美しい母と優秀な娘。外から見たら幸せそうな親子だけど…?「汚部屋」で育った東大生が母を捨て家を出るまで

    都内の一等地に住んでいても、名門大学に通っていても、「家庭の事情は外からじゃわからない」。自身の経験を描き話題を呼んでいるマンガ『汚部屋そだちの東大生』。作者のハミ山クリニカさんに、母と決別するまでを聞きました。

    7年間壊れたままの自宅のトイレ。

    包丁やまな板は、何百匹ものゴキブリの通り道になっている。

    極寒の夜、暖房もない部屋でゴミの山に埋もれて眠る。

    “普通”とはちょっと違う私の家庭。念願かなって「ママが望む」東京大学に合格したけれど……。

    『汚部屋そだちの東大生』(ハミ山クリニカ/ぶんか社)
    『汚部屋そだちの東大生』(ハミ山クリニカ/ぶんか社)

    東大卒のマンガ家・ハミ山クリニカさんが、自身の経験を元に描いたマンガ『汚部屋そだちの東大生』。単行本が発売され、静かに話題を呼んでいます。

    半生を過ごした「汚部屋」、そして自分を束縛する母親と決別するまでを、ハミ山さんに聞きました。

    『汚部屋そだちの東大生』(ハミ山クリニカ/ぶんか社)

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    「布団にシャーペンが刺さって…」壮絶な環境で受験勉強

    ーー『汚部屋そだちの東大生』はハミ山さん自身の経験をもとにした半自伝的な作品とされています。ご自身は一度東京藝術大学に入学・中退し、その後東京大学に入り直しているんですよね。

    そうです。いったん藝大に入ってやめて…としてしまうと話がややこしくなるので、作品ではストレートに東大に入学した設定にしています。

    時系列や友人の描き方は少し変えていますが、作中の母とのエピソードはほぼ実体験ですね。

    作中では、大学卒業を機に主人公が家を出るまでを描いていますが、私が実家を出たのは社会人2年目くらい。引っ越し費用や生活費がある程度貯まってからでした。

    マンガを描きはじめたのもその後……というか、「机」という存在を手に入れてからです(笑)

    まっすぐで固くて、こんなに文字や絵を描きやすいものが自宅にあるなんて!素晴らしいな! と思いました。

    ーー机との出会い…! 作中でも「布団の上で勉強するからシャーペンがプスプス刺さって大変」という描写がありましたよね。

    『汚部屋そだちの東大生』(ハミ山クリニカ/ぶんか社)

    このあたりは全部本当です。暖房も壊れたまま放置されていたので、受験直前の真冬は、ほぼ外気温と変わらない寒さの中でコートを着て震えながら勉強していました。

    父が訪ねてこなくなった部屋で

    ーーそもそもハミ山さんのご実家が「汚部屋」化してしまったのはどういう経緯だったのでしょう。

    幼少期から父とは別居していて、たまに遊びに来るくらいでした。中学生くらいからだんだんと父と疎遠になって、完全に母と2人暮らしになったんですよね。

    その後は、私から会いに行くことはあっても、父が我が家に来ることはなくなりました。部屋が荒れ始めたのは、ひとえに人が訪ねて来なくなったからです。片付けておく理由がなくなってしまった。

    提供写真

    大学時代の自宅の様子。足の踏み場もない…どころか床の上に幾層にも物が積み重なっている

    最初はとにかく物量が増えていったような気がします。高級ブランド品を買い漁っちゃう、とかだったらお金が尽きてセーブできたのかもしれませんが、もっとしょうもないものなんですよね。300円のTシャツを何十枚とか、見切り品のお菓子を抱えられるだけいっぱいとか。

    金銭的ダメージが大きいわけではないからやめにくいし、使う気も捨てる気もないし、どんどん溜め込んでしまう。

    提供写真

    眠る時に使っていた布団(手前)

    海外でもトイレットペーパーを家が埋まるくらい買い集めてしまう……なんて方のケースを見たことがありますが、今思うとそういう神経症の一種のようなものだったのだと思います。

