「この給料では生活していけない」アメリカの公立校教員たちが直面する窮状

全米の公教育を揺るがせてきた学校ストライキの輪に、アリゾナ州の教員たちも加わった。ある教師は「いくら教師の仕事を愛していても、この給料では請求書を支払うことができない」と語る。

    「この給料では生活していけない」アメリカの公立校教員たちが直面する窮状

    全米の公教育を揺るがせてきた学校ストライキの輪に、アリゾナ州の教員たちも加わった。ある教師は「いくら教師の仕事を愛していても、この給料では請求書を支払うことができない」と語る。

    高校教師のマロリー・ヒースは昨年、自分が担当する人文科学の授業で、生徒たちに作文を書かせた。「私とは何か?」という根本的で個人的な問いについて考えてもらうために。

    それは、現在30歳のヒースが、故郷のアリゾナ州チャンドラーにあるバシャ高校の教壇に立つようになって5年目のことだった。自分自身もその問いに答えを出そうと腰を下ろしたとき、彼女は突然ひらめいた。授業中に訪れてほしいと彼女がいつも思っていたような、ひらめきの瞬間だ。

    「教師になっていなければ、自分が誰なのかを知ることはなかったでしょう」と彼女はBuzzFeed Newsに語る。

    もうひとつ明らかなことがある。ヒースは仕事にすべてを注ぎ込んでいた(本当に、仕事は彼女のすべてだった)。しかし、その結果もたらされたのは、アメリカの平均世帯の年収を1万8000ドル下回る給料だった。昇給の見込みもほとんどなかった。

    結果として彼女の作文は、アリゾナ州のダグ・デューシー知事宛ての公開書簡へと姿を変えた。その手紙は、教育予算に対するヒースの欲求不満や怒り、絶望をあらわにしていた。

    「ダグ、私はちゃんとした大学を卒業している。なのに中流家庭並みのサラリーももらえない。州の予算を削減したとき、あなたは笑っていたの?」と彼女は書いた

    「激怒どころじゃない。私のはらわたは煮えくり返ってる。教師たちが感じている不平等と、それに対する社会の無関心のことを思うと、声が枯れるまで叫びたくなるの」

    この手紙がオンラインに投稿されると、ソーシャルメディアで広まり、地元のニュース番組からの注目も集めた。それから1年あまりが過ぎた。

    この叫びで教師たちに結束をもたらしたヒースだったが、今年3月30日、涙ながらに辞表を提出した。彼女が受け持っていた11・12年生の生徒もスタッフも、彼女がいまも教えるのが大好きなことをわかっていた。でも彼女は、もうここにはいられないと彼らに伝えた。

    「暮らすことさえできないんです」と彼女は言う。「教師の仕事では支払いをまかなえるだけの収入が得られません」

    教育を守ろうとする人たちは何年も前から、ベビーブーマー世代が引退し、キャリア中盤の教師たちが燃えつき、大学生がほかの高賃金の仕事を選ぶようになるにつれて、教師不足が深刻化すると警鐘を鳴らしてきた。

    そしていま、全米の教師たちはかつてないほどの規模で、ストライキや抗議行動、ソーシャルメディアへの投稿を通じて、限界に達していると訴え続ける。グレートリセッションに伴う昇給の凍結と予算の逼迫は、景気が回復したあとも変わっていない。

    アリゾナ州の高校教師の場合、2016年の平均収入(インフレ調整後)は、2001年よりも10%減っている。ヒースのような教師にとって、たとえ仕事への情熱を持っていても、昇給を待つ余裕はない。

    退職する教師の数は過去10年間で増加し続けており、その割合はカナダやオーストラリアなどの水準の2倍に上る。米国における教師の収入は、ほかの職業に就く大卒者のそれよりも約30%少ないことを考えると、こうなるのも無理はないと語るのは、教育政策の改善を目的とする調査活動を行う「ラーニング・ポリシー・インスティテュート」のプレジデントを務めるリンダ・ダーリング=ハモンドだ。

    教師を続ければ、家族を養えない。

    「こうしたストライキの根底には深い絶望があります。教師という仕事を続けたくても続けられない人々の絶望です」とダーリング=ハモンドは語る。「もし教師を続ければ、彼らは家族を養えなくなってしまうのです」

    そして退職者が出ると、学区は空いたポジションを急いで埋めなければならなくなる。そうなるとたいていは、経験が浅く、特定の科目を教える優れた能力が欠けている人や、教員免許を持たない人を雇うことを余儀なくされる。これは生徒だけでなく、国全体にとってよくないことだとダーリング=ハモンドは言う。

