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「みんなが自分を卑下せずにいられる場所を作りたい」自称・こじらせ女子がミスiDセミファイナリスト、そして起業家にになるまで。

先日ミスiDセミファイナリストに選出され、起業家としても活動するミヤジサイカさん。しかし、今までの彼女は「普通」の軸に縛られて苦しむことが多かったといいます。彼女がどのように「普通」から自由になったのか、話を聞きました。

「セミファイナル通過おめでとうございます!」
「ありがとう!」

わたしたちは画面越しに、心の中で乾杯した。

ミヤジサイカさんはわたしの一つ年上の友人。東大の大学院で魔法少女の研究をしながらスタートアップのCEOをしながら、先日「ミスiD」のセミファイナリストに選ばれた。ちなみに魔女も目指している。

(「ミスiD」に関する記事はこちら

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わたしとサイカさん(写真左)の初対面。知り合ってから2〜3年が経過している。

わたしたちが知り合ったのはTwitter上だった。知り合った当時はわたしも彼女も早稲田大学に在学中で、今から2〜3年ほど前だと思われる。サイカさんが会社を立ち上げ、わたしが社会人になり、色々あってなんと先月初対面を果たした。中野のレトロ喫茶で。

そしてわたしたちは2度目の対面を、画面越しに果たしていた。対面というかこれは取材である。でもサイカさんはチェックの、昭和レトロ風のジャケットを着て、わたしはチャイナシャツを着ていて、取材は互いの服を褒め合うところからスタートした。

「不正解」である自分を自虐して生きてきた。

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「できれば『普通のミスコン』に出られるような女の子になりたかった」

サイカさんのその発言は、勝手ながら少し意外なものだった。わたしから見える彼女は、好きなものに対してまっすぐで、個性的であることに自信満々な人だったから。でも、本当の彼女は「普通のミスコン」に出られるようなイケてる女の子にずっとなりたかったそうだ。

「中高時代、イロモノとかはみ出してるもの枠みたいな扱いを受けてきたことがあって、なんか自分のことをすごく『不正解』だと思ってたの」

まあ「正解」とかないんだけど。最後にそう付け足した。

「ちょっと変わってるところもあったりして、良くも悪くも『枠外』みたいな扱いを受けることがすごく多かったのね。それを『いいね』って言ってくれる人もいれば嘲笑する人もいて。それを自虐しながら生きてきたところが大きかったんだよね」

サイカさんの言葉を聞きながら、自分の過ごした中高時代を思い出す。当時のサイカさんのような人が、絶対にクラスに1人や2人、いやもっとかもしれない、とにかくいたような気がしたのだ。

「一軍」になっても消えないコンプレックス

ホントにミスiDのプロフィールから読んでもらえることもあるのか。 もう何十回とアップしてるけど。懲りずに。 3年半でだいぶ私どれみちゃんになれたよね。 #ミスiD2021 https://t.co/Isg7Xppu0w

Via Twitter: @_saika_mi

サイカさんのコンプレックスが込められた文章がこちら。コンプレックスがある人は必読です。

じゃあさ、イケてる女の子になろうとしたこともあったの?と聞くと「めちゃめちゃあったよー!!」と彼女は言う。

とにかく、当時の彼女はイケてる女の子達へのコンプレックスが大きかったようだ。

「『普通のミスコン』に出てる子って、社会で『正解』とされる軸において優秀な成績を残してるじゃないですか。その子たちにいかに近づくかっていうルートしかないと思ってた。見てるとこがすごく狭かったかもしれないけど、コンプレックスはすごくあった」

勉強して優秀とされる大学に入るのと同じように、サイカさんは努力して「優秀な女の子」たちに近づこうとした。その軸での参考書、つまりファッション誌を読みあさって。そしてついに彼女は「いじられキャラ」として一軍グループに入ったのだった。

「スクールカーストの一番上にいかないとやりたいことができないんだよね、文化祭とかで。カースト上位の子と仲良くしてると、わたしが意見言ったりすると、クラスのイケてる女子が『ミヤジさんの意見良いと思います!』って言って、クラスの意見がコロッと変わったりするの」

スクールカースト最底辺どころか、カースト自体に嫌気がさして、早々に「部外者」になってカーストを外部から眺めることを選んだわたしには、その情景がひどく鮮烈に想像できた。

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「誰とも口をきかなくなった」エピソードを話してくれたサイカさん。こんなにおしゃべりなのに。

しかし、サイカさんがカースト上位のグループにいた理由はそれだけだった。高校生最後の行事が終わると、彼女は周りと合わせなくても良くなったと気付き、早く早稲田に入って自由になりたいと思うようになった。

「こんなにおしゃべりなのに、クラスの誰とも口きかなくなったんだよね」と彼女が言った時、わたしは正直かなり驚いていた。こんなにおしゃべりなのに?

