サイバー犯罪者の嘘に絡みとられ、フィリピンで殺された女性 真相は深い霧のなか

    インディアナ州出身で23歳のトミー・マスターズさんは、大麻ビジネスでの成功を夢見てカリフォルニア州へ移り住んだ。そこで出会ったハッカーに、ペテンや疑心暗鬼、偏執、恐怖で一杯のオンライン裏社会へいざなわれて飲み込まれた結果、変わり果てた姿でフィリピンの川に浮かぶことになった。

    フィリピンの首都、マニラを南北に二分する長さ約24kmのパシグ川には、正体不明な物が大量に浮いている。あまりに汚染がひどく、1990年代には生態学者から「生物学的には死んでいる」と宣告されたほどだ。ときおり、毛布のように分厚く重なったゴミがあちらこちらにたまり、川とスラム側の河口を覆い尽くしていた。

    2018年12月23日の早朝、川面を浮き沈みしていた大きな箱はゴミでなかった。空がまだ暗い時間帯、2名の警官とある10代男性がその箱にひもをかけて川から引き上げた。中身は不明だがとにかく重く、とりあえず濡れたままコンクリートの堤防に置いておいた。

    日が昇るころ、鑑識官が中身を調べるため到着した。ひび割れたガラス製カバーの下にある物体は、黒いビニールに包まれ、ダクトテープでミイラのように巻かれており、明らかに人型をしていた。

    警官がテープを剥がすと、現れたのは若い白人女性だ。小柄で青白く、仰向けにされ、両手を尻の下に入れていた。やや赤く染められたブロンドが頭の周囲に広がるようすは、後光が差しているかのようだ。女性は裸だった。

    警察に箱のことを通報したのは、タクシーの運転手である。2人の客が午前2時に大きな箱をタクシーのトランクに苦労して入れ、ある目的地へ行く途中で川に寄るよう言ってきたため、怪しいと思ったそうだ。

    その客は、「ただのゴミ」だと言いながら箱を川へ捨てたという。

    遺体の発見後、Airbnbユーザーの旅行者に人気がある、光り輝く高層コンドミニアムのアビダ・タワーズへ警察は向かった。そこはタクシーが2人を乗せた場所で、乗客の1人だったトロイ・ウディ・ジュニアという米国人が契約している部屋がある。警官が入ったところ、部屋は散らかり放題で、ベッドが壊れ、木くずが床に散らばっていた。

    近くの部屋の住人は、米国大使館から徒歩10分ほど離れたマニラの繁華街にある、別のコンドミニアムの存在を警察に伝えた。そちらで警官が見つけたのは、乱れきった格好をした2人の若者で、1人がウディ、もう1人がタクシーの乗客でやはり米国市民のミール・イスラムであった。

    警察は、女性の殺害に関与した疑いで2人を昼過ぎに逮捕した。被害者のトミー・マスターズは、ウディの交際相手だった。

    連行先のマンダルヨン市警で眩しいほど明るい蛍光灯にさらされた2人の姿は、まったく違っていた。

    ニキビのあとが顔に残る21歳のウディは猫背で、洗っていない黒髪にTシャツとスポーツ用短パンを身に着け、憔悴した様子だ。身体検査の際にTシャツをまくり上げたところ、青白いだぶついた腹にひっかき傷があった。騒がしい警察署で受け答えする彼の声はか細い。

    BuzzFeed Newsが拘置所でウディから聞いた話は、曖昧で荒唐無稽だった。マスターズの殺された時刻には「ショッピングモールにいた」というが、どうやって殺害時刻を知ったのか判然としない。

    「箱を2人で運んだ。中身は知らなかった。確かなのは、箱をSUVのトランクに入れたことだけ」で、箱の出所は尋ねなかったそうだ。不審なほどの重さについても尋ねなかった理由は、「死体がどんな感じか知らなかった」からだという。

    マスターズをあやめた人物について問われると、知らないと答えつつ、「箱を一緒に運んだもう1人だろう」と付け加えた。つまり、イスラムのことである。

    イスラムは24歳で、やはり風呂に入っておらず、だらしなく猫背だった。ただし、ウディと違ってはるかに元気があり、この悲惨な状況でもくつろいでいるように見えた。さび付いた拘置所の白い鉄格子越しに立つイスラムの目は輝き、ウディとの関係を事細かに話す口調は冗舌だった。

    イスラムはBuzzFeed Newsに対し、13歳当時から知っている友人のウディに、マスターズが突然オランダのアムステルダムへ去ってしまったので引っ越しを手伝うよう事件の前日に頼まれた、と説明した。

    そこで、ウディが必要だという大きな箱を買いに家具屋へ付き合ってから、初めて行くというアビダ・タワーズへ向かった。到着したところで、ウディから「部屋が狭いので」荷造りが終わるまで外で待っていてくれ、と言われたらしい。

    スマートフォンで時刻を確認して2時間半後に部屋へ戻ったら、箱は閉じられていた。ウディはイスラムに、「ゴミ」が詰め込んであって、ゴミ捨て場へ処分しに行かなければならない、と言われたという。

    かすかにバングラデシュのアクセントが残るイスラムは、「警察に逮捕されるまで、荷物運びだとばかり思っていた」と話した。

    ところがイスラムは、自力でゴミ捨て場へ箱を運ぶ理由や、ゴミ捨て場でなく川に捨てた理由を説明しなかった(記者に対して、自分のスマートフォンを調べさえすれば、「パシグ川 ゴミ捨て場」と検索したことが分かる、と言った)。

    さらに、遺体を巻いていたダクトテープからは「1人分の指紋」しか出ないと自信たっぷりに述べたが、その根拠は示さなかった。

    一方、ウディから、マスターズと暮らしていた部屋でセックスの最中に首を絞めて殺してしまったと告白された、というのだ。ベッドが壊れたのは、そのせいだという。イスラムはそんな内容の話を、手錠をはめられたまま身振り手振りでした。