    都内の一等地のマンションだけど

    ーー母子2人、冷蔵庫は壊れたまま、お風呂もトイレも使えない状態で淡々と日常を過ごしている様子がシュールでした。「我が家、ちょっと変なのかも?」と子ども心に思うタイミングもあったんでしょうか。

    『汚部屋そだちの東大生』(ハミ山クリニカ/ぶんか社)

    本当にそう思えたのは、大学時代……いや、働き始めてからかもしれません。

    出張でホテルに行った時に、「きれいな部屋って暮らしやすいな」「ベッドって寝やすいな」と当たり前のことを思ったのをよく覚えています。

    高校までは少し遠い学校に通っていたのもあって、友達の家に遊びに行くこともほとんどなかったですし、他の家がどうなのか知らない、あまり考えたこともなかったんですよね。

    変な状況ではあるんですが、なんとか暮らしていけているし「まぁいっか」みたいな。慣れってすごいですよね。

    実際お風呂もトイレも壊れたままでも、その日、その一瞬はなんとかなるんですよ。お風呂は銭湯に行けばいいし、トイレはバケツで水を流せばいい。「なんとかなる」というより「なんとかしちゃう」に近いかもしれないですね。

    でも、根本的なところは何も解決していないので……先延ばしですよね。死ぬまで銭湯に通い続けるとしたらどれだけお金がかかるんだろう? と長い目で考えて初めて「えっ」となりました。

    ーーとはいえ、子どもの力だけでなんとかしようと思っても限界がありますもんね。

    明らかな虐待やネグレクトと違って、外見からはわからないのもなんとなくそのままだった理由だと思います。母は外ではきちんとした服を着ていましたし、おかしさに気づかれない。

    みなさんの周りにも、普通に仕事をして、オシャレな服で見た目が小綺麗でも、そういう人は確実にいるはずです。そもそも“普通”って何? って感じでもありますが……。

    「毒親」だけど…嫌いになりきれない

    ーーいわゆる「毒親」ものでもあると思いますが、「ママ」が100%悪人、モンスターではなく、どこか哀しい存在のように描かれているのが印象的でした。

    そうなんですよねぇ……。めちゃくちゃ嫌いで本気で憎かったら、もっと早く切り捨てて家を出られていたと思うんですよ。

    子どもを愛していないわけではないし、彼女自身にもそうなってしまった理由があるだろうし。

    情に訴えてこられると心は揺れる。好きなところもあるし、重ねてきた時間もある。そこが親子の辛いところですよね。完全に割り切れない。

    田房永子さん(『母がしんどい』などの著作を持つマンガ家。母との関係をテーマにした作品が多い)の著作を読んでも、ひどいことを言ってきた母親が情に訴えてきた時に、母娘が2人で感動してワンワン泣いていたりしますし、その気持ちはすっごくわかるんですよね。

    『汚部屋そだちの東大生』(ハミ山クリニカ/ぶんか社)

    私も大人になって勉強したりカウンセリングに通ったりして知りましたが、子どもを支配しようとする親のパターンって、すごく似ているみたいです。

    この作品も含めて今「毒親」をテーマにした書籍やマンガはいろいろ出ていますが、「これって自分が悪いんじゃなくて、パターンなんだ」って気づく人が増えたらすごくいいことだと思います。

    自分もどうしても「私のことを思ってやってくれているのに、嫌な気持ちになる自分がおかしいのかな? 愛や感謝が足りないのかな?」と罪悪感を持っていましたけど、そうじゃない、私は悪くない、と気づけたのは大きかったです。

    「せっかくママが手伝ってあげるのに」

    ーー特に思い入れのあるエピソードはありますか。

    大学の先生に台湾への研修旅行のメンバーに選ばれたけれど、「ダメに決まってるでしょ」と当然行かせてもらえない、という下りですかね。

    『汚部屋そだちの東大生』(ハミ山クリニカ/ぶんか社)

