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HPVワクチンで救える命を見殺しにしていいのか? 大手新聞社が握りつぶした幻の記事を再掲

国が積極的に勧めるのをやめてから8年が経つHPVワクチン。5年前に感染症が専門の小児科医・森内浩幸さんが必死に接種の推進を訴えたのに大手新聞社が握り潰した幻の記事を、BuzzFeed Japan Medicalで再掲載します。

つい最近まで、世界中で5歳の誕生日を迎えることなく死んでいく子どもが年間1000万人もいました。そのうちの約4分の1に当たる260万人の命はワクチンで予防できる感染症によるものでした。

子どもだけではありません。ワクチンによって予防できる病気で死んでいく大人も毎年200万人近くいて、その死因の第2位はB型肝炎に続く肝硬変と肝がん(年間約60万人)、そして第3位はヒトパピローマウイルス(HPV)による子宮頸がん(年間約30万人)でした。

つまり子どもの時にワクチンを接種することで、大人になって発症するがんを防ぐこともできるのです。

いずれにせよ、私たちはこれらの病気がワクチンによって防ぐことができることを知っています。必要とされる子どもたち、少女たち、大人たちへワクチンを接種してあげさえすれば、こんなにも多くの人たちが死なないで済むのに、それに目をつぶって知らぬ顔でいることは許されません。

それは恐るべき規模の大量殺りくに「不作為」という形で加担しているのと同じです。

※編集部注:この記事は読売新聞の医療サイトyomiDr.に「子どもにワクチンを打つ小児科医の立場から」というタイトルで 2016年8月31日に寄稿され、読売新聞の判断で同年12月に削除されたものです。原稿は森内浩幸さんに著作権がありますので、古くなった情報を森内さん自身の注で更新し、見出しを変えて、BuzzFeed Japan Medicalで再度公開します。

ワクチンで救われてきた子どもの命

日本でも私が生まれた頃には、破傷風やジフテリアで死ぬ子が毎年それぞれ数千人、麻疹や百日咳で死ぬ子が毎年それぞれ1万人以上いました。

消えてしまったように思っているこれらの病気が、ワクチンを止めたとたんに舞い戻ってくることを、世界は途轍もなく高い授業料(多くの犠牲者)を払って経験してきました。

日本における実例の一つは百日咳です。ワクチン接種後に2人の子どもが亡くなったという報告を受け、「百日咳なんて過去の病気だからワクチンなんかいらないのに、そのワクチンが2人の子どもの命を奪った」と誹られ、中止に追い込まれました。

その結果、年間の患者数が数百人まで減っていたのに1万人を超えるようになり、百日咳による死亡者がゼロになっていたのに、1975年以降の5年間で113人もの命が奪われました。

しかも、ワクチンのせいと言われてきた副作用の多くは、実は濡れ衣や単なる紛れ込みです。

上述したように、古いタイプの百日咳ワクチンは脳症を起こし、下手すると命に関わることがあると言われてきましたが、そういう「百日咳ワクチン後脳症」の患者さんたちのほとんどは、実は遺伝性のてんかんであることが後に判明しました。ワクチンとは関係なかったのです。

欧米でかつて「MMRワクチン(麻疹、おたふくかぜ、風疹の3種混合ワクチン)によって自閉症が増える」という報告が出ましたが、実はこのデータは全くのでっち上げであることが判明し、論文は撤回され、著者は医師免許を剥奪されています。

日本では慣れていなかった同時接種がおっかなびっくり行われるようになってすぐ、接種後の突然死がいくつも報道されてちょっとした騒ぎになったのを覚えていますか? 

でもそれは、「乳幼児突然死症候群(乳児の死因の第3位で、全く健康だった子が突然死んでしまう)」等の紛れ込み(たまたまワクチン接種後のタイミングで起こってしまったこと)を見ていたに過ぎなかったのです。

もちろん、ワクチンによる重い副作用がゼロというわけではありません。でもそれは雷に当たるよりも億万長者になるよりも稀なことなのです。一般にワクチン副作用と称されているものの多くは、本当のところワクチンのせいではないのです。

しかしながら、このワクチンの副作用と称されているものは、ニュースでは非常に大きく取り上げられます。

一方、ワクチンが数多くの命を救うことは全くニュースになりません。

おそらくその理由の一つは、「犬が人を咬んでもニュースにならないが、人が犬を咬んだらニュースになる」という報道の原理が働くからです。珍しいことだからニュースになり、当たり前すぎることにはニュースの価値がありませんから。

しかしそのようなニュースが繰り返し目に飛び込み耳に入るようになると、「近頃は、犬に咬みつく人が増えているんだって」というメッセージが、疑いようのない事実として浸透していくのです。

