財務省の前事務次官による女性記者へのセクハラ問題は、女性記者が週刊誌を通して声をあげたことで明るみになった。メディアで起き始めた #MeToo は、報道や制作の現場を変えるのか。そこから伝わるメッセージを変え、社会や文化を変えるのか。
6月8日、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウが主催したシンポジウムで、メディアで働く当事者たちが、現場が抱える課題について語った。
意思決定層に女性がいない
日本新聞協会の2017年4月の調査によると、加盟している新聞・通信社の記者数は1万9327人。そのうち女性記者は3741人で、全体の約2割だ。
アナウンサーとしてテレビ局に15年間勤めたエッセイストの小島慶子さんは、メディアの採用について疑問を呈した。
「採用試験の評価が高い順に採用すると女性ばかりになる。けどそうもいかない、という企業の話をよく聞きます。でも、男性が多くを占めている現場を男女半々にするためには、女性を多く採用してもいいはずではないでしょうか」
BuzzFeed Japanの古田大輔・創刊編集長も登壇し、民放労連女性協議会による在京テレビ局の女性比率の調査結果を紹介した。
それによると、報道部門、制作部門、情報制作部門とも、トップは女性がゼロだった。
「以前、中国人の女子学生から、日本は人口の半数を活用していないと言われたことがあります。BuzzFeed Japanで約3年前から採用活動をしていますが、性別を意識しなくても自然に男女半々の採用となり、管理職もほぼ同等。その結果、ユーザー(読者)の男女比もほぼ半々になっています」
1人だと何も言えない
BUSINESS INSIDER JAPANの浜田敬子・統括編集長の前職である週刊誌「AERA」は、男女比が1:2で女性のほうが多い編集部だった。
副編集長6人のうち5人が女性だったときに、唯一の男性副編集長から「こんな男が1人しかいないような会議では、発言できませんよ」と言われた。
「ずっと女性が感じてきたことです。男性だって、1人になると何も言えないんですね。片方の性別の数がすごく多いと、もう片方が口を閉ざすことになります」
「メディアにおけるセクハラを考える会」の代表として実態調査をした大阪国際大学の谷口真由美・准教授(国際人権法、ジェンダー法)はwithnewsのインタビューで、人数の影響についてこのような指摘をしている。
10人で食事をするとき、9人が寿司、1人が焼肉を希望したら、焼肉の人は我慢することになるでしょう。寿司6: 焼肉4だったら「今回はお寿司にするけど、次回は焼肉にしようね」となるかもしれないし、5:5だったら「いっそ別々に行く?」となるかもしれない。(要約抜粋)
思い込みで暴走する
つまり、男女比が偏っている職場や業界のカルチャーは、男女半々の社会で形成されるカルチャーとはかけ離れたものになる。しかしメディアの場合は、偏ったカルチャーからの発信が世論に影響を与えたり、文化を創ったりする役割を果たす。
放送作家のたむらようこさんは、男性中心のテレビの制作現場には「数の暴走」と「思い込みの暴走」があると指摘している。
視聴率の鍵を握る40〜50代の女性に対して、「難しいことが嫌いなバカ」という思い込みによる「謎のおばちゃん像」があり、その層をバカにするような企画が多数決で通ってしまうという。
こうした暴走が常態化し、同じ職場で働く女性たちのことさえも対等な立場として扱ってこなかったのが、メディアの実態だ。
「性暴力と報道対話の会」がメディアで働く人を対象にしたアンケートの結果では、取材先や取引先からのセクハラ被害と並ぶくらい、上司・先輩・同僚など社内からのセクハラ被害もあることが明らかになった。
地方のスナック文化
1989年に新聞社に入社した浜田さんは、地方支局に女性記者は1人しか配属されず、「おねえちゃん」と呼ばれるのが当たり前だった。
ネタをやるから、と取材先の男性に言われ、指定された料亭を訪ねると個室に2人きり。体を密着させられた。