    2人は殺人の罪を押しつけ合っていたが、奇妙なことに2人の居房からはおしゃべりが聞こえ、頻繁に笑い声がしたそうだ。

    彼らを取り調べた人たちは知る由もなかったが、2人にはそれぞれ警察の世話になった経験があった。

    イスラムは、米国で数年間、身元詐称やコンピューター詐欺、脅迫にともなう州間送金などの罪で連邦裁判所から有罪判決を受け、服役していた。「Underground Nazi Hacktivist Group(UGNazi)」と呼ばれるハッキング集団に属していたときに犯した罪だ(なお、UGNaziは単にネットで騒ぎを起こすグループの名前に過ぎず、ナチスやナチズムとは関係ない)。

    UGNaziは2010年代初めに、スワッティング(嘘の通報で、誰かの家などに警察を向かわせる嫌がらせ)、大量のクレジットカード番号の不正入手、ドナルド・トランプやジェイ・Zといった米国の有名人、何十人分もの個人情報の暴露、といった行為で悪名をとどろかせた。

    もっとも、映画『サイバーネット』で描かれた凄腕ハッカーとは違い、UGNaziのコンピューター技術は高くない。ただ、もっともらしい話や策略で人をだましてシステムや情報にアクセスする、ソーシャル・エンジニアリングには秀でていた。ウディはUGNaziの中心メンバーだったが、UGNaziの全盛期には未成年だったため起訴を免れていた。

    このようにウディとイスラムは、盗みやネット上の嫌がらせを得意としていた。そうは言っても、彼らの犯してきた犯罪が殺人につながるとは予想もしなかっただろう。

    インターネットの匿名性に隠れて何年も潜んでいた2人のハッカーが、一体どのようにして、残忍な犯罪の疑いで地球の裏側にある国の留置場に入れられたのだろうか。

    そして、誰からも感じの良い女性と思われていて、インディアナ州の田舎から出てきた野心を抱く大麻好きの企業家トミー・マスターズが、どうしてあのような賎しい世界に足を踏み入れたのか。彼女の死を望んだ人などいなかったはずだ。


    こうした疑問に対する答えは、長いあいだ重ねられてきた嘘で覆い隠されている。

    大きな嘘もあれば、些細な嘘もある。虚栄心から生じた嘘もあれば、拝金主義から生じた嘘もある。21世紀の今時らしい嘘もあれば、古臭い嘘もある。裁判所で話された嘘、SNSに投稿された嘘、お金と地位にまつわる嘘、人生や死に関する嘘などもある。

    いたる場面が嘘で厚く塗り固められていて、窒息しそうだ。

    マスターズは、人気ラッパーのマック・ミラーに会う予定だった。彼女はマック・ミラーのファンなのだが、2人はどういう訳か写真共有アプリのSnapchatでやり取りする間柄になっていたのだ。

    当時マスターズは、カリフォルニア州ランカスターの北にある街で、医療用大麻を取り扱うAmerican Original Collectiveという診療所に勤めていた。マック・ミラーとのデートについて、彼女は証拠のスナップ写真を同僚に見せている。上司のショーン・デグロフによると、そのSnapchatアカウントは本物に思えたそうだ。

    マスターズがそのアカウントに自撮りを送ったところ、「美人だ」という返信メッセージが届いたのだという。そうして2人はなんとデートをすることになった。

    デグロフは、「美人だなんて、マック・ミラーは400万人くらいの女の子たちから自撮りを送られるだろうに」と思ったことを覚えていた。マック・ミラーがランカスターの大麻販売員に会ってどうしたいというのだろう。それに、本物のマック・ミラーなのか、ただそう名乗っているだけなのか分からないが、顔写真を一度も送って来なかったという。

    ただし、Snapchatのアカウント自体は本物らしかった。

    4年前、診療所の栽培場で剪定していた小柄なマスターズに初めて出会って以来、デグロフは彼女の野心に何度も驚かされてきた。大麻業界に入り込もうとする人の多くと違って、彼女は完全に信頼できる人だった。

    人口196人のインディアナ州モードックで生まれ育ち、大麻ビジネスの世界で働きたいとずっと思っていた、と語ったそうだ。夢を実現させるために、生まれてから離れたことのなかった内陸部のインディアナ州を出て、あらゆる手段を講じてカリフォルニア州に移った。

    「トミーは、いつも火の玉のように精力的だった。気立ての良い子だが、行き違うととても強情な面をみせた」と父親のショーン・マスターズは振り返る。

    デグロフの下で働くスタッフたちの中には、来院する患者とのやり取りを形式的な手続きに過ぎないと考える人もいる。しかし、マスターズは違った。

    大麻を買いに来る人は、化学療法の激痛に耐えていたり、ガンの最終ステージ(IV病期)にあったりする。彼女は辛抱強く患者たちの話に耳を傾け、それぞれの痛みに最適な種類の大麻を選ぼうとしていた。

    「マスターズは救いの手を差し伸べ続けた。パワフルで、エネルギーにあふれ、前向きな人だった。活力が尽きることなどあり得ない。笑顔を絶やさなかった」とデグロフは語った。

    互いをよく知るにつれ、マスターズはデグロフさんの「右腕」となり、家族の一員といえる存在へと変化した。デグロフが義弟扱いしている友人のタイラーとデートをするようになり、デグロフはマスターズさんを「妹」と呼び出し、マスターズとタイラーさんは同棲を始めた。

    そして、デグロフの後押しで「Trippy Hippy」というブランドの大麻アクセサリーをデザインする仕事に取りかかった。デグロフは、マスターズさんが何か大きなことに関わる運命にある、と考えていた。

    2018年の春、タイラーは新たな仕事のためテネシー州へ引っ越した。恋人を取るか、カリフォルニアでの生活を取るかの選択に迫られたマスターズは、最終的にカリフォルニアを選び、2人は別れることになった。