    「よい教師がいなければ、力強い教育制度はつくれません」と彼女は語る。

    「力強い教育制度がなければ、力強い社会と経済はつくれません。21世紀の経済は知識を土台としているのですから」

    ヒースは、2012年にアリゾナ州立大学の教育プログラムを修了した。元々は心理学を専攻していたが、やがて、子どもたちの力になってあげたいと思うようになった。

    「子どものころの私にとって、読んだり書いたりすることが心の拠り所になっていたことに気がついたんです」と彼女は語る。

    「国語の先生になれば、もっとずっと多くの子どもたちの力になってあげられるかもしれないと思ったんです」

    彼女は国語(英語)の難関コースを修了し、4.13のGPAスコアを獲得して、教育学部を卒業した。教育実習はまるで魔法のようだった。バシャ高校に足を踏みれた最初の瞬間から、彼女は思いやりのあるスタッフとアットホームな雰囲気に感銘を受けた。

    フルタイム勤務のオファーを受けたとき、もちろん彼女は感激した。そこは、彼女が本当に働きたいと思う唯一の場所だった。

    1年目の年俸は3万5800ドルということだった。ヒースには悪くない額だった。そして迎えた最初の給料日、月額は945ドルだった。週60時間働いたあとのこの結果にショックを受けたが、それでも彼女は楽観的だった。彼女は先輩の教師たちから、最初の厳しい数年を乗り越えたら、快適な中流生活を送れるようになると聞かされていた。

    その年は、チャンドラー統一学区がグレートリセッション後にレイオフを避けるために導入した「7年間の昇給凍結」をゆるめた最初の年だった。

    しかしアメリカ全体では、教育予算は2008年以前と比べて約6%少ないままだった。アリゾナ州では、状況はさらに極端だった。

    同州は景気が悪化したさなかに教育予算を削減し、その後、州の政治を率いる政治家たちが減税に踏み切った。賃金水準のスライド制とキャリアラダーはなくなった。修士号を取得するための1万ドルの昇給も1000ドルに減額された。

    ヒースや彼女の同窓生たちは、わずか数年前に働き始めた同僚教師たちと、かなり違う経験をしていた。ヒースたちはインフレに合わせた昇給を当てにできなくなっていた。

    「教師の仕事がどのようなものなのかについて、私たちは実情とは異なる夢を買わされたようなものです」と彼女は言う。

    2013年にアリゾナ州で雇用された教師は、その42が、2016年までに公​​立学校からいなくなった。だがヒースは、この逆境を跳ね返してみせると固く決意していた。

    彼女は午前5時に起き、クルマで学校に向かいながら、教育用のポッドキャストをよく聴いた。そして12時間後、帰宅してから答案を採点した。

    「私の子供たち」(ヒースはいまも生徒たちのことをそう呼んでいる)のことが彼女の頭から離れることは決してなかった。何年か経ってから、彼らから手紙をもらうこともあった。彼女のおかげでつらかった思春期を乗り越えることができたと伝える手紙だ。その意味では、彼女の努力は確かに報われていた。

    ヒースは学生ローンを抱えていなかった。経済的に支えなければならない家族もいなかった。また彼女は、大学の学位を取得し、6年間の経験を持ち、プロフェッショナルの認定も受けていた。

    しかしそれでも、ルームメイトを迎え入れたり、副業をこなしたりしなければ(教師の16がそうしている)、自分の生活を支えられなかった。ヒースの場合、その副業はステーキハウスのウェイトレスだった。2足のわらじを履く生活を送っていた彼女だったが、結局1年半後には、ウェイトレスの仕事をやめている。

    タイヤを買い換える余裕すらない。結果として2足のわらじをはくことに。

    教師としての彼女の年収は、4万2812ドルがピーク。しかしそれでも、ヒースの生活は苦しかった。889ドルの住宅ローンのほか、保険、ガソリン、食料品、光熱費など、月々の支払いを合わせると、2500ドルになった。手取りは2200ドルだったので、毎月300ドルの赤字だった。

    わずかでも節約するため、買い物するときは、絆創膏のようなものにいたるまで、あらゆるものが「精査」の対象になった。タイヤがすり減ってくると、出費とパンクのどちらが痛いかをつい計算してしまっていた。

    「タイヤ交換の必要があると聞くと、みぞおちを殴られたような感じでした」と彼女は語る。「19歳のときから使っているメガネがあるのですが、接着剤で修理しました。新しいのを買う余裕がないからです」

