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なぜ開票していないのに「当選確実」なの? 選挙の達人に聞いてみた

「票読み」に魅せられて30年。1秒でも早く“結果”を報道する秘伝の手法とは

選挙の開票当日。午後8時になったと同時に、「○○党 単独過半数へ」などとニュース速報が流れ、「○○党 名前○○ ○○区 当選確実」といったテロップが相次ぐのを、不思議に思ったことはないだろうか。

ついさっき投票したばかりなのに。まだ開票されていないのに?

午後8時は、全国で投票が締め切られる時間だ。もう選挙結果に影響を与えることはないことから、メディア各社は一斉に、独自の取材や調査、分析に基づいた結果の見通しや「当選確実」(以下、「当確」)となった候補者名を伝え始める。

「票読み」と呼ばれるその独自の分析によって、当確だと判定できるのはなぜなのか。手法は「秘伝」であり、記者たちの間でさえ謎に包まれている。

BuzzFeed Newsは、朝日新聞東京本社の政治部や選挙本部で多くの選挙取材を経験してきた、票読み歴30年の南雲隆さん(現ジャーナリスト学校事務局長)に「票読み」の極意を聞いた。

開票中は「バードウォッチング」

ーー何のために「票読み」をするんですか?

各党や各陣営による「票読み」は、どの地域でどのくらいの票がすでに固まっているのかを分析し、この地域は弱いからテコ入れをしよう、などと選挙運動の戦略にすることが目的です。

一方、報道機関の「票読み」は、選挙結果をいち早く把握して世の中に伝えることが目的です。

ーーえっと、新聞って翌朝に配達されますよね。確定してからじゃダメなんですか?

配達する地域によって締切時間が数段階に分かれています。開票が終わって各候補の得票数が確定するまで待っていたら、翌日の朝刊に間に合いません。

遠い地域にトラックで輸送する紙面にも、なるべく多くの当確情報を入れたい。また「政権交代へ」や「○○党単独過半数へ」などといった結果の見通しも、根拠がなければ記事や見出しにすることはできません。そこで全国の取材網から寄せられる「票読み」の結果から判断して、紙面を作り始めます。

系列のテレビ局と情報を共有しますから、テレビでも当確が流れます。最近は自社のサイトでも当確を速報しています。

ーーどんな取材や調査をするんですか?

私が駆け出し記者だった頃は、それぞれの陣営や選挙区に「票読み」に長けた名人がいたんです。ベテランの秘書だったり地元の議員だったり。記者は陣営を回って彼らと信頼関係を築き、市区町村別にまとめた票数を聞いたり一覧表をもらったりして、それが結構、当たっていました。

今はいわゆる「無党派層」、支持政党がない人や投票態度を明らかにしない人が増えていますから、地域の名人でも読める票が少なくなってきました。

その代わり、調査方法が進化し、過去のデータが蓄積してきているので、最近は「データ選挙」になっているといえます。

調査の方法は、電話世論調査がもとになる「情勢調査」、投票所の前に調査員が立ち、出てきた人を呼び止めて投票した候補者や政党を聞く「出口調査」があります。

出口調査は投票日当日だけでなく期日前投票でもやっていますが、投票所の場所や曜日などによって回答にバイアスがかかるので、取材による情報を加味してデータを補正します。

ーー新人記者だった頃、開票所になっていた体育館の2階から双眼鏡で、卓球台にバラまかれた投票用紙を必死に数えたことがあります。あのバードウォッチングみたいなのは一体......

それは開披台調査ですね。出口調査で当確と判定できるほど差が開かなかった場合、やることがあります。

各開票所で開票が始まると、投票箱から開披台に投票用紙が拡げられます。仕分けをする職員の手元を双眼鏡でのぞいて、用紙に書かれた候補の名前を数えていく作業です。選挙管理委員会(以下、選管)が中間発表をする前に、どの候補がリードしているか予測できます。

ーーかなり人手と時間がかかっているようですが、例えば衆院選だとどのくらいお金がかかるんでしょう?

