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「私は2年前、女性として生きることを決めた」。自分は何者か、悩み続けた彼女が音楽で伝えること

年齢や外見に縛られていた彼女を救ったのは、フェミニズムとの出会いだったという。幼い頃から自身のセクシュアリティに悩み続けた彼女が、「ありのままの自分」を愛せるようになるまでの話。

自身のセクシュアリティを模索し続け、58歳で女性として生きていくと決意した人がいる。

音楽家として活動する傍ら、SNS上でトランス女性の生活について発信し続けている彼女の思いに迫った。

BuzzFeed Newsは、life of keiさんを取材しました。

life of keiさん(60、以下、keiさん)は、広島県出身の音楽家だ。

15歳の時にエレクトリック・ベースを弾き始めたkeiさんは、以降ベーシストとして活動し、30代後半からソロ奏者としての活動を始めた。オリジナル作品を中心に幅広い演奏活動を続けている。

トランス女性として生きる決意

keiさんがトランス女性として生きていくことを決めてから、およそ2年。女性として生きる時間を段階的に増やしていき、24時間完全に女性として生活をするようになってから、約1年がたつという。

最初はトランス女性について情報収集するためにTwitterを始めたが、そこでトランス女性に対する差別的な言葉を目にするようになった。

「トランス女性というだけで、どうしてこんなことを言われなきゃいけないのかという疑問と怒りがありました」

最初は、ネット上でトランス女性に向けられる差別的な言葉に怒りを感じていたというkeiさんだったが、自身のカミングアウトをきっかけに、SNSとの関わり方に変化が出てきたという。

「実社会の中で、親しい友達たちに少しずつ(トランスであることを)カミングアウトしていったんですけど、やはり彼らにとっては私が初めて会ったトランス女性なんです。だから(SNSで発信することで、)もっとトランス女性の存在を知ってもらえたらと思った。私たちが普段どう生活をしていて、どんな困難に直面していて、逆にどんな幸せなことがあるのか。知ってもらうことでトランス女性という存在が決して特殊なものではないんだということをみんなに知って欲しかった」

私はね、「トランス女性はここにいるよ」ってみんなに知って欲しくて、顔出してTwitterもInstagramもやってるの。 トランス女性は想像上の生き物じゃなくて、ましてや凶悪な怪物なんかじゃなくて、こうして生きている、みんなと同じ人間なんだ、って知って欲しいの。 昨夜は世界に向けて言ったのよ。

life of keiさん(@lifeofkei2)提供

「今LGBTQ +の人って全人口の約8%(電通ダイバーシティラボの調査によると2018年度の調査の結果では8.9%)っていいますよね。トランス女性の私たちってそのうちのさらに小さい存在だから、マジョリティの人たちからしたら全く気にしなくても生きていける存在」

「でも、個人の尊厳や人間としての権利は等しく持っているものだから、それを毀損されるのは非常に侮蔑的だ、という思いがあったんですね。だからこそ、私たちトランスジェンダーの存在を可視化して、何も変わらないんだよ、シスジェンダーの人たちと同じ人間なんだよということを伝えたい。そんなつもりでいます」

トランス女性が決して特殊な存在でない、そう伝えたいという気持ちでSNSでの発信を続けてきたというkeiさんだが、トランス女性への差別に直面したのはSNS上だけではなかったという。

知人からの悪気ない差別の言葉。「セックスはどうしてるの」

直接的に差別的な発言をされることはなくても、日常生活の中で向けられる、「ものすごく特殊なものを見ているような」周囲からの視線は、keiさんを苦しめてきた。

さらに身近な友人や知人の些細な言葉からも、差別を感じることがあるという。

「『性的な対象、恋愛の対象はどっちなの』とか『実際にセックスはどうしてるの』とか、そんなことまで聞かれる。以前までは笑って『あなた方と変わらないわよ』って言ってたんだけどね」

周囲からの悪気のない差別的な言葉を、かつては笑って流していたというkeiさんだったが、遠藤まめたさんをはじめ、SNS上で積極的にLGBTQ+の権利向上について発言しているインフルエンサーらに励まされ、その姿勢を変えたという。

「ようやく最近そういう質問に対して『それ、他の人に聞く?』『あなた、私がトランス女性だから聞いてもいいって思ってるんじゃない?』って聞けるようになったんです。Twitter上で、私と繋がってる人たちの言葉に励まされたし、教えてもらったし、そこで強くなれた気がする」

幼い頃は「オカマ」という言葉しかなかった……自分が何者なのか模索し続けてきた半生

トランス女性として生きる決断をするまで、keiさんは「自分は何者なのか」と問い続けてきたという。

「私の子どもの頃なんて、もちろん『LGBTQ +』や『トランスジェンダー』という言葉もなかった。私はバイセクシュアルで、幼い頃から男の子も女の子も好きで、女の子の洋服を着たいなと思ってたの。でもそれが何故なのかっていうのは、分からなかった。子どもだったこともあるし、時代的なこともあって、言語化できるわけがなくて」

人生のなかで、その模索が終わることはなかった。

「20代になって社会に出ても、やはり自分のセクシュアリティが分からなくて。いわゆる『オカマ』って言葉しかなかったの。『オネエ』って言葉が出てきたのもそのずっと後からね」

「ずっと『私はオカマなんだろうか』って思って、ゲイバーなんかに出入りして、自分のセクシュアリティを突き止めようともしたんだけど、やっぱり分からなかった。その後もずっと長い間、自分の正体に気づけなかった」

