「つっぱり棒はオワコンじゃない!」 3代目社長の "突っ張りすぎない経営"とは

    どこの家庭にも1本はありそうな収納用具「つっぱり棒」。老舗メーカーの竹内香予子社長は「つっぱり棒博士」として、つっぱり棒の新たな活用法を発信しています。育休でいったん仕事を離れ、復帰から半年、いまの心境を聞きました。

    どの家庭にも1本はありそうな収納用具「つっぱり棒」。このシンプルな棒を、実用品からインスタ映えする商品に進化させたのが、老舗メーカーの3代目社長の竹内香予子さんです。

    自らリノベーションした「つっぱり棒ハウス」をつくり、「つっぱり棒博士」を名乗る竹内社長ですが、出産後、思うように仕事ができずに落ち込んだ時期がありました。

    「あなたがやらないと決めたことを、やってくれる人がいるのは幸せだよ」

    そんな一言に救われたという「平安伸銅工業」の竹内香予子社長にとって、つっぱり棒とはーー?

    ーーつっぱり棒といえば、我が家でも大活躍していますが、竹内さんのご自宅には150本もあるそうですね。

    そうなんです。「つっぱり棒ハウス」と呼んでいまして、コロナ禍はほとんどここで在宅勤務をしています(※取材後に転居)

    ーーさすがですね。"元祖つっぱり棒"は、御社製のものだとか。

    1970年代の後半に、アルミサッシ事業をしていた私の祖父が、アメリカでシャワーカーテンを吊るすために使われていた伸縮棒を日本に持ち帰ってきました。

    ちょうど日本では都市化が進み、マンションで生活する人たちが増えてきていました。祖父は、部屋のデッドスペースを収納空間として生かせるのではないかと発想し、この伸縮棒を新しい用途として使うことを思いつきました。

    ーーそれでアルミ事業からつっぱり棒の会社に?

    はい。つっぱり棒も当初はアルミ製でしたが、価格や耐久性の面から素材を改良していき、色のバリエーションも増えてきました。つっぱる方法も「バネ式」だけでなく「ジャッキ式」で重いものもかけられるようになりました。複数のつっぱり棒を連結させて「つっぱり棚」として面で使えるようにもなりました。

    押入れだけでなく、トイレ、キッチン、また屋外まで、さまざまな使用シーンに合わせて商品のバリエーションを増やしていきました。

    ーー国内シェアはトップクラスとのことですが、海外のメーカーや他社製品との違いはあるんでしょうか?

    ネット通販がこれだけ広がると、例えば、海外のメーカーが私たちの商品の形だけをまねし、私たちのブランドのタグをつけて、検索上位になるようにして人気商品のように装われることもあります。

    うちも製造は海外ですが、企画開発は自社でやっているので、質には自信があります。そういった他社商品を実際に使ってみることもあるんですが、形だけまねしても、何のためにその形になっているのかの理由まではご存知ないので、使用感が違ったり、落下しやすかったりと、広告で書いている内容とはズレているな、と思うような商品もあります。

    悔しいですが、私たちがやるべきことは、私たちの商品を信頼して選んでもらえるように努力していくことしかないと思っています。

    ※竹内社長がおススメする、おしゃれなつっぱり棒の活用術はこちらの記事から

    ーー今でこそ社長ですが、竹内さんはもともと新聞記者をされていたんですね。

    新卒で入社したのは新聞社の記者職でした。いずれ海外特派員になりたいという夢もありましたが、入社から3年経って、理想と、現実の仕事との乖離に直面しました。

    上司にもズケズケものを言っていたので、組織の中で働くことに少し居心地の悪さを感じるようになっていたときに、当時、県庁職員だった夫と出会い、なおさら全国転勤がある仕事を続けることが不安になりました。

    さらにそのころ、祖父を継いで2代目の社長だった父が体調を崩し、「もし転職を意識しているなら、平安伸銅に来て手伝ってもらえないか」というオファーがあったんです。

    こうした背景が重なって、今まで家族にサポートしてもらったからこそ、私を必要としてくれる場所で自分にできることを探してみようと思い、2010年に平安伸銅に入社しました。

    ーーそのときは将来、3代目社長になることも考えていたんですか?

