宗教指導者を告訴:米国のイスラム教徒にも「#MeToo」運動の波

    テキサス州の若い女性が、イマーム(イスラム教指導者)の性的不品行を警察に届け出て、裁判を起こした。彼女を知る人々は、イスラム教徒による「#MeToo」運動の始まりとして、記念すべき瞬間だと述べる。

    2016年12月5日深夜テキサス州北東部の都市、グランドプレーリーにある「モーテル6」で、ある男性が、料金を前払いした部屋に18歳の女性を招いた。この男性は、テキサス州にある大きなモスクのひとつで、イマーム(イスラム教指導者)として尊敬されていた人物だった。

    2018年7月に、ジェーン・ドウ(本名を出したくない場合に用いる名前)という名前で起こした裁判で、女性は、自分はモーテルに行くことに合意したと語った。

    なぜなら、ジア・アル・ハク・シェイクというその男性は、女性が13歳の時からずっと彼女のカウンセリングをしていた、信頼できる指導者だったからだ。父の不在、母との不仲、学校でのいじめという10代にありがちな彼女の大きな悩みを、彼は詳しく知っていた。

    訴訟によると、カウンセラーというよりは、救済者あるいはスヴェンガーリ(ジョージ・デュ・モーリアの小説に登場する催眠術師)のようなこの男性は、ドウへの影響力を使い、ドウが自分に依存するようにしたという。

    彼はドウが車を購入するのを手伝い、授業料やノートパソコンを買う金を貸した。ドウが荒れた家庭でうまくやっていけるよう助けた。要するに、父親代わりとして介入したのだ。

    彼女はシェイクのことを、アラビア語で「パパ」を意味する「ババ(Baba)」と呼び始めた。

    訴えによれば、2016年のカウンセリングで、シェイクは2人の親密さに性的なものを持ち込み、結婚という考えを口にしたらしい。自分はすでに結婚しており、彼女より20歳以上年上の40代だったにもかかわらずだ。

    ドウはショックを受けたが、彼には恩を感じていたので、要求が次第にあからさまになっていっても、頼まれたことは何でもやったという。ベリーダンスをしろ。下着姿の写真を送れ。毎日卑猥なメールを送れ。ビデオチャットで見ているから、自慰行為をしろ。

    そしてついに、知らない場所に彼女を呼び出すメッセージが届いた。その場所が「モーテル6」だった。

    彼女は、いつものようにシェイクと話をするのだと思って、その場所へ出向いた。だが訴状によると、彼は「バスルームから全裸で現れ、ドウにベッドに座るよう指示した」という。ドウは混乱し、怖くなったが、怒らせて彼を失うことを恐れ、従った。

    シェイクはドウと性行為に及んだあと、彼女に服を着るよう命じ、自分は礼拝を行う時間に間に合うよう、モスクに戻らなければならないと告げたという。

    訴訟では、モーテルの部屋で起きたことは、恋人同士の密会ではなく、何年にもわたり女性を利用した結果であり、影響力のある宗教的指導者が、悩める10代の女性につけこんだ行為だ、と訴えられている。

    ドウの一件が明らかになったのは、テキサス州を拠点とするイスラム教の女性たちによる新しい非営利団体「コミュニティ環境における虐待に立ち向かう会(Facing Abuse in Community Environments:FACE)」が実施した1年にわたる調査の結果だ。

    FACEは、イスラムのコミュニティで起きた虐待の訴えを取り扱う際の「透明性」と「被害者の権利」を強く要求している。2018年10月9日に公開された同団体の報告書は、イスラム教の指導者たちに責任を追及する闘いにおける転換点となった。

    だがこれは、虐待されたと訴えるイスラム教の女性たちに立ちはだかる障害の、ほんの一部にすぎない。

    シェイクの弁護士ハーシェル・チャピンは、インタビューを断わったものの、声明を出してドウの訴えに反論した。

    声明は、シェイクは「係争中の訴訟を通して、彼に対する申し立てに対処したい。彼に対する訴えは認めるに値しないことを、十分な証拠が立証すると確信している」と述べている。

