警護計画に「明らかな不備」安倍氏事件、検証チームが指摘した「後方警戒の空白」とは?

    前回の記事では事件の経緯をまとめました。2本目の記事では、事件を防げなかった要因として報告書が指摘していることをまとめています。

    安倍晋三元首相が7月8日、奈良市の近鉄大和西大寺駅前で演説中に銃撃を受け、死亡した事件。なぜ、事件を防げなかったのか。

    警察庁の「検証・見直しチーム」が8月に発表した報告書で、山上徹也容疑者(殺人容疑で送検)の行動や、警護員の動き、警護計画の詳細が明らかになった。

    Buzz Feed Newsは報告書を精査。安倍元首相を守れなかった「主因」に迫り、報告書が指摘した2つの不備についてまとめた。

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    「後方警戒の空白」が生まれた理由

    山上容疑者は、安倍元首相が立った演台南側の県道の方角から徒歩で近づき、2発発砲した。安倍氏は北の方角を向いて演説し、警護員の注意もそちらに注がれていた。

    報告書は、安倍首相の立つ演台後方にあたる南側に、こうした攻撃を招く潜在的な危険性があったにもかかわらず、そこに対する十分な対策がなかったことが事件の要因と指摘した。

    では、「後方警戒の空白」はなぜ生まれたのか。

    報告書が指摘したのは、

    1. 前例を踏襲した警護計画
    2. 現場での警護員の動作


    の2つの不備だ。

    警護計画は「前例踏襲」だった

    まず、警護計画が前例の踏襲だったという問題が見えてくる。

    安倍元首相が銃撃された同じ場所では、自民党の茂木敏充幹事長が事件の約2週間前(6月25日)、演説をした。この時の警護計画が「前例」となったのだ。

    茂木氏が演説した当時、約50人の聴衆が集まったが、特に問題は起きず、無事に終わった。

    そして、この時の警護計画では「南側方向への警戒の必要性」が具体的に考慮されておらず、聴衆の飛び出し警戒や車までの徒歩移動などに重きが置かれていた。

    そして、茂木幹事長の時に問題が起きなかったため、安倍元首相の警護計画の一部は、この前例に沿ったかたちになった。

    報告書ではこれを「安易に、かつ、形式的に踏襲したのみ」と強く批判している。

    そもそも南側に危険はあった

    報告書では「南側には、県道及びバス・タクシーロータリーが所在し、多数の車両、歩行者が通行するなど、明らかな警護上の危険があった」としている。

    現場の状況を子細に検討すれば南側からの危険が予測できたにもかかわらず、現場での警護計画の起案から鬼塚友章県警本部長の決裁まで、全ての段階でそこを見落としており、警護計画には「明らかな不備」があった。

    このため、警護員を南側に適切に配置するといった検討が行われず、「後方警戒の空白」を生じさせる要因となったとしている。

    事件が起きたら警護員はどう動くべきだったのか

    警護中に事件が発生した場合、警護員らはどのように動くべきだったのか。

    今回、安倍元首相を警護していた主な警護員は5人。

    奈良県警警備課のA(警部補)、B(警部)、C(巡査部長)、警備課長(警視)と、警視庁警護課のX(警部補)だった。

    報告書によると、警護員らは一般的に次のような行動が求められる。

    • 警護対象者の直近にいる警護員は対象者を危険から回避させる
    • 容疑者の近くにいる警護員は制圧にあたる
    • そのほかの警護員は「拳銃を取り出す」などして次の攻撃に備える


    実際はどうだったのか

    1発目の発砲後に5人は、警護のセオリー通りに動くことができたのだろうか。

    まず、警護対象者を危険から回避させなかった。1発目の銃声が聞こえた後、すぐに安倍元首相を演台から降ろし、地面に伏せさせるといった措置を取ることができなかった。

    次の攻撃に備える点についても、声を上げて山上容疑者に警告したり、拳銃を取り出したりして制止・制圧しようした警護員は、いなかった。

    報告書では、このような防護措置が「実際上困難」だった理由として、そもそも警護員らが山上容疑者の接近を認識できていなかったことを挙げている。

    安倍元首相を守れなかった「主因」は

    まず、計画作成の段階で後方(南側)警戒への認識が不十分だった。

    次に、山上容疑者が南側から県道を徒歩で横断し、安倍元首相に近づこうとした段階で警護陣が気づいていれば、「容易かつ確実に結果を阻止することができた」と言及した。

    さらに、遅くとも山上容疑者がショルダーバッグに手を入れた時点で気づいていれば、2発目の発砲までに防護措置をとることで事件を防げた可能性が高かった、とも指摘した。

    全体として、山上容疑者が接近した南側の警戒体制が十分であれば、犯行を阻止できた可能性があった。

    報告書は、安倍元首相を守れなかった主因として「後方警戒の空白」と結論づけた。

    現場での警護員の動作

    現場での警護員の動作にはどんな問題があったのか。

    それについて詳しく触れた記事でも伝えた通り、AによるCへの指示がポイントだった。

    Aは事件直前、ガードレール外側で南側を見ていたCに対し、「ガードレール内側に入って東側を警戒するように」と指示。

    これによりABCXの4人が主に北西から東側の聴衆らを警戒する状況になった。

    一方、報告書ではAの指示について、聴衆の飛び出しや県道を走る車両とCの衝突する可能性を考えれば「相当の理由がある」とした。

    しかし、南側の警戒が極めて不十分になることは明らかなため、Aは現場指揮の警備課長に南側に新たに人員を配置するなど補強を要請する必要があった。

    そして、警備課長Cの配置が変わったことを見て認識していたため、その時点で「後方警戒の空白」があることに気づくべきだったとしている。

    警護計画の不備を修正するために

    警察庁はこれまで、大規模な警護を除いて都道府県警に委ねていた。

    しかし、これからもこのような警護計画の不備が出てくるかもしれない。

    それを防ぐため、報告書は「警察庁が都道府県警から警護計画案の報告を受け、必要に応じて修正指示を行う仕組みが必要」と言及した。

    今回、警察庁は奈良県警から安倍元首相の警護警備計画について具体的な報告を受けていなかったが、報告書では「警察庁の審査が行われていれば警護計画の(不備の)修正が期待できた」と記載している。

    そして、警備計画への指示を徹底するため、必要な場合には警察庁の職員を現場に派遣する対策を講じなければならないと付け加えた。

    2人のトップが辞職

    安倍元首相の事件をめぐっては、警察庁の中村格長官と、奈良県警の鬼塚友章本部長の2人が辞職した。