「わたし自分のことダサいと思ってたから…...中学生の時とか菌扱いされてたし。わたしといることで周りのカーストが下がるとマジで思ってて、人と口をきけない時期があった。コンプレックスで。無理しすぎてこじらせてたかな」

ネットがなかったら「自由」になれてなかった。

ミヤジサイカ

早稲田大学の学祭のステージに上がるサイカさん。ファッションショーのデザイナーとして活躍していました。

わたしから見えていたより遥かに苦しい世界を彼女は見てきたようだった。「早稲田に入って自由になりたい」という思いで勉強していた高校生の時の彼女を思い浮かべて、わたしは聞いた。

「じゃあ、早稲田に入ったら実際自由になれたの?」
「いやー、なれたよね」

サイカさんは大学で特にサークルに所属していなかった。にもかかわらず、とにかく顔が広くて友達が多かったのは、その多くがTwitterなどインターネットを通じて仲良くなった大学内の人だという。

「中学の時とかわたし演劇部でさ、でも『ダンス部はイケてる』みたいな…...出だししくじるともう立ち位置変わらない、みたいなところあるじゃん。でも先に『わたしはこういう人です』って発信した内容で仲良くなってくれる人が多かったから。それはすごいネットの良いところかもしれない」

ミヤジサイカ

「100キロハイク」に参加するサイカさん。「わたし絶対に幸せになるんだから!」と言いながら歩いたという。

彼女は大学1年生と2年生の時は学祭でのファッションショーのデザイナーとして活躍し、大学3年生の時には早稲田大学の名物イベント「100キロハイク(通称:100ハイ)」に出場した。早稲田に在学していたわたしからすると、100ハイは「アクティブでイケてる人たちが出るイベント」だった。

「100ハイに出たのもTwitterで誘われたからだった。それで入れてもらった有志のコミュニティの先輩たちがアクティブに活動してるから、じゃあスナックやってみようって個人的にレンタルバーを借り切ったりとか」

自分1人で企画をして、やりたいイベントをやる。それを始めてから、彼女は「自由」になり始めた。

確かに早稲田の自由な風土はあるけど、ネットがない早稲田だったらこんなことできてなかったと思う。サイカさんは当時をそう振り返った。

まず「自由」になったのは人との関わり方から。

ミヤジサイカ

レンタルバーを借り切ってスナックを開いたサイカさん(写真左)。

そして、彼女が「自由」になるきっかけとなった出来事が起こる。

サイカさんは大学2年生の時にお母様を亡くしている。わたしがそれを知ったのは、それから大分経ってから、彼女がしれっとSNSにそれを書いたことがきっかけだった。

彼女はそれを大学内で隠していた。自分の明るく、元気でクレイジーなキャラクターをやらなきゃ、と思っていた。

「人と表面的にしか関わってこなかったから、あんまり自分の内部を出すことができなくて。あと、周りの人たちが自分みたいに自意識とか人生について深く考えてると思わなくて。わたし人間のこと舐めてたのね」

しかし、そんな彼女の考え方を変えたのは、友達の「なんかあったでしょ?」という切り込みだった。

「その友達の家も今お母さんが大変で…...ってすごく自己開示してくれて。その時に初めて、実はこういうことがあって…...って話せた」

つらいことがあっても「でも大丈夫!」と自分のキャラクターを演じていたサイカさん。しかし、それを良くないと思って自問自答した結果、「全部投げ出して人に頼ったことがない」と気付いた。

「『わたし全然大丈夫じゃないです。助けてください』って友達に全部話したことが、人と人ってもっと深く関われるんだっていう気付きになって。それで人ともっと深く関わりたいって思うようになったかな」

それまでの彼女は、彼女がよく使う言葉で言うと「こじらせて」いた。だから「わたしのことなんて誰もわからない!」と、迫害されているような気持ちでいたという。しかし、その出来事があってからは、人と心の大事な部分を開いて話したいと思うようになったそうだ。

今、ミスiDの活動をする中でも彼女は色んな人に協力してもらっている、らしい。ポートレートを撮ってもらったり、ダンスを教えてもらったり、歌を録音してもらったり。人と関わりたい、人を巻き込んで何かを作りたい、と思うほどに、彼女は人との繋がり方に関して「自由」になったのだ。

ミスiDに出て気付いた自分の「収まりどころ」

ミヤジサイカ / Via miss-id.jp

ミスiDセミファイナル選出時の写真。

早稲田での4年間をもってしても、彼女は「普通」の評価軸や「不正解」である自分への意識からは自由になれなかった。

しかし、ミスiDに出場すると、そのコンプレックスからも彼女は自由になれたという。

きっかけは今年の春。従来のルックス重視のミスコンとは異なる「発展型のオーディション」であるミスiDに出るということで、彼女は自宅で金髪にした。すると周りからは「似合ってるよ!」と言われ、彼女自身も「自分のゲテモノ感がなくなった気がした」そうだ。

