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昔は嫌だったけど、今は好きになれた。27人の「私だけのチャームポイント」

自分を愛するようになることは、あなたにできる最高のこと。

「自分の中で、昔は嫌だったけれど今は好きになったところは?」と読者に質問してみました。素晴らしい回答が寄せられたのでご紹介します。

1.

moirad2

生まれつき小眼球症で、右目は発育不全のため見えません。そのせいで子どもの頃はいじめられ、自分は周りの人にどう映るのかといつも不安で仕方ありませんでした。でも、それも自分の一部だと受け入れられるようになり、自分はとても素敵な人間だと思えるようになりました。人とは違いますが、それが私なのです! –moirad2

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2.

teenidle

乳歯の犬歯が全然抜けなかったので、大人の犬歯が別のところから生えてきてしまいました。それが気になって、自分の笑顔が好きではありませんでした。でも、高校を卒業してからは、自分の笑顔を受け入れました。今は遠慮せず大笑いしています。 –teenidle

3.

kimberlynw2

私は生まれつきの小耳症と外耳道閉鎖症で、これまでに5回の手術を経験しました。外科手術で耳を再建してもらい、オッセオ・インテグレーション(チタンと骨が直接的に一体化した状態のこと)式の補聴器をつけたのです。手術後の体には、皮膚移植3カ所、死体からの皮膚移植2カ所、ステープラー12針、瘢痕形成術2カ所、血液排出用ドレーン、それに無数の縫合痕が残りました。初めての手術のあとで自分の耳を見たときは、嫌で嫌で泣きました。いつも髪の毛で耳と補聴器を隠していました。でも今は、自分の姿を変えようとは思いません。長い時間がかかりましたが、ようやく自分の耳を好きになりました。 –kimberlynw2

4.

miguelo447fd9460

昔は自分のホクロが嫌でした。顔にいくつもあるのです。そのせいで、小学校ではいつもからかわれていました。ほかの子どもたちは、ホクロのことを醜いと言い、だから僕も醜いのだと言っていました。だからいつも母に、お願いだからホクロを取ってもらってくれとせがんでいたのです(ありがたいことに母はそうしませんでした)。結局、成長するとともに、周りの子がホクロをからかうことは減り、僕はからかわれても無視できるようになりました。ホクロを好きになり、ホクロは僕という人間の大事な一部で、僕の大きな特徴なのだと理解しました。ホクロは僕のチャームポイントで、僕を美しく見せてくれるものです。 –miguelo447fd9460

5.

anoukvanderz

私は生まれつき斜視です。以前は完全な斜視でしたが、治すために何回か手術を受けました。今も、疲れたときは眼球が上や内側に動き、いつもみんなが気がつきます。昔はいろいろ質問されたし、写真に写ってしまうのが嫌でした。でも10代を過ぎると、それが私だけの特徴だと気づき、受け入れ始めました。今はもう気にしていません。そんな風にいつも少し予測できない自分が好きです。 –anoukvanderz

6.

sydglove13

人生の半分以上を、自分の髪の毛を嫌って生きてきました。学校でも近所でも、ほかの子の髪の毛とまったく違っていましたから。ずっとポニーテールで、縛ったままにしていました。でも母が、「カールした髪の毛をみんなに見せてあげてよ」と言い、14歳の頃にとうとう髪を下ろしました。髪の整え方やぴったりのヘアケア製品を見つけるまで大変でしたが、その価値はありました。薬品を使って髪質を変えるなんて、もうしません。自然なままの自分の髪が大好きだから! –sydglove13

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7.

ecampa122

腕が毛深い、毛深いって、いつもからかわれてきた、毛深いメキシコ人女性です。「ゴリラみたい」とか「腕の毛を剃れば、もっとかわいく見えるのに」とか、いろいろ言われてきました。若いときは毛深いのが嫌でしたが、そのうちに、あれこれ言ってくる人は無視することにしました。今は、腕の毛を剃ることはしていません。だってそれが私のトレードマークだから。撫でつけたり、くるくるねじったり、腕の毛で遊んだりしてます。そういう自分に満足できています。 –ecampa122

8.

elizabethmorganw

「酒さ」(顔に生じる皮膚疾患のひとつ、酒焼けとも言われる)と診断されたときは、自分の外見が嫌でした。からかわれて不安にもなったし。大学2年になった今は、うまく対処できるようになり、酒さが自分という人間の一部で、それを変えることはできないと学びました。隠せるものではないのですから、酒さを愛するようになったのです。それに、メークする時に、チークが要らないのもいいものです。 –elizabethmorganw

