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「テロリズムとは、メディア戦略を使った大量殺人」 その仕組みを崩壊させるための提言

殺人者の力を誇張してはならない

英でテロ事件が相次いでいる。5月22日のマンチェスターでの事件を受け、テクノロジーと社会について研究するゼイナップ・トゥフェックチーは、恐怖を煽るテロ事件の報道について、ISの狙い通りだと指摘。そろそろテロリストたちをメディアの「プロデューサー席」からおろすべきだという。

ISによる大量殺人は、2017年も引き続き世界を揺るがせている。マンチェスターの事件のターゲットは子どもたちだった。過去に幾度となく見られたように、マスメディアの報道は、同じ内容を繰り返している。逃げ惑う犠牲者たち、苦悶しながら子どもを待つ親、取り乱した母親など、いくつかの同じ映像が画面を独占し、延々と流れている。

ISにはメディア戦略がある。そしてそれは残念ながら、まさにこうした報道がなされることを狙っている。こうしたメディア戦略は、学校での銃乱射事件の犯人や、白人至上主義のテロリストをはじめとする、衝撃的な大量殺人者が本能的にしていることと同じだ。彼らは、ゆがんだ名声を得ることを願っている。念入りに準備した声明が公表されることを望み、自分が撮影した動画がケーブルテレビで繰り返し流れることを願っている。

見る人にショックを与えるようなかたちで犠牲者を増やし、注目される。ISは学校での銃乱射事件の犯人同様、このようなことを本能的に行っている。大量殺人者は、過去の似たような事件の報道を異常なまでに追っていることがよくある。多くの犠牲者を生んだ殺人者を「尊敬し」、見倣おうとしている。

ISではなく精神障害のある米国の若者によって引き起こされた「サンディフック小学校銃乱射事件」は、まさにそういう事件だった。子どもをターゲットにすることで、大量殺人をよりセンセーショナルにしようとしたのだ。ISの場合は、本能的ではなく、戦略的に、よりセンセーショナルにしようとしている。起こした事件の報道を増やし、人々の恐怖を倍増させるためには、事件そのものを激しいものにする必要があるということを理解しているのだ。

そしてわれわれは、何度も何度も、彼らの狙い通りの反応をしている。

誤解しないでいただきたいのだが、筆者も、ほかの人々と同じような反応をする。もちろん統計結果は理解している。テロ事件で亡くなる子どもより、毎日交通事故で亡くなる子どもの方がずっと多い。戦争やさまざまな苦難が、世界中の子どもたちにとって慢性的な問題であることも分かっている。

ときには、米国政府が手を貸すことによって(イエメンでの軍事作戦や、バーレーンへの戦闘機売却条件撤回のように)、ときには米国政府が何もしないことによって(南スーダンで起きている飢饉のように)、子どもたちが苦しめられていることも知っている。それでも、自分の家や、自分の場所だと思っている場所で行われた攻撃に恐怖を覚え、取り乱した親たちの映像に衝撃を受けるのが人間なのだ。

統計をどんなに知的に分析したところで、コンサート会場の子どもたちが殺人者に爆弾で吹き飛ばされたと聞けば、涙を流さずにはいられない。あまりに邪悪で卑劣なために、その邪悪さと卑劣さのすべてを表現する言葉がない。だがそれは、われわれがある事実を理解していないことの言い訳にはならない。こうした行為が行われたのは、われわれの人間的で本能的な反応を狙ってのことだ。こうした人間的で本能的なリアクションのせいで、自分の反応をコントロールするのが難しくなり、殺人者たちの狙い通りに反応してしまうのだ。

だが、われわれの本能的な反応は容認できるとしても、報道機関が何度も繰り返してこの事件を報道することはもはや容認できない。これではまるで、殺人者が、非難されるべきテレビのリアリティ番組の「影のプロデューサー」であるかのようだ。

ソーシャルメディアによる拡散も原因だと言うこともできるが、筆者としては、ソーシャルメディアを使う人たちのこのような事件への対処法は、どんどん良くなってきていると感じている。

