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「最新テクノロジー」を使って、100年前の人々が記録していたものたち。

100年前の写真を見ると、今何が必要かわかる。

写真がない世の中というのは今は想像すらできないだが、19世紀の世界では、写真は世に出てきたばかりの新しいテクノロジーだった。ロサンゼルスにあるJ・ポール・ゲティ美術館にて、2月から開催の写真展「Paper Promises: Early American Photography」では、アメリカの写真初期時代におけるその影響力や、アメリカという国の今ある姿をどう作ってきたかなど、当時の写真を通して伝えている。

BuzzFeed Newsは、美術館のフォトグラフィ部門アシスタント・キュレイターであるメイジー・ハリス氏に、写真展開催に至るまでの経緯など、話をきいた。19世紀当時のアメリカの人々は、写真という新たなテクノロジーをどう捉えていたのだろう。


写真展で展示されているのは、1850年代から1860年代、紙写真初期の作品。アメリカがとても賑やかだった時代です。起業家、科学者、新聞や本の編集者、有名人、家族、生徒、弁護士、政治家、不動産投資家、ありとあらゆる人々が、写真という新しいモノをどう使っていこうかと試行錯誤していました。

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フォトグラフィーが世にでてきたのは1839年のこと。1850年代頃には、多くのアメリカ人が、タゲレオタイプ(銀板写真)を所有、または見たことがありました。美しいケースにはいって保存された手のひらサイズの写真。現代の我々が、手の中のスマートフォンで写真をスクロールするように、当時の人々も、手のひらの写真をそっと愛情をもって見つめていたのでしょう。

一方で、もともとは紙のネガから、その後ガラスのネガから作られた紙の写真には、多様なサイズにプリントでき、簡単に送ることができ、アルバムにも貼れるという利点がありました。しかし、光への感度が高く、ケースにはいった銀板写真ほどの貴重さはありません。

現代では、写真の複写は容易であり、それが写真というメディアの利点でもありますが、当時のアメリカで人気があったのは、1枚1枚が少しずつ異なる銀板写真。当時の人々は、一点モノにこだわったのです。とはいえ、ネガから紙写真を何枚も作ることができる紙写真の存在も、多くの人が知ってはいました。複写可能というポテンシャルを持ち、ヨーロッパでは浸透の早かった紙写真が、アメリカではなぜ当時広がりを見せなかった。それを読み解くのも、展示会を企画する上で、私にはとても興味深いところでした。

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南北戦争の頃には、一点モノ写真よりも紙写真の方がメジャーになっていました。移住により家族が離れ離れになり、軍国主義が高まり抑圧される中で、紙写真のほうがお互いの存在や思い出を共有するのに便利だったからです。

1861年4月1日のアメリカン・ジャーナル・オブ・フォトグラフィーには、こんな記述があります。「ほとんどの家族が、ギャラリーほどに写真をたくさん持っており、子どもたちが写真を撮って部屋からでていく様は、はしかや百日咳の菌がでていくようだ。いわば、写真は天然痘と同じく伝染するのだ」この言い方は、まるで、今日のソーシャルメディア上での写真共有の勢いを語るのと似ていますね。

大きいサイズの紙写真も多く作らるようになっていきました。写真展には、大きな美しい風景写真も数枚展示されています。南北戦争で使われたフォトマップもありますよ。

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1860年代、最も人気のあった紙写真は「carte de visite」フォーマットと呼ばれる、小さなサイズの顔写真。ベースボールカードほどの大きさで、アルバムにはり人々の間で共有されていました。好きな有名人や愛する人の写真を、アルバムにはるのもよくあったこと。家族アルバムには、写真にコメントが書き添えられていました。

1862年8月15日のアメリカン・ジャーナル・オブ・フォトグラフィーにて、ある記者は、小サイズ写真の広まりに驚きの声をあげています。「写真撮影の簡単さ、そして安さが、carte de visiteの発展を最高潮に高めた。ほんの10セントで撮影ができ、さらに3セント追加すればこの写真を遠く離れたあちこちに住む友人に送ることができるのである」

写真は、当時の世界を画に収めただけではありません。人々の考えや行動にも大いに影響を与えたのです。プロバガンダに、観光促進に、芸能人の活躍に、政治家へのサポートへ、愛情表現として、不動産投資の宣伝に、そしてより遠い土地への移住を促す要素として、あっと言うまに多くの分野で写真が使われ始めました。写真初期は、まさに現代の写真の在り方の創世記だったのです。

19世紀中頃、紙写真への熱気とともに、人々の心には不安もありました。新しいテクノロジには、常に不安はつきものです。危険性はないのか、副作用はないのか、そんな話が巷にはあふれていました。私は、当時の人々の不安についても掘り下げて学びましたが、彼らが初めて写真を見る、共有するときの高揚感を想像してみるのも、なかなか楽しいですよね。

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写真史において、写真技術を用いた模造というのも、また興味深いトピックです。写真が世に広まっていった頃、アメリカでは統一紙幣ではなく、各銀行がそれぞれに発行した紙幣が使われていました。何千という種類の紙幣が流通していたのです。となれば、偽造も増えます。その結果、紙幣はある意味での紙約束というだけにすぎず、硬貨の方に高い価値がおかれていました。写真のネガが偽札作りに使われていると多数報道されたことから、紙写真もこの流れに大きく巻き込まれていました。

当時の紙幣は片側に黒インクのみで印刷されていたもので、偽札への恐れから、グリーンバック紙幣(両サイド印刷で裏が緑色)の発展が早まったと言えるでしょう。紙写真を使った偽札については、私もかなり調べましたが実例を見つけるのは困難でした。なので、専門家に手伝ってもらい、発見したものを展示会にも組み込めたのは、とても誇らしいです。

偽札の存在は、写真展のタイトルにも影響しています。1850年代の紙写真が紙約束というフレーズとひも付きながら、そこから10年もしない間に、アメリカの発展を永続的に記録していくもっとも卓越した存在になったというのも、皮肉的で面白いと思いました。

今回の写真展に取り組む上で、アメリカにおける、人種間、階級間で起きる衝突の歴史がいかに長いかを痛感しました。今日、写真家が社会正義のために活躍している姿を見るのは、未だに制限されている場面もあるとはいえ、鼓舞される思いです。

アメリカの初期の写真をみることで、今の私たちに必要な進歩は何なのか、それを考える手助けになればと思います。当時でさえ、写真はより大きなチャンスを映し出す存在でした。しかし、まだまだ写真というメディアのポテンシャルを民主化していかねばなりません。

写真初期の様子、写真の歴史について学んできましたが、何より私は古い写真を眺めるのが好きです。19世紀の写真をみてその髪型やファッションに笑うこともあれば、そこに写る人々の表情に、写真を等して伝わってくる彼らの感情に心を揺さぶられることもあります。写真の中の人を見ていると、電車やスーパーで見かけた誰かに似ている人がいるかもしれまん。人間のつながり、そんなものを感じますね。

アメリカは常に未完の場所です。人と人の繋がりを妨げるのではなく、助けるために写真をもっと使っていきましょう。


この記事は英語から編集・翻訳しました。翻訳:soko / 編集:BuzzFeed Japan

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