    アリゾナ州は長年、オクラホマ州、ウェストバージニア州、アイダホ州、ユタ州、ミシシッピ州などとともに、教員の給与と生徒1人当たりの支出において下位を占めてきた。2015年の生徒1人当たりの支出は、全米平均1万1454ドルに対して7590ドルだった。

    米労働統計局によれば、全米の教員の平均給与は、小学校が5万7160ドル、高校が5万9170ドルだったが、アリゾナ州は小学校が4万3280ドル、高校が4万6470ドルだった。アリゾナ州立大学モリソン公共政策研究所が2017年に行った調査では、生活費を考慮に入れた場合、アリゾナ州の小学校教員は全米で最も給与が低く、高校教員は49位という結果が出ている。

    一方、デューシー知事は「教育知事」を自称している。アリゾナ州ではもともと、有権者の投票によって、売上税の一部を教育予算に回すことが決まっていた。知事は3月、この政策を延長するための法案に署名し、知事室は歴史的な偉業と自画自賛した。

    1月には、教育予算を3億7100万ドル追加投入するための5カ年計画を発表し、景気後退局面で削減された予算を元の水準に戻すと宣言した。『アリゾナ・デイリースター』紙はこれに対し、学校関連の予算は約10億ドル削減されており、そのうち3億4800万ドルはデューシー知事が承認したものだと指摘している。

    2017年、デューシー知事は教員の給与を1%上げると発表した。これはヒースの月給が4.13ドル増えることを意味した。「私とは何か?」という作文について考えていたとき、ヒースの怒りは捌け口を見出した。

    ヒースはデューシー知事への手紙に、「私は教員生活5年目だが、教員に1日わずか数セントを渡して得意気になっているあなたには嫌悪感しか感じない。あなたの行為は、私たちおよび私たちの仕事に対する侮辱だ」と書いている。

    教育と教育者のことを考えない人々によって、今にも窒息しそう。

    「私は教えることが好きだ。私は生徒たちを愛している」とヒースは続ける。

    「しかし、この州はゆっくりと、私たちの息の根を止めようとしている。教育と教育者のことを考えない人々の無関心によって、私は今にも窒息しそうだ。この無関心は、私たち全員に害を及ぼす。教員に害を及ぼすだけでなく、何より、若い学生たちが教育制度の崩壊に直面することになる。まるで、割れたガラスの破片に傷つけられるように。あなたはわかっているのだろうか? あなたの“努力”という言葉は、感謝の気持ちではなく、怒りを呼び起こすものであるということが」

    ヒースは2100ワードを超えるこの手紙を、まずはLinkedIn、その後Facebookに投稿した。おそらく少数の友人が読んでくれるだろうと思ってのことだった。

    しかし、手紙は広く共有され、ヒースは人々の反応に圧倒された。元生徒の親たちは感謝の言葉を述べ、アリゾナ州だけでなく他州の教員もそれぞれの不満を打ち明けた。車のタイヤを買い替える金にも困っていると手紙に書いたところ、新しいタイヤを提供したいという申し出が数件あった。

    同僚たちとスキルを共有するため、教員研修プログラムに申し込んだときには、「GoFundMe」で参加料と旅費の寄付を募ったところ、1400ドルの資金が集まった

    しかし、2017年秋までに、ヒースは仕事を続けられないと悟った。そして、最後の1年になるという悲しみを抱きながら、2017~2018年度を迎えた。

    すると、ウェストバージニア州で、教員によるストライキが起きた。草の根組織のもと、何千人もの教員が結集し、5%の賃上げと良心的な医療保険を求めたのだ。9日間におよぶボイコットの末、教員たちは勝利した。

    他州の教員たちもこのストライキを注視していた。そして、ケンタッキー州でも3月、25学区でボイコットが強行された。年金制度の見直しが行われたことを受け、教員たちが一斉に学校を休むよう呼びかけたのだ。数千人の教員が、州議会議事堂の外を行進した。

    オクラホマ州でも、教員たちがストライキを決行し、知事から6000ドルの賃上げを勝ち取った。教員たちは現在も、教室の修繕予算を求めて戦っており、壊れた設備やボロボロの教科書の写真が口コミで広がっている。さらに人々の関心を引くため、100人前後の一団が、タルサから州議会議事堂までの約177キロを行進し続けている

    アリゾナ州では、教員たちがハッシュタグ「#RedForEd」のもとで集結している。RedForEdという言葉は、ウェストバージニア州の教員たちが着ていた赤い服からインスピレーションを得たものだ。

    ウェストバージニア州の教員たちは、同州で20世紀に起きた炭鉱作業員のストライキをたたえて赤い服を着た。きっかけは、アリゾナ州の小学校で音楽を教えるノア・カーベリスが、同僚たちに赤い服を着るよう呼びかけたことだ。

