「夫は財務省に殺された」
森友学園への国有地売却問題をめぐり、公文書の改ざんを強いられ、54歳で命を絶った財務省近畿財務局の赤木俊夫さん。
彼の死から2年を経た今年3月。妻・雅子さんは、夫が生前に書き残した手記とメモを「週刊文春」を通して世に公表した。改ざんに携わった本人による、衝撃的かつ具体的な告発は大きな話題を呼んだ。
〈国会を空転させている決裁文書の調書の差し替えは事実です。元は、すべて、佐川理財局長の指示です〉
〈野党に資料を示した際、(森友)学園に厚遇したと取られる疑いの箇所はすべて修正するよう指示があったと聞きました〉
〈最後は下部がしっぽを切られる。なんて世の中だ、手がふるえる、恐い〉
俊夫さんはなぜ自死に追い込まれたのか? 財務省への再調査を求める署名は35万筆を超え、雅子さんへの共鳴は広がっていった。
しかし、財務省は、俊夫さんの手記の公開後も「再調査はしない、必要ない」という姿勢を崩していない。求める「真実」にはほど遠い現状と財務省の態度に、彼女は何を思うのか。
「個人を憎んでいるとか悪を裁きたいというよりは、知っていること喋ってくれたらいいのに、というだけ」と率直な思いを語った前編に続き、雅子さんに話を聞いた。
「週刊文春」に掲載した最初の記事とこの署名への反応を見て、「国相手に裁判なんか絶対しちゃダメ」とずっと反対していた親戚が、やっと応援してくれるようになったんです。世間の反応がこれだけ力を与えてくれるんだと思いました
夫が亡くなったときの顔、本当に孤独と絶望に満ち溢れていたんです……。「こんなに応援してくれる人がいるんだよ」ってその時に知っていたら、選んだ道は違っていたかもしれないですね。
――俊夫さんが心を病んでいく間、どんな思いでしたか。
真っ暗闇でした。毎日2人でずっと「誰か助けて」って泣いていました。誰も助けてくれなかったし、誰に助けを求めていいのかもわからなかったから、泣いていることしかできなかった。
その当時、私は彼が何をしたのか具体的には知らなかったですが、公務員の倫理に反することをしてしまったことは口ぶりでわかっていました。
とはいえ、近畿財務局やその上の財務省、はたまた国なんて大きな組織に楯突くなんでできないですよね。そんな発想は少しもなかったです。
もしかしたら上司が助けてくれるかも、財務省が助けてくれるかも、と思っていましたけど……助けてくれなかったですね、最後まで。
葬儀にも、財務省や近畿財務局の幹部の方はほとんど誰も参列してくれませんでした。ショックでしたね。
陰湿な男社会、財務省の“常識”
――著書『私は真実が知りたい』の中では、関係者とのさまざまなやり取りが詳しく書かれています。遺族の悲しみや怒りよりも組織の論理が優先する、財務省という組織の常識は独特だなぁと思わせられました。
本当に! 私は財務省の常識とか全然知らないので、いろいろびっくりすることも多かったです。
例えば東京の偉い人から「ぜひ弔問に行きたい」と言われて、「ぜひ来てください」とお返しすると、「まさかそう言われるとは……」って困った顔をされるんですよ。
「お気持ちだけいただきます」ってこちらからお断りするのが当たり前なんですって。私としては本心から「ぜひお願いします、お待ちしています」なのに、なんか変だなぁって……。
財務省の知り合いの奥さんにこの話をしたら「それは断るべきでしょう」とはっきり言われたので、そっか、これがここの“常識”なんだ、と思いました。
男社会って怖いなあ、陰湿だなあ、と何度も何度も思いました。いや、別に女性だったらそうならないかはわからないですよね。今男性が多いから男社会の問題に見えるだけかもしれない。根っこは、「組織」という構造の問題かもしれません。
――麻生元財務大臣に「お墓参りに来てほしい」と伝えたはずなのに、国会答弁では「遺族の意向で伺っていない」とされたというくだりもありました。
理不尽ですよね。結局、私の意思なんてどうでもよくて、断られたことにしておきたいんだなって。
麻生さんには、今ももちろん来てほしいです。お墓に手を合わせてしてほしいし、私から直接「再調査してください」と伝えたい。その気持ちは今も変わりません。
「佐川さんの秘書にしてくれるならいいですよ」
――俊夫さんの死のすぐ翌日に「財務省で働きませんか」と声をかけられるところも、意図がよくわからず怖かったです。
〈翌日、自宅にやってきた深瀬さん(編注:近畿財務局の職員で、俊夫さんの同期)の言葉に耳を疑った。「近財(近畿財務局)は赤木に救われた」。それってどういうこと? トッちゃんは亡くなって、財務局は救われた。それっておかしくない?
そして私に「財務局で働きませんか?」と持ちかけてきた。夫を亡くした私に職を世話しようとしてくれたと受け取ることもできるけど、私は即座に答えた。
「佐川さんの秘書にしてくれるならいいですよ。お茶に毒盛りますから」〉
「あるある」みたいですけどね、大きな企業なんかでも。奥さんを抱え込んで黙らせるというか、変なこと言わないようにするというか……。
私はあなたたちに従わなくても自分で働いて食べていけるわ! と思って突っぱねましたけど。
――「佐川(宣寿)さんの秘書にしてくれるならいいですよ」というブラックな返事もしびれました。
「これはちょっと過激すぎるんじゃ? 書いて大丈夫ですか?」って3月(最初の記事が出た時)にも文春さんにも聞いたんですけどね(笑)。
記者の相澤(冬樹)さんが「機転の利いた答えでいいと思いますよ」って言うので「まぁ皆さんが笑えるならいいかな」と思って残しました。
私には学も権力も何もないので。勝てるものがないですから、これくらい言わせてくれよって。
――この返答にも現れていますが、端々に垣間見える雅子さんの芯の強さが印象的でした。世の中への反骨心のような……。
いやいや、反骨心なんてないですよ! そんな格好いいものは。年取るとね、頑固になるんですよ。だから、ただ頑固なんやと思う(笑)。
……でも、後悔はしたくないかな。強くなりたいです。
――この2年間で強くなりましたか?