    イスラム教の女性たちが、自分たちの宗教的指導者を不品行で公に非難することは、稀にあったとしても、訴訟を起こすというのはほとんど耳にしない。

    裁判記録やFACEの報告書では身元が隠されていても、シェイクの支持者たちが名前を漏らす危険性はある。

    そうなれば、イスラム教であれそれ以外であれ、保守的な宗教界に身を置く若い女性たちにとっては悪夢だ。そうした社会では、そのようなゴシップが家族の社会的立場を傷つけ、結婚の可能性を狭めてしまうことがあるからだ。

    この1年、イスラム教の女性活動家や学者たちは、沈黙の文化を強いる伝統のせいで、彼らの社会が「#MeToo運動」の批判から取り残されている、と警告してきた。

    何人かのイスラム教学者が、不品行が訴えられた際の扱い方を根底から見直そうと努力しているが、これまでのところ確実な成果は出ていない。活動家の中には、より迅速に告発に取り組まなければ、カトリック教会のように大問題になりうると恐れる人もいる。

    ドウの弁護人であるファルハナ・クエリシとアシヤ・サレジーは声明の中で、「私たちのクライアントが訴えを起こしたのは、今後、被告あるいは権力を持つ人によって、弱い人々が虐待されないようにという思いからです」と述べている。

    「私たちのクライアントの行動によって、ほかの被害者たちも声を上げてくれることを願っています」。

    FACEのような団体は次々と生まれている。こうした団体は、圧倒的に男性主導であるアメリカのイスラム教団体には、手放しで受け入れられているとは言えないが、彼らとなんとか対話し、溝を埋めようとしている。

    多くのイスラム教徒は、宗教的な場における虐待を防ぐための積極的な行動を支持しているが、中には、こうした努力を反イスラム的な「女性解放」を訴える運動のひとつとして一蹴する人もいる。

    また、世間への公表は、耳目を集めることなく問題に対処するイスラムの伝統に反する、と非難する人もいる。FACEの設立者でもあるアリア・サレム会長は、イスラム教のフォーラムで、自分のことを「イマーム・ハンター」と呼ぶ人がいて傷ついたと語った。

    ドウの訴訟の波紋が、ダラスの外にまで広まるのは間違いない。シェイクの名声は、全米のイスラム教社会に届いているからだ。

    イスラム世界を擁護する彼の姿は、頻繁に報道されているし、オンラインで行われる講話は、数百人、ときには数千人もの視聴者を引きつけている。

    2014年には、2冊目の本『Addressing the Taboos: Love, Marriage and Sex in Islam(タブーに向き合う:イスラム教における愛、結婚、セックス)』(邦訳なし)も出版した。

    FACEは、初めて発表した報告書の中で、全米のイスラム教指導者たちに向けて選択肢を示している。女性たちを黙らせることによって、影響力のある男性たちを守るという、昔からの場当たり的な対応を支持するのか。あるいは、FACEのような団体をパートナーとして受け入れ、イスラムの枠組みの中で告発者たちを支援する、新しい統一的基準をつくるのかという選択肢だ。

    サレム会長によると、全米のイスラム教指導者たちは、宗教的指導者による不品行は問題だと認めているが、たいていは、FACEの「全体的なシステムと物事のあり方に異議を唱え」、暴露する戦術を嫌うという。

    サレム会長は、全米的なイスラム教擁護団体のダラス支部長を務めたこともあり、長年地域の活動家として働いてきた人物だ。

    同会長は、宗教的指導者たちが己の責任を取る仕組みをつくるための話し合いを行うのを、告発者たちはこれ以上待つ必要はないはずだと述べる。

    「私たちは、『これ以上はダメだ。こんなことは終わりだ』と声を上げる先頭に立ちたいのです」とサレム会長は言う。「犯罪者や違反者には、もはや安全な場所はありません。立場を明らかにし、清算するときなのです」。

    訴えによると、結局ドウは、シェイクについてすべてを打ち明ける聖職者を見つけたそうだ。その聖職者が、シェイクの両親とアービング・イスラム教センターの指導部に知らせ、指導部はシェイクの離職を決めた。

    指導部は2017年12月、FACEと弁護人たちが介入したあとで、ようやく、シェイクが辞任させられた経緯を公表した。アービングのモスクの当局者たちは、コメントの要求には応じなかった。

    FACEの報告書によれば、ドウの弁護人たちとモスクは、告訴内容と、シェイクが犯罪を否定していることの概略を文書にまとめたという。

    BuzzFeed Newsが詳細を確認したこの文書には、シェイクはいかなる立場においても、もはや宗教的指導者として仕えることはできず、「再雇用される資格もない」と書かれていた。

    そしてアービングの指導部は、その文書を全米2000カ所のイスラム教センターに送ることに同意した。これは、アメリカのモスクとしては前例のない動きだった。

    だが、国中へ通知した目的が、シェイクを再び宗教的指導者として働かせないことだったとすれば、それは失敗に終わった。

    2018年8月にシェイクは、わずか9マイルしか離れていないグランドプレーリー・モスクで、イマームとして雇われたからだ。

    グランドプレーリーのモスクは9月、Facebookに投稿し、シェイクが同市に越してきたことを発表した。

    新住民であるイマームは、「インドとパキスタンの間にある美しい山岳地帯」で生まれ、4歳の時にイギリスに移住したという。投稿は、シェイクのイスラム教における資格を褒めちぎり、「大人と子どもがコーランについて学ぶ」のを助けるとあった。

    シェイクを雇わないよう他の地域社会に注意を促す書簡が出ていたはずだが、投稿の中でその事実については触れられていなかった。

    テキサス州では、精神的指導者が世話をしている者と性行為に及ぶと重罪になる。たとえ合意に基づく場合であっても、一方的な力関係があるからだ。

    モーテルで会ったとされる日から1年後の2017年12月、ドウはグランドプレーリー警察に対して、性的暴行の被害届を出した。市の検察局は、シェイクを性的暴行罪に問う警察の報告を受理したことを認めた。市当局が引き続いて捜査したかどうかは、明らかにされていない。

    シェイクは、フロリダ州とバージニア州のモスクで要職に就いた後、アービングでイマームになった。

    両州のモスクの関係者はBuzzFeed Newsに対して、シェイクが以前にそこで働いていたことは認めたが、雇用や離職の詳細には触れなかった。

    弁護士のチャピンも、シェイクの職歴について話そうとしない。理由を尋ねられても、「答えるつもりはない」と回答した。

    現時点で、シェイクは刑事罰に問われておらず、グランドプレーリー市のモスクでは、いまだにイマームの地位に就いているようだ。

    ただし、シェイクを歓迎する投稿は最近、モスクのFacebookページから消えた。このページでは、イスラム教徒の女性数人が怒りのコメントを投稿し、FACEの報告書と、アービングのモスクからの書簡に疑惑に関する記載があったのにシェイクが雇用された理由を問いただしていた。

    BuzzFeed Newsの問い合わせに対応して、モスクの代表は、係争中の訴訟についてのコメントを避けると声明を出した。

    ただし声明には、シェイクが「根拠のない申し立てに対して」抗弁するために弁護士を雇ったと書き添えられていた。訴訟で「イマームが有利」になるように、電話やテキストメッセージの記録などの証拠が提出されるという。

    声明には、「法的手続きを踏むまで判断を保留するよう、皆に促している」と書かれていた。

    FACEのメンバーは、現在の居場所など、ジェイン・ドウの身元を徹底的に伏せている。

    サレム会長によると、ドウはシェイクに対して謝罪や賠償を求めておらず、求めているのは、シェイクが二度と宗教指導者の地位に就かないという保証だけだという。

    警告の書簡が送られた後でもシェイクが仕事を見つけることができたと明らかになった時点で、ドウは訴訟を起こして、FACEの調査に協力し、自身の闘いを公にした。

    FACEの調査員と訴状の記録にあるように、ドウの家族の説明では、カウンセリングを行っていた5年の間に、シェイクはドウと親密になったという。

    「シェイクはドウの生活に完全に入り込んでいたので、ドウのシェイクに対する精神的依存や信用・信頼は、コミュニティにおける誰の目にも明らかだった」。

    FACEの報告書には、ドウがシェイクを「ババ」と呼んでいるという話を聞いた時に、シェイクの妻は「2人のこうした親密さが警戒すべきものであると気づき」、歯止めをかけたと書かれている。

    訴状によれば、2016年のあるカウンセリングセッションで、当時18歳だったドウは、夫探しの手伝いをシェイクに頼み、自分が求めている資質を説明したという。

    シェイクは「利用できるいくつかの場所」があると答え、イスラム教では特定の条件下で最大4人の妻を持てることに触れた。訴状によると、当時、シェイクにはすでに2人の妻がいた。

    ドウはショックを受けたが、「シェイクを完全に信用」し、感情的に依存していたので、それについて検討することに同意した、と訴状には書かれている。

    シェイクは同日の夜に電話し、結婚について話し合った。訴状によれば、それが、「ドウをもっとセクシーにして、最終的にシェイクと違法な性行為をするように仕込む1年にわたるプロセス」の始まりだった。

    そのプロセスの締めくくりに、シェイクはモーテルで会うようドウに求めた。

    訴状によると、モーテル6での密会の後、今度いつ会えるかとドウが尋ねると、シェイクは「一度限りのことだった」と答えた。

    シェイクはドウの前から立ち去ってすべての接触を断ち、5年間にわたるカウンセリングを打ち切った。

    ドウは生活の中心にあった人物を失って、絶望に陥った。体重が減少して鬱状態になり、自殺願望を抱くようになった。

    ドウの母親と養父が彼女の急激な変化の理由に気づき、家族全員が「大きな心痛や苦しみ、恥」に耐えた。ドウの母親は、シェイクの裏切り行為に精神的に打ちのめされ、仕事を辞めて、娘の立ち直りを手助けすることに身を捧げた、と訴状には書かれている。

    ドウの母親がFACEのサレム会長と連絡を取ったのは、この頃だった。報告書によれば、サレム会長は、一家が専門家によるセラピーを受けたり、弁護士を見つけたりする手助けをしたという。

    訴状によると、ドウの親族は2度にわたって(1度は弁護士同席で)2人の関係についてシェイクと対峙し、シェイクはドウと性行為に及んだことを認めたらしい。

    シェイクは涙ぐむ時もあれば開き直る時もあり、女性へのカウンセリングは止めると約束したが、イマームとしての仕事は続けると主張した。

    シェイクの弁護士が出した声明は、ドウの説明におおむね異議を唱えているが、特定の主張はしていない。ほとんどは、ダラス地域でのシェイクの長年にわたる仕事に焦点を当てている。

    「イマームであるジア(シェイク)は、以前から現在に至るまで、神や宗教界、世界にいる仲間、ダラス・フォートワース地区のコミュニティに仕えることに人生を捧げる、イスラム教の卓越した指導者だ」と声明には書かれている。

    13年間にわたる奉仕の中で、「尊敬される指導者としての地位を活用して、寛容で平和的であり、調和が取れていて、法律に従う人間の未来像を支持してきた」ともあった。

    シェイクのFacebookページは、FACEの報告書が公開されて以来、この件については何度か遠回しに言及されているだけだ。

    ある投稿では、弁護士に助言されたので声明を出していないと書く一方で、「すぐにすべてが明らかになる。アッラーの思し召しのままに」とフォロワーをなだめていた。

    この投稿には数十のコメントが寄せられた。ほとんどは、シェイクを支持し、FACEを軽蔑する内容だった。ある男性は、「こうした左翼はムスリム(イスラム教徒)嫌いだから、『ムスリム・フェミナチ』と呼ばれている」と書いている。

    聖職者を条件反射的に防御することに釘を刺す投稿もいくつかあった。1人は、イマームは「天使ではない」と述べている。

    だが見る限り、シェイクは普段どおりの生活を送っているようだ。Facebookページでは、イスラム教徒の総合格闘家ハビブ・ヌルマゴメドフがコナー・マクレガーに勝った件について書いている。また、アートオークションで落札直後にバンクシーの絵画が自動的にシュレッダーで裁断されるというハプニングへのリンクも共有している。

    さらに、10月には信徒を前に行った説教の動画も投稿した。内容は、イスラム教徒が正義を求めて努力することの重要性についてだ。

    「間違ったことが起きている場合や、何か邪悪なことが起きている場合には、不正が行われている。そうした不正に立ち向かう者になれ」とシェイクは述べている。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:浅野美抄子、矢倉美登里/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan