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聖火リレー採火式は「男子禁制」で性差別?SNSで拡散するも不正確 “都市伝説”を検証

ギリシャ・オリンピアで行われる聖火リレーの採火式は「男子禁制」「巫女は処女のみ」で性差別なイベントーーそんな情報が拡散しているが、複数の点から事実と異なる。ネット上の“都市伝説”を検証した。

「オリンピックの採火式は男子禁制。性差別的では?」

古代オリンピック発祥の地であるギリシャ・オリンピアで行われる採火式をめぐり、こんな趣旨のツイートが複数拡散している。

だが、これは不正確だ。BuzzFeed Newsはファクトチェックを実施した。

採火式も「性差別」?

発端は、4月6日に愛知県内で実施される東京オリンピックの聖火リレーで、一部「女人禁制」の区間があったというニュース

伝統的に「女人禁制」とされてきた地元の祭に使われる舟に乗るため、聖火ランナーだけでなく、地元住民や大会関係者、報道陣も男性限定とされていた。「男女平等をうたうオリンピックの理念に反する」などの批判を受けて変更された。

この批判に対し、Twitterを中心に「そもそも採火式も男女平等ではないじゃないか」という揶揄を込めて拡散されたのが冒頭の情報だった。

例えばこんなツイートだ。最も反響が大きいものは、4800いいね、2400RTされている。

〈聖火リレーに、愛知県伝統の女人禁制の舟が相応しくないって文句言ってる人は、その聖火リレーの火を作るギリシャの採火式にも文句言いましょうね〜。
男子禁制な上に処女限定。めちゃくちゃ差別的ですね〜。〉

〈舟の「女人禁制」を五輪憲章に違反している!と憤慨しながら、女性しか参加できない聖火採火式には何も言わないみなさん!〉

〈女神ヘラの神殿跡地にて炉の女神ヘスティアの巫女(女性、処女限定)が行う採火式は男子禁制。女性だけの場で、太陽光を集めて聖火を着火する儀式。カメラマンとかで男性が入るかもしれないから、報道されるのもリハーサル時のものと決められてる。そこに触れないで主張する男女平等はどうなの?〉

主な論点には以下の3点がある。

  1. 現代オリンピックの採火式は「男子禁制」である
  2. メディア向けに公開されている式典はあくまでリハーサルで、本番は非公開(報道されている写真はリハーサル時のものなので、そこに男性がいても不自然ではない)
  3. 炉の女神ヘスティアの巫女に扮する女優たちは、現代においても「処女限定」


この指摘は正確なのか? 2020年3月の東京オリンピック採火式で古代ギリシャ語の同時通訳を務め、『古代ギリシャのリアル』などの著書を持つ研究家、藤村シシンさんに聞いた。

採火式の生中継が日本の地上波では初めてだったらしいので、「古代ギリシャ語→日本語の同時通訳」は次の次に日本でオリンピックがある時までないかもしれません……笑。50年後くらいかな……。まじで一生に一度の仕事で光栄でした。 https://t.co/3G2IKeon2Q

Twitter: @s_i_s_i_n

採火式は男子禁制なのか?

「結論から言うと、採火式には男性の出演者や出席者もたくさんいます」

「採火式を行っているヘラ神殿の前は狭く、出席者は少し離れた広い競技場の方で待機しているため、画面上では巫女役の人しかいないように錯覚しているのではないでしょうか?

実際にYouTubeにアップされている採火式の公式動画を見ると、まず冒頭でトーマス・バッハ氏をはじめとする男性陣が連れ立って登場し、挨拶している(9分頃)。客席にも多数の男性が出席しているのが見てとれる。

藤村さんの指摘通り、巫女の扮装に身を包んだ女性たちの写真で報じられることの多いセレモニーにも、古代ギリシャ風の衣装に身を包んだ男性パフォーマーの姿が確認できる(1時間2分頃)。

YouTubeでこの動画を見る

youtube.com

YouTubeアカウント「Tokyo2020」での公式動画

そもそも、聖火リレー自体が20世紀になって生まれたものだ。ナチス統治下の1936年ベルリン大会で、あくまでパフォーマンスとして始まった。

古代ギリシャ風の演出でなされてはいるが、実は古代オリンピックの時代にこの式典は存在せず、「伝統的な神事」とみなすのは難しい。

ちなみに、映像では、巫女から聖火を受け取った女性が第一走者として走り出すところまで収められているが、女性が第一走者を務めるのは、近代オリンピックの歴史上今回が初めてだ。

「ようやくオリンピックが男女平等に近づいてきた、という状態です」(藤村さん)

メディア向けに公開されている式典はあくまでリハーサル?

この点も認識が不正確だ。本番が一切公開されていないわけではなく、上記で紹介した公式動画は「本番」の式典のもの。

ただ、本番は代表取材のみで、メディア各社の取材は許されていない。世界中の報道陣は前日のリハーサルを取材することになっている。

「この取材の制限が、伝言ゲームで『本番そのものが非公開』だと勘違いされていったのでは」

「私は生放送で同時通訳をしていましたが、NHKさんでは本番も生中継されていました。そうでなければ、『同時通訳』が必要なくなってしまいます」

「オリンピック採火式はリハーサルが放送されていて、本番は非公開」という都市伝説もあるのか。そうだったら、私がハラハラしながら同時通訳したり、予定の時間から儀式の進行がズレてしまい、同時翻訳部分の頭が地上波で切れてしまうこともなかっただろうに……😂

Twitter: @s_i_s_i_n

生放送だからこそミスもある。過去には不審者の乱入騒ぎもあった

なお、2020年の採火式では、新型コロナウイルスの影響によりリハーサルも観客や報道陣を入れず、非公開で行われた。

本番も無観客で開催し、式典の参加者も通常の10分の1に減らされている。

巫女役は処女限定?

こちらも不正確。ギリシャ大使館に尋ねると「現地の正確な情報はすぐには答えられないが」と前置きしつつ、以下のように見解を答えてくれた。

「採火式の映像は何度も見ていますが、30〜40代以上と思われる女性たちも多く映っています。彼女たち全員が処女である、そういう条件で集められている、というのは無理があるのでは

BuzzFeed Newsが調べた限りでも、例えば2018年平昌冬季五輪に向け2017年に行われた採火式で重要な役どころで登場したKaterina Lechouさんは、ギリシャ国内で活躍する女優で1967年生まれ。式当時は50歳で、2014年に結婚も公表している。

「現代でも巫女役は処女」というのは不正確だが、藤村さんは「古代ギリシャの巫女は処女だったか?」という問いだとしても3点誤認がありそうだと加えて指摘する。

第1に、古代ギリシャにおいて「ヘスティアに仕える巫女」は処女だったか? という点。

「これは時代、場所によるとしか言えません。確かに家の台所や都市の炉は古代では女性と結び付けられており、特に家庭では乙女が炉を囲うのが義務だったと考えられています」

「よって、処女(未婚の乙女)との結びつきは強いですが、神職の場合は男性の場合もあります」

第2に、処女限定というのは古代ローマにおける「ウェスタの巫女」のイメージでは? という点。

「ウェスタは、古代ローマでヘスティアと同一視された女神です。ウェスタに使える巫女は、国家の聖なる火を守って30年間の貞節を守るものであり、火を消したり姦通すると、鞭打ちになったり、生き埋めになったりするとされています。古代ギリシャと古代ローマが混同されている可能性もありそうです

英語版Wikipediaのオリンピック聖火の項目には「Eleven women, representing the Vestal Virgins(11人の女性が「ウェスタの巫女」に扮する)」という記述があるが、藤村さんはこう疑問を呈する。

「日本語版では『ウェスタの巫女』を『ヘスティアの巫女』と訳しているのだと思いますが、2つは違うものなのでこの訳は紛らわしいですね」

第3に、古代オリンピックにおいて出席していた巫女は、ヘスティアの巫女ではなくデテメルの巫女である点。

「オリンピックに同席していると明確に記されているのは、オリュンピア近くのカミュネーのデメテルに仕える巫女です(パウサニアス『ギリシア案内記』6,30,9.)」

「このデメテルの巫女も処女である可能性が高くはありますが、少なくともヘスティアの巫女ではありません」

Wikipedia日本版の記述が参照された?

上記の“都市伝説”はSNSに限らずさまざまな媒体で見られるが、Wikipedia日本版における「オリンピック聖火」の記述による影響が大きいようだ(現在は下線部が削除されている

炉の女神ヘスティアーを祀る11人の(女優が演じる)巫女(処女であることが前提)がトーチをかざすことで火をつけている。

なお、テレビなどで見られる採火の場面はマスコミ向けの公開リハーサルであって本番ではない。本番の儀式は男子禁制で非公開とされている。

また、最も拡散しているツイート内で参照されている記事は、東洋経済オンライン掲載の「意外と知らない『オリンピック聖火』の長い歴史」だが、藤村さんは「事実誤認が多い」と指摘する。

実際の採火式は非公開で女性のみで行われるそうで、巫女の服装をした女優たちによって凹面鏡で太陽光が集められ、トーチに採火する。

メディアに公開されるのは前日のリハーサルで、そのとき採火した火は、本番で天気が悪くうまく採火できなかったときに聖火として使われるという。

BuzzFeed Newsが東洋経済新報社に「専門家から以下のような指摘があるが、認識しているか」「記事修正の予定はあるか」の2点を尋ねたところ、以下のような返事を得た。

「本記事は2020年2月11日時点において約1カ月後の2020年3月12日に予定されていた採火式について、当時の取材でわかっていた情報をもとに書いたものです」

BuzzFeed JapanはNPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)のメディアパートナーとして、2019年7月からそのガイドラインに基づき、対象言説のレーティング(以下の通り)を実施しています。

ファクトチェック記事には、以下のレーティングを必ず記載します。ガイドラインはこちらからご覧ください。

また、これまでBuzzFeed Japanが実施したファクトチェックや、関連記事はこちらからご覧ください。

  • 正確 事実の誤りはなく、重要な要素が欠けていない。
  • ほぼ正確 一部は不正確だが、主要な部分・根幹に誤りはない。
  • ミスリード 一見事実と異なることは言っていないが、釣り見出しや重要な事実の欠落などにより、誤解の余地が大きい。
  • 不正確 正確な部分と不正確な部分が混じっていて、全体として正確性が欠如している。
  • 根拠不明 誤りと証明できないが、証拠・根拠がないか非常に乏しい。
  • 誤り 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがある。
  • 虚偽 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがあり、事実でないと知りながら伝えた疑いが濃厚である。
  • 判定留保 真偽を証明することが困難。誤りの可能性が強くはないが、否定もできない。
  • 検証対象外 意見や主観的な認識・評価に関することであり、真偽を証明・解明できる事柄ではない。