H P Vワクチンとは何を防ぐのか

さて、ヒトパピローマウイルス(H P V)ワクチンの話です。ヒトパピローマウイルスにはたくさんの種類があり、一部のものは、子宮頸がんや、性器や肛門の周りにイボを作る病気「尖圭コンジローマ」を起こします。

今使われているワクチンは2種類あって、どちらも子宮頸がんを最も起こしやすい16型と18型を防ぐことができます(1種類はさらに尖圭コンジローマを起こす6型と11型も防ぎます)。16型と18型で子宮頸がんの約3分の2を引き起こしますが、特に比較的、若年で発症するのはこの二つの型が主体です。

注:2021年2月から9価のワクチンが発売されており、6, 11, 16, 18型に加えて31, 33, 45, 52, 58型も防いでくれるので、有効率が約9割になりました。

私は厚生科学審議会感染症分科会予防接種部会によるワクチン評価に関する小委員会の中で、これらのワクチンの「ファクトシート(医学的事実を集積し詳細に検討してその有効性と安全性を評価した報告書)」の作成に関わりました。

世界中で相当数のデータが集積されており、その有効性や安全性のデータから本当に期待できるワクチンです。小児科医であり、特に感染症を専門にしている立場から、強く推奨すべきワクチンの一つであると評価しています。

しかし今、このワクチンは日本において(世界中で日本だけにおいて)、積極的な勧奨中止という判断の下、せっかく定期接種に加えられたというのに接種率はほぼゼロになってしまいました。

なぜでしょう? 

それは国内で338万人の少女に接種した後、体のいろんな部位の痛みだとか、体が勝手に動く不随意運動だとか気分不良だとか様々な訴えを持つようになったことが問題視されたからです。

HPVワクチンの「副反応」とは何なのか?

厚労省の副反応検討部会の資料によりますと、上述の様々な症状が続いている子が186名、これに未確認分を推定して加えると276名、これは接種者の0.008%に相当します。

仮にこれが全て本当にワクチンのせいで起こったとして、ではワクチンを接種したらどうなるのか考えてみましょうか?

子宮頸がんの罹患率や死亡率、子宮頸がんのうちワクチンによって予防できる割合を計算に入れると、接種者338万人のうち2万5000人がワクチンによって子宮頸がんを免れ、7000人が死なずに済むのです。

注:この予想は、累積子宮頸がん罹患率78人に1人、子宮頸がん10年相対生存率66.1%、16型または18型が占める割合67.1%、ワクチン有効率95%から計算しています。

そして副反応と言われているものは、本当にそうなのでしょうか? この年頃の女の子によくみられる不定愁訴(原因不明の体調の悪さ)を、ワクチンのせいと思い込んでいるのではないでしょうか?

名古屋市の調査では、ワクチン接種後に起こるとされる様々な症状の出現率が、ワクチン接種者と未接種者との間で違うかどうかを、3万人の規模で解析しています。その結果、接種者の方が未接種者よりも多く訴える症状は何一つありませんでした。

注:2015年12月に出された中間報告では上記のような解析結果を出していながら、本年6月の最終報告では生データの提示だけ行って、解析を行わないという不可解な対応を取っています。

つまりワクチンによってそういう症状が出ることは、仮にあったとしても極めて稀であると言えます。

誤解してほしくないのは、これらの症状で苦しんでいる子どもたちがワクチンのせいであろうとなかろうと、しっかりと向き合い、その苦しみを除くために努力すべきだということです。

これまでこのような不定愁訴で苦しむ子どもたちは、しばしばまともに相手にされてきませんでした。そしてそのことがこの子たちの苦しみを増幅させてきたのです。それについても、私たち医療従事者は深く反省する必要があります。

注:世界保健機関(WHO)は2019年12月に予防接種に関連する有害事象の一つとして、「ワクチン接種ストレス関連反応Immunization Stress Related Responses (ISRR)」という概念を提唱しています。ワクチンそのものによって起こるものではなく、予防接種への不安に関連して起こるストレス反応で、血管迷走神経反射[お化け屋敷などで失神するのと同じような反応]のような急性ストレス反応だけではなく、長期間に及ぶ機能性身体症状も含まれます。不安感の強い若くて痩せた女性に起こりやすく、SNSを含めた周囲が不安を掻き立てることによって助長されるとしています。HPVワクチン接種後の訴えの多くは、この概念で説明できると考えられています。

日本で放置されている異常な状況

いずれにしても、以上述べたことを整理すると、今日本で起こっていることは一体全体何なのでしょう?

