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今年の仕事は全部なくなった。コロナ直撃を受けるライブスタッフ、先が見えない苦悶の日々

「年内はなんとか生きていけそう。その先は…」「廃業、誰しも少なからず頭にはよぎっていると思う」

新型コロナウイルスの影響をいち早く受け、今も再開の見通しが立たないライブイベント業界。

多くの人が密集し、歌や歓声で飛沫が飛ぶ可能性が高いライブイベントは感染リスクが高い場とされている。2月末に政府が出した「自粛要請」から5カ月近く経つ今も、大規模なライブやコンサートはできない状況が続く。

無観客ライブをオンラインで配信するアーティストも増えているが、現状はあくまで応急処置。

リアルなライブを作り上げてきた膨大な数の裏方スタッフたちは、仕事を失い、窮地に立たされている。

「年内の仕事はすべてなくなり、来年もどうなるか……。今はなんとか貯金や給付金でしのいでいますが、いつまでこの生活が続けられるのか、正直わかりません」

「電飾」の職人として働く山下さん(54、仮名)もその一人。

人気アーティストの全国ツアーのライブセット、野外イベントのイルミネーションなどを手掛けてきた、この道30年のベテランだ。

“無職”になって考えたこと、増えつつある「無観客ライブ」への複雑な気持ち、目先の危機のさらにその先にある不安。今の率直な思いを聞いた。

今年の仕事が全部なくなった

山下さんの仕事は、ライブステージやクリスマスの街中を小さな電球で彩る「電飾」。仕事の約9割がコンサートやライブ関連だ。

フリーランスの彼の場合、ツアーごと、イベントごとに声をかけられてチームに加わり、企画から携わる。

2020年は、1年かけてある人気アーティストの大規模全国ツアーに帯同する予定だったが、すべて中止になった。今、新たな仕事の予定はない。

受難が始まったのは2月末だった。

26日、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府がライブやイベント事業者に対し、「中止、延期又は規模縮小などの対応」を要請

同日予定されていた東京ドームでのPerfumeの公演が、開演数時間前に急遽中止になるなど、全国で対応に追われた。

あくまで「自粛要請」ではあったが、大型イベントは実質的に実施できなくなった。3月22日にさいたまスーパーアリーナで開催された格闘技イベントが激しいバッシングにあったことを覚えている人も多いだろう。

「ちょっと休んでまた会おう」だったのに

山下さんは「自粛」が始まった2月26日、都内の会場で、翌日に控えたライブの設営をしていた。仕込みの最中に「明日、中止になりました」と聞かされた。

「『ついにきたか』とがっくりはしましたが、予想はしていたのでそこまでショックではなかったですね。じわじわ増えていく感染者数を見て、楽屋で『そろそろヤバいかもね』なんて話をしていた覚えがあります」

「周りも『いい機会だから散らかった倉庫の整理でもするか〜』なんて、わりと気楽な空気でしたよ。ちょっと休んでまた会おう、って軽い感じでした。まさかここまで長引くなんて誰も思っていなかったから

少し経ったら落ち着くだろう、また振替公演で――。そう言って別れたが、予想は裏切られ、状況は日に日に悪くなっていく。

初期に発生したクラスターがライブハウスだったこともあり、音楽業界への風当たりは強かった。

山下さんのもとにも、次々に中止の連絡がきた。スケジュールはどんどん白紙になっていく。

「業界を名指しで言及されることが多かったですが、そこに怒りや苛立ちは感じなかったです。クラスターが発生したことも、“3密”になりやすい環境であることも事実だと思いますし、感染リスクが高い場所とみなされるのは仕方がない」

「だからこそ、諦めや無力感が強かったですね。何もできない、じっと待つしかない……」

ニュースもSNSも、見られなくなった

一番気持ちが落ち込んでいたのは4月の緊急事態宣言の頃だったと言うが、初夏を迎えた今も毎日気持ちが揺れ動く。

また輝くステージを作りたい。顔なじみのチームと一緒に頑張りたい。

でもそれはいつになるのか。それまで生活が成り立つか。気持ちが折れずにいられるか。万が一、関わったライブで何かあったらどんな批判にさらされるのか。

見通しがつかない状況が何よりも堪える。

持続化給付金で得た100万円と、懇意にしている会社が毎月「家賃と光熱費がまかなえる程度」の額を支給してくれていることで「年内は生きていくだけならなんとかなりそう」だと言う。だが、その先はわからない。

当初は新型コロナに関する情報を熱心に追いかけていたが、最近はSNSやニュースを見なくなった。

「明るい話題が何もないから」「何見ても落ち込んじゃうからさ」

「仲間たちに連絡してみても『最近何してる?』『何もしてなーい』って、みんな同じ(笑)。まだ廃業した人までは聞かないですが、誰しも少なからず頭にはよぎっていると思う

「じっとしているといろいろ考えちゃうので……。ゲームを通してネットで知り合った友人たちと、ボイスチャットしてましたね。仕事と関係ない雑談をできたのが精神的にかなり助かりました」

何カ月も仕事がないと、どんどん卑屈になってくるんです。自分は誰にも必要とされてないんじゃないかって。社会に居場所がない感覚になる。この孤独感が一番辛いね」

世代がまるごと消えてしまうかもしれない

山下さんをはじめ、ライブを支える裏方のスタッフはフリーランスやアルバイトの人も多い。

堂々と公演が再開できる日が来たとしても、どれだけの人と再会できるのか。特に若い世代の行方は心配だと言う。

「例えば、地方のアリーナで公演する時には、現地でたくさんのアルバイトを集めて設営します。コンサート自体が数カ月、1年と開催されなくなった時、彼らはきっと他の仕事を始めるでしょう。いざ再開した時、戻ってきてくれる保証はないですよね」

