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すべての男性シッターを排除するのが最善の対策なのか。「1人目の被害を防げない」のジレンマ

マッチングサービスを介した男性シッターによる子どもへのわいせつ行為が相次いで発覚した。保育の現場に入り込んでくる悪意のある人物を見分けることはできるのか。

ベビーシッターのマッチングサービス大手「キッズライン」に登録していた2人の男性シッターが、保育中にわいせつな行為をしたとして、強制わいせつの疑いで相次いで逮捕されたことがわかった。

事件後すぐに利用者に説明がされていなかったり、男性シッターの利用を一律に停止したりした運営会社の対応をめぐり、保護者の間で不安が広がっている。

子どもとの接触が避けられない保育の現場に、悪意のある人物が入り込まないようにすることはできるのか。事業者にはどのような対応が求められるのか。

この問題の取材を続けているジャーナリストの中野円佳さん、「東京男性保育者連絡会」事務局長の山本慎介さん、保育現場での事件事故の再発防止に取り組む弁護士の寺町東子さんが、さまざまな論点を語り合った。

1回目である今回のテーマは、子どもに性的な加害をする人物をどうやって見分け、排除するかについて。2回目は、犯罪が起きやすい構造について考える。

※鼎談は6月12日午前にオンラインで実施し、カッコ書きで最新情報を補足している部分があります。

※この問題の経緯と報道は、この記事の末尾にまとめています。

2回目の記事「『密室育児』から子どもをどう守る」はこちら

加害を繰り返していたシッター

中野円佳 キッズラインに登録していた2人の男性シッターが子どもにわいせつ行為をしたとして相次いで逮捕され、保護者に衝撃が走りました。このサービスは利用しやすさが人気で、私の周りでも使っている人が多くいました。

1人目の男性シッターAについては、預かり中の男児に対する強制わいせつの疑いで逮捕されました。キッズラインとは別に、ボランティアとして参加した子ども向けキャンプの活動中にも、小学生男子に対する強制性交等罪で起訴されてもいます。

2人目の男性シッターBは、女児への強制わいせつの疑いで逮捕されました(6月12日)。AもBの保育士の資格を持っていました。

一般論として、選考プロセスにおいて犯罪傾向を見抜くことはやはり難しいのか、というのが気になる点です。

悪意のある人を見抜けない

山本慎介 私は私立の認可保育所で園長をしていて、保育士の面接もしています。

言いづらいことではありますが、性犯罪を起こしそうな人が入り込まないようにするというのは、面接、試験、採用の段階でいくら努力をしても難しいだろうというのが、残念ながら保育業界の共通認識だと思います。

犯罪歴についてはあくまで自己申告ですし、小児性愛の嗜好があって、悪意をもって犯罪を実行するために求職しているのかどうかを完全に見抜くことはできません。

寺町東子 性犯罪者の加害者臨床に携わっている精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんの著書『「小児性愛」という病』によると、小児性犯罪の問題で受診した性加害経験者117人のうち、16%が「子どもに指導的な立場で関わる仕事(保育士、教員、塾講師、スポーツインストラクターなど)」についていました。

逮捕で職を失った人の前職も含めると、子どもに関わる仕事を経験したことがある加害者は約3割になるということでした。一般の職業比率と比べても高く、加害行為をしやすくするために子どもとの接触がある仕事を選んでいる人がいると考えざるをえません。

性犯罪の動機として、弱者に対する支配欲や認知の歪みがあるということはわかっていますので、そうした傾向を面接で見抜くことはできないでしょうか。

山本 面接では根本的な考え方を問うようにはしていますが、恣意的な回答は防ぎきれませんし、思想信条まで見抜けるとしたらそれはそれで怖いなとも思います。

また、面接においても特殊な技術や知識などが必要となると、小規模が主流となっている保育事業者のレベルでは対応できません。

保育の現場で、性犯罪事件が一定数あるのは事実ですから、予防するためにどのような手立てを取ればいいのかはずっと議論しています。

例えば、現状では取得のハードルが低い保育士の資格を高度化するなども一つの対策かもしれませんが、それで犯罪の発生確率は下げられたとしても、ゼロにはならないでしょう。

