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「車椅子で行けない場所なんて、ほとんどない」バックパック旅行に出掛けて学んだ10のこと

酒の勢いで決断し、生涯忘れられない旅へと私は旅立った。

私はエイミー。

結合組織の疾患を持つ28歳だ。関節が弱く、脱臼しやすいため、車椅子を使用しているが、短い距離であれば歩くことができる。しかし実際は、ほとんどの時間を家で過ごしている。慢性痛や疲労と戦いながら、関節を守って暮らす毎日だ。何をするにも時間がかかり、いらいらを募らせている。

制約だらけの生活だが、障害を理由に家に閉じこもる人間にはなるまいと決意している。だからバックパックを背負い、ラオス、ベトナム、カンボジア、タイ、日本を3カ月かけて回った。車椅子での旅で学んだことを皆さんにお伝えしよう。

1. 車椅子で行けない場所は、ほとんどない。必ずしも乗っているとは限らないが。

車椅子では無理だと思っていたいろいろな場所に行った。川に入り、小さなバケツの水でゾウを洗ったこともある。多くの場合、そのような場所に車椅子利用者が行く唯一の方法は、車椅子に乗らないことだった。乗り物に乗り込む時と降りる時、しばしばお尻歩きをしなければならなかった。乗り物にひもで車椅子を固定してから、ボートやトゥクトゥク、オートバイにも乗った。結果的に「茶色に汚れたお尻」が私の目印になり、その姿でほとんどの時間を過ごした。

2. 友人と親密すぎる関係になる。

ボートの屋根に車椅子を固定したまま、メコン川で2日間を過ごす。ボート暮らしが長過ぎて、大地の上に戻ってもよろよろする。過多月経、月経カップ、和式トイレ、水道のない環境。一緒に旅をする友人と、より親密になる条件がそろっていた。

3. 簡易トイレを忘れてはいけない。

女性用簡易トイレを使わなければ、和式トイレで用を足すことができなかった。いわゆる夜遊びは2~3回しかしなかったが、不運なことに、そのうち1回で持ってくるのを忘れてしまった。結局、友人のステフが和式トイレの上で逆向きにしゃがみ、肩が脱臼しないように気を付けながら、私を支える羽目になった。その直後、ステフは新しくできた友人たちに、靴に小便をかけられたこと、その靴がビーチサンダルだったことを大声で報告した。

4. バリアフリーは馴染みのうすい概念だ。ただし、日本は例外。

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とんでもない旅はいくつもあったが、定員オーバーのマイクロバスでの旅は特にひどかった。運転手が、最前列の席に車椅子の車軸を乗せて、席の前に車椅子を押し込み、ステフを車椅子に座らせたのだ。車軸を乗せた席には、別の乗客が座っている。そして5時間後、トイレ休憩のために停車すると、驚いたことに、運転手はもう1人客を乗せた。私の車椅子は折り畳むことができないため、あらゆる交通機関ですし詰めの不快感を味わうことになった。

日本に到着したときは、あらゆる交通機関が車椅子でアクセスできることに驚嘆した。傾斜があれば、とても有能な駅員やバスの係員が助けてくれた。5分以上待たされたことは一度もなく、目的地に着いたらすでに担当の係員が準備していた。古い山岳鉄道を利用したときも、5段ある段差を持ち上げてくれた。

5. 車椅子でも行けるかと尋ねると、たとえそうでなくてもイエスという答えが返ってくる。

目的地に到着し、階段の下に取り残されたとき、また嘘をつかれたのだと気付く。

6. 人々には感銘を与えるようだが、本人の気分は裏腹。

旅を続けていると、そのうち体験の目新しさは薄れ、出発前から抱えていたメンタルヘルスの問題が消え去っていなかったことに気付かされる。友人たちや他人は、私が旅していることをすごいと言ってくれたが、私自身は、自立した人間としての自信を喪失し、自分が詐欺師になったかのように感じていた。アクセスの難しい場所が多く、普段より助けが必要であることを認めるしかなかった。シャワーに入ることからバスの乗車まで、いつも車椅子を押してもらい、手助けしてもらう必要があった。

身動きを取ることができないように感じ、一から十までステフを頼りにしたこともある。このようなことが積み重なり、不安と憂鬱が増大していった。体の健康より心の健康に対処するのが難しいときもあった。メンタルヘルスの問題を解決するのは、痛み止めを飲むように単純なことではない。故郷の友人たちはSNSで私を見て「感銘を受けて」いたかもしれないが、彼らとつながりを感じることはできなかった。

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7. 荷物を満載された馬の気分を味わう。

ステフが車椅子を押してくれるとき、私はすべての荷物を引き受けなければならなかった。2人分のバックパック、2人分のリュックサック、そして車椅子のオフロード用部品。こうなると、まとめ買いした時のショピングカートより操作が難しい。これに40度近い暑さが加われば、ストレスを感じるのは当たり前だ。

8. 車椅子を小屋に置いて、浮き輪で川を下るのはやめた方がいい。

私は旅行中、何度か馬鹿なことをした。しかし、その中でも一、二を争う馬鹿な行動は、車椅子を降りて、空気を入れたタイヤのチューブに乗り込み、ナムソン川の急流を下って河畔のバーを巡ったことだった。日が暮れないうちに最後のバーを出たが、気付いたときには、暗く長い川にたった2人で浮いていた。降りるはずの地点を通り過ぎたのではないかと本当に怖くなった。私たちはパニックになり、岸にたどり着こうと必死に体をばた付かせ、遠くに明かりを見付けると大声で助けを求めた。そして約40分後、ついに最終地点の明かりが目に飛び込んできた。安心もつかの間。今度は緊急の問題が浮上した。小屋に置いてきた車椅子をどのように回収するかという問題だ。

9.旅行者のコミュニティーは、素晴らしい仲間意識を持っている。

旅行中に出会った人々は、故郷にいる一部の人々とは異なり、私に対して戸惑うことがなかった。メコン川のボートで友人になったタムは、初対面から数時間後、私のマヒした足の指にたばこを挟み、吸おうと試みた。

タイヤのチューブでバーを巡ったときは、見ず知らずの人々が川岸の急斜面を引き上げてくれた。アルゼンチンから来た力自慢のアグスティンは私を背負い、足元の悪い急な階段を8段くらい上がってくれた。

10.百万年あっても無理だと思っていた物事を実行したり、見たりでできる。

私は3ヶ月の旅で、スキューバダイビングを行い、サイドカー付きのオートバイを運転し(バランスがよかったからだ)、サイドカーのないモペッドの後部座席から落ち(バランスが悪かったからだ)、ベトナム行きの寝台車では長さ170センチ足らずのシングルベッドを共用し、カヤックで珍しいイルカたちに囲まれ、山の上で樽いっぱいのハーブ水に浸かり、思い出すことができないほど多くの寺院を見た。素晴らしい友人の助けと、断固たる決意によって成し遂げたすべてのことは、今でも時々、夢のように感じられる。

この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan

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