私は仕事のために、さまざまなプラットフォームで、さまざまな政治的志向を持つ何千もの人々をフォローしているが、たいていの人はこういうことに賢く対応するようになってきた。実際、今回のマンチェスターテロ事件に関して、私が見た負傷者、もしくは亡くなった人の画像は、ツイートに添付されていたものくらいで、あとはBBCやCNNのような放送局の映像だった。注目を集め、恐怖を引き起こすこのおぞましい駆け引きを理解し、それに反撃するという点においては、ソーシャルメディアの人々は、マスメディアの上を行っている。マスメディアも彼らに追いつくべき時だ。

ISはマスメディアの報道について、非常によく理解している。斬首の映像というスナッフフィルム(実際の殺人を撮影した映像)も制作した。大金をつぎ込んでクレーンまで買い、さまざまなアングルから撮影して、最も見栄えの良いものをつくることで、拡散され、繰り返しニュースで流されるようにしたのだ。

彼らは、政権の空白を利用し、追い詰められた地域を恐ろしい政策で押さえつけてきた、卑劣な男たちの集まりでしかない。この男たちは常に、メディアを利用する天才だった。彼らは武器が足りないときでさえ、何百万ドルもの不釣り合いな予算をメディアのために割いてきた。なぜなら、メディアとプロパガンダは、仲間を勧誘し資金を調達する手段であり、勝ち目のない戦いの士気を高めるための拠りどころだからだ(間違えてはならないのは、彼らは負けつつあるということだ。領土は減り、犠牲者たちの大半が暮らすイスラム世界では忌み嫌われている)。

彼らの目的は明白だ。西洋諸国から来たさまよえる若者たちが、安っぽいスリルを求めて仲間になり、若い女性たちを奴隷にしながら、若くして死ぬような「戦い」に身を置くことだ。

多くのISの動画が、「コール・オブ・デューティー」のような、新兵勧誘を視野に入れた一人称視点のシューティングゲームに似ているのは偶然ではない。ただ音楽と敵が違うだけだ。マスメディアの報道を自分たちでかたちづくろうとするのは、この戦略をさらに一歩進めたものだ。

実際、ISに入った殺人者たち、特に欧州出身のメンバーには、ある明確なパターンがある。社会的、個人的、政治的に挫折し、行き場のない若者。家庭が崩壊したり、家庭内暴力を経験したりした若者も多い。移民の二世で、両親の祖国には属さず、かといって新しい国にも完全に溶け込んではいない。そもそも、彼らのほとんどは宗教的なわけではない。

実際、多くがマリファナを売ったり、つまらないものを盗んだり、酔っぱらって不適切な行動をしたりといった些細な犯罪で刑務所に入っている。そんな彼らが、刑務所で筋金入りのジハーディストと一緒になると、依存症や不品行のカウンセラーのほとんどが知っているような結果になる。軽犯罪者と筋金入りの悪人が一緒になると、悪人が弱い方を誘って悪が広まるのだ。

欧州の行き場のない軽犯罪者たちにとって、それがISへの入口となる。彼らは、欲求不満と反社会的感情を、より大きな「大義」に向けたい。求める名誉と承認を手に入れたい(それらが歪んだものであろうとも)。そして最終的には、社会に対して挑戦的に中指を突き出して見せるチャンスを得たい。BBCやCNN、MSNBC、Foxなどのメディアが繰り返し流す映像や、ソーシャルメディアのバイラルな動画にあるように。

それはまさに、現在のISの戦略と一致する。ISは、必ずしもジハーディストを採用したり訓練したりするわけではない。うまく煽って実行させ、声明を発表するだけだ。犯人が、ISという組織と正確にどんなつながりがあったのか、殺人を実行し悪名を求める理由は何だったのかは、どうでもいいのだ。

このような報道はしなくてもいいのだ。こうした事件に見合った厳粛な報道をし、犠牲者を敬い、彼らに寄り添えばよい。過去にメディア規制をした例がある。1980年代、連鎖的な自殺がマスメディアを介して世界中に広まった。その結果、米疾病管理予防センター(CDC)は、特に若者の自殺に関する報道に対して、分別あるガイドラインを作成した。自殺を美化しない、自殺した人はもっと良いところに行ったと言わない、助けがあることを強調し、その連絡先を伝える、自殺のやり方を解説しない(具体的に想像すると、再現する可能性が増える)、報道のし過ぎは避ける、などだ。メディアはこれらの思慮あるガイドラインに従った。そしてそれが、実際に増加を食い止めることになった。

