『コードギアス』声優が語る、表現の葛藤と喜び 「答えがないのは怖い。でも、だからこそ楽しい」

    C.C.役のゆかなさんは語る。「キャリアを積むにつれて、明確な“答え”はどんどん無くなっていく。孤独感や恐怖感に襲われることもある。だけど…」

    ある人が言っていた。「声優の仕事は一期一会だ」と。だからこそ、ファンに長く愛される作品と出会えることは、とても幸運なことだという。

    声優・ゆかなさんも、そんな作品と出会うことができた一人だ。2月9日公開の「コードギアス 復活のルルーシュ」では、謎の少女「C.C.(シーツー)」を演じる。主人公ルルーシュの人生を変える重要な役だ。

    自身の声優人生を、ゆかなさんは「旅」と表現する。「答えがないから怖い。でも、だからこそ楽しい」。アフレコ現場での思い出とともに、目指している声優像について聞いた。

    谷口悟朗監督の「覚悟」を感じた。

    TVアニメ「コードギアス 反逆のルルーシュ」シリーズ(2006〜08年放送)は、廃嫡された元皇子ルルーシュの復讐譚だ。

    最愛の妹が幸せに暮らせる世界を願うがゆえ、仮面のテロリスト「ゼロ」となって反体制組織を牽引する。世界の1/3を占める超大国「神聖ブリタニア帝国」を率いる父、皇帝シャルルに闘いを挑んだ。

    植民地化された日本、テロリズム、生々しい政治的な駆け引き、親友や愛する人との決別――。架空の物語ながら、リアリティのある世界観でファンを魅了し、平成を代表するアニメーション作品となった。

    一度は完結したルルーシュの物語。それを「完全新作」でやると知ったとき、どんな心境だったのだろうか。

    ゆかなさんは、こう振り返る。

    《私が「新作をやる」という確証を得たのは、2016年に舞浜で開かれたテレビ放送10周年記念のイベントでした。ステージに立つ直前、会場にいたお客様とほとんど変わらないタイミングでしたね》

    《この作品は全体的に「ギアス」が効いていて、みな等しく情報統制が敷かれているんです(笑)。第一印象としては「どんなお話になるのだろう。楽しみだなぁ」と》

    谷口悟朗監督の「覚悟」も感じたという。「谷口さんは責任感が強い方。自分が作品に関わることでどう思われるか、常に気を遣われている」と明かす。

    《過去にもコードギアスのイベントはありましたが、声優陣とステージ上で並ぶ機会は一度もなかった。頑なに「私は一緒に並ぶべきではない」と。監督ご自身の哲学というか、主義なのだろうと感じていました》

    《それが10周年のイベントでは、舞台のセリから登場したんですよ。谷口監督も、脚本の大河内一楼さんも、考えなしにそういうことはなさらない方たちです。新作を制作するにあたって、お二人が「覚悟」を持って行動を起こされたのだと感じました》

    《たしかに刹那的な視点では「どうなるのだろうか」という気持ちもあったかもしれない。でも、谷口さんや大河内さんが矢面に立ってまで新作を作ろうとしている。信頼や期待以外に何を思うことがあるでしょうか》

    アフレコでの「答え合わせ」が楽しみだった。

    ゆかなさんは「コードギアス」の現場での楽しさを「星座みたいだ」と表現する。

    《TVシリーズも、新作でもそうですが、演じる前は台本以外にはあまり情報がないんです。台本にあるト書き(演技の指示や設定の説明)を自分で拾って、時に納得したり、違和感を感じたり、そうやって作品を理解していく。アフレコで答え合わせをする機会があるのが、私にとって隠れた楽しみでした》

    配られた台本を見て、パラパラとめくる。ト書きにヒントを見ては「あ!そうなるのか」「あ、だからこうするのね…」と、C.C.という存在やコードギアスという世界を落とし込んでいく。

    《収録現場でも、谷口監督と閑話休題のタイミングで「これは…つまり、こうなるということですか?」「あぁ~。ええ、そうなります」と、答え合わせをするのも密かな楽しみでした》

    《先々に関してはスタジオ内でも勝手に口にはできないので、ときには共演者から「暗号で会話してる」と言われたりしてましたね。あ、そう言えば、「話が早くて助かります」というのも独特なフレーズで、これを言われるのも楽しかったです。谷口監督らしくて》

    《演じる上で、事前に知らされる範囲は谷口監督はじめ制作陣がお決めになる。だけど、全ての材料を明かすわけではなく、殊更秘匿しているばかりでもない。見える時と、見えない時がある。でも、見えなくても十分に美しい。なので、私は勝手に「星座みたい」って思っています》

