• covid19jp badge

マスクで演奏するオーケストラ、予約必須の博物館。動き出した「新しい日常」

新型コロナの影響で長く休業していた多くの文化施設。「新しい日常」に対応した形で少しずつ再開し始めていますが、感染対策との両立は簡単ではありません。現場の奮闘をレポートします。

新型コロナの影響で、営業自粛や公演中止を余儀なくされた文化施設。“新しい日常”で再起を始めたオーケストラと博物館の奮闘を追った。

東京・墨田区を拠点に活動するオーケストラ「新日本フィルハーモニー交響楽団」(新日本フィル)は、7月2日の主催公演の開催を目指す。

6月9日にすみだトリフォニーホールの舞台上で、感染防止対策を取ったコンサートはどんな形になるか、試験演奏をおこなった。

指揮者と約70人の奏者がゴーグルとマスクを装着し、ビニールのついたてを設置。弦楽器は1.5メートル、管楽器は2メートルを目安に間隔を広げた。

感染症に詳しい医師のアドバイスを受けながら、やや軽めのものから厳重装備まで、3段階のスタイルで安全に演奏できるか検討した。

ウィーン・フィルも公演再開

6月5日にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が100人だけの観客を迎え、約3ヶ月ぶりに公演するなど世界各地で再開の動きが見られるクラシック界。

日本でも、京都フィルハーモニー室内合奏団が6月13日に公演を実施予定だ。

口元を覆うことができない管楽器の演奏で、飛沫がどれだけ飛ぶかを検証する実証実験なども各国のオーケストラで行われており、新日本フィルも参考にしたという。

YouTubeでこの動画を見る

youtube.com

演奏中のエアロゾルを科学者と測定するドイツのオーケストラ

「withコロナ」の時代の演奏会はどうあるべきか。さまざまなガイドラインやデータを参照しながら、手探りで進めていくしかない。

林豊専務理事は「本当に再開できるのか、まだ慎重になっている部分はあります」と迷いをのぞかせる。

「お客様に心から音楽を楽しんでいただくために、ストレスを最小限にするための環境づくりに細心の注意を払いたい」

ゴーグルが熱気でくもり、マスクで集中力が削がれ…

新日本フィルが最後の公演をおこなったのは2月28日。楽員たちにとっては、4ヶ月ぶりの演奏会となる。

「何とか今日で第一歩を踏み出せそうですが、この3ヶ月間は精神的にはキツかったです。演奏会再開の目処が立たない状態がこれ以上長く続くと、オーケストラ解散の可能性もあったので

ソロ・コンサートマスターの崔文洙さんは、先が見えず不安だった日々をこう話す。

かなり落ち込んでいました。若い優秀なプレイヤーの活動の場がないのが本当に辛かった」と振り返るのは首席ファゴットの河村幹子さん。

「今後どうオーケストラが活動していくか、コロナ後の社会にどうやって貢献していけるのか、今もずっと考えています」

感想を聞くと、マスクとゴーグルを着用しての演奏はプロにも難しかったようだ。

5月15日現在の 新日本フィルスタイルを 試してみました 演奏者はマスク、ゴーグル着用。 #コンサート #新日本フィル #感染予防 #ソーシャルディスタンス

5月15日時点で「ゴーグル、マスク着用」を含む暫定ガイドラインを発表していた。試験演奏を踏まえ、7月の演奏会はマスクのみの方向で検討している

「ゴーグルの中は時間が経つにつれて熱気で曇ってきます。アンサンブルをする上でアイコンタクトはとても重要なのですが、ゴーグルの曇り、弦楽器と管楽器を仕切るビニールシートで、ほとんど見えない状態でした。シルエットは何とか見えるのでそれを頼りに弾いていました」(ソロ・コンサートマスター 崔文洙さん)

「マスクやゴーグルなど、いつもと違う物が身体や顔に付いていると、なぜか五感――演奏においては特に目と耳ですが――が削がれる感じがして、集中という面で不安を感じました」(首席ティンパニ 川瀬達也さん)

慣れない距離感に苦戦

アイコンタクトや息遣いなど、繊細なコミュニケーションでひとつの音楽を作り上げていくオーケストラ。演奏者同士の距離が離れることも大きなハードルになりそうだ。

全体のバランス、細かなニュアンスや音色を創っていくことが今までより難しくなると感じました」(崔さん)

