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親が在宅勤務する隣の部屋で、シッターがわいせつ行為。「密室育児」からどう守る

保育中のわいせつ行為は「密室」で起きたケースが多かった。犯罪や事故を防ぐためには、第三者の目を行き届かせるしかないのだろうか。

ベビーシッターのマッチングサービス大手「キッズライン」に登録していた2人の男性シッターが、保育中にわいせつな行為をしたとして相次いで逮捕された。

男性シッターの利用を一律に停止した運営会社の対応が物議を醸しているが、悪意のある人物が保育現場に入り込まないようにすることの難しさも露呈した。

どうすれば、犯罪行為から子どもを守ることができるのか。

この問題の取材を続けているジャーナリストの中野円佳さん、「東京男性保育者連絡会」事務局長で認可保育所園長でもある山本慎介さん、保育現場での事件事故の再発防止に取り組む弁護士の寺町東子さんが、さまざまな論点を語り合った。

2回目は、犯罪や事故が起きやすい構造である「密室」をどう解消するかを考える。

※鼎談は6月12日午前にオンラインで実施し、カッコ書きで最新情報を補足している部分があります。

※この問題の経緯と報道は、この記事の末尾にまとめています。

前回の記事「すべての男性シッターを排除するのが最善の対策なのか」はこちら

子どもの命まで脅かされる

中野円佳 私がこの問題を追及する背景には、2014年の埼玉県富士見市での事件があります。ベビーシッターの男が、預かっていた2歳の男の子にわいせつな行為をしたうえ、鼻と口を押さえて殺害したという事件です。

性被害が深刻なことはもちろん、子どもの命までが脅かされることにぞっとしました。このときはインターネットの匿名掲示板が使われていました。

CtoC(個人間取引)のサービスが増えていますが、トラブルに対する責任の所在など課題も多くあります。物品のシェアリングエコノミーや家事代行サービスなどもそうですが、子どもの命を預かるとなると、とりわけ慎重な対応が求められます。

利用者には知らされず

2019年11月中旬、警察から連絡を受けたキッズラインは、男性シッターAの登録を解除しています。その後、別件のわいせつ行為の疑いで逮捕されたAは、11月14日にキッズラインを介して預かっていた男児にわいせつな行為をした疑いで、2020年4月に再逮捕されています。この間、半年程度ありましたが、キッズラインの選考プロセスなどはむしろ簡略化していました。

5月にキッズラインの社名が報道されて初めて、公式サイトに「お知らせ」が掲載されました。しかし、わいせつ事案であったことは書かれておらず、メールなどによる全利用者への連絡もされていませんでした(※6月18日に実施)

その後、同社に登録していた別のシッターBによる、預かり中のわいせつ行為があったこともわかりました(※Bは強制わいせつの疑いで6月12日に逮捕)

もっと早く事件を公表し、別の被害の可能性がある家庭へのケアと対策をしていれば、新たな事件は起きなかったかもしれませんし、これほどまでに運営会社が非難されなかったと思います。

寺町東子 容疑者が預かっていた別のお子さんも被害に遭っている可能性があるので、少なくとも過去に接触があった家庭には、早い段階で連絡をすべきですね。警察と連携し、子どもに対しては司法面接など、慎重な聞き取りをする必要があります。

専門職の矜持を汚された

山本慎介  4月24日にAの逮捕の報道があった時には、保育業界でも容疑者本人を責める声が多くありました。犯罪行為そのものや個人の資質を問う声、保育士の資格を利用して犯罪行為がおこなわれたことで、専門職としての矜持を汚されたような憤りもありました。

残念ながら保育の現場での性犯罪は繰り返し起きているので、それに対して大手プラットフォームがどんな対応をするのか、同業者として注目していました。

その対応によって我々(男性保育者)が積み上げてきた信頼を少しでも回復させることができるのか、業界全体の今後の対策のヒントになりうるか。期待していたところに、男性シッターを一律に停止するという対応だったのは、がっかりしました。半年の間に、もっとできることはあったのではないかと。

寺町 保育園やベビーシッターなど子どもの預かり中で、強制わいせつが絡んでいると報道されている事件だけでも、ここ数年でこれだけあるんです(記事末尾参照)

