ギャングがヒップホップ動画を投稿し、ヒップホッパーたちが殺される国

    エルサルバドル警察は、ヒップホップアーティストの服装やタトゥーを見て、彼らがギャンググループ「MS-13」と関わっていると決めつけてしまうとされている。

    Luis "SWORE" Flores

    マサチューセッツ州ウースター発――マサチューセッツ州ウースターのナイトクラブ「Rumors」の外では、ラッパー名「Debil Estar」(デビル・エスタル)として知られる、エルサルバドル出身のセザール・ディアス・アルバレンガが立って、バーの最後の客が冷たい雨の中、通りを走って横切っていくのを見送っていた。

    彼はここでのライブを終えたばかり。観客は20~30人ほどで、そのほとんどがエルサルバドルから訪ねてきた友人や家族たちだった。

    ラップ・グループ「Pescozada」(ペスコザダ)のメンバーであり、なんと法律の学位も持っているDebil Estarは、エルサルバドルのヒップホップシーンでは古株であり、政府批判のリリックを全面に押し出すことも多い、コンシャス・ヒップホップの先駆者だ。

    そして彼によれば、それが問題になったのだという。

    「言論の自由というのは、エルサルバドルでは……まあ、今まで警察が持っていなかった概念なんだ」

    サンサルバドルで暮らしながら、2018年の夏はアメリカをツアーで巡っていた36歳のDebil Estarはそう語る。

    彼が初めて警察と揉めたのは10年前、警察が、ギャングのメンバーになりそうな人物を、着ているもので特定し始めた頃のことだ。ダボっとしたショートパンツにスニーカー、アメリカブランドのスポーツジャージなど、ヒップホップの世界ではどこにでもあるような服装も、その対象となっていた。

    当時、Pescozadaはすでに、政治的なリリックや踊れるビートで名前が売れていて、政府から目をつけられたのだという。


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    ある夜、エルサルバドルでライブを終えたPescozadaの車が止められた。

    「警察が窓に銃を突きつけてきた」

    そしてメンバーは車から無理やり降ろされたと、Debil Estarは回想する。警察はドラッグや銃がないかと車内を探ったが、何も見つからなかったという。弁護士として「合法的に事を運ぶようにしているんだ」。彼はそう言って、笑顔を浮かべた。

    その夜は何も無かったが、警察はその後も、Pescozadaやそのファンたちを目の敵にし続けた。「MS-13」(マラ・サルバトルチャ)などの暴力的なギャングたちにラップが人気があるため、ラップと関係する者はすべて危険な犯罪者である可能性があると主張してのことだ。ライブ会場には何度も警察が現れたという。

    Courtesy Raksha Records

    2017年7月に行われた「ストップ・ウォーズ・フェスティバル(Stop Wars Festival)」でパフォーマンスする、ヒップホップアーティストのOmne、Oneime、Loup Rouge。

    これは、エルサルバドルのヒップホップコミュニティではよくある話だ。ヒップホップアーティストたちはいつのまにか、腐敗した暴力的な警察と、全国に恐怖と死を広げるストリートギャングたちとの板ばさみになっていた。

    アメリカとエルサルバドルの警察によるギャング撲滅の取り組みは、ラッパーたちを狙うことで、進みやすくなった。アメリカ警察当局によれば、MS-13のメンバーがつくった曲のリリックをうまく利用することで、複数の殺人事件を立件することができたという。

    だが、かなりの犠牲も出ている。「20人ほどのアーティスト、しかもヒップホップアーティストが行方不明になっている。理由はわからないし、彼らに何があったのかもまったくわかっていないんだ」と、Debil Estarは言う。

    Debil Estarをはじめとするアーティストたちは、政府が仲間のラッパーたちを殺害したなどという、率直な糾弾はしないよう慎重だった。彼らによれば、行方不明になっているアーティストたちは皆、社会問題に対して進歩主義的なリリックをつくることで知られており、政府を批判する内容も多かったという。

    ただ、エルサルバドルのヒップホップアーティストたちがはっきりと言っているのは、警察や軍がヒップホップカルチャーに結びつくような服装の人たちを標的にしていたのと同じ頃に、アーティストたちの失踪も起こったということだ。

    「こんなのおかしいよ。ヒップホップは音楽なんだ。それなのに……、その人物がアーティストなのか、ヒップホップのファンなのか、警察官の多くが理解していないこともある」

    Tom Herde / Boston Globe / Getty Images

    ボストン市庁舎の外で、エルサルバドル難民の米国における暫定保護資格延長を求めてデモ集会を行うエルサルバドルの人々。1992年1月26日。

    1970年代後半から1990年代初頭にかけて、エルサルバドルから何十万人もがアメリカに逃れてきた。アメリカの支援を受けた軍事政権と、ゲリラとの内戦から逃れようとしてだ。ロサンゼルスやワシントンDC、ニューヨークといった都市では、エルサルバドル人の大規模なコミュニティが根付いていった。

    そんなわけで、エルサルバドル人の若者世代は皆、アメリカのポップカルチャー界でヒップホップが圧倒的な勢力となってきたなかで大きくなっている。ロサンゼルスのエルサルバドル人ギャングたちのサウンドトラックは、かつてはヘビーメタルだったのが、ギャングスターラップへと取って代わられた。

    ニューヨークでは1992年に、エルサルバドル人初のヒップホップグループ「Reyes del Bajo Mundo」(レジェス・デル・バホ・ムンド)が結成されている。