    マスターズがSnapchatで美人だと言ってきたマック・ミラーとのデートを口にし始めたのは、それからわずか数カ月後の7月のことだ。

    マスターズがデートの場所として選んだのはハリウッドにあるスポーツバーDave and Buster's。現れたのは、やはりマック・ミラーではなかった。

    相手はトロイ・ウディと名乗るひどく内気な若者で、連れまでいた。心細くて仕方がなかったウディは、エリック・テイラーという友人に同席してもらい、ぎこちないデートを何とかしてもらおうとしたのだ。マック・ミラーを騙ってデートに至ったため、決まりが悪かったということもある。

    元ハッカーのテイラーは身長が2mを超えていて、150cmほどしかないマスターズにとっては見上げるような大男だった。

    ところが、マスターズは叫んで逃げたりしなかった。それどころか、好奇心をそそられたらしい。

    デグロフが後日マスターズから聞いたことによると、ウディは自分をマック・ミラーのSnapchatアカウント運営担当者と話し、さらに興味深いことに政府の雇われハッカーだとも言ったそうだ(ウディがミラーのSnapchatアカウントにアクセスできていたかどうかは、定かでない。ミラーは、薬物の過剰摂取で2018年9月に亡くなっている。ウディをよく知る人物は、ミラーの公式アカウントに見える偽物アカウントをウディに売りつけた、と話した)。

    ウディが正体を隠していた理由の少なくとも1つは、これで納得がいく。マスターズはインディアナ州の家族に、検索でUGNaziとしての過去が露呈するかもしれないとウディが心配していた、と話していた。

    なお、嘘をつかれていたマスターズさんだが、診療所の親しい友人にはとても楽しいデートだったとの感想を口にしていたそうだ。

    だがデグロフの受け止め方は違った。「成りすましを奇妙だと思い、『10歳年上の僕からみて、この話はとても胡散臭い。この男と関係しては駄目だ』と伝えた」

    ところが、マスターズとウディの関係は互いに離れがたい仲へと急速に進展した。

    絶えずチャットをしていて、ウディは札束やドンペリの瓶、腕にはめたロレックスなど、羽振りの良さを誇示する写真を送ってきた。マスターズを有名レストランへも連れていった。

    デートの翌朝、診療所に出勤してきたマスターズさんがデグロフに、キャビアを食べたことがあるか尋ねたこともあったそうだ。それが何年も前から知っている同じ女性だとは、とても信じられなかったという。

    そんな様子を見てデグロフは、あの嘘つきと行動をともにして、一体彼女は何がしたいのだろうと訝しがった。彼女は「見た目を気にしない」タイプの人だと認識してはいたが、ウディの顔には違和感を抱いたという。

    どの写真でも口元とあごを手で覆っているウディの写真に、はっきりとは説明できないが、落ち着かない感じがしたのだ。

    診療所の友人たちは、さまざまな理由を勘繰った。

    マスターズはちやほやされて居心地よかったのだろう。ウディを助けられると思った可能性もある。自分が見栄えよく見える男と一緒にいれば振られることがないので、その状況を気に入っていたのかもしれない。長い人生の途中で、単に休暇を取っていただけの可能性もある…。

    2人が出会って数週間したころ、マスターズから職場に、具合が悪いので休むという連絡があった。そのようなことは初めてだった。

    その日だけでなく、次の日も、その次の日も休み、4日連続で休んだ。上司として悩み、友人として心配したデグロフがメッセージや電話で連絡しても、返信はほとんどなかった。

    そして4日目になり、デグロフいわく、「犯罪と関係ありそうな男」が診療所に現れ、質問を投げかけてきた。

    「トミーはどうしているんだ。なんで俺に銃を頼むんだ」

    驚いたデグロフが証拠を見せてくれと頼んだところ、その男はスマートフォンに残っていたマスターズからのメッセージを示した。

    メッセージには、「殺し屋が私と彼を狙っているから、シリアル番号のない銃が必要なの」とあった。


    ウディがインターネット犯罪に手を染めたのは、まだ少年と呼べるころだった。

    これは、幸運でもあり、災難でもある。仲間が初めて逮捕された当時、若かったウディは刑務所送りにされず済んだ。しかし同時に、キーボードを叩く気軽さで嘘を広め、犯罪や密告をすることが趣味の若者がうごめく、不道徳で偏執的な混沌とした世界に、発達過程で没頭することになった。

    2011年、13歳だったウディは、ゲーム関連オンライン・コミュニティ Xbox Live でテイラーと知り合った。その後2人の付き合いはチャット・サービス AIM へ移る。

    テイラーによると、ウディはバージニア州の自宅にいながらネット経由で盗んだクレジットカード番号について話すようになったという。

    程なく2人は、それぞれ年上の友人からスカウトされ、新たにできたUGNaziというハッカー集団へ加わった。その人物が、ニューヨークのブロンクスに住んでいたミール・イスラムだった。

    イスラムは、子どものころバングラデシュから家族と共に米国へ移住してきた。

    彼の担当検察官が作成した量刑覚書によると、イスラムは思春期の早い段階で「双極性障害、慢性うつ病、強迫性障害、ADHD(注意欠陥多動性障害)」の状態になり、「オンラインゲームやチャットなどの活動に没頭する」ことで、開放感を味わえることに気づいたそうだ。

    高校を中退したイスラムは、「毎日15時間から18時間にわたり、誰からも邪魔されず、親の目が届かない環境で、オンライン活動に溺れた」。

    UGNaziを立ち上げたのは、ちょうどそのころだ。イスラムはUGNaziの目的を、反著作権行為とサイバーセキュリティ法整備を目指す活発な動きに対抗すること、としたが、これは当時インターネットで活動していたならず者たちの決まり文句で、ハッカー集団のLulzSecも同様の発言をしていた。

    UGNaziのメンバーは数限りない偽名を使っていたが、神を名乗ることが多く、イスラムがジョシュ・ザ・ゴッド、テイラーがコスモ・ザ・ゴッド、ウディがオサマ・ザ・ゴッドといった具合だ。

