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医師の働き方改革を「絵に描いた餅」にしないために 医師100人に面接してきた産業医がこれだけは言っておきたいこと

厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」もいよいよ大詰め。長時間労働をする医師の健康確保策として、面接指導やドクターストップが盛り込まれそうですが、きちんと機能するのでしょうか?

私は、呼吸器病学や産業医学を専門とする医師です。東北大学病院約3000人を含む東北大学の約10000人の職員の健康を守る統括産業医としても働いています。

医師の健康管理をしている立場からということでしょうか、厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」の構成員としても議論に参加しています。

この検討会は、「働き方改革医師版」ともいうべき位置づけです。医師の過重労働を抑えるとともに、一方では地域医療の維持を図ることを目的としています。

よく考えると、この二つの目的は対立するような関係で、どうやって実現させるか、非常に難しいということがわかると思います。検討会はすでに佳境に入っていて、あと1ヶ月余りで結論を出す予定です。

時間外労働の上限の時間数が注目を浴びるなど、波乱含みでもあります。

当初は、医師の労働時間規制と応召義務、つまり、患者から診療を求められた時に、医師は正当な理由がない限り拒んではいけないこととの折り合いが注目されていました。

しかし、議論を重ねた結果、大きな問題はそこではないことが気づかれ、日本の医療制度や慣習がもつ、数々の問題点が医師の時間外労働と結びつく大きな問題として浮かんでいます。

  • 地域あるいは診療科によって医師数が偏っていること
  • 医師の労務管理や医療機関の労働衛生管理体制
  • 宿日直の多くが勤務時間としてみなされていないこと
  • 研修や専門医制度
  • 大学の事情
  • 医療機関の患者側の受診の仕方の問題


等々、あげればキリがありません。

検討会は、これらの解決の方向性は示しつつも、時間外勤務の上限時間数を先に設定してしまおうとしている状況です。釈然としないところもあるわけですが、せめて、医師の働き方改革が施行されるまで5年の猶予期間のうちに個々の問題の改善をできる限り目指す、ということになりそうです。

医師は労働者なのか?

そもそも、医師は労働者と考えてよいでしょうか。

結論として、医療機関に勤務する医師は、看護師や事務職員など他の職種と同様に労働者として取り扱われます。

医療機関でも労働者の健康を守るための法律「労働安全衛生法」の遵守は必要です。職員が50人以上だと産業医を専任し、労働基準監督署に届ける必要があります。病院の事業者は、法定の健診やストレスチェックも実施しなければいけません。

長時間労働に対しては医師の面接指導の体制を整える必要もあります。一般企業と同様、法に基づいた労働安全衛生管理体制が必要なのです。

その実態はどうでしょうか。厚生労働省の「医師の働き方改革に関する検討会」もいよいよ大詰め。長時間労働をする医師の健康確保策として、面接指導やドクターストップが盛り込まれそうですが、きちんと機能するのでしょうか?

日本医師会産業保健委員会の2018年3月の答申を見ますと、アンケートに回答した1920医療機関中、90%以上の施設で産業医の選任やストレスチェックは行われていました。表向きの体制は整えられているようです。

しかし、たとえば、長時間労働をしている医師の面接指導が実施されているのは約25%にとどまっていました。

労働安全衛生法では、長時間労働のために疲労の蓄積が認められる申出のある労働者に対して医師の面接指導を実施する必要があります。事業者はそのための仕組みを整備する必要があるのです。

月の時間外労働時間が合計100時間を超える場合は義務、80時間を越える場合は努力義務です。

すなわち、医療機関における既存の産業衛生の仕組みが十分に活用されているか、という点に関して非常に心もとない結果といえます。

2018年2月にこの検討会で取りまとめられ、3月に医療機関に広く周知された「医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組」に、「既存の産業保健の仕組みの活用」が6つの柱のうちの一つとして取り上げられているのは当然の流れだったわけです。

医師との産業医面談は何をしているのか?