管楽器奏者はマスクもゴーグルも難しく、感染対策は距離をあけることしかできない。慣れていない聴こえ方なので、バランスもフレーズ感もわからず音楽に入り込める感じではありませんでした。今後は工夫して、奏者同士が安全にもっと近づけるように考えていきたい」(首席ファゴット 河村さん)

楽団広報によると、医師との検討の上、7月の演奏会はゴーグルなし、マスクのみ着用での開催を考えているという。

厳しい環境でも「全力で」

これまでと違う負担もあるが、久しぶりに集まって演奏できたこと、そしてまた多くの人に音楽を届けられることへの喜びも大きいと口をそろえる。

「新しい演奏環境に対応しながら、その中でも更なる高いレベルを目指して全力で演奏会に臨みたいと思います」(崔さん)

「久しぶりに仲間と会えて一緒にアンサンブルが出来た事はとても幸せでしたし、オーボエのAの音から始まるチューニングの瞬間は痺れました」(河村さん)

「久し振りですが、気負わないよう、いつも通り準備をして、今まで大事にして来たことを出せればと思っています。そして何より自分が、新日フィルの演奏を楽しみたいです。客席は普段より少ないですが、それでも出来る限りの人に聴いてもらえたら嬉しいなと心から思います」(川瀬さん)

予約制で再開 国立科学博物館

博物館や美術館など、展示型の文化施設も再開し始めている。

東京・上野の国立科学博物館は6月1日、いち早く再開した施設のひとつ。入館にはWebサイトから事前予約が必要で、20分ごとに50人まで(13日から70人までに増員)受け付けている。1日1500人程度が上限だ。

2月末から3ヶ月に渡り休館していた同館。5月初旬から「緊急事態宣言が解除されたら再開したい」と検討を開始した。

5月14日に日本博物館協会が発表した「博物館における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」に則り、具体的な対応を思案してきた。

記者が取材に赴いたのは6月7日(日)。再開して初の週末ということもあり、土日ともに事前予約はいっぱいになったという。来館者は子ども連れの家族が目立った。

通常のチケット売り場の手前、屋外2箇所に感染予防対策のチェックポイントを設置している。

予約を確認したのち、全員に検温。屋内のチケットカウンターに入る前にもう一度予約を確認し、手指の消毒を求める。

屋内の狭い場所に人が滞留しないよう、混雑時はここで人数を調整できるようにしている。

屋外で対応に当たるスタッフは、計10人以上。全員フェイスシールドとマスク装着だ。この日は晴天でかなり暑かったのもあり、長時間になると体力的に大変そうに感じた。

展示スペースでは、不特定多数の人が触るタッチパネルや、触って楽しめる化石などの展示はすべて休止に。

人が密集しやすいワークショップ、体験型展示のコーナーや、来場者間で機器を共有する音声ガイドも感染防止のため、休止している。小さな子どもが遊べる場所はやや少なくなっている。

制限はあるが、常設展示の多くはいつも通り。SNSでは「ゆっくり見られてよかった」「写真撮り放題」など好意的な反応も見られた。

記者が訪問したのは、日曜日のお昼時と普段なら混雑する時間だったが、人が密集して見にくいコーナーはほとんどなかった。

広報の土屋順子さんは「幸い、現状大きな混乱はない。マスク着用、距離を開けることなど、来館者の皆さんには積極的に協力してもらえている」と話す。

状況を見ながら少しずつ緩和していきたいとしつつ、来館者それぞれに検温、体調チェックを丁寧にするのはスタッフへの負担も大きい。「現状の人員でどこまで対応できるのか」と頭を悩ませる。

感染リスクとのバランス

感染防止のためにできることは徹底したい。しかし、丁寧にしようとすればするほどマンパワーが必要だ。

一方、受け入れられる人数は少なくなる。新日本フィルは客席を減らし、科学博物館も来館者を絞る。

現在は一時的な対応だが、これが日常になった時、例えばチケット代に跳ね返っていく可能性もある。

感染リスクを抑えつつ、より多くの人に音楽や文化を届けるためには――。

「withコロナ」の文化施設は、感染リスクと文化のあり方のバランスを模索し続けることになりそうだ。