ようやく辿り着いた答え。きっかけはKABA.ちゃんだった。

長い間、自身のセクシュアリティの正体に気づくことが出来ずに苦しんでいたというkeiさんだったが、50代になってようやく答えが見えはじめたという。

「『トランス』という言葉に出会ったのは、50代の半ばくらい。もちろんそれまでにも、性転換をなさった大先輩はいらっしゃったけど、別次元の人みたいに見えていて、『こういう人もいるんだな』くらいにしか思えなかった」

トランスという言葉を知った後も、すぐには自分ごととして捉えることができなかったというkeiさんが、ようやく答えに辿り着いたきっかけは、テレビで目にしたあるタレントの存在だった。

「それ(トランス)が、現実として見られた理由は、KABA.ちゃんだった。彼女が最初はゲイとして扱われていたけれど、とうとう彼女がセクシュアリティを表出させたのを見て、『私と同じだ』と思えたんです」

テレビを通じて自身のセクシュアリティに気づいたkeiさんだが、同時にメディアが伝える性的マイノリティのイメージには、大きな違和感を抱いているという。

「やっぱりテレビって、彼女たちをコメディとして扱うでしょ。いわゆる『オネエ芸人』と括られる人の中に、それをよしとしている人がどれくらいいるんだろうと思う。その括りはとても失礼で、差別的だと思うんだけど、それと同時にそうしないと生きていけないから、そこに押し込められている人たちがいるということ」

社会に染み付いている「性的マイノリティ」や「女性」への決めつけられたイメージに抗うため、keiさんは自分なりに行動をおこしているという。

「お化粧はもうしない」。keiさんが考える「女性らしさ」とは。

「やはり女性性をまとうのに、お化粧ってポイントだと思うんです。トランス女性に向けたメイクアップ講座があるくらいなので。社会の中に女性として溶け込むためには、洋服やメイクってみんなが通る道だと思うんです。でも私はお化粧をやめました。お化粧をするのはステージに立つ時くらいかな」

女性として生きていくと決めたkeiさんは、なぜ化粧をすることをやめたのか。そこには、社会の中の決められた「女性性」に苦しんできた自身の経験があった。

「トランス女性として生きると決めてから、社会的に決められた『女性のあるべき姿』に溶け込まなくてはいけない、というプレッシャーがものすごく強くありました。私58歳でトランスになったこともあって、年齢にも捉われていた。『綺麗でいなくてはいけない』『女性らしくしなくてはいけない』という抑圧に縛られていた時期に、お化粧も習った」

そんなkeiさんを変えたのは、フェミニズムとの出会いだった。

「私を救ってくれたのがフェミニズム。そしてルッキズム、エイジズムを学べたことで、そういうところからの解放をさせてもらった。私は今、60歳。あと何十年も生きるわけじゃない。私がこういう自分の姿を晒すことで、後からくる若い人たちに『これでも生きていけるんだな』って思ってもらえたら嬉しい」

「ありのままの自分で生きてもいい」。

keiさんがそのメッセージを送るのは、自分と同じ立場のトランス女性だけではない。全ての女性に伝えたいのだという。

「シス女性の中には、ノーメイクの人もお化粧する人もいる。メイクをするのはその人の選択かもしれないけど、社会からの抑圧の場合もあるわけでしょ。『お化粧しないと会社にいけない』とかね。#KuToo運動もそう。シス女性は、長い間そういう社会規範からの抑圧を受けてきた」

「そして私たちトランス女性も、さらに強くその抑圧を受けてきたと思うの。『女性として見られたい』という気持ちで、溶け込むために『洋服はこうだ、メイクはこうだ、声はこうだ』とかね。そういった抑圧がたくさんある。例えば整形も、彼女たちの選択であればいいんだけど、それが社会からの抑圧が原因でってなると話が変わってくると思うの」

keiさんはお化粧をせず、ありのままの姿でトランス女性としての人生を歩むことで、次の世代に様々な女性像があることを伝えたいという。

「女性って多様でしょ?もちろん男性だって多様。人である限り多様なんですよ。それをお互いに認め合わない社会ってとても窮屈だし、ある人にとっては死に至るような呪いだったりする。私は、『こんなんでも女性として生きていけるんだ』っていう1つのサンプルになりたい。自分のままでも女性として生きていけるんだよっていうのを、後からくる人たちに示したい。それで1人でも救われる人がいるといいなと思う」

音楽にのせて届ける「Love & Peace, Future, Hope」

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keiさんの出演したオンラインライブイベント。keiさんの演奏は、1時間3分48秒から始まる。

こうした全ての人に対して多様性を認めるというメッセージは、keiさんの音楽にも込められてるという。

「Love & Peace(愛と平和), Future(未来), Hope(希望)というのが常に私の音楽の根底にあるかな」

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keiさんのオリジナル曲、「雨の日に歌う君を想うと」feat. Shotoku Koh(Live Received)

「私の楽曲はほとんどインストルメンタルで、歌詞がないんです。だから、聞く人によって受け取り方は様々で、オーディエンスの皆さんに丸投げしているわけなんです。その中で、たまに私が思って書いた、演奏した通りのレスポンスを返してくれる人がいる。それが音楽家としてとても幸せな瞬間です。もちろん私の思いとずれたレスポンスがくることもあるけれど、それもその人の視点だからいいんです。そうやって、レスポンスし合うことでお互いに何かが発展していく、そう思って活動しています」

「やはり、全ての人が平等に、幸せを享受できる世界になってほしいし、そのために私ができることはしたい。たとえそれが何の力を持たなくても、ひょっとすると誰かをエンパワーするかもしれない。そしてその人から次の人や次の世代に繋がっていくかもしれない。それがLove and Peaceであり、FutureでありHopeであると私は思います」