多くに共通する特徴の一つとして、保育者1人と子どもだけ、つまり保育中にほかの大人の目がない「密室」がつくられていたということがあります。

親でさえハイリスクな「密室育児」

寺町 保育施設には「常時、保育に従事する者が複数配置されるものであること」という、厚生労働省の基準ががあります。

預かる子どもの人数がどんなに少なくても守らなければならない基準なので、現場からは不評だったりもするのですが、この基準ができたのは、2000年に神奈川県大和市の認可外託児施設で、女性園長が複数の子どもに虐待を繰り返し、2人を死亡させた事件がきっかけでした。

2002年には香川県高松市の認可外の幼児園でも、女性園長が園児に暴行して死亡させ、殺人罪に問われました。

いずれも、園長がひとりで長時間にわたって子どもを見ていたケースです。密室というのは非常にリスクが高いということで、常に複数配置する基準が認可外保育施設にもできたのです。

親であっても、子どもと2人きりで長い時間を過ごしていたら虐待のリスクは高まるわけで、ましてや他人の子どもですから、ハイリスクになるのは当然です。子どもと大人が密室にいるという構造的な問題があると思います。

私は基本的に、密室リスクはすごく大きいと思っているので、ベビーシッター制度には懐疑的です。原則は集団保育のほうが安全性を担保できると考えています。

在宅勤務の隣の部屋で

中野 シッターBが女の子を預かり中にわいせつ行為をしたとされるとき、母親は在宅勤務をしていたんです。母親などによると、外遊びに行った公園のトイレや、母親がテレビ会議をしている隣の部屋で、わいせつ行為があったといいます。

私がいま暮らしているシンガポールでは、住み込みのメイドさんを雇うことができますが、必ず祖父母の目のあるところで見てもらって子どもと二人きりにはしないという親もいます。

ただそうすると、もともと育児リソースがないから子どもの世話を頼みたいのに、育児リソースがない人ほど頼めないということになってしまいます。すると、そもそもシッターという仕組み自体が難しいという話になってしまうのでしょうか......。

山本 密室リスクでいうと、家庭福祉員(保育ママ)も同じことがいえますね。行政の制度でやっていますが、事件や事故のリスクは高いです。

寺町 家庭福祉員に預けられている人数のわりに、死亡しているケースの発生率が高いですね。

中野 ファミサポ(ファミリー・サポート事業)での事件や事故もあります。これは行政によるベビーシッターのマッチングともいえますが、国や自治体の責任はどうなのかということも問われますね。

2019年10月からの幼保無償化は、自治体に認定されたベビーシッターも対象になりました。キッズラインは公式サイトやツイッターで、無償化の対象になることを宣伝してきました。

トップページでは「内閣府 / 東京都 認定 割引対象」とうたってあり、内閣府のベビーシッター割引券や東京都のベビーシッター利用支援事業の対象にもなっています。つまり利用者からしたら、国や都の「お墨付き」があるようにも見えるわけです。

そして、国や自治体の補助というのは、利用者がベビーシッターを利用しやすくなるだけでなく、国や自治体がちゃんと子育て世帯に配慮しているというアピールにもなるわけです。

しかし、そもそも待機児童を根本的に解消せずに、質の担保の不確かなシッターでお茶を濁そうというのは、行政のほうもお金を使うところがズレています。

「お墨付き」と公共性

山本 幼児教育の無償化は長年の取り組みが実ったものでありがたいですが、保育の領域まで無償化の対象になったことについては、保育事業者として否定的に見ています。

無償化の対象が、認可外保育施設やベビーシッター、類似施設などにも広がったため、保育の質が問われていないのではないかというのは怖いところではありました。

とにかく安く使えるから、どんな施設でもどんどん使ってほしいというメッセージでは、事件や事故のリスクを伝えきれない恐れもあります。

補助金など公金を使えるサービスには、高い公共性や社会性が求められるはずです。キッズラインも単なる民間のプラットフォームではなく、公共性のある立場としての責任が問われなければなりません。

適性がなくても雇わざるをえない

寺町 保育の質は、保育者の質と、保育者と子どもの比率で決まります。

認可保育所の運営費のうち人件費は7割で積算されているのに、毎日新聞が都内の私立保育所の財務状況を調査した結果、株式会社では軒並み40%台でした。社会福祉法人の多くは70%程度ですが、規制緩和でほかの事業費に流用できるようになったため、経営者の考え次第で、人件費が低く抑えられているところもあります。