「自分のエネルギーに見合ったファッションとか生き方とか、場所にいるほうが悪目立ちせずに、輝いてるねって。なんか収まりどころが人それぞれあるって気付いた。昔はコンサバファッションとかしてたけど、わたしはそっちじゃなかったってことにやっと気付いた」

「普通のミスコン」が悪いとかじゃなくて、わたしはそっちじゃなかったってことにも気付いた。そう話すサイカさんは、人との関わりの中で自分自身の「収まりどころ」がわかっていったのだろう。

とにかく味方が大切!

ミヤジサイカ

昭和カルチャーが大好きなサイカさん。昭和のディスコ風のファッションだそう。

しかし、自分の「収まりどころ」に気付いてもそれを受け入れられないことはあるだろう。彼女はどうやってそれを受け入れたのだろうか?

「なるべく味方を増やしていくんですよ。わたしが変なことをしても絶対に応援してくれる味方を周りに配備していき、その安全圏で好きなことをやり続ける。ミヤジ何してんのって言う人からは距離を置く。早稲田の4年間で、その味方を増やせたことが大きいかな」

ずるいですよね。そう笑った後に彼女は続けた。

「あと、わたしのことをイロモノ扱いしてくる人からは徹底的に距離を置く。自分の評価って自己評価だと思ってるけど、実は周りから与えられた評価なことって結構あると思うのね。その場から逃げるとそのレッテルは剥がせるから」

自分に望まないレッテルを貼る人からは逃げ、味方のいる「安全圏」に身を置く。その「安全圏」の最たる例がミスiDそれ自体だった。コンテストの順位よりも、ミスiDという人と違うことに寛容な場に出合えたことが大きかったそうだ。

でも「収まりどころ」を受け入れるのって難しくない?

そう語るサイカさんが羨ましかった。彼女の話を聞いているうちに、わたし自身が「枠外」である寂しさや、皆と同じにできない罪悪感をこじらせて色々苦しんできたことに気付いたからだ。

きっとそれはわたしだけではない。多くの人が「枠外」であることや、逆に「普通じゃなくなりたい」ことに苦しんでいるだろう。自分のことは言わずに、そういう人たちはどうしたらサイカさんみたいに自分を受け入れられると思う?と聞いてみた。

「変な友達たくさん作れば良いと思う!やっぱり周りのおかげだから。一番親しい友達5人がその人のことを表すとか言うけど、なるべく自分と違っている友達や『軸』からずれてる友達を作ると、人生が楽しい方向にいく気がする!」

なるほど、サイカさんらしいアドバイスだった。しかし、彼女のアドバイスはそれだけではなかった。

「あと、ネットがある時代だから、今までは特別な人しか叶えられなかった夢を誰でも明日から叶えられると思うのね。アイドルでも声優でも、小さな規模で夢の再現ができるから。それを自分でとか、友達と一緒にやってみると良いかな」

「自由」になったところから見つけた「やりたいこと」

ミヤジサイカ

「中野ランデブー横丁」のトップページ(現在準備中)。


サイカさんは今「アイラブユーinc.」というスタートアップのCEOとして「中野ランデブー横丁」というサービスを提供している。

自分自身の「収まりどころ」がわかっていく中で、サイカさんは「自分がストレスなくできて、周りの人に喜んでもらえること」を見つけたという。それが、人が前に立つ手伝いをしたり、一緒にこれやろうよって巻き込んだりすることだった。

「中野ランデブー横丁」は、誰もが自分らしくいられるオンライン上の街。ママやマスターというようなコミュニティの長となって、何を話しても良い「心理的安全性」が確保されたサードプレイスを提供するのが目的だという。

そんな場づくりを進める中で、そのオンライン上のコミュニティ内でユーザーそれぞれが自分の好きなことで前に出られるようになってきたのだ。例えば「占いが好きだから占いのイベントをやります」というように。

そこには、サイカさんが早稲田やミスiDという場で色々な人と繋がる中で自由になっていった経験が生きているのだろう。

「『普通』から外れてる人も含めて、みんなが自分を卑下せずにいられる場所をもっと提供したい。色んな人との出会いがある、雑多だけど安全な場所を作っていきたいです」

わたしもサイカさんのように生きたいし、サイカさんのような女の子が、いや、大人が増えていったら、リアルの世界での「安全圏」はもっと広くなるかもしれない。まずわたしは、自分の「収まりどころ」を受け入れる覚悟をしないといけない。そう思いながら、オフィスでこの記事を書いている。