    「制作現場の熱量に応えたい」 守りではなく、攻めの芝居を。

    ゆかなさん演じるC.C.は不老不死の少女。偶然出会ったルルーシュに絶対遵守の「ギアス」を授けた。これが彼と世界の運命を変えた。

    2006年当時、C.C.を初めて演じたときの思い出を尋ねた。

    《第1話は、主人公ルルーシュや作品の世界観の説明にフォーカスされたお話でした。しかもC.C.は喋り出したと思ったら撃たれて倒れてしまいます…。とにかく謎が通り過ぎたような感じでした》

    《実は、第1話の収録前に私と福山(潤)氏は、谷口監督から「コードギアス」の世界観の説明を受ける機会をいただきました。架空の国家や、機動兵器「ナイトメアフレーム」などギミックの説明まで、設定を丁寧に教えていただいた》

    《ただ、C.C.がどんな主観を持っているのかなどのお話はなかったんです》

    ゆかなさんによると、「コードギアス」の物語展開や各キャラクターの主観的部分は、どの演者も事前に何かを知るということはなかったという。

    ゆかなさんは「あえて伝えなかったのだと思います」と慮る。

    《谷口監督とのお仕事は「コードギアス」が初めてでしたが、監督の頭の中には物語を象徴する「何らかのモノ」が明確にあるのだとすぐに気がつきました。もちろん現場の熱量の高さも感じた》

    《熱量に応えたい。そして余るくらいにお返ししたい。そのためにはどうするべきか。それは、私がC.C.という人物を早く掴むことかなと思いました》

    《これは表現者のエゴになりますが、できることなら「これは正解だろうか。間違っているだろうか」という守りのお芝居ではなく、「あ、それもありですね!」と言っていただけるような芝居で広げたい》

    オーディションでは、いくつかの解釈をもとめられた。しかし、どれがはまったのかは明かされなかったという。

    《実際の収録では自分で考えながら「こうかな?」と思ったところを、とにかく音声にしていく。そこから「あ、そうじゃなくてこうかな?」「なるほど。じゃあ、こうかな?」とすり合わせながらキャラクターを作り上げていきました》

    第1話の収録後には、放送前に作品を見る機会がほしいと頼み込んだ。少しでも作品の世界観や、C.C.というキャラクターの核を掴みたい。今の自分にできることがしたい。その一心だった。

    《収録現場ではもちろん「こういう方向に向かっているようだ」と予測し、そこを目指して作業します。でも実際に絵が入って、音楽や効果音が付いたものを見ることで、より、その雰囲気や意志を感じられるだろうと。早く核を掴みたかったんです》

    やがて少しずつではあるが、確信をもってC.C.を表現できるようになった。

    「一つの感情をメインにしない」と決めた。

    C.C.は、ルルーシュに自らの不老不死を終わらせる約束をさせた。

    互いの目的を達成するための「共犯者」となった二人。だが、その関係は複雑だ。時には互いの弱さを認め、親愛の情を通わせているように映る場面もあった。

    心情の機微を表現するのが難しい役どころを演じる上で、どんな葛藤があったのか。

    《C.C.という少女は、おそらく素性や感情がわかりにくい存在のほうがいい。谷口監督からは「異物感を出して」「(他のキャラクター達と精神的に)並ばないで欲しい」という指示でした》

    試行錯誤の末、ゆかなさんが選んだのは「一つの感情をメインにしない」ということだった。

    《どの感情をどのくらい乗せるか。あまり複雑すぎても視聴者に伝わらなければ意味がないですしストレートに伝わりすぎても勿体無いので》

    TVシリーズでは、C.C.がルルーシュの通う学園に突如現れる場面があった。焦ったルルーシュは「お前はここでは部外者なんだぞ」と苦言を呈す。この時、C.C.は「どこでもそうだ」と切り返した。

    《C.C.には「よくわからないから怖い」「何かわからないけど変な人」「そもそも人間なのか」など色々な感想をいただきました。違和感を感じていただけたようです》

    《「不老不死」になってしまった後の長すぎる人生。そこで蓄積された知識と経験と記憶がもたらす、諦観や虚無感や既視感。だから、一つのものに一つの感情で返し続けることが出来ないのではないかと思って》

    C.C.は他の誰とも違う。それが「魔女」という異名につながったのかもしれない。

    「私にとって『コードギアス』は旅の途中」

    完全新作映画「コードギアス 復活のルルーシュ」に先立って、TVシリーズを再構成した「コードギアス 反逆のルルーシュ」劇場総集編3部作が公開された。

    その舞台あいさつで、ゆかなさんはこんな言葉を残している。

    私にとって「コードギアス」は旅の途中。C.C.と被る部分があります。

    この言葉には、どんな意味が込められていたのか。改めて尋ねてみた。

    《「コードギアス」という作品、そしてC.C.というキャラクターは、私の声優人生という「旅」の中で出会った、一つの大きな楽しみであり、大切なギフトだと思っています》

    《C.C.は不老不死という「終わらない旅」を生きている。その途中で、奴隷だったこともあった。魔女裁判にかけられたこともあった。一方で、大切な人と出会ったりもした。どんなひとにも、大切な思い出があり、印象的な時期ってあると思うんです》

    《「コードギアス」で過ごした時間は、とても大きく、大切で、印象深いものです。殊更に喧伝するわけではないけれど、大切な記憶として、確かに刻まれている。きっとそんな思いが、C.C.が生きる感覚と「あ、なんだか被るかも」と。そんな気持ちを表現したかったのかもしれません》

    《わかりやすく言うと、クラウド上に勝手に出現したファイルが有って、そこには「コードギアス」というファイル名が書いてあった。一種のハッキングのような。しかも、このファイルは削除しても消えない…みたいな(笑)》

    10代の頃の願いは「生きた証を残したい」

    「不老不死のC.C.と被るところがあるかもしれない」

    そう語っていたゆかなさんだが、デビュー当初は刹那的な人生観をもっていたという。

    《私、長生きできないと言われて育ったもので…てっきりそうだと思っていたんです。それで最後に、なにか一つでも二つでも、生きた証を残しておきたい。とにかく何かをつかみたい、何かを残したい。ずっと残り時間との勝負でした》

    そうして選んだのが表現者、声優の道だった。

    《予告時間が過ぎていき、いつしか未来を描けるようになっていった。もしかしたら長い未来もあるのかもしれない。ならば今度は、このままではいけないと思って》

    ゆかなさんは、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

    《これからも生きていけるとしたら何をしたいか。何ができるかと考えたら、まずお礼がしたいと思って。生きる罪悪感で応える期待ではなく、未来に続くお礼を》

    《アニメーションの世界には、絵を一枚から書く人、文字を一文字から書く人がいます。ナレーションのお仕事もイベントなどもそうですが、さまざまな職種の、膨大な人数が関わって、一つの作品が作られています》

    「これは単なる自己満足かもしれません」と前置きしながら、ゆかなさんは続ける。

    《それでも。自分が楽しむ以上に、関わっている人たち全員にまず楽しんでもらいたいんです。楽しい以上に過酷な作業だということが実感としてわかる今だから、もっともっと理解して、実作業を直接手伝うことはできなくても、その気持ちを埋める“何か”になりたい》

    「答えがないから怖い。でも、だからこそ楽しい」

    ゆかなさんはゆっくりと、しかし時に熱を込めて語る。

    《目に見える誉れのためではないから本当にただの自己満足かもしれません。それでも、職務として以上の喜びを提供できたら、その役に立てたら…》

    連なったのは、同じ作品をつくる仲間たちに向けた愛の言葉だった。

    一方で、そのために自分には何ができるのか。いまは自問自答する毎日だという。

    《新人のときや養成所に入りたての頃みたいに、自分が何もできないときほど「答え」はあるんです。「セリフを噛まない」とか、目に見える最低の及第点というのがありますから》

    《でもキャリアを積むにつれて、明確な「答え」はどんどん無くなっていく。孤独感や恐怖感に襲われることもある。だけど怖いからこそ、正解と思えるものに辿りついたときが嬉しいのかもしれません》

    何かを生み出し、世に問うこと。表現者であるゆかなさん自身、その「怖さ」と葛藤し続けている。

    《私、呆れるほど臆病なんです。「答え」がない怖さに飲まれそうになる。きっとプロと呼ばれる人はみな、世界がどれほど怖いかを知っています。それでも、みんな何かを表現しようと、怖さと向き合い、船を漕ぎ出している。そこに思いを馳せていきたい》

    《どうしたら喜んでもらえるのか、誰かの役に立てるのか。たとえば私の仕事であれば、監督の頭の中を「可聴化する」ということは大事なひとつです。私に出来ることは決して多くない。不器用に一つ一つ積み重ねていくしかない。人生の最期に「うまれた意味があったなぁ」と思えたら、充分すぎるご褒美です》

    声優ゆかなの「旅」は、これからも続く。