入り口で100%防ぐというのは現実的ではないので、行動として出てこないようにする対策のほうが建設的ではないかと考えています。

抜き打ち検査を抑止力に

中野 キッズラインはBが逮捕されたことに関する6月11日のお知らせで、このように述べていました。

当該男性サポーターは、保育士資格を有しており、当社基準で厳格に審査を行いました。残念ながら、小児性愛者であるかについては、登録審査では見抜くことはできませんでした。なお、この点につきましては、専門家からも面談等で見抜くことは困難であるとの見解を得ています。

(※6月18日、キッズラインは選考プロセスの見直しを発表

一般的に、入り口の段階でスクリーニングが難しいのであれば、リスクがあることを前提に、運用中にいかに加害を防ぐ環境をつくるかが大事だと思います。

事業者は、利用者から寄せられる苦情の中に被害に発展するようなケースがないか情報収集をしたり、抜き打ちで検査をすることで目を光らせていることを伝えたりすることはできるのではないでしょうか。

斉藤さんの著書によると、子どもに性加害をする人たちは、加害行為を反復する傾向があり再犯率が高いということでした。再犯防止も重要だと思います。

1人目は防げないとしても......

寺町 1人目の被害は防げないという前提になりますが、犯罪歴がある人をどう排除するかということも重要ですね。

現状では、罪を犯して免許が失効したとしても、教員免許なら3年、保育士資格なら2年経てば再取得できる法律になっています。

6月11日の政府「性犯罪・性暴力対策強化のための関係府省会議」で決定した方針によると、児童・生徒にわいせつ行為をした教員は原則懲戒処分にするとともに、再取得のほうもより厳しく見直す検討をするということです。

山本 保育士資格がなくなると保育士登録も抹消されますが、一度発行された「保育士資格証」を取り上げられるわけではありません。つまり、面接のときに資格証を持ってきた人が、実際には罪を犯して資格が取り消されていたということもありえるんです。

資格がないのに働ける

寺町 資格要件については穴だらけだと思いますね。本人が申告しないと犯罪歴の把握が難しいため、2018年に厚生労働省と文部科学省が通知を出しました。

逮捕情報を把握した保育所などが、罪を犯した保育士が資格登録をしている都道府県に報告し、都道府県が本籍地の市町村に問い合わせ、保育士登録を取り消す、という仕組みです。罰金刑以上の刑が確定すると、一定期間、本籍地がある市区町村の犯罪人名簿に載るからです。

ただ、逮捕から有罪確定して犯罪人名簿に掲載されるまでにはタイムラグがありますので、この仕組みで登録抹消につながるというフローが機能するとは思えません。

また、一定期間を経過すると犯罪人名簿から犯歴が消えてしまいます。検察庁が管理している犯歴と、各種免許制度を連結させて、確実に欠格事由を反映させることが有効でしょう。

しかし、そもそもベビーシッターは無資格でもできますから、資格の有無で判断することすらできません。

中野 資格がある人の犯罪歴チェックが今後厳しくなっていきそうなのは歓迎ですが、そもそも資格がない人が働けるようになっているから、資格要件が意味をなしていないということですね。

イギリスで取り入れられている犯罪歴チェックシステムDBS(Disclosure&Barring Service)だと、資格の有無に関わらず犯罪歴を照会できるのでしょうか。

子どもを守るか犯罪者の更生か

寺町 そうです。イギリスでは、8歳未満の子どもに1日2時間以上接するサービスに関わるすべての人は、Ofsted(Office for Standards in Education=教育水準局)という政府機関への登録が義務付けられています。Ofstedの登録にはDBSの証明書の提出が必要です。

DBSは、子どもに接するサービスを提供する事業者からの照会に応じて、犯罪歴の証明書を発行しています。

つまり、学童保育や習い事など、資格の種類や有無に関わらず、子どもに1日2時間以上接するすべての人は、証明書を出さないとその事業者はOfstedに登録できません。Ofstedに登録していない施設は営業できませんし、雇い主が罰せられることもあります。

中野 日本でもDBSのようなシステムを導入することはできるのでしょうか。

寺町 DBSはイギリス法務省の外局が担当していて、そこにアクセスできる事業者は、子どもに接するサービスの事業者に限られています。

犯罪歴がある人には、社会復帰する権利があります。社会の中に居場所があって、更生することで再犯防止になるので、あらゆる人の犯罪歴が公表されてしまうことは人権侵害になります。