また、認可保育所の保育士配置基準は、保育士が原則2人以上いることに加え、0歳児なら1:3(保育士:子ども)、1〜2歳児なら1:6など年齢に応じて定められています。3歳児は1:20、4歳児以上は1:30ですから、これを大幅に改善しないと、丁寧な保育もできませんし、保育士のやりがい低下にもつながりかねません。

一方で、事件が相次いで明るみになっている背景には、保育士の配置基準を満たすために、適性に欠けるとわかっている人でも、資格がある人であれば雇わざるをえないという園が増えているという事情も考えられます。

給料が安いから、ベテランになるとやめていく。保育士が不足するとハードルを下げて雇わざるをえない。そうすると、子どもとの接触を狙って参入してくる人を排除できなくなってしまう可能性があります。

業界が自ら質を問う必要性

山本 私は東京都の特別区で私立認可保育所を運営していますが、国や自治体からの補助金は十分ではないものの増え続けてはいるので、職員の労働条件も年々改善されており、事業運営は安定しています。

配置基準の見直しなどは、人件費の増加や求人難を理由に業界からの反発もあり、行政が動きにくい事情もあるように感じます。行政施策への不満だけでなく、業界全体が自らの質を問う必要があると感じます。

寺町 根本的には、保育士の仕事で飯を食っていけるよう、給料がちゃんとついてきて社会的にも尊敬される仕事にしない限り、質の高い人材は集まりません。いい人材に入ってもらわないと持続可能性もありません。

新型コロナウイルスの感染拡大によって、ケア労働を含む、エッセンシャルワーカー(生活を営む上で欠かせない職業の人)と呼ばれる人たちが社会を支えていることを、多くの人が実感しました。そこを再評価し、対価もしっかりつけていく仕組みが必要です。

中野 逮捕されたシッターのAとBはともに保育士資格を持っていましたね。

山本 保育士資格は取得のハードルが低いのも事実ですし、資格を持っているというだけでスキルも経験もない保育士がこうしたプラットフォームなどに流れ、そちらがある種カオスの状態になっていることも大きな問題であると思います。

ドライブレコーダーの導入を

寺町 最も大事なのは、システマティックな対策です。

私が安全管理に関与している保育施設はドライブレコーダーを導入し、「ヒヤリハット」に使っています。子どもがケガをしそうになった場面があったら、後で録画を確認して、環境改善につなげたり、保育士の動きを変えたりします。

一時期、保護者サービスのためにウェブカメラで保育中の様子を見られるという園がもてはやされましたが、必要なのはウェブカメラではなく、ドライブレコーダーです。ウェブカメラのように常に「監視」されているわけではなく、何かあったときに状況を確認するための録画です。事故防止に積極的な施設ほど導入し、活用しています。

子どもの命がかかっていますから「カメラで監視されると職員のモチベーションが下がる」というようなレベルの低い話ではないのです。

子どもを守るために必要なシステムをつくっていくという視点が、日本では圧倒的に足りていません。ドライブレコーダー、DBS(Disclosure&Barring Service)、施設保育の充実、働き方改革......さまざまな施策をセットにして、子どもを「密室」で他人に預けないで済むような方法を、総合的に考える必要があります。

起こりうる最悪のことを想定して

山本 「密室」をつくらないようにするのは、男性保育者や性犯罪に限らず、閉鎖的と言われている保育環境の全体的な改善につながる取り組みです。

キッズラインの件は、男性シッターの排除ということで注目されましたが、保育士の問題、施設の問題、事業の問題など、さまざまな視点で保育現場の課題解決ができるように考えていきたいです。

我々の最終的な目標は、いい意味でも悪い意味でも、男性保育者というカテゴリーで見られないようにしていくことです。

実際に被害に遭った子どもがいるということを考えれば、性別がクローズアップされがちな状況であることは理解できます。男性保育者としてこの問題を当事者として振り返り、とらえていくことが大事だと考えます。

中野 親の立場でいうと、利用者が責められるべきではないですし、子どもを他人に預けるのは怖いという方向には進んでほしくはありません。都市部では待機児童が多く、保育園に預けられない、保育園を選べない、勤務や通勤の時間が長いなど、多様な保育サービスを利用せざるをえない事情もあります。

