9月29日公開の映画「ドリーム」。1960年代、米国の宇宙開発を支えた女性たちを描いたこの作品、6月に邦題が変更になったことで話題を呼びました。
当初の邦題は「ドリーム 私たちのアポロ計画」。後半のサブタイトル「私たちのアポロ計画」が削除されました。
変更の理由は、映画で中心に描かれているのが月面着陸に成功した「アポロ計画」ではなく、人類初の有人宇宙飛行を目指す「マーキュリー計画」だから。
事実をベースにした物語でありながら「内容とタイトルに齟齬があるのは問題では?」とネット上で批判の声が集まっていました。
邦題が変更になった経緯は? そもそもこのタイトルはどのように決まったのでしょうか?
BuzzFeed Newsは、本作を配給する20世紀フォックス映画の平山義成さんに話を聞きました。
「勇み足だったことは認めざるをえない」
今回の変更の原動力になったのは、やはり映画ファンの声。
ネットで声が広がり、BuzzFeed Japanをはじめ複数のメディアも取り上げたことで変更という判断に至りました。
平山さんは「アポロ計画」という言葉を用いた理由を「宇宙開発の物語であることをわかりやすく伝えるため」としつつ、「みなさんからのご指摘も十分理解できる、勇み足だったことは認めざるをえない」と率直に話します。
「内容が想像しやすくなれば、としたサブタイトルだったが、『事実と異なる』ことにマイナスイメージを持つ人がこれだけいるのであれば、それはこちらの本意と異なる。作品を広く伝える意味でも適切でもないと判断した」
Twitterを通じて監督に直接問い合わせたファンもいましたが、本国から要請があったわけでなく、あくまで国内での判断だったと言います。
今回のように邦題が変更になることは、前代未聞……ではなく「状況や理由にはさまざまなものがあるが、まったくないわけではない」そうです。
そもそも、邦題ってどう決まるの?
平山さんいわく、今回の「ドリーム」は「これまで担当してきた作品の中で最も悩んだもののひとつ」。
原題「Hidden Figures」は「隠された(人たち/数字)」のダブル・ミーニング。人類史に残るプロジェクトを支えた、知られざる黒人女性数学者の活躍を描くこの作品にぴったりです。
言葉として美しいものの、このまま日本でも通用するかというと難しい。日本では比較的馴染みの薄い分野やテーマをどう伝えるか、100種以上の候補から吟味していったそうです。
この葛藤には、公開に至る経緯も関係しています。
米国では「マーキュリー計画」は「アポロ計画」に並ぶ知名度で、劇中に登場する宇宙飛行士ジョン・グレンも国民的な英雄。ですが、日本では誰もが知る名前ではないのが現実です。
映画自体も、本国では「ラ・ラ・ランド」を超える大ヒットを記録していますが、その他多くの国ではそこまでのヒットにはなっていないのが現状です。
日本公開にあたっても当然「そもそも集客が見込めるのか」という点から議論があったと言います。
「興行的な懸念もわかりつつ、中身に自信があるからこそ、なんとしても日本でも公開したかった。入り口は狭いかもしれないが、誰もが共感できるメッセージがあり、観た後にポジティブな気持ちになれる素晴らしい作品」(平山さん)
そのままではターゲットが狭いであろう作品の射程をどう広げるか――邦題をつける意味はそこにあると平山さんは話します。
20世紀フォックス映画の場合、担当者だけでなく、社内で年齢・男女幅広く案を募り、意見を聞くスタイルをとっているそうです。
「ドリーム」に決まるまでも、何度も意見が割れ、過半数の支持を集める候補をなかなか出すことができなかったと振り返ります。
筆者個人の感想としては、正直「まず『ドリーム』なんてよくある言葉でいいの?」と思っていましたが、映画を観た後にはそれなりに納得しました。同時に、「アポロ計画」をうたうのはやっぱり誤解を生むな、とも思いました。
「社内で揉む段階ですらさまざまな意見があるので、みなさんがいろいろな思いを抱かれるのは当然。できるだけ“最大公約数”になればとは考えているが、常に難しさは感じている」(平山さん)
誰に向けて届ける? 広がる「情報量の差」
映画の邦題がファンのあいだで批判されるケースは、特にSNSで手軽に意見を表明できるようになったこの数年は少なくありません。
映画評論家の町山智浩さんも、BuzzFeed Newsの取材に対し「“変な邦題”が話題になりやすくなったのは間違いない」と話していました。
平山さんは、このような環境で邦題をつける難しさは「情報量の差が広がっていること」と話します。
「いち早く積極的に海外の情報を集める洋画ファンと、宣伝をきっかけに映画館に足を運ぶ人では、求める情報や切り口がまったく違う。それを包括していくのは極めて難しくなってるな、という印象」
情報感度が高い人々だけでは、映画ビジネスは成り立ちません。興味の輪を数千人から数十万人に広げるにはどうしたらよいか、最適解に悩み続けている……そう胸の内を話します。
「批判的な意味でなく、そういう時代であり、流れは加速していくと思う。公開前から作品を応援してくれているコアなファンの人たちを、インフルエンサーとして巻き込んでいくことがこれからさらに必要になっていくはず」
「“炎上目的”で邦題をつけていることは決してない。作品に真摯に向き合っているのは映画ファンの皆さんも私たちも同じ。これからも試行錯誤は続けていきたい」