私は産業医として、健診の結果に関する保健指導、長時間労働に対する面接指導、メンタル不調者への面談対応、ストレスチェックにおける高ストレス者への面接指導、病気と仕事の両立支援など、一連の面談業務を大学や病院の職員に対して日常的に行っています。

長時間労働の面談の場合、質問紙表を用いた疲労蓄積の評価や、対面で顔色を見て話しながらのメンタルを含む健康の状況確認などを行います。

相手が医師の場合にも同じです。たしかに、医師に対する面談業務は容易ではない時があり、いうことを聞いてくれない医師もいます。産業保健関係の医師会のある会議で、「医師は医師の面接など受けたくないもの」という意見があり、出席者の失笑がもれました。

面接指導の呼び出しに応じてくれない職種は、確かに医師が多いようです。気持ちはわからないわけではありません。忙しい医師であれば、面談よりも別のことを優先したいでしょう。

一人でも多く外来や病棟の患者を診たり、食事や休憩の時間にあてたり、診断書を作成したり原稿を書いたり、私用で銀行に行ったり郵便局に行ったり、際限なくやることがあるはずです。

自分は医師であるというプライドもあります。法律用語ではありますが、「面接指導」を受けるということ自体、抵抗を感じるかもしれません。

加えて、医師全員が労働安全衛生法など労働法規やその趣旨に詳しいわけではありません。産業医との面談で何を言われるのか、小言を言われたり、嫌味でも言われたりするのはたまらないし(実際は全然違いますが)、気が進まなくなってしまうのも無理はありません。

忙しくて疲れている上に、面談でわかりきったことを話すのは無駄なこととイメージされるのでしょう。

医師が医師の面接指導を受けるということ

しかし、逆に、面接指導が楽な時もあります。

最近の出来事ですが、健診で血糖が高い内科医師を呼び出したところ、「忙しくて自分の健康は二の次」と笑って話をしてくれました。そして、「自分も薬を飲んだほうがいいかなと思っていたところだった」、と必要な生活習慣改善と薬物治療を開始してくれたのです。

「医者の不養生」とは古くから言われていることですが、糖尿病の専門家でもない筆者がその病気の専門家でもある医師職員に指導するなど、本当はおかしな図式ではあります。

でも、ちょっとした出来事が適切な行動のきっかけになることも少なくありません。産業医が繰り返し注意喚起すると、タバコをやめたりアルコールを控えて運動を始めたり、健康によい生活習慣をこっそり始めていたりするわけです。

理由は、「産業医にまた言われるから」というのですが、本当は医学に関する基礎知識が背景にあるからではないかと思います。

長時間労働の面接指導では、関係のないグチを聴かされることも頻繁にありますが、筆者も現場で働いた経験がありますから、過重労働の現場の状況と容易に休めない医師の事情は痛いほどわかります。それを遮ったりしないで耳を傾けるせいか、面談の機会を楽しみにして来てくれる「常連」の医師もいました。

「健康確保措置」としての面接指導

医師の働き方改革に関する検討会では、「過労死ライン」を超えて長時間労働をする場合の前提として、健康確保措置の義務化が想定されています。

要点は、連続勤務時間の制限、勤務と勤務の間に9時間以上は間を置かせる勤務間インターバル、代償休暇、医師の面接指導です。

これらが実現するのであれば、現在の働き方よりも相当楽になる、と率直な感想を発言した構成員もいました。問題は、実現するかどうか、あるいはそれが適切に機能するかどうか、だと思います。

実現するための障壁としては、地域医療との兼ね合いの問題も大きい要素です。

例えば、今までいつでも連絡して呼び出すことができた医師が、連続勤務時間制限や勤務間インターバルのルール下では、仕事をしてもらえない時間帯が存在することになります。加えて、面接指導後の健康確保措置として、いわゆる、「ドクターストップ」があり得ます。

このように、医師の働かない時間を強制的に作る仕組みをルール化することは、医師の偏在で医師不足の地域ほど、大きな問題になるでしょう。そもそも、医師が「休め」と指示されたところで、代わりに働く医師がいなければ簡単に休めません。

実際、私が行った産業医面談で、ドクターストップの提案にも関わらず、「代わりの医者がいない」と拒否した医師は1人や2人ではありません。適切な就業措置の意見には、交代医師の存在が必須です。

