「あらゆる人をフラットに受け入れる旅館へ」

多様性を尊重する社会の動きを受けて、変わりつつあるものは数え切れないほどある。「旅行」は代表例だ。
いわゆるインバウンド、海外からの観光客が、快適に観光や宿泊できるようになったのもそうだし、LGBTをはじめとするマイノリティを積極的に受け入れている旅館も多くなってきた。
富山県にある喜代多旅館は、その一つだ。
1949年に開業した喜代多旅館は、古い建物をリノベーションし、2019年10月に再オープンしたばかり。現在3人の正職員と5人のパートで営む小さな旅館は、20〜30代の若いスタッフを中心に切り盛りしているという。
「あらゆる人をフラットに受け入れる」とは、どういうことか。3代目女将の濱井憲子さんと、スタッフの空衣さんに話を聞いた。
「コンセプトありきで作ったんじゃなくて、できちゃったんです」

濱井さんは語る。
「コンセプトありきで、この旅館を作ったわけじゃないんですよね。いろんなお客様を受け入れるにあたって、実務的な面からいろんな部分を作らざるを得なかった。こうなった、っていうより、なっちゃった、って感じです」
旅館といえば、大浴場があるほか、寝室に個別のお風呂が設けられているイメージがある。ただ、喜代多旅館は、それだけではない。
シャワールームがあるのだ。

「新幹線や高速道路が整い、交通が発達して、お客様のチェックインの時間が幅広くなり、夜遅い時間にも来館されるようになった。個人経営で人員が少ないので、お風呂の準備が大変です。なので、実務的な面からシャワールームを作らざるを得なかったんです」
旅館側の都合と、夜遅くにチェックインした宿泊客にもゆっくり、快適に汗を流してもらいたいとの考えで「できちゃった」シャワールームだが、様々な事情で大浴場を利用するのに抵抗がある人のメリットにもなった。
館内の大浴場と小浴場にも、目新しい点がある。「男湯」「女湯」で分けていないのだ。
利点は、宿泊客の要望に沿って柔軟に対応できることだ。Twitterに投稿された説明には、こうある。
その時々のご宿泊者様に合わせて運用形態を変えてご提供しております。例えばムスリムの方がお一人での入浴を選ばれたり、お子様連れの方はご家族揃っての入浴を希望されたり。
喜代多旅館には①大浴場、②小浴場、③シャワー室がございます。 男湯・女湯といった分け方を常時しているわけではなく、その時々のご宿泊者様に合わせて運用形態を変えてご提供しております。例えばムスリムの方がお一人での入浴を選ばれたり、お子様連れの方はご家族揃っての入浴を希望されたり。
ただ、濱井さんは裏話を挟む。
「実はこれ、資金の問題なんです。古い旅館をリノベーションしているから、平等のサイズで作れなかった。どうすればいいか考えて、『逆にこういう提供の仕方もあるのでは?』となったんです」
シャワールームと同様に「できちゃった」大浴場と小浴場も、宿泊客それぞれのニーズに合わせ、役に立っているという。
例えば、イスラム圏では、人前で裸になることを避ける国も多い。このため、大浴場を避ける人もいる。
そんな時、喜代多旅館の大浴場と小浴場だからこそ対応できる。鍵をかけ、貸切状態で入浴可能なのだ。
また、ひとり親世帯の親子では小さな子どもを入浴させる時も便利だし、体の事情で共同のお風呂を利用したくない人にとっても嬉しい設備となっている。
ひとりひとりに多様な選択肢を。女将さんの思い

喜代多旅館では、宿泊客がどんな人であっても分け隔てなく受け入れる柔軟な姿勢を取り、必要なお風呂をはじめとする実務的な設備を整え、複数の選択肢を提示している。
その根底にあるのは、「介護の経験だった」と濱井さんは振り返る。
喜代多旅館はユニバーサルな造りへ日々進化していきます。 ご協力いただいて、このたび点字ブロックが手すりにつきました。これからもどなたさまでもご利用しやすい旅館を目指してまいります。 #富山 #喜代多旅館 #旅行 #ユニバーサルデザイン #点字 #braille
喜代多旅館の様々なバリアフリー設備
「体が変化し、体が不自由になるのは、誰にでもあることです。体の状態が変わっても、その人がその人自身であることには変わりない」
「なので、歳を取り、『〇〇さんのおばあちゃん』と呼ばれるようになった人でも、私たちは『〇〇さん』という姿勢で、快適に過ごしてもらいたいんです」
館内は、バリアフリーの設備も充実している。階段の手すりに点字をつけ、「ユニバーサルルーム」というトイレにも配慮した特設のベッドルームも導入した。
不必要な性の話をしない、という思いやり