    父にも母にも、継いでくれと言われたことは人生で一度もありませんでした。ただ、どうせやるなら中途半端にやるのではなく責任を持ちたいと鼻息だけは荒かったので、「入るんだったら継ぎます!」と何もできないくせに言い張ったんです。

    ーー家業とはいえ、経験ゼロからのスタートですね。

    はい。まずは商品がどのようにできるのか知るため、開発部に配属されました。図面を描く練習や、工場での生産管理、新商品を作るための設計などを学びました。みなさんとても丁寧に教えてくださいましたよ。

    ーー老舗のメーカーってベテランの職人さんが多いイメージを勝手に持っていたんですが、会社案内を拝見するとダイバーシティに溢れていますね。

    さまざまな年齢、ジェンダー、国籍の方がいらっしゃいます。ただ、今でこそ従業員の男女比率は半々ですが、私が入社した当時はまだ女性が少なかったです。

    ーー県庁職員だった夫さんも入社されたんですよね。

    はい、夫は2014年に入社してくれました。

    父の体調が芳しくない時期があって、予定していたよりも早く事業承継をしなきゃいけない状況になりまして。私自身、まだ会社のことを十分に理解できていない中で舵取りをするとなると、仲間がほしいと強く思ったんです。

    自分に足りない部分を補ってくれるビジネスパートナーを探していたときに、いつも的確なアドバイスをしてくれる人生のパートナーが隣にいたので、「そこまで良いことを言うんだったら入ってよ」と、1年かけて説得しました。

    夫からすると、このオファーを断ったら家族が崩壊するんじゃないかっていうぐらい、鬼気迫るものが私から伝わってきたそうです。今でも感謝でしかないです。

    ーー2代目社長から引き継ぐこと、変えていくことは、どのように考えたんでしょうか。

    引き継いだのは、私たちの会社が綿々と受け継いできた理念である「アイデアと技術で暮らしを豊かにする」というものです。その理念を踏まえて、どんな商品サービスを生み出していくかという手段のほうは、柔軟に変えていこうと考えました。

    ーー具体的にはどういうことでしょう。

    「つっぱり棒は、オワコンじゃないんだぞ!」と伝えていくことです。

    つっぱり棒は、皆さんの暮らしに役立つコンテンツなのだということを改めて発信するというのが、最初にやったことでした。

    すでにロングセラーの商品はありましたが、商品とお客様をつなぐ橋がないということに気づいたからです。

    ーー「橋がない」と気づいたきっかけはあったんでしょうか?

    私が入社して感じたのは「平安伸銅って、年間何百万本もつっぱり棒を作って売ってるんだけど、誰が買ってるの? なんでこんなに売れてるの?」という素朴な疑問でした。

    つっぱり棒は、卸さんを通じてエンドユーザーさんに届いてるので、社内ではエンドユーザーさんたちの声を把握できていなかったんです。「なんとなく売れてる」「バイヤーさんが選んでくれている」という曖昧な答えしか持ち合わせていませんでした。

    店頭に並んでるものを価格や見た目でなんとなく選んでいる人が多いのだろう、ブランド名なんて関係ないんだろう、と私たち日用品業界やメーカー側の人間は思っていたわけです。

    一方で、当時、女性向けの雑誌などから「商品を提供してほしい」「商品を掲載したいので品番を教えてほしい」という問い合わせをよくいただいていました。カリスマ主婦と呼ばれるような方たちが、私たちの商品を指名してお勧めしてくれていたんです。

    こんな地味なブランドを指名買いしてくれる人たちが世の中にいるんだったら、その人たちに理由を聞きに行けばいいんじゃないか!と思い立ちました。

    指名買いしてくれる方の中には「整理収納アドバイザー」という資格を持っている方が多くいることもわかってきたので、私も資格を取ればこの集団に潜入できるはずだ、と2012年に「整理収納アドバイザー」の資格を取得しました。