    彼らを含むUGNaziのメンバーは、ソーシャル・エンジニアリング技術を上達させ、一般に入手可能な情報を利用して顧客サービス担当者をだまし、狙ったユーザー・アカウントに不正アクセスできるようになった。

    UGNaziが不正アクセスを成功させた標的は数十に上り、コンテンツ配信ネットワーク(CDN)のCloudflare、匿名掲示板の4chan、格闘技団体のサイトUFC.comなども被害に遭った。企業の広報担当者に成りすまして請求管理サービスのWHMCSに侵入し、50万人を超えるアカウントのデータを流出させたこともある。

    UGNaziは取り巻きも多かったが、ウディは中心メンバーの1人だ。Papa John's Pizzaのウェブサイトがダウンしたのは、「オサマ・ザ・ゴッド」単独の手柄だという。ウディがUGNaziのメインTwitterアカウントで発信した話によると、「注文の配達が予定より2時間も遅れた」後にサイトが停止したらしい。

    ただし、勇敢なハッカーだったという訳ではなく、グループチャットでも目立たない口べたな存在で、イスラムにうまく操られていた手下のような立場だった。

    かつてウディがイスラムに、チャット用のIRCサーバーからログオフするよう親に言われていると伝えたところ、イスラムは再びログオンするまでウディの家に電話をかけ続ける嫌がらせをしたこともある。

    2012年6月、イスラムは、盗品と知りながらクレジットカードを受け取ったとして、マンハッタンで逮捕された。カードを渡した人物が、FBIの覆面捜査官だったのだ。

    これは「Operation Card Shop」という大規模おとり捜査の一環で、FBIはクレジットカード情報を売買する彼らのようなカーダーと呼ばれる連中を罠にかけるため、盗まれたカード情報を交換する偽のオンラインフォーラムを運用していた。

    仲間の情報を警察に渡さないという“沈黙の掟”など、UGNaziには存在しなかった。それどころか正反対で、イスラムの逮捕を切っ掛けにUGNaziのメンバーが芋づる式に告発され、その状況は今も続いている。

    ウディとテイラーは、このおとり捜査の対象として微妙な年齢だった。15歳のテイラーは、少年裁判所で6年間の保護観察を言い渡された(イスラムは、FBIに協力したとしてテイラーを繰り返し責めている)。ウディはテイラーに、FBIの手入れにあったと話しているが、少年拘置所に入れられたのか、捜査に協力したのか定かでない。

    当時18歳のイスラムにとっては、この逮捕が6年間続く政府による記録のスタートとなった。記録の多くは現在も未公開だが、ニューヨーク州とワシントンD.C.の地方裁判所にある文書から、イスラムがOperation Card ShopでFBIの捜査に多大な協力をしたことは明らかだ。

    問題は、犯罪から足を洗えなかったことである。

    2012年の逮捕後、保釈中の身でありながらイスラムは、別のハッカーたちからの助けを借りて何十人ものセレブや公人の社会保障番号を含む個人情報を買い取って公開した。

    政治家のジョー・バイデン、俳優のアーノルド・シュワルツェネッガー、キム・カーダシアンの情報も公開している。

    偽の通報でFBIの特殊攻撃部隊SWATを派遣させる、スワッティングと呼ばれる嫌がらせも、サイバーセキュリティ関連記者のブライアン・クレブスや全米ライフル協会(NRA)会長のウェイン・ラピエールなどの自宅に対して行った。狙撃犯がアリゾナ大学で発砲している、という嘘の通報もした。

    これについてイスラムは裁判所で、ネット上で付きまとっていた女性の通っている大学だったから、として犯行を認めた。この通報による警察の出動でアリゾナ州が負担した経費は、4万ドル(約443万円)に上る。イスラムは、2013年から2017年の大半を刑務所で過ごす羽目になった。

    数百ページにおよぶイスラムの裁判記録を読むと、根っからの恩知らずで、すぐに言い訳をして、「裁判長、一言よろしいでしょうか」と発言しては絶えず解放されようとする人物像が浮かび上がる。

    2016年には、かつてニューヨーク州南部地区地方裁判所で判決を言い渡した裁判官にあてて、更生プログラムを受け終えて自分の罪を理解できた、という内容の手紙を書いていた。

    「これまで悪事に知識と技能を使ってきましたが、これからは正しいことにだけ使うようにします。……仲間に盗みをやめさせるため、PayPalのようなプロジェクトを新たに始めたいと思っています」

    監視条件付きで釈放されたイスラムだが、その条件を破っていた。

    違反理由について、政府からあてがわれた心理学者に薬の処方を変えられたから、とだけ説明していた(証言によると、双極性障害と発作の治療薬であるデパコート、抗うつ薬のウェルブトリンブプロピオンとイフェクサー、ADHDのために処方されたアデラル、抗けいれん薬のガバペンチンを服用していた)。

    2018年にはワシントンD.C.地裁で裁判官に対し、刑務所に入っているあいだテクノロジーに触れておらず、その結果、悪人でなくなった、と述べている。

    「もう自分のFacebookページすらハックできません。リアルな世界で無害な存在になりました。仮想的なサイバー空間でも、同様に無害です。サイバー空間では、World of Warcraft(WoW)というオンラインゲームをプレイしている13歳の子どもの方が危険です」。

    さらに、テイラーとウディが「何度も」自分を陥れ、「証拠をでっち上げた」と非難した。

    直近の告発は、イスラムが仮出所していた2016年終わりから2017年初めにかけて起きた、不穏な出来事が発端である。

    テイラーによると、イスラムはニューヨークへ来て一緒に生活するようウディを説き伏せたそうだが、これは裁判記録で確認された。2人はタイムズスクエアにあるハイアット・ホテルのペントハウスに宿泊し、盗んだギフトカードで代金を支払ったと言われている(ウディ氏が自分のアカウントで投稿したツイートから、2017年の年明けにハイアットに泊まっていたことが確認できる)。化粧品の偽物を高値でオンライン販売する計画だった、と話している。