「マンパワーを確保できるのかという意味でもそうですし、アルバイトをきっかけに業界に入っていた人もいたかもしれない。気づいた時には次の世代が誰も育ってない、焼け野原、ということは十分ありえる」

「自分はもう30年もやっているし、今さら他にやりたいことも思いつかない。すぐにやめようとは思いませんが、若かったらもう諦めているかもしれませんね。貯金もないだろうし、違う世界でやり直すなら早い方がいいし。仮に若い人に今後について相談された時、『今は辛いだろうがどうにか踏ん張ろう』とは……俺は到底言えないな

「次の現場――それがいつになるかわからないけど――不安だなあ。集まるのは俺含めじじいばっかりかもしれないね。今目の前の危機をしのげても、影響は何年も続くのかもしれない

無観客ライブへの複雑な気持ち

現実にライブができない中で、オンラインでの方法を模索するアーティストも増えている。

6月25日にサザンオールスターズが実施した無観客ライブは、3600円の有料チケットながら、総視聴者数50万人を超える大成功となった。

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横浜アリーナという1万5000人規模の会場で、本当のライブのような派手な演出を施したこのライブは、スタッフの雇用も生んでいると話題を呼んだ。

しかし、山下さんは「新しい可能性はあると思うし、スタッフとしても短期的に見たらありがたいけれど、これが当たり前になっていくのも怖い」と葛藤を話す。

「これまで50万人にライブを届けるためには、各地方に何カ月もかけてツアーする必要があった。それが1回で済んでしまうなら、必要な人件費がまったく変わってきますよね。設営やリハーサルを足してもせいぜい3〜4日の経費で、これまでの数カ月分の売上に匹敵するかもしれない

興行側としたら単純にコスト削減でしょう。ビジネス的にそっちの方が“おいしい”方法になる可能性がある。そうなった時、自分たちスタッフは単純に収入的に成り立たない」

「今までなかなかライブに足を運べなかった人が自宅で楽しめる、気軽に見られるのはすごくいいことだと思う。けど、俺はこれを『コンサート』だと言いたくない。今までのコンサートとは別の文化に感じる

1万人の目を輝かせる満天の星

山下さんが電飾の仕事を始めたのは19歳の時。高校卒業後に入った電気系の会社にしっくり来ず、バイト情報誌で出会った「電飾」という見慣れない言葉に惹かれてアルバイトとして入社した。

初日の現場は、あるバンドの解散コンサートだった。満員の観客が合唱しているのを見て「こんな幸せな空間を作れるんだ」「1万人を笑顔にできるんだ」と感動した。

「電飾にもいろいろあるんだけど、俺は『星球』(ほしきゅう)ってのが一番好きでね。小さいライトをたくさん使って、満天の星を作るの。すごくきれいなんだよ」

「パッと光がつくと、会場いっぱいに集まったお客さんが一斉に息を呑んで、わ〜〜!! って目を輝かせてくれる。その瞬間が本当に大好きで」

「手元にあるスイッチを入れると、何千人、何万人ものお客さんを幸せにできる。それってすごい仕事だと思いません? 鳥肌立つよ」

「今じゃもうお客さんも目が肥えてしまって、なかなか沸いてくれないけどね。でもそのハードルを超えたくていつも頭をひねっているんだよね。もっと驚かせたいし、もっと喜ばせたい。ちょっとした演出を作る時にもさ、みんなの喜ぶ顔を思い浮かべて、ああでもないこうでもないってスタッフみんなでアイデアを出し合うんだよ」

「俺が古い人間なのかもしれないけどさ、そういう風にお客さんの反応をダイレクトに感じられるのが、ライブを作る側の面白さだと思っているから。どれだけ画面の上で巨大な数字がカウントされても、そこにやりがいを見いだせるのか、自分にはわからないや」

「またライブが見たい、と声をあげてほしい」

6月半ばに緊急事態宣言が明けてから経済活動は少しずつ戻り始めたが、7月に入って東京都の感染者数は連日200人を超え、再び感染拡大の兆しを見せている。

少し手を緩めると、一気に戻ってくる厄介な感染症。状況は一進一退だ。

クラシックコンサートや演劇に比べ、演者、観客双方の飛沫が飛ぶ可能性が高い音楽ライブの再開のめどはなかなか見えない。

「今の政治を見ていると、ライブに行きたい、ライブが必要だ、と望んでいる政治家ってまぁほとんどいないと思うんですよね。優先順位はかなり低い。そしてそれは、ある意味当然だとも思うんです。ライブって、余裕がないと楽しめるものじゃないから

「なので、まず音楽業界を助けてほしい! とは思っていません。自分なんて身一つですから、とりあえず生きていこうと思えばなんとかなる。それこそバイトで食いつなぐとかもできるし。家賃や維持費がかかる、飲食業や観光業の方がきっと大変なんじゃないかな。まずは一番しんどい人たちをちゃんと助けてほしい」

「その上で、音楽ファンにお願いできるとしたら。他力本願ですが、一人ひとりがライブをまた見たい、あの空間がほしいんだ、と声を上げてほしい。SNSから世論を作ってほしい。それこそ政治に届くように」

「もしこれで世間が『ネットで十分じゃん』ってなったら、そうか仕方ないな、と気持ちの糸が切れてしまう気がするんです。……というか、今すでにちょっと諦めかけているところもある

正直、自分たちの仕事が必要とされているのか、その自信が今なくて。待っていてくれている人がいると思いたいです。もう少し、頑張るために」