強く……。うーん、なったかな。強くありたいなとは思います。すごく強くなりたい。もっと強く。
私、体は丈夫なんです。それってすごく大事でしょ。裁判をやっていくにしても、こうやって取材に答えるにしても、体が元気じゃないと精神がついてこないから。
“第2の俊夫さん”になりかねない人へ
――公文書の改ざんとまで明確な違法行為でなくても、「末端が理不尽な指示を受ける」という構図は多かれ少なかれさまざまな組織であることだと思います。“第2の俊夫さん”になりかねない人に伝えたいことはありますか。
あります。とにかく録音すること、証拠を残すこと。それがあるだけでその後が全然違います。
今ならスマホで簡単にできますし、「どうもまずいことになりそうだ」と思ったら、何もかも録音しておいてほしいです。
あとはよい弁護士さんに出会うこと……ですが、なかなか難しいですよね。よい記者さんに出会うこと、はさらにもっと難しい。私も具体的にどうすべきか、正解がわからなくていいアドバイスができないのですが。
――雅子さんは、途中で弁護士の先生を変えられたんですよね。
最初の弁護士さんは、もともと近畿財務局で勤務していた方で、マスコミ対応などが必要になった最初の段階でお願いすることになったんですよね。
ですが、ご本人の立場もあって、私に全力で寄り添ってくれる感じは正直なくて。財務省のことは悪口言うけど、近畿財務局のことは守ろうとしているのが伝わってきました。
なんとなく不信感はあったんですが、普通に生きてきて「知り合いの弁護士さん」なんて他にいないし……。せっかくやってくれている方に文句を言うのも違うのかな、なんて決めきれなくて。
たまたま私は記者の相澤さんの紹介で今の弁護士さんに出会えて、裁判を起こす決意もできました。それまでずっと一人ぼっちで、どうしたらいいかわからなかったのでうれしかったです。全力で味方になってくれる方に出会えたのは。
自死遺族の方ともお話する機会があったんですが、警察に紹介された弁護士が合わずに何年も苦しんだ、というケースは少なくないようですね。信頼できる先生にたどり着くのはなかなか難しいのが現状だと思います。
――コロナ禍の今、2つの裁判が進んでいます。どんな気持ちですか?
思ったよりずっとのんびりしているな〜って(笑)。こんなに進まないんだってびっくりしてます。
3月に裁判を始めて初公判が7月。コロナもあって開廷が遅れたのもありますが、なかなか進まないので、これは予想以上に体力がいるものだ、と覚悟しました。終わるまで何年かかるんでしょうね?
でも、なんとなくうまくいく気がするんです。表に立ってくださっている弁護士さんだけじゃなく、いろんな人が助けてくれていますし……何より私は運がいいから。
夫に何があったのか、どうしてこうなったのか。真実がちゃんと明らかになって、責任ある人たちがちゃんと謝罪してくれる日まで、生きて何とか頑張りたいです。
――もし過去に戻れるなら、どこに戻りたいですか?
ずっと考えていますけど、やっぱり初めて改ざんを強いられた日、休日出勤を求められたあの日に、職場に行かせなかったら、というのは思いますね。でも、その日行かなくても、結局やらされているだろうから……。うーん。
改ざんの前から、ずっと深夜帰りで激務が続いていたんです。「もし今階段から転げ落ちて両足骨折したら、入院して行かなくて済むのにな」なんてちょっと本気で思っていました。
……でも、そうなったとしても夫が逃げられるだけで、結局誰かがやらされることになったでしょうね。同じ苦しみを背負う人が生まれるのは耐えられないなあ……。
なので、まぁ、今のままでいいです。戻らなくて。
夫がいないのはもちろん辛いけど、悲しいけど。あの苦しみはもう二度としたくないし、他の誰にもさせたくないです。改ざんしなくていい社会にならないと、戻っても意味がないです。
◆雅子さんが起こした2つの裁判の概要
1.公文書の改ざんを強制された精神的苦痛や過労が原因でうつ病を発症したとして、国と佐川宣寿元理財局長に、合わせて約1億1000万円の損害賠償を求めている。
国の主張:俊夫さんが決裁文書を改ざんすることに強く抵抗していたこと、連日長時間労働が続いていたことは認めつつ、争う姿勢。改ざんと自殺に因果関係があったかどうかを今後主張していく予定。
佐川氏の主張:「職務中に行った行為で他人に損害を与えた場合、賠償責任は国が負い、公務員個人は責任を負わないという判例が確立している」と主張。訴えを退けるよう求めている。
2.俊夫さんの死は公務災害と認定しながら、近畿財務局はそう認定された理由を記した文書の開示を先延ばし、原則30日の期限を1年に延長すると通知している。速やかな情報開示を求め、こちらも国を相手に新たに提訴した。
国の主張:「関連文書が多く、新型コロナに伴う業務体制縮小もあり、開示手続きが間に合わない」と対応の正当性を主張。訴えを退けるよう求めている。