    ーーそれで「つっぱり棒博士」という肩書きを名乗っているんですね。

    実は、整理収納アドバイザーやカリスマ主婦のコミュニティに入って人脈をつくった延長で、2014年にウェブメディアを立ち上げているんです。「つっぱり棒の使い方のコツ」などを発信し、3年にわたって運営しました。

    便利な商品がこれだけ巷に溢れているので、ものづくりはもう終わってるかもしれない。新しいものをまた再生産するよりも、今ある商品とお客様をつなぐ場をつくることのほうが必要なのではないか、というのがその時に立てた仮説でした。

    ーー2019年には、社長が「ツッパリ嬢」に扮した派手なポスターも話題になりました。

    「つっぱり棒はダサイ」「つっぱり棒を見せたくない」といった声は一定数はあるので、それを打破して便利さを伝えたいという思いがずっとあります。

    つっぱり棒の構造の一部を生かしたDIYパーツ「ラブリコ」、デザインを重視したコラボレーションブランド「DRAY A LINE(ドローアライン)」など、新しい価値を提供する新ブランドを立ち上げたのも、そんな思いからです。

    ーーコロナ禍で出産され、お子さんはもうすぐ1歳になるんですね。

    今はシッターさんに来ていただいて、自宅で保育をしています。夫婦ともに在宅勤務で、子どももいるし、シッターさんもいるので、大変です。

    ーーリモートの社長業ってどんな感じですか。しかも子育てしながらって。

    産休・育休の期間中は夫が会社の舵取りをしてくれ、メンバーも自立して業務を進めてくれたので、私が意思決定をしなくても会社は問題なく回っていく状態にはなっていました。

    ちょっと寂しくもあるんですが、心おきなく半年間の育休を取らせてもらいました。

    ーーすばらしいサポート体制ですね。

    ところが、復職してからが大変で......。

    出産前までは、日中は打ち合わせをして夜中に企画書を書いたり、土日に集中して作業したりと、働く時間を少しはみ出してでも、自分が納得いくまで突き詰めて仕事をしていました。

    なので最初は、同じようにしようとしたんです。仕事に戻れたことがうれしくて、あれもこれもと欲張って、どんどん仕事をしてたんですね。

    シッターさんは平日午前9時から午後5時半までなので、夫に「今週はこの企画書を書かなきゃいけないから夜中に赤ちゃん見ておいて」とか「土日に集中してやりたいから子守りお願いね」なんて頼んでいました。

    当然、回りませんよね......。

    今までは2人なら2人前の時間がありましたが、子どもの面倒を見ているほうは仕事が完全に止まって機能できなくなるので、そんな仕事のやり方だと、お互いに疲弊してしまったんです。

    ーー仕事も家庭のことも全部ひっくるめた優先順位づけが必要になったんですね。

    はい、家庭内での子育ての役割と会社の中での社長の役割を、夫と再定義する作業をしました。

    家庭のことも仕事と同じような感じで、誰が中心になって意思決定し、誰が推進し、責任の所在をどうするのか。やるべきことを振り分けていって、やれないことは捨てていくようにしました。

    この作業は物理的にだけでなく、精神的にもきつかったです。

    ーー仕事と家庭、どちらを決めるのが苦しかったですか?

    仕事上の自分の役割を再設定するのがきつかったですね。できないということを認めるのが苦しかったんですよ。

    これまで時間があったから成功できたので、その成功体験へのこだわりを捨て、自分にしかできないことを決めてそれだけに集中するというマインドセットをしなければなりませんでした。

    時間制約があるため、時間軸も長くもたなければいけなくて、1年で達成したかったことを3年スパンで考えなきゃいけないといったことを受け入れるジレンマもありました。

    再構築って破壊なんですよね。何か新しいものを生み出すときには、自己否定が伴います。決して過去が悪かったわけじゃないですが、未来に向かっていくためには過去を捨てなきゃいけない。とてもパワーがいることでした。

    ーーひとりの社員であっても苦しいのに、社長であればより葛藤は大きそうですね。

    「私が今まで通り仕事にコミットできないんだったら、私は社長でいる必要性はないんじゃない? 私、会社に必要ないんじゃない?」って散々言い散らかして、みんなを悩ませたこともありました(笑)。

    ーー復職されて半年ですが、もう再構築はできたんですか?