だけど、いろいろなことが起こりうるということは知識として持っておく必要はあると思います。

本来なら事業者が情報公開すべきですが、過去にトラブルや保育事故があったとしても、現状では調べなければ教えてもらえないことも多いです。

ネットで手軽にマッチングできても、評価システムは信頼できるとは限らない。シッターと会ったときに悪い印象や予感があったら、それを信じてみることも大事かもしれません。

メイドさんを雇うことが定着しているシンガポールでは、数時間の掃除を頼む場合でも、たまに「今日は早く帰ってきちゃった!」「忘れ物した~」といって突然戻ってみるといい、とアドバイスされます。はじめは性悪説で嫌だなと感じたのですが、「この家庭はイレギュラーなことをするから変なことができない」と思わせることが、悪事をはたらく抑止力になるという話です。

新型コロナウイルスの影響で働き方が変わっていく中で、たとえば0~1歳くらいの赤ちゃんなら、在宅勤務をしている親が見える範囲で、シッターさんに相手をしてもらう。子どもが複数いる家庭では、虐待防止の観点からも公的補助がある形で、シッターさんに手伝ってもらいながら面倒を見る。そんな利用の仕方もできますから、引き続きシッターは選択肢としてあってもいいのではとも思います。

親としても起こりうる最悪のことを想定して、預けるうえでできる限りのことはしたいですね。

前回の記事「すべての男性シッターを排除するのが最善の対策なのか


<キッズラインを介したシッターによるわいせつ行為の経緯と報道>

20197月 男性保育士Aがキッズラインに登録。

2019年11月14日 Aが、キッズラインを介して預かった5歳の男児の下半身を触った疑い(逮捕の報道は2020年4月)。

2019年11月中旬 「警察より当該サポーターに対しての捜査開始の連絡を受けたため」(キッズラインのお知らせより)、キッズラインがAの活動を停止。

2020年4月24日 11月14日の件で、強制わいせつの疑いでAを再逮捕との報道。キッズラインの社名は伏せてあった。

5月3日 AERA.dotが社名を表記して記事を配信。キッズラインがサイト上に「一部報道に関する報告と弊社の対策について」としてお知らせを掲載。

6月4日 中野さんが記事「シッターが預かり中の『わいせつ容疑で逮捕』の衝撃、キッズラインの説明責任を問う」をBusiness Insiderに掲載。

6月4日 キッズラインがサイト上で「男性シッターのサポートの一時停止」を発表

6月10日 Aが2019年9月と11月、キッズラインを介して預かった別の未就学の男児にわいせつ行為をしたとして、強制性交等や強制わいせつの疑いなどで再逮捕される。

6月10日 中野さんが記事「キッズライン、別のシッターによる性被害の証言」をBusiness Insiderに掲載。

6月12日 キッズラインに登録していた男性保育士Bが5月ごろ、預かった5歳の女児の体を触るなどしたとして、強制わいせつの疑いで逮捕される。

※シッターAは2020年1月以降、ボランティアスタッフとして参加したキャンプ中に小学生の男子に性的暴行をしたとして複数回、強制性交等の疑いで逮捕されている(一部は強制性交等罪などで起訴)。


<預かり中に起きた保育者によるわいせつ事件(主な報道より)>

2014年3月 埼玉県富士見市で、ベビーシッターの男が2歳の男児にわいせつ行為をした後に殺害した。複数の乳幼児への強制わいせつや児童ポルノ禁止法違反の罪でも起訴。

2015年12月 神奈川県平塚市の認可外保育施設で、保育士の男が生後4カ月の男児の頭部に暴行して死亡させた。以前に勤務していた保育所で女児9人の服を脱がせて動画を撮影した児童ポルノ禁止法違反の罪でも起訴。

2017年2月 キャンプ中などに男児にわいせつ行為をして撮影し、画像を交換していた元添乗員ら6人のグループが児童ポルノ禁止法違反の疑いで逮捕、起訴され、所持品から男児168人分の画像や動画が確認された。

2018年8月 大阪府八尾市の認定こども園で、園長の息子が園児2人の体を触ったなどとして強制わいせつの罪で起訴された。息子は否認。複数の園児へのわいせつ行為を目撃したなどで保育士が一斉退職・休園となった。

2018年9月 岐阜県多治見市の市立保育園で7月、昼寝中の5歳の女児の手をつかんで自分の下腹部を触らせたとして、保育士の男を強制わいせつの罪で起訴。