子どもの被害を防ぐという公共目的と、加害者が更生する権利を天秤にかけて、子どもを守るために必要な範囲で加害者の権利を制限する、というところでバランスをとったのがDBSの考え方なんですね。

「性犯罪・性暴力対策強化のための方針」では、仮釈放中の性犯罪者にGPS機器の装着を義務付けることを法務省が検討していくということも盛り込まれていました。それと同様に、子どもを守るという目的のもと、加害者の権利を制限してでも、国が個人の犯罪歴を事業者に回答するという判断をするかどうかが議論になると思います。

男性シッター停止の対応は

中野 入り口でもスクリーニングできない、犯罪歴を把握して排除することも現時点では難しい。そうなると、男性シッターの利用を一律に停止したキッズラインの対応は合理的なのかということになりますが......。

寺町 キッズラインは男性シッターを雇用しているわけではなく、あくまで個人事業主であるシッターを紹介する仲介業者なので、キッズラインが男性シッターを排除したことは違法ではありません。

連続して2人の加害者を出してしまっているので、登録時にスクリーニングできていないことが露呈してしまいました。審査が十分ではないことを前提に、今まで登録した人をいったん業務停止にして、新たなスクリーニング方法を考えてやり直すという方法はありだと思います。

中野 キッズラインはシッターAの件が警察から報告された後も、シッターを増やし続けていました。コロナ禍では選考プロセスをすべてオンライン化して、3月と4月は月400人近くを新規シッターとしてデビューさせています。

もはやどのような人物が紛れ込んでいるのか把握できなくなり、いったんストップせざるを得なかったのではないかというのが私の推測です。

でも、そうであれば、女性も含めたすべてのシッターを停止するという選択もあったのではないでしょうか。あるいは、あくまでもプラットフォームとしての立場を貫くなら、リスクを広く喚起しながら利用者に判断をゆだねるという方法もあったかもしれません。

山本 私も、性別という属性の問題に集約してよいのかというのが気になりました。

逮捕されたシッターAとBに共通していたのは、男性という属性だけだったのでしょうか。年齢、職歴、資格要件、派遣日数などさまざまな属性や条件がありますし、派遣先の環境や事件が起きたときの状況などは果たして精査されたのでしょうか。

男性シッターは女性シッターに比べて登録者が少なくビジネス上の影響も少ないという計算が働いたのだとしたら、安直ではないかと思います。

性犯罪者の99.7%が男性

寺町 確かに、性犯罪が起きた現場の状況の共通点は気になるところですね。

ただ、法務省の「犯罪白書」によると、性犯罪の加害者の99.7%が男性なんです。小児性加害者が子どもに関わる仕事を狙って入ってくる傾向があることや、性被害の深刻さを考慮すると、男性という属性に対してチェックが厳しくなることには一定の合理性はあると思います。

山本 キッズラインの対応には、同業者として犯罪予防の参考になればと期待していた部分もありましたし、大手プラットフォーマーが事件から数カ月、逮捕からも1カ月以上経ってようやく出した「取り組み」がこれか、という点でがっかりしたというのが正直なところです。

男性保育者の一人としては、一部の男性の問題によってすべての男性保育者を排除するのは心外だ、信用してほしい、と感情論で訴えるのではなく、どうしたら利用者の不安を払拭できるのか、どんな対策をしていくのかを、当事者として考えていく必要があると改めて感じています。

機能していなかった評価システム

中野 キッズラインに関しては評価システムというものがあって、利用者とシッターがお互いにレビューを書けるようになっているんです。ただ、誰がどんな評価をしたかが相手にわかってしまうので、報復レビューなどを恐れて悪い評価をつけづらいという声があがっていました。利用者は住所や家族構成を知られているので、リアルな報復も怖い、と。

シッターBは評価は5(満点)でしたが、実際にシッターBに依頼したことがある7家庭に話を聞くと、小さな違和感やなんとなく嫌だなという印象を抱いていた人がいました。そうした情報共有までができるよう、相手に非表示の評価システムをつくる、怪しい動きがあったら本社に報告する「通知」機能を設置するなど、プラットフォーマーとしてできる対策はまだまだあると思います。