検討会の案では、院内で交代の医師の確保が解決できない場合、都道府県などを中心とした地域で代わりに働く医師を調整する仕組みが想定されています。

医師の需給に関する検討会を見ますと、なかなか医師不足を解決できない都道府県が発生するようです。医師の健康確保の観点から、医師の面接指導を「絵に描いた餅」にしないためには、都道府県の枠を超えて調整する仕組みが求められるのは必然と思われます。

大学は医師不足の救世主か

ちなみに、医師不足の解決の切り札として、大学に安易に期待してはいけません。

一般に、医師の派遣には地域の大学病院が一定の役割を果たしています。一般病院の院長が大学の医局に日参して医師を派遣してもらう、とは今でもよく聞く話です。

しかし、医師の働き方改革が始まれば、大学も背に腹は変えられない事情が出てくると思います。労働時間制限によって、大学病院に勤務する個々の医師の総労働量の低下は免れません。低下分を数で補うとすれば、当然、大学からの医師の派遣は今よりも難しくなります。

加えて、例えば、日曜の日勤帯から翌朝までに連続勤務した場合、勤務間インターバルを置くために月曜は休まなくてはいけません。労働基準法によれば、副業や兼業は勤務時間として通算されます。

医師の働き方改革を契機にこのルールが厳格化されれば、医師のそのような派遣は制限せざるを得ません。夜間や土日の診療を大学の派遣医師に依存するような医療機関では、対策が急務になります。

今後の課題

医師の過労死は、現時点においても起こっています。長時間労働によって起こる精神的な不調や心筋梗塞や脳卒中などの病気を起こさないようにすることが必要です。

そのためには、全国の医療機関で面接指導が適切に実施されて機能することが必須です。法施行後、5年間の猶予期間でそれが実現できるように、行政側ができる限りの施策を打ち出していくしかないように思います。そのための今後の課題を二つ挙げたいと思います。

第1は、面接をする医師の養成です。患者さんを診る臨床と産業医の面談業務では、少し違う面があります。話を聴くこと、的確な判断をして措置を行うこと、働く現場を理解していること、利害関係者の調整ができること、などが産業医の面談では必要になります。

産業医だけでは足りないだろうということで、産業医資格を持たない医師も含めて講習を行って養成する構想が現在の案ですが、医師だけでは足りないかもしれません。

面接指導を多職種の専門職に広げることは、チームで行う産業保健の方向に合致していますので、保健師、看護師など他の医療専門職も含めた形での養成も視野に入ると思われます。病院職員全体の働き方を総合的に管理する方向にも発展する可能性もあります。

第2は、医師の労働時間の適切な把握です。

多くの医療機関では、医師の労働時間の把握が適切にできていないのが現状ではないかと考えられます。面接指導のシステムが整備されていても、すべての医師の長時間労働が適切に把握できるようにならなければ、医師の過労死や長時間労働による健康障害を防ぐことはできないと考えます。

この4月から、働き方改革関連法案が次々と施行されます。医師については、その実施はあと5年間猶予されます。医師が特別扱いされることは、労働基準法にこれまでなかったことです。罰則まで設けて労働時間の規制をすることと、医師の仕事の現実がそぐわないと判断されたのかもしれません。

しかし、だからといって、長時間労働のために、医師個人の健康や人生までも犠牲にさせてはいけません。国民の医療を守ることは大切なことです。そしてまた、医師個人も大切にするような社会の仕組みが大切ではないでしょうか。

【黒澤一(くろさわ・はじめ)】東北大学環境・安全推進センター、東北大学大学院医学系研究科産業医学分野教授・統括産業医

1988年に東北大学医学部卒業後、厚生連平鹿総合病院にて臨床研修を行い、東北大学第一内科へ入局。カナダMcGill大学Meakins-Christie研究所、福島労災病院、東北大学大学院内部障害学分野を経て、東北大学産業医となり、2010年から現職。2017年より、厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」の構成員を務めている。医学博士、労働衛生コンサルタント(保健衛生)。