    しかし1994年、クリントン政権は、移民増加に対処しろという共和党からの圧力に応え、一連の集団強制送還を実施した。こうした本国送還措置に大量のエルサルバドル人が巻き込まれたが、その中には、幼い頃にアメリカに移り住んでいた若者たちも多かった。そして彼らが、自分たちが身につけてきたカルチャーの多くを祖国に持ち帰ったのだ。

    「エルサルバドルにあるショッピングモールなどの建物は、どれもアメリカの影響を受けている。ラジオで流れている音楽も、全部アメリカの影響を受けているんだ」と、ニューヨーク、クイーンズ生まれのエルサルバドル人プロデューサーでDJのラウル・イダルゴ(通称「Loup Rouge(ルー・ルージュ、「赤い狼」の意味)」は語る。

    ヒップホップがエルサルバドルに定着したのは自然な流れだったのだ。

    しかし、アメリカから送還された新参者たちとともに、ギャングもやってきた。中でも目立つ存在だったのが、ロサンゼルスで10年以上前に結成されていたギャング、MS-13だ。アメリカの法制度から解放されたギャングたちはその勢いを増し、国の幅広い範囲の支配を求めて政府と戦ううちに、恐ろしい存在であるという印象を民間人の間に焼き付けていった。

    Robert Nickelsberg / Getty Images

    ギャングのタトゥーとハンドサインを見せる男。2016年、ノースカロライナ州ダーラム。

    2000年代後半になると、MS-13に所属するラッパーたちが自らのレコード制作を開始し、ギャングの暴力や力量を讃える曲を作り出した。ギャングメンバーに迎合するスタジオも登場し、ギャングラッパーたちはその後、YouTube、WhatsAppなどのソーシャルメディアプラットフォームを使ってを共有するようになっていった。

    曲の内容には、特定のギャングメンバーへ尊敬のメッセージを送るものや、自分たちが犯した犯罪の詳細を明らかにするようなものが多い。

    こうした動きに、アメリカやエルサルバドルの警察が気づくまでには時間がかかったが、最近は、ギャングメンバーを捕まえようとする際に、彼らがアップしている動画が役に立つことが増えている。

    例えばアメリカではバージニア州の警察が、そうした動画を使って被疑者とギャングとの直接的な結びつきを解明した。ラップ動画が、その地域で起こった殺人事件の立件の役に立っているのだ。

    エルサルバドル当局は、さらに突っ込んだ措置を取っている。ギャングとヒップホップとの結びつきを利用して、2010年に制定された法律である、正式名称「犯罪行為を行うギャング、バンド、グループ、団体、組織禁止法」といった法令の下、「カルチャーを使った犯人特定」を正当化しているのだ。

    目につくところにタトゥーが入っていたり、特定の色の服を身につけていたりすると──あるいは、ダボっとしたショートパンツやアメリカブランドのスポーツジャージを着ていたりしても──警察に目をつけられる可能性がある。

    当局は法令の影響範囲を非常に広く解釈しており、エルサルバドルを訪れる人たちに対して、観光客があまり訪れないような地域では、タトゥーを見せたり、ある種の洋服を着たりしないようにと、当たり前のように警告している。

    「本当に、すぐに呼び止められるんだ」と、イルダゴは言う。「ショッピングモールを歩いていたら警察に止められて、(タトゥーを確認するため)シャツを脱ぐように命令されることもある」

    「服がダボっとしていると、問答無用でギャングメンバーだと見なされる……でも、ギャングも進化しているんだ。ギャングの多くはタトゥーも入れていない。ギャングだけど普通の人みたいに見える」

    ヒップホップの世界に属する者にとって、目立つことは命取りにもなり得る。2016年3月以降、警察に身柄を拘束されたこの世界の有名人のうち、少なくとも4人について、行方が分からなくなっているか、死亡が確認されている。

    ブレイクダンサーとして人気を集めていたエミリオ「Milo(ミロ)」ボラーニョの行方がわからなくなったのもその頃だ。ボラーニョは、エルサルバドルだけでなく、世界的なB-boyサークル内でも有名人だった。

    イルダゴによれば、未だ解決していないボラーニョの失踪は、「こういうことが起こっていると、ヒップホップシーンが初めて気づいた」ケースだったという。

    Mario Ayala

    左からBlaze One、Zaki、Loup Rouge、Oneime。2015年8月、ホンジュラスで開催された「アルテ・デ・ラス・カジェス(ストリートアート)フェスティバル」にて。

    2017年には、エルサルバドルの古参ラッパー、Blaze One(MCブレイズ・ワン)が、マリファナを所持していたとして警察に逮捕され、拘束されている間に死亡した。最近では1月に、サンサルバドル出身のラッパーで活動家のMC Bacteria(MCバクテリア)の行方がわからなくなっている。

    ヒップホップコミュニティのメンバーであった彼らに何が起こったのかは、誰にもわかっていない。この「消されてしまう」というやり方は、1970年代後半から、政府が武装勢力との戦いにおいて戦術として使い始めて以降、特に致命的だとしてエルサルバドル国内でも恐れられている。

    こうした戦術は、かつてはMS-13をはじめとするギャングたちからは好まれてはいなかった。彼らはむしろ、殺しという手法を使って、コミュニティ内にそれとわかるようにメッセージを送っていたのだ。しかし、近年ではよく使われるようになってきている。

    「残念ながら、結構よくあるやり方になってしまっている。ヒップホップのコミュニティ内だけでなく、国全体でもそうなんだ」と、イルダゴは言う。彼は、友人のこと、特にBlaze Oneについて語る時には、必ず涙ぐんでしまう。

    「あいつは本当に良い友達だった。なのに、もうこの世にはいないんだ。つらいよ。あいつの音楽や、あいつの声を聞くだけで悲しくなる」


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    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:半井明里/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan