突然の入国禁止令。その影響を受けた人たちに自分の言葉で語ってもらった

「私は7年間アメリカに住み、国外追放されました」

ドナルド・トランプ大統領は1月27日、イスラム教の7カ国からの移民や難民の入国を禁止する大統領令を出した。この入国禁止令で影響を受けた人たちが、SNS上で今の心境をシェアしている。BuzzFeed Newsはそのうちの何人かに話を聞いた。

Payamはサンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学の大学院で映画製作を学んでいる。次の春学期が最後で、修士を取る予定だ。

「家族に会いに、冬休みにイランへ帰りました。でも、トランプ大統領が引き起こしたこの状況のもとでは、サンフランシスコに戻れません。2月5日の飛行機に乗る予定でした」

「過去3年間、何も問題もなく、アメリカに4回入国してきました。違反の切符をもらったこともないし、問題も起こしたことは一度もありません。これはフェアじゃない。どうか、私の声を聞いて下さい」

—Payam Jafari

家族に会いに1年に1度、イランのテヘランに帰省するNazanin。月曜日に28時間のフライトを経て、家族と楽しい時を過ごそうと思っていたその時だった。水曜日に大統領令のことを聞いたという。

「幸せな時間は長続きしませんでした。水曜日に、移民ルールが変わってしまう新しい大統領令についての噂を耳にしました。すぐにみんなのように私たちも草案を読みました。私は戻ることが許されないのか?いや、そんなことありえないと思いました。私はこの旅行を台無しにしないぞ思いました。しかし、すぐに全て本当のことになりました」

「気がついたら全てが現実に起きていました。家族を残して行きたくなかったけれど、すぐにチケットを予約しました。大統領令が出された数時間後に、私は空港に行き、飛行機に乗って、ドバイに着きました」

「書類をチェックするために列に並び、40分間待った後、私はワシントンに向かう飛行機に乗る準備ができました。その時『セキュリティーの関係上、あなたの搭乗は拒否されました』と警官に搭乗エリアを去るように言われました」

「私は7年間アメリカに住み、国外追放されました。私が出国する時、誰も注意してくれなかったし、誰も私の犬や仕事、空港にまだ停められたままの車をどうすればいいか、教えてくれませんでした。家とその他のものに関してもです。『あなたの人生は大事ではない、何年間も頑張ってきたとしても関係ない』。言葉では言われなかったけれど、そういうことを態度で示されたと感じました」

Nazanin Zinouri (許可を得て、Facebookから引用し、掲載しました)

Salma Elfakiはスーダン出身の小児科の開業医だ。17年前にアメリカに難民として来た。グリーンカードを持っており、現在はアメリカ国民になるための宣誓式を待っている。

シングルマザーであるSalmaは、癌を克服した経験も持っている。

「癌を克服し、素晴らしい13歳の子を育て、ビジネスを始め、コミュニティーを助け、雇用を提供し、雇用している女性たち全員に生活を安定させられるレベルの賃金を払っています。全てはこの国に来なければ、なし得なかったことです」

Salmaは外国にいる家族に1年に1回会いに行っていたが、今度いつ会えるかも分からないという。

「家族はここに来れないし、大統領令が出た今、私も出国したら家に戻って来れない。過去17年で私は家庭を築きあげ、患者の子供の数は4000人います。私の娘が自分の家、友達、学校、地元だと唯一感じている場所はアメリカです。そこに戻れなくなるかもしれないのです」と語る。

「この状況は続くべきではありません。この禁止令は違憲です。アメリカは移民の力で築かれました。移民達はこの国を建て、建て続けています。私たちを分裂させないで下さい。壁でなく、橋を作りましょう」

— Dr. Salma Elfaki, M.D.

Marziehはアメリカで生まれ育ったアメリカ国民。彼女の父親は1979年のイラン革命の時に来た。父親がイランの国籍なため、彼女はイランとアメリカの二重国籍を持っている。

「数人の従兄弟はイランで育ちましたが、(それは長く、疲れる過程だったけれども)幸せなことに、ここで勉強し働けるビザを取得できました。だけれど、彼らの両親はまだ、イランにいます」

「私は今年の夏に、ミシガンで結婚式を挙げます。叔父や叔母の多くは結婚式のためにここに来る予定でしたが、この入国禁止令の下では、家族はもう結婚式に来れません。従兄弟の中には、自分の両親に何年間も会っていない人も居ます。だからこそ、今年の夏はみんなが集まるのに完璧な時だと思っていました。でも、それはもう起こりえません」

「イランがアメリカ人の入国を制限し、報復措置をしていることによって、私も誰かに会いにイランへ行けなくなりました」

—Marzieh Saffarian

Sabrinaの両親は20年以上前にイラクから来た。アメリカに来てからは、彼女の両親はイラクには数回しか行っていない。彼女の母親は、去年の1月にここ10年で初めて、家族に会いに(イラクへ)行ったという。

「私の両親は、家族の中では、アメリカでの生活を選んだ初めての人でした。正直、村全体で初めてかもしれません。私は、祖父母にも、叔父叔母にも、従兄弟にも会ったことがありません。この大統領令のことは、何もしようがありません。私は今度はいつ彼らに会えるのだろうか、と考えています。今後、私の両親は、再入国できなくなる恐れなしに、自分の従兄弟や両親に会いに行けるとは思えません。私はアメリカ人です。この禁止令の後、私が家族に会いに行くのは、どれ程難しくなるのでしょうか」

「この国で、私はたくさんの機会に恵まれました。それはイラクではありえなかったでしょう。イスラム教に対する禁止令は、私のような若者が、私が幸せなことにできたことを、経験できなくなるということです。心が痛みます。アメリカは、どんな人であっても、居場所があるという考えの下に建国されました。それを考えると、さらに心が痛みます」

—Sabrina Khuder

Rahillはイラン系アメリカ人だ。ミシガンのイスラム教の家庭で育った。彼女の両親は、1979年のイラン革命の時に別々にアメリカに渡り、ミシガン州大学で勉強していた時に出会ったという。

カナダにいる彼女の従兄弟は、癌によって母親を亡くした。今は、カナダに一人で暮らし、大学に行っているという。Rahillの父親は仕事とRahillの従兄弟に会うため、カナダへ行っていた。しかし、この禁止令で仕事はできなくなり、従兄弟にも会いに行けなくなった。

「父はこの国で囚人のようです。一度出国したら再入国は保証できないといわれました。両親は9.11後に、彼らの自由がこの国で脅かされるだろうと感じていたようです。母は弁護士とともに長い戦いを経て、市民権を得ました。しかし、父は得ることができませんでした」

「私にとって、一番悲しいのは父が16歳でアメリカに一人で来たということです。彼は、完璧にアメリカ人です。彼は自立し、生活を支え、自分の3人の子供と妻を支えました。イスラム教のコミュニティーにもいます。(先月に帰宅した時、彼は丁度、新しい難民の手助けをするために、近所のモスクで行われたミーティングから帰ってきました)」

彼女の父親は、コミュニティーを愛し、恵まれてこなかった人を助けることが自分の責任だと感じているという。

「これはもう政治だけの話ではないのです。私たちは政治的な義務や責任を論じているわけでもありません。これは道徳の問題なのです」

—Rahill Jamalifard

この記事は英語から翻訳されました。

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Stephanie McNeal is a social news editor for BuzzFeed News and is based in New York.

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