選挙の規模にもよりますが、億単位ではありますね。

ーーお、億単位......。

そこまでしてやるのも、選挙の結果をいち早く伝えるためです。もちろん他社との競争という面もありますが、本質的には、選挙結果がこの先の国の進路を決めるということに注目しています。

現政権なのか、現首相ではない政権なのか、はたまた野党が政権を奪うのか。どんな舵取りになるかによって若い人たちの将来が決まるので、いち早く方向性を見極めて、報道するのです。

ーー結果を早く伝えることが、日本の進路に影響を及ぼすのでしょうか。

報道機関にできることは結果を伝えることまでで、その先は読者が考えること。いえ、読者に考えてもらわないと困ります。朝日新聞の言う通りになったからといって幸せな世の中になるとは限りませんから。考えてもらうための情報をできるだけ早く提供するということです。

午後8時「当確」の謎

ーー午後8時ちょうどの当確はなぜ判定できるんですか?

出口調査の結果で判定します。根拠もないのに当を打って(=当確だと判定して)しまって「実際は当選しませんでした」と間違えるわけにはいかないので、「根拠がある」といえる票数を積み上げることが重要です。

出口調査で「次点との差がこれくらい開いていたら間違いなくひっくり返らないだろう」という候補者に当を打つわけですが、ここで言うところの「これくらい」は、それぞれの社によっても選挙によっても選挙区によっても違う、個別の分析によるものです。

さらに「これくらい」には変動要素があります。例えば、投票率。50%なら「これくらい」の差でよくても、5%上がると無党派層に強い野党Bさんが票を得るから、与党Aさんは「プラスこれくらい」の差がないと勝てないかもしれない。

また、情勢調査の後、投票日直前に一波乱あって野党に追い風が吹いたら、与党Aさんにはさらに「プラスこれくらい」の差が必要かもしれません。

今回のように、議員定数の削減や選挙区の区割変更といった制度上の変動要素もあります。

ですから状況に応じて「これくらい」を補正していく必要があります。

ーーつまり、その「これくらい」にどの変動要素をどれくらい加味して補正するか、さじ加減はケースバイケース、ざっくり言うと人間の判断だということで......

こうした微妙な補正は「票読み」をする人の経験値や取材力、判断力によります。票だけでなく「風を読む」ことも大切なんですね。その地域に暮らしている記者の肌感覚も参考になります。

朝日新聞の場合は、各選挙区ごとの担当記者が取材と分析を重ね、事前に「シナリオ」を作っておきます。市区町村別、候補者別に予想した票をあてはめておくのです。

そして投票率が5%上がったらこう、5%下がったらこうなるとか、ある程度のパターンをシミュレーションしておきます。たいてい、その通りにはならないんですけど。

「風」を読む

ーー事前準備っていつからやっているんですか?

今回のように衆議院が解散すると、だいたいこの人たちが立候補するだろうという予想の顔ぶれをもとに、前回投票率や得票率を参考にして「頭の準備体操」をしておきます。

公示すると顔ぶれが決まるので、それまで混沌としていた予想が、情勢調査、期日前出口調査などのデータで裏付けられます。シナリオをつくり、読みが甘ければ補正します。

候補者の街頭演説を聴きに行ったり、投票日前日の「最後の訴え」を終えた後の選挙事務所の様子を見に行ったりして、その雰囲気で「風」を読みます。最後は出口調査の結果を見るので、開票ギリギリまで補正していますね。

ーーそれで午後8時に当確を判定できたらどんな気持ちですか?

やっぱり興奮しますね。ジグソーパズルを完成させるみたいにコツコツと票を固めてきたわけですから、いち早く判定できた瞬間は、達成感があってアドレナリンが出まくります。はまると結構、おもしろいですよ。私が直接関わった選挙で当確を外したことはないですね。某テレビ局を終始リードしたこともありました。

午後8時に当を打てると担当者は肩の荷が下りますが、そうでなかった場合、シナリオは開票中の「票読み」に移ります。何時にどの開票所で開票が始まるからそこで開披台調査をしよう。それでダメなら選管の中間発表を待とう。そこでどのくらいの差がつけば......といち早く当を打つための緊張感が続きます。

その間に他社に先行されると、総局は沈鬱な空気になり、担当者はよりプレッシャーを感じることになります。

正確に、なおかつ早く。これがモットーです。

ーー票読みの達人たちが、後輩記者から「人間国宝」「生き神様」などと呼ばれている理由がわかりました。ところで南雲さんは、なぜ票読みにはまっているのですか?