地方で飲みに行く場所といえば、スナック。チークダンスを踊らされ、耳を舐められても、周りは笑っているだけ。場の空気を壊さないために、笑うしかなかった。
「20代だった私はノーと言うことができなくて、これをやらなければ仕事じゃない、と思い込んでいました。続くうちに麻痺してきて、セクハラを受け流してこそ一人前だと考えるようになり、下ネタを自ら職場で言っていたくらいでした」
「あれから30年ほど経って、もうあんなことはないだろうと思っていたら、財務省のセクハラの件を知って驚きました。なかったこととして蓋をしていたけど、実は......と女性たちが訴えはじめたのです」
「これがジャーナリストの仕事なのか」
BUSINESS INSIDERが4月、メディアで働く女性たちに実施したアンケートでは、120人を超える女性の8割以上がセクハラの被害に遭った経験がある、と回答した。
議員から情報を取るために、先輩の男性記者から接待役として差し出された、と経験を寄せたテレビ局の女性記者もいた。
議員の隣に座らされてお酌をさせられ、仕事の話など何もできなかった。2軒目はカラオケのあるスナックに移動し、泥酔した議員に胸を触られた。「嫌です、やめてください」と拒絶しても、議員は笑ってごまかすだけだったという。あまりのことに驚いたが、何よりショックだったのは、信頼していた男性記者たちがその様子を笑って見ていたことだ。
ジャーナリストの伊藤詩織さんは、2015年に元TBSワシントン支局長に就職に関連する相談をしたときにレイプ被害に遭った、と著書『Black Box』に書いた。
「女性としてメディアで働くことは、暴力やハラスメントを受け入れることなのか。これが自分のやりたかった真実を求める仕事なのか、と絶望的な気分になりました」
報じないから変わらない
男女雇用機会均等法が施行されて32年。女性活躍推進法のもと大手企業は女性管理職を増やす努力をしている。5月16日には議員の候補者数をできる限り男女均等にすることを目指す「政治分野における男女共同参画推進法」も成立した。
そうしたニュースを報じてきたマスコミの足元で、ハラスメントは起きていた。
5月1日に発足した「メディアで働く女性ネットワーク」で活動する東京新聞記者の柏崎智子さんは、「決定権のある立場に女性が少ないため、こうした記事は大きな扱いになりにくかった」と、男性上司を説得する難しさを語った。
古田編集長もこう指摘した。
「日本で #MeToo のムーブメントが盛り上がらないのは、マスコミが積極的に報じないから。2017年10月にBuzzFeedが #metoo キャンペーン報道を始めたとき、マスコミはそのうち『なぜ日本では #MeToo が盛り上がらないのか』という検証記事を書くだろう、と話していたら、その通りになりました」
伊藤さんは、インタビューを受けた国内外の雑誌やテレビで、見出しに「SEX」と書かれたことにショックを受けた。
「レイプはセックスではない、と強く反発しましたが、視聴率やエンタメ性を優先されました。メディアの人間として、センセーショナルな言葉を使わなくても自分ごととして関心をもってもらえるように、考え続けていきたいです」
全裸で踊る武勇伝はダサい
小島さんは、ハラスメントの温床になるのは「無知」「習慣」「学習」だと述べた。
「何がハラスメントになるのかを知らない『無知』、昔と同じ感覚でセクハラ発言をしてしまう『習慣』、職場に適応するために盛り上げ役に回る『学習』。悪意をもってハラスメントをしているというより、無意識なのでしょう。私も思い当たることがあり、反省しています」
報道の最前線にいながら、意識改革が進まないのはなぜなのか。小島さんは、情報を発信する立場としてのプライドゆえに、情報を積極的に吸収してこなかったのが原因では、とメディアの"ガラパゴス化"を指摘した。
「暴力やセクハラ、長時間労働を武勇伝にするなど、破天荒であることをかっこいいとみなすような伝統がありました。飲み会で全裸になって踊るのが破天荒でおもしろい、と後輩にも強いてきましたが、今はそれはダサいってこと、わかってないですよね」