    「たった数日だし行けばいいじゃん」と簡単に周りは言うんですけど、当時の私には、母の言いつけに逆らって行くという発想はまったくありませんでした。

    なぜかというと、そこまで成長する過程で「自分の意思で何かを決める」経験を与えられてこなかったからです。

    描いた絵を勝手に手直しされたり、好みじゃない服を頼んでもないのに買ってこられたり、自尊心や可能性の芽が毎日少しずつ摘まれていく。

    進学先や就職先に反対されるとか、そういう大きな部分の束縛じゃなく、もっと手前のレベルで「私にはできない」と思わせられるんです。

    『汚部屋そだちの東大生』(ハミ山クリニカ/ぶんか社)

    ーー「自分で選んで決める」ことも経験の積み重ねですもんね。

    そうなんです。気づいたら、自分では何も決められなくなっている。能力的には判断できても、最初から考えないようにブロックされているんですよね。

    その無気力感はおそらく周りからはわかりにくいと思うので、今回描けてよかったなと思いました。

    就職してからも同じようなことがありました。「初任給、何に使う?」みたいな話で同期が盛り上がっていて「え、みんなほしいものとかあるんだ…」ってびっくりして。

    「ほしいものって自分で決めていいんだ」「あれば買えるんだ、自分の意志で」というのが当時の自分には衝撃でした。

    そもそも、通帳も口座も親に管理されていたので「自由なお金」なんて発想がなかった、というのもあるんですが。

    正直今でも、自分で自分の欲しいものを考えたり、使い道を決めてお金を使うことはとても苦手です。経験値が足りなくて。家を出たからと言って全てが解決するわけではないんですよね……。

    『汚部屋そだちの東大生』(ハミ山クリニカ/ぶんか社)

    家庭の事情は外からじゃわからない

    ーー私はLINEマンガで連載を追いかけていたのですが、毎回コメント欄も熱くて目が離せませんでした。若い読者も多く「今こういう状況です」と悩みを吐露する人も「私はこうしました」とアドバイスする人もいて、他人事じゃないと感じる人がこんなにいるんだなと。

    「いやいや、我が家より全然大変じゃん!」という人もいましたよね。

    私の経験から少しでも希望のようなものを与えられていたらいいなと思いつつ、自分の場合は幸運にも就職して自活できましたが、状況によってはそれが難しいこともありますもんね……。

    過去の自分と同じような境遇の方からアドバイスを求められることも時たまあるのですが、一概には言えないのが正直なところです。

    あとは、当事者の方ではないんですけど、「会社宛に女性社員の親から突然電話が来たが、このマンガを読んでいたので『何かちょっと変だな』と思って本人に取り次ぐのはやめました」なんて声もありました。

    ーー立ち止まってくれてよかった…! どこかで誰かが救われたかもしれないですね。

    本当にそうですよね。誰しも外からではわからない、いろんな家庭の事情があるわけで。

    毒親なんて縁のない、「自分は“普通”の家庭に育った」と思っている人こそ、その「かもしれない」に思いが至ってくれたらいいなと思います。

    ーーこういう人に届くといいな、というのはありますか。

    今まさに汚部屋で暮らして戦っている渦中の人は紙の単行本は買えないかもですよね。あまりにもよくわかりますが、買ったものがどんどん「ゴミの層」というブラックホールに吸い込まれていくから……(笑)

    当事者の方はもちろんですが、「ゴミ屋敷? ありえない! 理解できない!」と別世界に感じる人にこそ読んでほしいです。全然別世界ではなく、意外に身近だということが伝われば。

    あなたが「もしかしたら、自分の回りにもそういう人がいるのかも」「みんながみんな家族仲がいいって前提で会話するのはよくないかも」という想像力を持ってくれることで、職場や学校でちょっと安心する人が絶対にいると思います。

    単行本は全1巻。電子版は1〜2巻の分冊でKindleなど各種サイトで配信中。

    ぶんか社