新聞記者になると選挙に関わらないわけにはいかないので、誰もが経験します。選挙取材イコール票読みといえます。

私が最初に取材した国政選挙は、1989年の参院選でした。リクルート事件、消費税導入、首相のスキャンダルなどが争点となったすごい選挙でした。自民党がボロボロになって社会党が躍進し、土井たか子党首が「山が動いた」という名言を残したとき、「すげーことが起きるんだな」と感じましたね。

その後、自民党の金丸信・元副総裁の地元である山梨に異動し、1990年の衆院選を取材しました。のちに金丸氏が東京佐川急便の元社長から5億円の献金を受けたことが発覚し、自民党は分裂。55年体制が崩壊し、細川連立政権が誕生した激動の時代でしたね。私は政治部に異動して細川さんの総理番になり、永田町から選挙を見るようになりました。

そして東京本社選挙本部で、まさに「至宝」といえる票読みの達人、峰久和哲編集委員に門前の小僧のようについて、一通り教わりました。

ーーということは、政局の取材もしたものの、有権者の行動のほうに関心があるんですね。

選挙結果によって日本の進路が大きく変わる様子を見てきたからでしょうね。当選した人が法律を決めたり税金を決めたり社会保障を決めたりするので、遠い世界の話ではなく、自分の将来の安全を決める機会なんです。せっかくある1票を、自分がどういう世界に行きたいのかと考えて投票所に足を運ぶ。その行動に意味があると考えています。

まつりにおける伝統芸能

ーーインターネットの時代に、票読みの確実性や速報性はもっと求められていくのでしょうか。

少しでも早く伝えるために七転八倒していますが、電子投票になってしまえば一瞬で投票結果がわかることになります。

ーーあっ......!

ボタンひとつで投票でき、結果がわかるのは便利ですが、手間暇かけて情報を伝える姿勢は、真剣に選挙について考えてもらう機会につながるのではと思っています。

ーー若手記者にはその意義をどう伝えているのでしょう。業務効率化の流れの中で、手間暇かける目的が「いち早く伝えるため」というのでは......

いまジャーナリスト学校の事務局長をしており、若手記者が参加する研修では、選挙取材について「なぜ1分1秒を争って伝えなければいけないのか」という質問もあります。

繰り返しになりますが、選挙の結果はこの国の進路を決めます。その結果は、ただ待っていては読者に届けることができません。

票読みは「伝統芸能」みたいなものですから、長年の経験に基づいたノウハウ、莫大なコストをかけて蓄積したデータを、先輩から後輩に伝えていく必要があります。

合理化・省力化できるところはしていきます。それでも、現場に足を運ばなければわからないこともあるのです。

政治は政=まつりごと、国政選挙は国をあげてのお祭りのようなものです。記者に限らず、どの候補がどれだけ得票しそうか、各党はどうなりそうか、周りの人たちの考えを聞いて自分なりに「マイ票読み」をしてみるのも、おもしろいのではないでしょうか。

ーーところで、投開票日はどう過ごしているのですか? 験担ぎでカツ丼とか食べます? 当確がどんどん出る時間帯ってトイレ行けますか?

前日までにシナリオは準備できているので、日曜日は普段どおりに過ごしていますね。朝から投票に行って、昼間はゆっくりして、夕方に出社。出口調査の結果を見たら最後の仕上げに入ります。

その時間帯からは、編集局の真ん中にたくさんの記者が集まってきて、それこそお祭りみたいになりますね。昔は会社が弁当を用意してくれたけど、最近はないので社内のローソンで夜食を買っていきます。比例の結果もあるので明け方までワイワイやって、仮眠をして、月曜の朝からまた編集作業ですね。

今年、私は担当ではないのですが、いちばんの奥義は、選挙期間中は寝不足になりがちなので睡眠をしっかり確保すること。体力勝負です。

ーーなるほど、ありがとうございます。本日午後8時が楽しみです!


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