    すると、わずか数週間で、3万人以上がFacebookグループに参加し、教員の権利を訴える運動へと発展した。

    「この州で教員になると、余裕のある暮らしを送ることができない。それが結論です」とカーベリスは話す。「(議会が)状況を変えないのであれば、私たちはあらゆる手段を行使します」

    教員たちは、アリゾナ州議会議事堂の外で抗議行動を実施した。地元住民が学校を訪れ、教員たちへの支持を表明できるよう、州全域で「ウォークイン」も開催されている。ストライキを行う可能性も残されている。カーベリス率いる草の根組織「アリゾナ・エデュケーターズ・ユナイテッド」は、教員には20%の賃上げ、職員には競争力のある賃金、2008年と同水準の学校予算、全米平均と同水準の年次昇給、学校予算が全米平均に肩を並べるまで、いかなる減税も実行しないことを要求している。

    2万人の教職員が所属する労働組合「アリゾナ・エデュケーション・アソシエーション」のジョー・トーマス会長は、大胆不敵な要求に聞こえるかもしれないが、実際は違うと述べている。

    「20%の賃上げなどあり得ないと思うでしょうが、たとえ20%の賃上げが実現しても、私たちの給与はまだ全米平均に届きません」とトーマス会長は話す。「途方もない賃上げに聞こえるでしょうし、実際その通りです。革命的と言ってもよいかもしれません。しかし、私たちが求めているのは全米平均以下の数字です。だからこそ(教員たちが)次々と仕事を辞めていくのです」

    州議会議事堂での抗議行動の翌日、デューシー知事は報道陣に対し、教員の給与を2018年と2019年に1%ずつ上げるという現在の予算案を引き続き支持すると述べた

    「私が皆さんに伝えたいことは、私は教員たちの味方だということです」とデューシー知事は語った。「私は教員たちの給与が上がるのをこの目で見たいと思っています」

    デューシー知事は現在の予算案が成立すれば、新たに4億ドルが教育に差し向けられると説明したうえで、2015年に自身が知事に就任してから、教員給与の予算は9%増えていると言い添えた。デューシー知事はさらに、アリゾナ州立大学の調査では、アリゾナ州の教員給与は全米最下位だが、全米教育協会(NEA)の統計では43位だと反論している。

    「43位を自慢するつもりはありません。私はただ、最下位ではないと言いたいだけです」

    知事室の広報を務めるパトリック・プタックはBuzzFeed Newsに宛てた声明で、デューシー知事は数週間以内に予算案を成立させるつもりだと述べた。

    「ここで歩みを止めるつもりはありません。教員と生徒が置かれている状況を改善するため、私たちは毎年、幼稚園から高校までの教育にリソースを投入し続けるつもりです」

    常に金銭的な問題を抱え、おびえて暮らす生活に終止符を。

    教員の権利を訴える人々は、デューシー知事と議会のリーダーたちに書簡を送り、自分たちの要求と知事の予算案について交渉の席を設けてほしいと訴えた。合意に達することができなければ、教員たちは去るつもりだとトーマス会長は述べている。

    「起こり得る最悪のことがすでに起きています。すでに教員のいない教室が5000もあり、教員たちが戻ってくることはありません。これは危機的な状況です」とトーマス会長は話す。「約15万人の子供たちが教員不足に直面しており、進級に必要な授業すら受けることができません」

    ヒースのように、教職を去ろうと決意した教員は、永遠に戻ってこないことも珍しくない。ヒースは仲間たちが声を上げていることに励まされている。しかし、デューシー知事の反応を聞くと、2017年に感じた怒りがよみがえってくる。ヒースは、状況が大きく改善することはないと考えている。そして、物事がどう転ぼうと、これからも生活費がかかることに変わりはない。

    「結局、私が求めているのは、常に金銭的な問題を抱え、おびえて暮らすようなことのない仕事なのです」

    ヒースの教員生活は5月30日で終わるが、今はまだどのような気持ちになるかわからないという。ヒースは現在、次の仕事を選んでいるところだ。不動産会社と教育テクノロジー企業が候補に挙がっている。

    新年度のヒースは、授業の計画を立てる必要も、試験を採点する必要もなく、助言や支援を求めて頼ってくる10代の生徒たちもいない。ヒースは今、かつて生徒たちに投げかけた質問「私とは何か?」にどう答えるのだろうか?

    「教員生活が終わるそのときまでに、答えが見つかっていることを願っています」

    この記事は英語から翻訳されました。翻訳:阪本博希、米井香織/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan

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