9.

ivoired

2016年1月に、片脚での生活を始めたときは、本当に嫌でした。でも、片脚の自分の人生をYouTubeで公開することで、誰かに勇気を与えたり、何かを伝えたりすることができると知りました。自分の状況を好きになることができたのです。 –ivoired

10.

missalexismae

21歳の誕生日の数カ月前、私はやけどを負いました。事故で、第一度~第三度の熱傷を負ったのです。結局、胸と腕に皮膚移植が必要となりました。とても若かったし、自意識も強かった私は、6カ月のあいだ、家から出ませんでした。でもあるとき、やけどを経験した人たちが集う、世界最大の会合に参加しました。そこで最初に会った人は、私にこう言いました。「安心してね。みんなが手を貸すから」。そう言う彼には手がありませんでした。ガス爆発で両手を失ったそうです。それほどつらい経験をしてきた人が、こんなに明るく陽気だということが、私に前向きな力を与え、私の考え方を根本から変えました。私は今、皮膚を移植したところややけどの痕を、進んで見せています。会話のきっかけになるし、やけどから身を守ることについて、ほかの人に伝えることもできます。やけどを乗り越えた経験を話すこともできます。私は、やけどを負って生きていることを誇りに思います。やけど痕は、私を特別な人間にしてくれる、ちょっとしたオマケのようなものです。 –missalexismae

11.

jnartis

笑うと歯茎が丸見えになるのが、ずっと嫌でした。歯茎が見えている写真は絶対投稿しなかったし、満足のいかない笑顔で写っている写真は、タグ付けを削除していました。25歳のとき、理想の男性にプロポーズされて婚約してからは、2人でたくさんの写真を撮りました。私は、嫌だった歯茎を見せて笑っていました。そのときに、自分はもう歯茎のことなんて気にしていないことに気づいたのです。だって、心から幸せで愛し合っているのだから。それから1年以上たち、27日後に結婚式を控えた今も、私は愛に包まれ、歯茎を見せて笑っています。 –jnartis

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12.

kaseys49b5879bd

頬にソバカスがいっぱいあるので、自分のすっぴんの顔が嫌いでした。小学校ではずっとそのことでからかわれていました。でも、高校3年になって、自分のソバカスを好きになることができ、次第にメークをしなくなりました。ソバカスは美しいものです。ソバカスがある人はみんな、顔に小さな地図があるのです。魅力的だと思うし、もっとたくさんの人が、メラニンがつくる小さな模様を受け入れるべきだと思います。 –kaseys49b5879bd

13.

annel43cfe8020

胸、肩、背中にケロイドがあり、中学・高校時代はこのことで真剣に悩んでいました。あらゆることを試しましたが、治りませんでした。だから、ケロイドを受け入れるようになったのです。今でもじろじろ見られますが、慣れてしまいました。 –annel43cfe8020

14.

Freelivy

8歳のときに、初めて眉毛を脱毛してもらいました。ふさふさで濃い眉毛がイヤで、剃ったり抜いたり、隠すためには何でもしていました。でもあるとき、美容院の店員さんが「ブルック・シールズみたいね」と言ってくれたんです。それ以来、眉毛には何もしていません。 –Freelivy

15.

sarahrose

脱毛症にかかり、中学のときに髪の毛がすべて抜けてしまいました。人生で本当につらい時期でした。「普通」になることだけを望んでいたのに。でも、大人になって、頭髪がないことは私の特徴だし、人と違っていていいのだと思えるようになりました。–sarahrose

16.

fiddleplayer

小さいころからずっと、前歯の隙間をひどく気にしていました。笑うのは絶対に嫌だったし、笑うときはいつも口を閉じていました。矯正をしてしばらくは良かったのですが、リテーナーがずっと痛くて、ある日パキッと折れてしまったのです。そのとき、前歯に隙間があるのは欠点なんかじゃない、と気がつきました。天然パーマが欠点ではないのと同じだと。わざわざ痛い思いをして、私を美しく見せてくれるもの、人と違って見せてくれるものを治そうとしていたのです。それ以来、前向きです。今は自分の笑顔が大好きです!! –fiddleplayer

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17.