    ハイアットに何週間か宿泊していたイスラムは、ハッキング仲間のある女性に心を奪われるようになった。

    2017年1月、イスラムは彼女に会おうとメリーランド州まで行ったのだが、これは彼が犯した数多くの釈放条件違反の1つだ。後にイスラム氏は、裁判所で「愛がそうさせた」と説明している。

    裁判所の記録によると、イスラムは、その女性の通っている大学で起きた事件の罪をなすりつけるとか、彼女の父親が使っているPCに児童ポルノを送りつけるといった内容の脅迫ボイスメールを、彼女あてに残していた。

    ある連邦検察官によると、イスラムが「私のなかには、私をイスラムさんと呼ぶ別人格が存在していて……毎晩話しかけてくる。彼は怒っていて、激しい精神状態にあり、暴力や脅迫、犯罪行動の原因も彼にある」と話したそうだ。

    さらにイスラムは、ボイスメールが「Xという人物」の手によるものだと主張。Xは「被告が有罪判決を受けた行為の共同正犯者であり、いつまでも変わらない子どもじみたところがある」人物だと述べ、ウディを指していた。

    これらを踏まえ、連邦政府はイスラムの起訴を見送った。不起訴の理由は、Xがイスラムに悪意を抱いていて、証拠をでっち上げるだけの技能も持ち合わせている、と被告側が容易に主張できるからだという。

    イスラムは、自分がボイスメールを送ったと法廷で完全に認めているが、かつてUGNaziのメンバーがまったく信じられない話で周囲に悪影響を及ぼしていたことや、ボイスメールの証拠能力を毀損させた嘘から、彼の犯罪行為に関する証拠として致命的に信頼性がない、とみなされた。

    だがイスラムは刑務所へ戻ることになった。所有しているインターネット接続可能なデバイスをすべて保護観察官に報告する、という仮出所条件があったにもかかわらず、そうしたデバイス21台の報告を怠っていたのだ。

    仮出所条件に対する違反からわずか1年後の2018年1月に、南部地区地裁にイスラムは保釈申請を出した。申請書に「被告に逃亡する恐れはなく、まったく暴力的ではありません」と書いたものの、地裁から却下された。

    その結果、イスラムは刑期を満了し、2018年5月18日に自由の身となった。


    その夏、ウディは大きな計画を胸にラスベガスへやって来た。もはや匿名ハッカー集団の若手などではなく、ソーシャルメディア時代の波に乗っていた彼は、イスラムの服役中に自分をインフルエンサーに仕立て上げていた

    Instagramのフォロワー数は20万人近くもいて、自称「目先が利く暗号通貨投資家」だったのだ。2018年の夏以降、マスターズが亡くなるまでの期間にウディと会った人によると、数十万ドル(数千万円)相当のビットコインを持っていたという。

    それだけのビットコインをどうやって入手したのかはっきりしないが、合法的な手段で入手したと考える知人は1人もいない。

    ソーシャルエンジニアリングで盗んだパスワードを使ったのかもしれない。ネット界のブラックマーケットであるダークウェブから、ログイン情報を入手したのかもしれない。盗んだクレジットカード番号でビットコインを買っただけ、という可能性もある。

    しかし、確かに金は十分あるようだった。ウディのTwitterとInstagramは、20歳のハッカーが考える贅沢の見本市のようだった。

    ロレックスがかすむほど高価な高級腕時計のオーデマピゲまである写真、裸石(ルース)ダイヤモンドが輝く指輪をはめたビデオ、BMW、宝石がちりばめられたフェラーリのTシャツ、きらめくローファーなどなど。

    ウディがラスベガスに来たのは、インターネットで知り合った友人に会うためだ。その友人は、仮想通貨による資金調達(ICO)への投資に関心を示しそうな人物、つまりClout(クラウト)とコネを作れると約束していた。かつてUGNaziで行動をともにしていたテイラーも、「ファッションモデル兼サイバーセキュリティ研究者」に転身していたのだが、ハリウッドから会いに来た。

    しかし、ビジネスの話からは脱線してしまった。夜遅くまでドラッグに浸り、ウディはビジネスパートナーとなる予定だった人物に資金提供すると約束したものの、実現することはなかった。

    この情報をくれた人物は、ウディの話に嘘が多いと疑っていた。Instagramに投稿されたBMWは友達から借りたもので、腕時計は偽物らしい。Instagramのフォロワー数は目を剥くほど多いが、ほとんど活動していないようにみえた(BuzzFeed Newsがフォロワーを調べたところ、ユーザーが実際に使っていたアカウントはごく一部だった)。

    そして、ウディがあれだけのビットコインを本当に持っていたというのなら、なぜドタキャンしたのだろう。外見を薄いメッキで誤魔化していたようだ。

    7月になると、ウディとテイラーはICOから手を引いてカリフォルニアへ発った。その後すぐ、ウディとマスターズが出会い、2人でハリウッドにあるテイラーのアパートへ移った。

    2018年9月4日の早朝、2人のいたアパートに男が押し入ってきた、と当時の友人たちは2人から教えられた。後に話を聞いた友人3人は、2人が銃で脅され、ウディの腕時計、スマートフォン、PCが盗まれた、と言われたそうだ。

    ウディはテイラーに、暗号通貨の入ったウォレットが狙いのはずだと話したが、ウォレットは暗号化されパスワードで保護されていた。パスワードが分からなければ、ウォレット内の暗号通貨にはアクセスできない。

    ウディとマスターズは、侵入者が何者か分からないものの、再び現れて、パスワードを教えるよう迫るかもしれないと恐れた。

    強盗の正体は判然としない。マスターズは診療所の親しい友人に、強盗がFBIの捜査官と名乗っておかしな行動をしたが、演技だったかもしれないと思った、と話している。テイラーは、ウディがビットコインを持っていることを知っている誰かでないか、と思ったそうだ。そう考えると、疑わしい人物は多い。