数百人がワクチンとの因果関係が不明の訴えを持ち続けるようになったことを理由に、その100倍ほどの人が子宮頸がんになり、そのうちの3割近くはそのために命を落とすことを容認していることになるのです。

WHOをはじめ、数多くの国際的な組織や学会はこのような日本の状況に深く憂慮し、このワクチンが有効かつ安全で多くの命を救う大切なワクチンであることを強調しています。

日本国内でも、ワクチンに関わりが深い学術団体15からなる予防接種推進専門協議会は、さらに2つの関連学術団体とともに声明を出し、厚労省に積極的勧奨の再開を訴えています。

注:予防接種推進専門協議会は現在、合計22の学会・学術団体から構成されています。

ヒトパピローマウイルスワクチンの積極的勧奨中止以降、本来であれば接種されたはずの女子がこれまでに170 万人を超えます。この170万人のうち、将来約2万人が子宮頸がんを発症し、そのうち約5500人が死んでしまいます。

もしワクチンを接種すれば、2万人のうちの約1万2500人は罹らずに済み、5500人のうちの約3500人は死ななくて済むのです。

このままこの子たちがワクチンを接種しないままでいるならば、私たちはこの3500人の殺人に加担することになります。そして勧奨中止をさらにダラダラといつまでも延長することによって、さらに大規模な集団殺りくの加害者へとなっていくのです。

注:積極的勧奨の中止から既に8年経ち、本来なら接種されたはずの女性の数は約400万人にも及びます。このうち将来子宮頸がんを発症する人が約5万1000人、死亡してしまう人が約1万7000人です。ワクチンによって約3万3000人は罹らずに済み、約1万2000人は死なずに済むはずなのに……残念です。

政府も学会もメディアも逃げるな

政府も学会も、逃げ腰になってはいけません。

繰り返し言います。それは不作為の殺人です。医学的に正しいデータだけをもとにして、真に国民に患者に利するよう判断を下すのが、プロとしての重大な責任です。

マスメディアも、珍しいことや「絵」になることにばかり飛びつき、訴えてくる人々をセンセーショナルに取り上げるだけではなく、目に見えてくることが決してないけれど数多くの命が救われる事実を丁寧に説明することに、もっと紙面や報道時間を割いてください。

女の子をお持ちのお母さんお父さん、わが子がもしも子宮頸がんに罹り、命を失ったり、助かってもその後遺症で苦しんだり、子どもも持てなくなってしまったりする姿を見たらどう思われるでしょう? ワクチンを接種していたら防げたかもしれない悲劇なのです。

若い女性・女子の皆さん、子宮頸がんって、何も特別な人に起こる特殊な病気ではありません。ごくありきたりの生活をしている人に普通に起こる病気なのです。この病気にかかる確率は、ワクチンによって何か大変な副作用を起こす確率とは比べものにならないくらい高いのです。

日本は経済的に豊かであったにもかかわらず、ワクチンに対して理性的な判断ができず「ワクチン後進国」でした。ワクチンの導入が遅れたために奪われた命、残った障害は数知れません。

近年、ようやく種類だけは接種できるワクチンが日本にも増えましたが、この騒動で明らかになったように、その実体は今なお後進国です。いつまでこういうことを繰り返すのでしょう? 

ボブ・ディランの「風に吹かれて」の歌詞でもありませんが、どれだけ多くの命が失われたら私たちはあまりにも多くの犠牲者を出してしまったと気付くのでしょう? あらぬ非難や中傷に対して、臆病風に吹かれている場合ではありません。

(付記:筆者はヒトパピローマウイルスワクチンの製造販売企業を含め、数多くの企業が共催するワクチン啓発活動に関わり、正当な対価を得ています。しかしその行動原理はただ一つ、ワクチンという最善の医薬品によって病気を防ぎ命を守ることに可能な限り貢献したいからです)。

【略歴】森内浩幸(もりうち・ひろゆき)長崎大学小児科学教室主任教授(感染症学)

1984年、長崎大学医学部卒業。米国National Institute of Allergy and Infectious Diseases(N I A I D)感染症専門医トレーニングコース修了。N I A I D臨床スタッフを経て、1999年、長崎大学小児科学教室主任教授。日本小児感染症学会理事、日本ウイルス学会理事。

注:現在、ワクチンに関わりのある学会の役職として以下を追加します:日本小児科学会理事、日本ワクチン学会理事、日本臨床ウイルス学会幹事、日本小児保健協会理事、日本感染症学会評議員。ただし、この文章の見解は私個人のものであり、所属機関や所属学会を代表してのものではございません。

訂正

百日咳による死亡は3年間で113人ではなく5年間で113人でした。

UPDATE

削除された時期を加えました