vidulamagicalme

10歳のとき、事故で左目を失いました。ずっと自分の外見が嫌いで、そのために自己不信に陥っていました。自分は不愉快な外見だ、醜いのだと思い込んでいるために、新しい友だちをつくるのを尻込みしていました。小さい頃は社交的だったのに。でも最近になって、自分の外見を受け入れるようになり、以前ほど、人がどう思っているかを気にしなくなりました。傷痕は、私を醜くするものではありません。「事故を乗り越えた人」にしてくれるものなのです! –vidulamagicalme

18.

haleymess

昔は、自分の鼻の形が嫌いでした。大人になったら鼻を整形する、といつも言っていました。でも、今では好きになれました。なぜって自分の体の一部なのですから。父も同じ鼻をしているし、祖母も、曾祖母もそうです。鼻のおかげで、私が愛する人たちに似てきている気がするのです。私の顎には、目立つあざもあります。ずっと隠そうとしてきたのですが、今は、これが私の特徴で、私という人間の一部だと思っています。今ではこのあざが大好きです。 –haleymess

19.

Michelle Rennex / BuzzFeed

上唇に斑点が3つあり、子どものころは、それをずっと気に病んでいました。あまり気にしすぎて、ひっかいて取ろうとしていたので、唇が剥けて赤くなったりしていました。今でも、「唇に何かできてるよ」と言ってくる人はいます。でも大人になるにつれ、その斑点が好きになってきました。もう取りたいとは思わないでしょう。ほかの人にはない、私が私である印なのです。 –Michelle Rennex

20.

rjj4a672e16d

左頬に、とても目立つホクロがあります。ずっとそれが嫌だったのですが、大きくなって自分の兄弟に会ったとき、みんな同じ場所にホクロがあることを知りました。別々の州で育っても、一目でわかる遺伝的な印があって、兄弟みんなをつないでいるとわかり、幸せな気持ちになりました。 –rjj4a672e16d

21.

karlamarieg2

脚に、みみずばれのような、クラゲに刺された痕があります。これがなければきれいな肌なのに、と思って嫌だったのですが、あまり冒険するタイプではなくアウトドア派でもない私が、この脚の傷のことを話すといつもびっくりされます。ともすれば引きこもりがちな私ですが、この傷が、安全な場所から出ていろいろなことに挑戦することを思い出させてくれます。 –karlamarieg2

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22.

carolinee496bf2e77

手術痕があります。8月に、あまり前例がない胸鎖関節の手術を受けなくてはならず、大変な思いをしました。14~15歳の私にとって、ずっとこの傷痕と生きていくのは理想的とは言えませんが、この経験を通して、私は自分の体を愛するようになり、体の問題も美しいものと思って愛せるようになりました。この傷は、愛するものが1つ増えただけなのです。 –carolinee496bf2e77

24.

mackenziea453883cdd

生まれつき、あざがあります。今でも、「それ、キスマーク?」と聞かれます。もっと若かったころは、どうしていいかわからず、いつもハイネックのシャツを着て隠していました。今は気にしません。そのあざがあって私なのですから。 ☺️ –mackenziea453883cdd

25.

samanthat416ded614

17歳のとき、右脚に骨肉腫を発症し、2年間の化学療法と、何回もの手術を経験しました。それ以来、膝にブレースをつけなくてはならず、そのことと、傷痕を受け入れるのに何年もかかりました。以前は、ブレースの上から履ける、ゆるいズボンをはいていたのですが、数年前から何かが変わりました。ブレースも傷跡も、私なのだと気づいたのです。今は、機会があれば、ミニスカートやワンピースを楽しんでいます! もちろん、質問されたり、じろじろ見られたりしますが、生きて毎日を楽しんでいる自分は幸運だと思っています! –samanthat416ded614

27.

amym41b5dcc41

髪の色が2色です。頭の毛から腕の毛までが、体の真ん中を境に2色に分かれているのです(まつ毛もですが、マスカラをつけることが多いので、それほど目立ちません)。生まれたときからそうで、子どもの頃は、いつもからかわれていました。「スカンク」「顔が2つ」「半分半分」などと言われ、もちろん「フリーク(怪物)」とも言われました。本当に嫌で、両親に、髪の毛を染めさせてくれと頼みましたが、許してもらえませんでした。今は、染めさせてくれなくてよかったと思っています。自分のユニークさを感謝し、受け入れるようになったのですから! –amym41b5dcc41

この記事は英語から翻訳・編集されました。翻訳:浅野美抄子/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan

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