• covid19jp badge
  • stayhomejp badge

「虚無僧みたい」「現代アート」これが新型コロナ時代の演奏会…!ある音楽家の挑戦

お遍路笠&フェイスシールド、かっこいい……。

外出自粛の今、おうちで「古楽」の生演奏を楽しんでみませんか?ある演奏家が「デリバリー古楽」というサービスをスタートしました。笠をかぶったインパクトあるスタイルがすごい……!

古楽とは、クラシック音楽のジャンルのひとつで、「昔の西洋音楽(主に1800年頃より前)を当時の楽器と当時の演奏法で演奏すること」。上の写真では「昔のフルート」を演奏しています。

始めたのは、フルート、そしてその前身とされる古楽器「フラウト・トラヴェルソ」の演奏家の柴田俊幸さん。

笠と専用フェイスシールド着用で演奏、十分な距離を取りしっかり換気する、お互い極力おしゃべりをしない――など感染防止対策を厳重にした上で、一般家庭に訪問し、古楽器を目の前で演奏する「デリバリー古楽」。香川県内を対象に、15分2000円で“注文”を受け付けています。

このアイデアが生まれた経緯は? 実現にあたって工夫した点は? 柴田さんに聞きました。

「デリバリー古楽」というサービスを始めます。 古楽器奏者の柴田が、ご自宅にうかがい、1対1の演奏会を開きます。エリアは香川県内。料金は15分2000円をいただきます。※コロナ感染防止のガイドラインあり。 どうぞよろしくお願いいたします。 詳細はnoteで。 https://t.co/YsVMzcUW3h

ベルギーに帰国できなくなり…

普段はベルギーを拠点に、演奏家や研究員として活動する柴田さん。

芸術監督を務める「せとうち国際古楽祭」(4月開催予定だったが中止)のため、故郷の香川県に一時帰国していました。

世界的に感染が拡大し、ベルギーへの帰国も難しくなるなか、ステージ上の「密」と観客席での「密」、2つの「密」を回避した「演奏会」の可能性を模索し、このスタイルにたどり着いたと言います。

――いつ頃からこのアイデアを考え始めたのでしょうか?

通常時のような演奏会が難しくなってから、周囲の音楽家たちはデジタルな方法、例えば多重録音やライブストリーミングに挑戦していたのですが、古楽器の持っている「あたたかく角がない、やわらかい音」がデジタル、少なくとも僕のマイクでは伝わらなくて。やっぱりアコースティックを大切にしたいなと思ったんです。

国内コンサートホールのプロデューサーさんたちとも、コロナ時代の演奏会について議論していました。ステージ上の「密」と観客席での「密」、この2つの「密」をどう回避するかが最大の課題とわかってきました。

であれば、演奏者と観客を1対1にして、演奏時間も短くする。どちらかが体調が悪ければ開催しない。

そんな風にきちんとルールを作れば、極力リスクをゼロに近づけて「演奏会」ができるのではないかと5月に入ってから考え始めました。

香川は、東京に比べて感染者数も少なく、一軒家も多いです。ホールのような大空間を想定して設計された現代の楽器と比べて、古楽器であれば音もそこまで大きくないので、近所迷惑にもなりにくい。これならやれるかもしれないと思いました。

――丁寧な感染防止ガイドラインが設けられていますが、何か参考にしたものはありますか?

ミュンヘン防衛大学の論文や、ドイツのオーケストラが専門家とともに今後の対策を提案した声明などを読み、安全な演奏のためにすべきことをリサーチしました。

フルートは吹いた息の半分以上が楽器の管に入らず外、特に前方に流れてしまいます。その分、ほかの楽器より感染のリスクがあります。

予想はしていましたが、これらに配慮した専用のフェイスシールドを作らなければならないと思いました。

お遍路笠は「香川らしくていいかな」

――お遍路用の笠とフェイスシールドの組み合わせが斬新でした。この演奏スタイルに行き着くまでを教えてください。

お遍路笠を使ったフルート奏者用フェイスシールドフェイスシールドはこちら。モデルは考案の舞台美術作家カミイケタクヤさんです。

最初に自分で作ったプロトタイプは、クリアファイルをくり抜いて作ったものでした。あまりに不格好で大不評でした。

これは「センスのある物づくりする人」にお願いしよう、と思い、高松市にアトリエをもつ美術作家のカミイケタクヤさんにお声掛けしました。突然お願いしたカミイケさんには、多分ものすごく迷惑をかけたと思います(笑)。

フェイスシールドに楽器を通すバージョンも考えてみました。一緒に研究してくれる施設を絶賛募集中です。 #フルート奏者用フェイスシールド

クリアファイルで作ったプロトタイプ

気をつけたのは2点。研究の報告を踏まえて科学的に正しいものを作ること。そして、フェイスシールドを「無機質なもの」にしないこと

お遍路用の笠は、フルートの歌口からビニールカーテンまでの距離を20センチにするために使っています。普通のキャップではツバの長さが足りなかったので。

香川には、お遍路さんの文化があるのでホームセンターでふつうに笠が売っているんです。

実は最初は笠を使うのはちょっと反対していたのですが……。よく考えたら香川らしくていいと思いましたし、僕は美術は専門ではないので、カミイケさんに任せようと思いました。

実際に装着してみたら、相当インパクトがあるビジュアルになりましたね。「虚無僧みたい」とか「コンテンポラリーアート」と感想をもらえてカミイケさんさすが! と思いました。僕以外からも、フェイスシールド制作の依頼が入ったそうです。

赤ちゃんも泣き止む生演奏

――5月15日にサービスを開始。どんな方からの注文が多いですか?

1人でオーダーされる方、ご家族、特に小さいお子さんと一緒に音楽を聴きたいお母さんなど、半分半分です。

問い合わせ自体は20件ほどいただいていますが、約4割は県外から。「県外移動自粛が終わったらぜひきてほしい」という方も多数いらっしゃいます。

状況をみながら、ガイドラインや料金設定を見直し、ゆくゆくは他県でもデリバリー古楽を広げていきたいと考えています。

――実際に演奏したあと、お客様にいただいた感想などあれば教えて下さい。

「柔らかい音色が良かった」「フェイスシールドがアートだった」「古楽器だったからうるさくもなく優しい音」「至近距離だから臨場感があって、飽きずに聴けた」……などと言っていただきました。

ちょっと不機嫌だった赤ちゃんが、少しのあいだ泣き止んでくれたのはうれしかったです。

「経済的だけでなく精神的につらいです」

――まだまだしばらくは演奏会やコンサートが難しい状況が続くと思います。音楽家として、今どんな思いですか?

本来、3月下旬から4月上旬は「受難節」という古楽器奏者にとって一年で一番忙しい時期でした。参加を予定していたヨーロッパでのコンサートが全て吹っ飛んだのが、経済的だけでなく精神的につらいです。

我々古楽器奏者はほぼ全員がフリーランサー。この時期はヨーロッパ中のいろいろな楽団に呼ばれて、再会を分かち合ったり、初めて会って意気投合したりする季節です。

演奏家たちと、オーディエンスと、一番繋がることができるこんな時に、コロナでコンサートが全てキャンセルというのは本当につらかったですし、いまだに引きずって皆生きています。

音楽家にとって必要不可欠な3つのコンタクトがあります。それは肉体的、感情的、そして音楽的なものです。

僕らは全てを奪い取られました。それを取り戻すための第一歩として、このデリバリー古楽で、シールド越しではありますが、3つのコンタクトが感じられるといいなと思います。

芸術は不要不急だ、という人もいますが、違うと思います。芸術は、生活を豊かにするために必須のものです。

芸術は生活の中に隠れています。音楽、絵画、映画、演劇やダンス、文学やデザインもそうです。芸術があるから生活が有機的になります。

芸術の火が消えないように、毎日一人のオーディエンスの心に芸術の火を灯し続けようと思っています。

みなさん、毎日知らず知らずのうちにイライラしてると思います。普段古楽どころかクラシック音楽を聴かない人も15分、生音の演奏に癒されてもらえたら最高です。みんなで「with コロナ」の生き方を考えましょう。