宿泊客に多様な選択肢を提案し、快適に過ごしてもらいたい。
この思いは、高齢者だけでなく、様々なマイノリティに属する人を受け入れる姿勢につながっていった。
LGBTに代表されるセクシュアルマイノリティの人々に対しても、そうだったという。
筆者自身、男性でも女性でもない「Xジェンダー」という性を自認している。
前述のように、喜代多旅館ではお風呂が男湯と女湯に分かれていない。車イス対応の「ユニバーサルトイレ」は、3階建の館内に3つある。
2020年2月、喜代多旅館を訪れた際には、この風呂とトイレの仕様に対して「嬉しい」と感じた。
自分の性を男女どちらかに決めさせられること、また、知らない誰かと「同性としてその場所を共有すること」が、とても苦痛に感じるからだ。
もちろん、これらの設備はトランスジェンダーの人々の役にも立っていることだろう。

さらに、喜代多旅館では、チェックインの書類に性別欄を設けていない。性別を書くことを求められる、その一瞬で傷つく人もいるのだ。
また、浴衣もサイズを変えているだけで、男女共通のユニセックスなデザインを採用している。
「ここに性の話は必要ないよね、っていう部分は全部取っちゃえばいいと思う」
そう語るのは、旅館のスタッフの空衣さんだ。空衣さんはセクシュアルマイノリティに関して知識が豊富で、またそう呼ばれる人々との交流経験もある。

性別をわける必要性を感じなくなったのは、空衣さんが東京都内でイベントスタッフとして働いた経験からだった。スタッフの制服のサイズを決める際に、戸籍上の性別を記さないといけないことに違和感を抱いていたという。
「サイズを決めるのであれば、サイズだけを書けばいい。性別の話をする必要のないときに性別の話をしないことで、居心地がよくなると思うんです」
どんな人にも快適に過ごしてもらいたいという旅館としての思いを実現する。
そのためには、それぞれのスタッフのバックグラウンドからなる知識や発想の共有が必要だと考えている。不用意な発言や行動によって、その対象となるマイノリティの人が傷ついてしまうことのないように。
旅館では定期的に、月4回ほどミーティングを設けているが、マイノリティの人々に向けた取り組みの話題になることもしばしばあるという。
LGBTフレンドリーだけど、そう掲げたくはない…

ところが、実質的にLGBTをはじめとしたマイノリティの人々にフレンドリーな姿勢を取りつつも、「LGBTフレンドリー」と掲げたくはない、という思いもある。
その理由は、様々だ。「当事者が押し付けがましく感じるのではないか」「LGBTフレンドリーという言葉を商業化のように感じる人がいるのではないか」...。
これからも変わらぬ、旅館という場所だからこその思い

ただ、その最たる理由は、特定の人たちに限定することなく、「すべての人をフラットに受け入れたい」との思いだ。濱井さんは言う。
「LGBTに対しても、歳をとって体が不自由な人にも、障害がある人にも、同じようにフラットに接したい。すべての人をラベリングなしで、普通に過ごしてもらえるよう受け入れたいです」
あからさまな配慮は、マイノリティの人々にとって身構えてしまう要素でもある。
だから、あくまで自然体で過ごしてもらいたい。LGBTだからこう、体がこういう状態だからこう、などと決めつけるのではなく、多様な選択肢を常に用意し、来館してみたら「快適だった」「面白かった」という旅館を目指しているという。

旅館の今後について尋ねると、濱井さんは「正直、どうなっていくかわからないですけれど」と笑った後に続けた。
「これからの世の中の潮目がわからないからこそ、世に溢れている情報で誰かを判断しないようにしたいです。うちがLGBTの人はこう、高齢者はこう、って言うことは、これからも決してありません」
「旅館は、人が交錯する場所だから、実際に来館してもらい、目で見て、旅館の思いを感じてほしいと思っています」
最後に、濱井さんと空衣さんに「幸せ」について一言書いてもらった。

自然とはどういう意味か、と空衣さんに聞くと、こう返ってきた。
「ナチュラルの意味の自然です。自分らしく、あるがままみたいな思いを込めて。自分自身も、そして、お客様にも自然体でいてほしいという意味です」
🏳️🌈🏳️🌈🏳️🌈🏳️🌈🏳️🌈
世界各地でLGBTQコミュニティの文化を讃え、権利向上に向けて支援するイベントなどが開催される毎年6月の「プライド月間」。BuzzFeed Japanは2020年6月19日から28日まで、セクシュアルマイノリティに焦点をあてたコンテンツを集中的に発信する特集「レインボー・ウィーク」を実施します。
【配信中】オトマリカイ@ BuzzFeed News Live あなたのお悩み一緒に考えます🏳️🌈 LGBTQの当事者から寄せられた相談について、りゅうちぇるさん(@RYUZi33WORLD929)&ぺえさん(@peex007)と一緒に考えます。 視聴はこちらから👇 #PrideMonth #虹色のしあわせ🌈 https://t.co/H3uXcYtszu