(※6月18日、キッズラインは選考プロセスの見直しを発表

マッチングプラットフォームはあくまでも仲介の場です、とはいえど、キッズラインは安心安全を謳ってきて、手数料も取っています。

サービスの信頼を確保するためにも環境を整備することは必要ですし、厚労省の「子どもの預かりサービスのマッチングサイトに係るガイドライン」でも「相談窓口の設置」と「トラブル解決のための措置」が求められています。

マッチング型のシッターというのは仕組みとしてそもそも無理ではないかという意見もありますが、私はまだそう言い切れるとの結論には至っていません。実際にキッズラインや同様の仕組みに助けられた家庭も多く、現状、代替のものが少ない中で完全になくなると困るとは思います。

事件やトラブルが起きたときの対策を模索せず、保育の現場からすべての男性を排除するという方向に向かうと、男性の育児参加を進めるうえでも逆行してしまいます。体制やシステムによって犯罪を防げないのだろうかということを、引き続き考えていきます。

2回目の記事「『密室育児』から子どもをどう守る


<キッズラインを介したシッターによるわいせつ行為の経緯と報道>

20197月 男性保育士Aがキッズラインに登録。

2019年11月14日 Aが、キッズラインを介して預かった5歳の男児の下半身を触った疑い(逮捕の報道は2020年4月)。

2019年11月中旬 「警察より当該サポーターに対しての捜査開始の連絡を受けたため」(キッズラインのお知らせより)、キッズラインがAの活動を停止。

2020年4月24日 11月14日の件で、強制わいせつの疑いでAを再逮捕との報道。キッズラインの社名は伏せてあった。

5月3日 AERA.dotが社名を表記して記事を配信。キッズラインがサイト上に「一部報道に関する報告と弊社の対策について」としてお知らせを掲載。

6月4日 中野さんが記事「シッターが預かり中の『わいせつ容疑で逮捕』の衝撃、キッズラインの説明責任を問う」をBusiness Insiderに掲載。

6月4日 キッズラインがサイト上で「男性シッターのサポートの一時停止」を発表

6月10日 Aが2019年9月と11月、キッズラインを介して預かった別の未就学の男児にわいせつ行為をしたとして、強制性交等や強制わいせつの疑いなどで再逮捕される。

6月10日 中野さんが記事「キッズライン、別のシッターによる性被害の証言」をBusiness Insiderに掲載。

6月12日 キッズラインに登録していた男性保育士Bが5月ごろ、預かった5歳の女児の体を触るなどしたとして、強制わいせつの疑いで逮捕される。

※シッターAは2020年1月以降、ボランティアスタッフとして参加したキャンプ中に小学生の男子に性的暴行をしたとして複数回、強制性交等の疑いで逮捕されている(一部は強制性交等罪などで起訴)。


<預かり中に起きた保育者によるわいせつ事件(主な報道より)>

2014年3月 埼玉県富士見市で、ベビーシッターの男が2歳の男児にわいせつ行為をした後に殺害した。複数の乳幼児への強制わいせつや児童ポルノ禁止法違反の罪でも起訴。

2015年12月 神奈川県平塚市の認可外保育施設で、保育士の男が生後4カ月の男児の頭部に暴行して死亡させた。以前に勤務していた保育所で女児9人の服を脱がせて動画を撮影した児童ポルノ禁止法違反の罪でも起訴。

2017年2月 キャンプ中などに男児にわいせつ行為をして撮影し、画像を交換していた元添乗員ら6人のグループが児童ポルノ禁止法違反の疑いで逮捕、起訴され、所持品から男児168人分の画像や動画が確認された。

2018年8月 大阪府八尾市の認定こども園で、園長の息子が園児2人の体を触ったなどとして強制わいせつの罪で起訴された。息子は否認。複数の園児へのわいせつ行為を目撃したなどで保育士が一斉退職・休園となった。

2018年9月 岐阜県多治見市の市立保育園で7月、昼寝中の5歳の女児の手をつかんで自分の下腹部を触らせたとして、保育士の男を強制わいせつの罪で起訴。