅担保ローンを組み、クレジットカードを限度額まで使い切り、補助金を申請し、壊れるまでおんぼろの車に乗る。報酬アップのために転職し、昇給をせがみ、映画を見に行くのを止め、スポーツジムを退会し、自分で散髪する。ケーブルアカウントの契約を解除し、ガレージセールを行い、社交的活動から完全に手を引き、何でもノーブランドの商品を買い、タッパーウェアを販売し、もっと安い食料品店で買い物をする。入札式競売を行い、自宅を第二抵当、第三抵当に入れ、物価が安い都市に引っ越し、結婚祝いリストに赤ちゃん用の資金を追加し、大事な人たちちにクリスマスプレゼントや誕生日のプレゼントをあげず、婚約指輪を売る。それでも、十分な金を工面するのに何年も掛かる場合がある。

代理出産とは、金で赤ん坊を買うことだという誤解があるが、実際はそうではない。赤ん坊の生死に関わらず、誰かの子宮を利用する代わりに金を払うのだ。だが、これは一種のギャンブルだ。IPが大金を費やしても、代理母が流産したり、赤ん坊が未熟児で生きられなかったり、死産だったりする可能性がある。経済面でも感情面でも非常に大きな賭けになる。金と家族の概念がこれほど深く絡み合う状況はほとんどないだろう。

代理出産の費用に定価はない。変動要素が多すぎるのだ。受精卵を作る以外で、代理出産に関係する最大の費用は、代理母への報酬と、仲介業者を利用する場合はその手数料だ。仲介業者は1万5000~2万5000ドルで代理母とのマッチングを行い、出産までの全過程を監督する。

2年前、代理出産を行おうともっと真剣に決意したときには、仲介業者を利用せず、独力で詳細の計画・実行を行うことを決めていた(代理出産の世界では、「インディーズ・スタイル」として知られている)。仲介業者を通さないようにすれば、代理出産が経済的に可能になる世界にもっと近づくことができる。さらに、家族や友人のなかで、報酬不要な代理母を見つけることができたら、もっと安上がりにもなる。私の場合、妹なら引き受けてくれただろうが、彼女は乳ガンのサバイバーなので、代理出産に必要なホルモンを服用できなかった。知り合いを見つけられないので、有料の代理母との協力が必要なことが明らかになった。

報酬は、代理母が求め、IPが支払いに同意する金額となる。米国のほとんどの地域では、平均的な報酬は、新人の代理母で2万5000ドル、経験豊富な代理母だと3万ドル以上になるが、金額は急上昇中だ。代理母が受け取る追加料金は多数あり、医師と弁護士には大金が支払われる。代理母が代理出産に適用される健康保険に入っていない場合は、それも負担しなければならない。費用を挙げるときりがない。

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そこで私は、代理母探しを始めるにあたって、死にものぐるいで節約を始め、他のIPが用いている多くの節約術をチェックし、他の節約術も追加した。残業を引き受け、昇給をせがみ、金が掛かるつき合いはせず、最小限の必需品以外は何も買わず、休暇は取らず、マイカーを処分し、友人と暮らして家賃を浮かせるために半年間にわたって米国の各地に引っ越し、「ヴァギナ資金」につぎ込めるものは何でも投入した。時にはつらいこともあったのは確かだ。だが、慰め会はいらない。明確な目標を定めたうえでの選択、自分の選択だ。他の人は、マイホームの頭金のために節約する。私は赤ん坊のために節約している。節約は、今では1つの生き方であり、どれだけの額をどれだけ速く節約できるかを見るゲームでもある。数カ月前にようやく、私は自力で代理母とマッチングを行い、長時間掛かるすべての医療スクリーニングを開始し、受精卵を代理母の子宮に移す前に必要な法的契約を結んだ。

代理出産の費用を思うと、まだ胃が締め付けられるが、白旗を揚げて降参してはいない。それに、脳は今、無意識のうちに、さまざまな日常的費用を、代理出産の費用に換算している。パンケーキを注文すれば、超音波検査1回分の費用の20分の1だ。あのコンサートのチケットは、小瓶2つ分のプロゲステロン。あの車は、代理母への報酬の半分だ。すべてのものが計算対象だ。幸運に気づきもせずに無料で妊娠している人々を、もっと意識するようになった。ある友人は最近、オーガニックの調合乳の価格について愚痴をこぼしていた。母乳で育てていて、調合乳への切り替えを検討していたのだ。赤ちゃんのために母乳を買おうとしたら月1000ドル掛かると私が言うと、友人は仰天し、口をつぐんだ。赤ん坊ができたら、自分も友人のように経済的な心配をすることになるのは間違いなく、そうした心配をするのはもっともだが、代理出産に掛かる莫大な費用を考えると、そうした心配など大したことではないと常に思えるようになる。オーガニックの調合乳? なんと安価なんだろう。

医療の手を借りずに妊娠する大半の人々は、子供が生まれた後で経済的負担について考えるだろう。おむつ代に保育代、小遣い、大学の学費といった具合だ。だが、私の子どもは、生まれる前から金食い虫になっている。他のIPと冗談を言い合ったことがある。くそガキのような振る舞いをするたびに、どれだけの費用が掛かったか子どもに言ってやろう、と。10代特有の不安から子どもがカッとなったら、レシートと費用の集計表を子ども部屋の壁紙にしよう、と。ほんの冗談だが、代理出産の経済的側面が投げかけるかもしれない厄介な疑問について、私は思いをめぐらせている。貯金を使い果たしたことで、私は我が子を恨むだろうか? 我が子は、自分を存在させるために、自分の大学の費用を私が使いきったことを怒るだろうか? 命を与えるために非常に多くのものを注いだから、私に恩があると我が子は感じるだろうか? 我が子は私に恩がある、と私は感じるのだろうか?

子どもの出生については包み隠さず話して、誕生を祝うつもりだ。我が子は、誕生を手助けした大勢の人々について知ることになるだろう。医師。別の女性の子宮。別の男性のDNA。応援してくれた多くの人たち。私にわからないのは、どれだけの費用が掛かり、どれだけのストレス、どれだけの悲しみ、どれだけの困難があったかについて、打ち明けるかどうかだ。子どもを得るために私が経験したことや犠牲にしたものを知ったら、我が子がどんな気持ちになるのか、私にはわからない。

お金は、私が親になるまでの道のりの非常に大きな一要素だが、資金繰りについてはクヨクヨしたくない。それに、絶対に、将来生まれてくる子どもと自分との関係には影響させたくない。この経験をできるだけノーマルなものにできればと思う。私はある時点で、これまでに支払ってきたお金を記録するのをやめた。そうした現実に打ちのめされるからだ。知りたくないのだ。

不妊症という旅をしている間、私はずっと、「これ以上はもう無理、ここでやめる」と自分が言うであろう金額があるのか疑問に思ってきた。「最終的に子どもができても、10万ドルの費用が掛かります。それでも治療を始めたいですか?」。何年も前、初めてのIUIのために受診したときに、医師にそう言われていたら、「ノー」と答えていただろう。だが今は、心の底から何度も「イエス」と言える。


ケリー・アウアーバッハはロサンゼルスを拠点とするライターで、代理出産関係の他のエッセイは最近、「New York Times」、「Glamour」、「Refinery29」、「OZY」に掲載された。

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この記事は英語から翻訳されました。翻訳:矢倉美登里/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan

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