    ウディは警察に、事件の発生時刻を午前3時と説明している。ただ、ロサンゼルス市警察の事件報告書は詳細が不十分で、テイラーのアパートとは違う住所が記載されていた。警察が捜査したのかすら、はっきりしない。

    マスターズから話を聞いた診療所の友人は、「2人がとても怯えていた」と話した。

    彼女が銃を欲しがったのは、それからだ。状況を把握した上司のデグロフは、どれだけ心配しているか、というメッセージを送った。そして、やっと電話をかけてきた彼女にに伝えた。

    「結婚している訳ではないし、映画のストーリーでもないし、君の人生でもないし、君自身のことでもなく、君が送っているライフスタイルとも違う」

    それに対してマスターズは、彼を助ける以外のことなど考えられない、と答えた。

    デグロフは、マスターズが「彼はすべてを失ってしまったので、アメリカから出るのを手伝ってあげないといけない」と言ったことを覚えていた。

    「スマホも財布も、身元を保証できるものも持っていない。彼の手元にお金はないけれど、何十万ドルも使える状況にはある」

    追い詰められたマスターズとウディは旅立つことを決め、まず車でオハイオ州へ行ってマスターズの父親と夕食をとり、それからインディアナ州のモードックでマスターズの母親と数日をともにした。

    マスターズの家族から見たウディ氏は、印象が良くない。マスターズの弟は、「彼は姉のタイプと全然違っていた」とメールで教えてくれた。「家にいるあいだの彼は、姉に対して乱暴だった。それが嫌だったし、彼はほとんど話さなかった」

    ウディには、機嫌が悪いというだけで済ませられない、不吉な兆候があった。ウェーバーという別の兄弟は姉の「首回りのあざに気づいた」のだが、マスターズ本人から両親に言わないでほしいと懇願されたのだ。2人の関係について「見た目ほど悪くない」と話したという。

    続いて2人はバージニア州へ移動し、ウディの家族と過ごした。マスターズは自分の父親に、パスポートを取りにバージニアへ行く、と話していた。そして、フィリピンへバケーションに行くことを友人や家族に伝えるようになった。

    後で判明したことだが、イスラムには逃亡の危険があった。釈放からわずか2カ月後、出所条件に違反して米国を出たのだ。

    ややこしいことに、彼の弟もミール・イスラムという名前だった。そこで、出国時にバングラデシュから発行された弟のパスポートを使って身元を偽り、税関をすり抜けていた。フィリピン政府の記録によると、弟をよそおった兄のミール・イスラムは、2018年7月24日に入国した。

    しばらく前からイスラムは、以前ニューヨークへ呼び寄せることに成功したときと同様、海外で合流するようウディを説得しようとしていた。強盗を恐れていたウディはその誘いに乗るつもりだった、との証言が3人から出ている。

    10月にマスターズは、「いよいよ始まる」というコメントを付けて、自分のパスポート写真をInstagramのストーリーに投稿した。そして別のストーリーに、アブダビ空港のフロアらしき場所でネオンに囲まれて立った自撮りを投稿した。

    そして、アリスがウサギの穴に飛び込んで不思議の国へ行ったように、「徹底的に行けるところまで行く」と書いていた。

    しかし、マニラはエキサイティングな不思議な国と似ても似つかなかった。2人はマニラ地区の賑やかなマンダルヨンで、ハイウェイ脇のアビダ・タワーズ14階にあるAirbnbの部屋をマスターズの名前で借りた。

    見知らぬ土地のワクワク感は、数日の散策で消えてしまった。マスターズの父親によると、米国から出たことのない彼女は、「人があふれ」、「そこらじゅうがゴミだらけ」だと感じていたそうだ。

    彼女は町歩きをやめ、タワー併設のプールや近所にたくさんあるショッピングモールの写真ばかりを友人へ送るようになった。

    診療所時代の友人によると、「それしかすることがない」と言っていたという。

    父親によると、その理由は、ウディが入り浸っているイスラムのアパートに行くことを許されていなかったせいだそうだ。父親は、2人の仲はすぐ冷え切った、と考えた。

    マスターズは父親に、仕事中は大人しくしているようイスラムから言われていた、と話している。彼女はこれに納得がいっていなかった。

    単独行動ばかりのマスターズは、一緒に観光しようとしない彼氏にいらだち、2人が何をやっているのか訝しく思うようになっていった。

    イスラムとウディは、Luxrという業務内容が不明確なスタートアップの仕事をしていたらしい。

    イスラムは、Luxrのマーケティング業務を手伝ってもらうため、ロサンゼルス在住のジューン・コモリという女性をリクルートした。彼女によると、Luxrは仮想通貨で株式を購入できるサービスだそうだ。しかし、何でもありの世界だとしても、仮想通貨についてやりたい放題で、プロの仕事ではなかった。

    コモリはテイラーの元恋人で、BuzzFeed Newsに対して自分のことを、UGNaziの「お楽しみガール」で「ウェブカメラ・ストリッパー」だったと話した。コモリとイスラムもお互いにボーイフレンドとガールフレンドの仲だとしているものの、実際に会ったことはない。

    マスターズは、家族と友人に不安を漏らすようになった。ミシェル・ウェーバーは彼女から、ウディとイスラムが「ビットコインのロンダリングと、麻薬の販売」を行っていると言われたが、このことは誰にも言わないでほしい、とも頼まれた。

    ただし、仕事の詳細はまったく教えてもらえず、2人が麻薬で得た利益でビットコインを買っているのかや、それぞれを別の商売として行っているかも、はっきりしなかった。

    マスターズのある友人は、イスラム氏が「怪しい麻薬とビットコインのようなものを扱っている」と聞いたことを認めた。

    ウディとイスラムがどんな生活をしていたのか詳細は不明なものの、チャットアプリのTelegramで交わされたメッセージにヒントがある。投稿された写真には、女性に腕を回して毛布にくるまって寝ているウディが写っていた。