    周りのサポートのおかげです。悩んでいたときに、ある社外のビジネスパートナーさんがこう言ってくれたんです。

    「あなたの仕事は、机に座って打ち合わせをしたり企画書をつくったり議事録を書いたりすることがじゃないんだよ。会社のビジョンを体現してそれを内外に発信して、会社のメンバーに火をつけていくことのほうなんだよ」と。

    これまでは、何らかの成果物をアウトプットすることで仕事をした感覚になっていたのですが、この言葉を聞いてからは、自分の役割を再定義したときにまだできていないことはたくさんあるので、それらをどう叶えるかという方向にミッションが切り替わりました。

    なんで私が犠牲にならなきゃいけないんだ、と被害者的な気分になる瞬間もありましたが、そんなときは夫の言葉にも救われました。

    「あなたがやらないって決めたことを、やってくれる人が他にいる環境があるんだから、むしろ幸せだと思おうよ。あなたにしかできないことに集中させてくれる環境があるなんて、こんな幸せなことないじゃない。大丈夫だよ」って。

    ーー素敵ですね。

    たくさんケンカもしましたし、今もすることもありますが(笑)。

    ーー両立はこれからも避けられないですし、在宅勤務も続きそうですね。社長として、どんなビジョンを描いていますか?

    社是である「アイデアと技術で『私らしい暮らし』を世界へ」を実現するためには、この会社で働くメンバーも「私らしい暮らし」が実現できているということが、すごく大事な要素だと思っています。

    会社が目指していくところと、メンバーひとりひとりの「なりたい自分」との重なる部分を見つけて、みんながそこに向かっていけるようにメンバーに火をつけていくことを私の役割にできればいいなと思っています。

    その両輪がうまく回っていくと、結果的にはお客様の「私らしい暮らし」への価値提供に広がっていくのだと信じています。

    💡人生に影響を与えたコンテンツは?

    ハーバード成人発達研究(Harvard Study of Adult Development)を行うハーバード・メディカル・スクールのロバート・ウォールディンガー教授(臨床精神医学)が2015年11月、研究で明らかになった「人生を幸せにする教訓」について語ったTEDトークの動画

    1)周りの人との人間関係は健康に良いということ。

    2)人間関係の満足度が健康に影響するということ。

    3)よい人間関係は脳にもよいということ。

    人生において、金銭的報酬や社会的賞賛を得るために、私自身、家族や友人関係を後回しにしてきた時期がありました。

    社会的な成功を得れば幸せになれると信じていたのですが、そのことで夫婦関係や家族関係、友人関係のすれ違いを経験し、「自分はなんのために頑張っているのか?」と自問することがありました。

    その時に、この動画に出会い、はっとさせられました。「いつかではなく、今すぐに」、大切な人との関係に時間を向けるべきではないかと気づかされ、自分の価値観を根底から覆されたと同時に、自分のやるべきことの優先順位が大きく変わりました。

    今では、自分の人間関係も大切ですし、会社のメンバーの人間関係もいかに大切にしてもらえるか、それを考えて、組織づくりを考えています。

    💰これまでで一番大きな買い物は?

    「つっぱり棒ハウス」(自宅)です。私自身の仕事での作品でもあり、心地よい帰る場所でもあります。

    ですが、このたび売却することになり、次の住処づくりに向けて準備を始めています。

    🏖最近の癒し時間の過ごし方は?

    植物に水をあげること。手をかけた分すくすく育ってくれるのがうれしい。


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