テロリズムや銃乱射に対しても同じ対策を取ることができるし、そうすべきだ。同じガイドラインにはならないが、概要ははっきりしている。同じ報道内容を繰り返し流さない。犯人の名前は控えめに報道する。彼らの写真や声明、彼らがわれわれに残した映像は、簡単に言及するにとどめる。過度に反応しない。ニュースがあるときのみ報道する。犠牲者にトラウマをよみがえらせない、などだ。

残念なことだが、ケーブルニュース時代の今、マスメディアは、このような事件を24時間休みなく報道するために、何でもいいから何か時間を埋めるものを求めている。だが、簡単には言い尽くせないこうした事件に関して、休みなく報道し続ける価値があるものはそれほど多くはない。恐怖と反響、犠牲者との連帯意識、卑劣な殺人者に対する世界中の非難くらいだ。

視聴者としてわれわれは、こうした恐ろしい映像を繰り返し見たいと感じることもあるかもしれない。すべての親にとって紛れもない悪夢。親でなくても、その不安を深く感じる。だが、とりあえず時間を埋めるために流すという報道機関による誤った判断が、プロパガンダを必要とするテロリストたちのニーズと合わさって、この邪悪なサイクルを助長させ、われわれは次の模倣犯を生む手助けをしている。不名誉と死(自分自身の死も含む)、そして大量殺人へのゆがんでねじれた欲望を持った次の若者を生む手助けをしているのだ。

ひとりひとりの殺人者は、敗者かもしれない。ドナルド・トランプ大統領は彼らのことをそう呼んだ。そしてそれは正しい。注目を独占的に集める方法を理解し、それを戦略のひとつとして大統領になった同氏は、おそらく本能的に、彼らにそうした戦略を使わせてはならないことを理解しているのだ。ISは周到な戦略を取っている。一般市民を震え上がらせることを目的としたその戦略のあまりの恐ろしさに、われわれは、多くの市民が人質となっている地域への大規模爆撃のような理不尽な政策にも賛同してしまう。

大規模爆撃で命の危険にさらされるのが欧米人であったなら、われわれは、ねじれたイデオロギーの中で死を求める数人の男たちを殺すために、何千人もの人質を犠牲にするのは間違っている、と言うだろう。だが、犠牲になるのがラッカの市民であれば、必ずしもそうはならない。ラッカは、ISが占領する狭い領土の首都と言われ、約10万人の市民が人質になっている。そのほとんどが、ISにひどい目に合わされてきた人たちだ。

このことは明確にしておきたい。この問題はとても厄介だ。忍耐とリソース、戦略的思考、鋭い分析、そして行動が求められる。どこの市民かによって犠牲者を無視することを擁護するわけではないが、マスメディア上で本能的に反撃するかのような報道をしても、答えにはならない。

もっと良い方法がある。殺人者をプロデューサー席から追放しよう。彼らが引き起こした事件に、彼らの思惑通りに注目するのをやめるのだ。犠牲者を追悼し、その家族に共感を示そう。ここだけではなく、世界のあらゆる場所で。テレビで殺人者の名前や顔を宣伝するのはやめよう。彼らの声明を繰り返し報道しないことだ。ひとりひとりの死は恐ろしいものだが、それは殺人者の力や影響力を誇張する理由にはならない。

テロリズムとは、メディア戦略を使った大量殺人だ。われわれはそろそろ、その戦略を崩壊させるべきだ。




ゼイナップ・トゥフェックチーは、ノースカロライナ大学准教授、『ニューヨーク・タイムズ』紙の寄稿者。ネットワーク化された公的領域と社会運動について書いた著書に『Twitter and Tear Gas: The Power and Fragility of Networked Protest(Twitterと催涙ガス:ネットワーク化された抗議行動の力ともろさ)』がある。現在は、「監視資本主義」、ビッグデータ、アルゴリズムに関する本を執筆中。TEDにも登壇し、機械知能と道徳について話している。

この記事は英語から翻訳されました。翻訳:浅野美抄子/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan

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