    コモリはこの女性を、フィリピン人の「マッサージガール」と説明し、ウディとイスラムは「パーティ」をしにフィリピンへ行った、としている。

    マスターズを放置していたにもかかわらず、ウディは彼女の生活を執拗に支配していた。米国の友人たちは、ウディがマスターズのSNSアカウントを使っていたのではと疑った。

    カリフォルニアにいたデグロフはある朝、マスターズから届いたおかしなメッセージに起こされた。そのなかには、ウディとバスルームでキスをする写真もあったが、それは彼女らしくない行為だった。友人のなかには、もっと露骨な写真を受け取った人もいる。

    デグロフはマスターズに、「嫌われているかもしれないし、嫌われても構わない。とにかく知らせておきたい。今もあなたのことが好きだし、ここに戻ってきてほしいし、帰ってきてほしい」という内容のメッセージを送った。返事はなかった。

    11月3日の朝、デグロフは再びマスターズからのメッセージで起こされた。「アドバイスを受け入れます。アメリカに帰りたい。アメリカにいたい。」

    危険を感じたデグロフは、マスターズと連絡を取り合っていた別の診療所時代の友人に連絡した。なお、その友人は報復を恐れ、匿名を条件として取材に応じてくれた。

    その友人はデグロフに、次のように返信した。「マスターズのために、帰国用の航空券をすぐに買います。一緒にいる人たちは信用できません。彼らから離れなければならないのに、どうすべきか彼女に言ってあげられない」

    数時間後、デグロフはその友人から、マスターズと連絡がついたというメッセージをもらった。「彼女はフィリピンに残ります。ウディは、友人と縁を切りました。彼女と話をしたところ、元気でした。フィリピンに残るのが幸せだそうです」とあった。

    しかし事態は収まっていなかった。12月の中ごろ、マスターズは電話で父に送金を頼んできた。激しい喧嘩をしてウディのノートPCをひどく壊してしまったので、弁償に金が必要なのだという。そこまでの喧嘩をするのなら、家に戻ってこなければならないと父から伝えられたマスターズさんは、家に帰ったらフィリピンへはもう行かないと答えた。診療所での生活に戻りたいと望んでいたのだ。

    イスラムにとって、2人の激しい争いはよい娯楽だった。

    イスラムからコモリへ送られたメッセージには、「ウディの日常は……俺のテレビだ。爆笑ものだよ。トミーにラップトップを壊されたからトミーを追い出すってさ。トミーは自分のパパに頼んで800ドル(約9万円)送ってもらって、新しいのを買ってやってたよ。爆笑」とあり、2つに割れたノートPCの写真が添えられていた。

    その騒ぎと同じころ、マスターズはクリスマス休暇シーズンに予約していた米国行き航空券をキャンセルした。心配した診療所の友人は、1月11日の彼女の誕生日に合わせてフィリピンへ行くと連絡した。

    マスターズが亡くなる前日、その友人にウディから直接メッセージが届いた。そんなことは、それまで一度もなかった。ウディはメッセージのなかで、誕生日にまだ来るつもりかどうか尋ねたという。

    「その後、彼から返事は来なかった。トミーからも反応はなかった」と友人は語った。

    米国時間12月21日の早朝、マニラでは夜の時間帯だったが、マスターズから父親にメッセージが届いた。彼はその前の晩、休暇に戻ってくるかどうか教えてほしいとマスターズに電話していたが、彼女は出なかったのだ。

    メッセージは支離滅裂な細切れの内容で、マスターズが書いたことのないような文章だった。

    「ハイ、パパ。私。ショッピングモールをブラブラしていて電話に出られなかったの。元気よ。パパはどう。愛してる」

    警官がパシグ川から引き上げた際、マスターズの遺体は出血しておらず、外傷もなく、危害を加えられたようすはなかった。解剖した警察によると、死因は窒息で、ビニールか枕が使われたという。

    米国大使館の職員が、12月26日に2人のもとを訪ねた。またFBIの捜査官も、2人が別の拘置所へ移送される前に面会した。

    重大事件であるため、2人は国外退去処分にならず、フィリピンで裁判を受ける。マンダルヨン市警のトップによると、殺人罪で有罪になると刑期は最短で20年、最悪の場合は終身刑になるそうだ。

    判明している事実を整理しよう。

    マスターズさんの遺体が入った箱をタクシーへ積み込む2人の姿は、監視カメラに記録されていた。捕まった時点でウディの手と前腕、腹が傷だらけだった。

    2人の証言はどちらも子どもじみていて、信用できない。まず、ウディは、アビダ・タワーズの外で遺体の入った箱を初めて見て、何が入っているのか尋ねることなく捨てるのを手伝った、と話した。

    一方イスラムは、アビダ・タワーズには入らず2時間半待っていただけで、その間にウディがマスターズさんの遺体を隠した、としている。そして、ウディと同じく、箱の中身は知らなかったと主張した。

    マスターズの首には絞殺痕がなく、ウディがセックスの最中に首を絞めて殺してしまったというイスラムの証言と矛盾している。

    犯罪に直接つながる物的証拠はなく、2人が一貫して互いに罪を押しつける証言をしている。真相は虚偽と疑念の深い霧に隠されている。

    マスターズの父親はデイリー・メールに対し、ウディともみ合っているマスターズの背後からビニール袋を持ったイスラムが近づいたのではと推理した。これならウディの体についた傷は説明できる。ただし、これはあくまでも父親の想像である。

    テイラーはBuzzFeed Newsに、ウディが自分1人でマスターズを殺すとは考え難いと答えた。ウディを思春期からずっと操ってきたイスラムが、今回もコントロールしていたに違いないという。

    そして、でっち上げでないと言いながら、イスラムの有罪を示す可能性がある曖昧なチャット記録を見せた。だがテイラーは何年も前からイスラムと不仲で、かつてのハッキング仲間についての証言は信憑性が低い。

    マスターズの弟は、「麻薬とマネーロンダリング」について知りすぎた彼女が米国へ帰ろうとしたので、2人が殺害を企てた、と確信していた。

    一方コモリは、イスラムに直接会ったことはないのだが、彼が悪事を働くはずはないと信じており、悪いタイミングで悪い場所に居合わせただけだとした。

    イスラムのことをハッカー名のジョシュ・ザ・ゴッドで呼ぶコモリは、「ジョシュが人殺しをするはずはない。いつだって私にとても優しかったし、そんなことをできる人には見えない」とBuzzFeed Newsに答えた。

    コモリには証拠があるという。最近になって、イスラムの弟からTelegramで交わされた一連のメッセージを受け取ったのだそうだ。それは、12月22日にウディとイスラムが交換したメッセージのスクリーンショットだった。

    イスラムのログイン情報を持っている弟が入手したもので、無実を証明できる詳細が書かれているという。BuzzFeed Newsは、コモリからこの証拠を入手した。

    メッセージでは、ウディが「来てくれ。すべて放って、今すぐに」と書いていた。

    これに対しイスラムは、タクシーに乗ったけれど渋滞にはまった、と答え、2人は30秒ほど電話で話した。

    そして、ウディのメッセージには「12分で着く。腕をひどく怪我しちゃった」とある。ウディはウェンディーズにいると書いていて、「逮捕されたくないな。爆笑。傷だらけみたいだ」とした。

    このメッセージは、ウディが喧嘩してマスターズを殺してしまい、その後イスラムが来たという主張を裏付ける補強する一方で、ウディの引っ越しを手伝う、というイスラムの話とは食い違う。それに、イスラムが殺害後に初めて来たというのなら、傷だらけの理由を質問しないものだろうか。

    また、2人は電話で何を話したのだろう。さらに、メッセージはタクシーでの移動中に交わされただけで、前後関係がない。

    イスラムの嘘と欺瞞で塗り固められた10年におよぶ歴史を振り返ると、他人に罪をなすりつけようとした脅迫文が残っていることもあり、メッセージの内容をそのまま受け入れることは不可能だ。

    マンダルヨン市警の拘置所でBuzzFeed Newsがインタビューしたところ、イスラムは警察や記者に対して自分のスマートフォンを調べるよう切望していたようにみえる。スマートフォンに残っている検索履歴を確認すれば、引っ越しの手伝いに行ったと証明できるというのだ。

    イスラムとウディ、特にイスラムのほうは、デジタル記録の偽造技術を持っていてメッセージを捏造できる。2人がマスターズのスマートフォンを操れる状態になっていたなら、マスターズさんは12月21の時点で亡くなっていた可能性もあり、メッセージの信憑性がさらに疑わしくなる。

    実際、イスラムの人を手玉に取る能力は際限なく高いそうだ。ウディとイスラムが入っているマンダルヨン市警の拘置所には、10代後半と20代前半の女性2人が足繁く面会に訪れた。公然と警察は、フィリピンで彼らの世話をしたり性的サービスを提供したりしていた女性だとみており、イスラムはフィリピン人のガールフレンドだと取材に答えている。

    また、「ジリン」というTelegramアカウントの女性が、1月7日にコモリへいくつかメッセージを送ってきた。その1つは写真で、あぐら座りで笑っているイスラムが鉄格子越しに写っている。ほかにも手紙があり、ジリンは「送ってくれと頼まれた」と書いていた。

    手紙には「ジューン、ジョシュだ。ウディにはもう弁護士がついている。今の俺にはジューンが必要だ。アメリカへ戻ってほしいなら、俺がこの事件で勝たないと駄目だ。そうすれば、国外追放になる。ジューンから弁護士をつけてもらわないと、どうなるか分からない。ジューンが頼りなんだ。心から愛してくれているのを知っている。俺は、これまで以上にジューンが必要だ。」とあった。

    イスラムは、拘置された状態で2人のガールフレンドを使って裁判対策を練っている。
    その1人は宿敵の元恋人で、会ったことさえない。

    さらに、友人や家族、そしてほかの人々にもメッセージを送った可能性もある。イスラムの証言や、彼に関する話はどれも信憑性に欠ける。さらに、子どものころから正体を隠し、犯罪に手を染めてきたウディの話も、同じように信用できない。

    イスラムとウディは、マニラで拘置されたまま影響力を発揮し、主張と反証、成りすまし、操作、疑念、妄想、恐怖の渦巻く害悪を生み出してきた。これにより、マスターズ殺害の真実が闇に葬り去られてしまうかもしれない。2人とも罪を認めない可能性があるが、どちらかが自白する可能性も残されている。

    はこうした嘘のベールの下に隠されてしまい、マスターズの遺骨はマニラに置かれたままだ。これについて、米国大使館はマスターズの父親に、政府機関閉鎖の影響で遺骨の米国持ち込みが遅れている、と説明した。

    そこで、遺骨がないままマスターズを偲ぶ会1ヶ所で開かれた。1ヶ所は、インディアナ州のレストランに、もう1ヶ所は、カリフォルニア州にあるマスターズさんが働いていた診療所の外に、12月30日に150人が集まった。その多くは、マスターズに支えてもらった患者たちだった。

    「トミーは愛を必要としていた。人には無条件で愛を与えて回ったけれど、返された愛はわずかだった」と父親は語った。

    12月の冷え込んだ夜、ロウソクの明かりのなかで、集まった人々はマスターズがしようとしたこと、してくれたこと、できなかったことを語り合った。そのとき、周囲には愛があふれていた。なぜなら、そこで語られた彼女の話は、真実だったからだ。


    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:佐藤信彦 / 編集:BuzzFeed Japan