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保育士がやめる2つの理由 離職を食いとめようと、ある父親が考えたこと

離職のサインを見逃さない!

保育士はなぜ、やめるのか。

2015年の厚生労働省「保育士等における現状」によると、保育士の離職率は10.3%。公立保育園より、社会福祉法人などが運営する私立保育園での離職率が高い。資格があるのに保育士として働いていない「潜在保育士」は70万人以上いるとされる。

保育士がやめる理由としては、給料の低さや業務負担に加え、複雑な事情が絡み合っている。「あの先生はなぜやめたのか」がはっきりしないまま、子どもたちのもとを去っていく。

保育士の離職を食い止めたい。その一心で、あるサービスを開発した男性がいる。しかも、使うのはスマートフォンひとつだけーー。

どんなサービスなのか。

リクルート・マーケティング・パーナーズの事業開発部グループマネジャー、森脇潤一さん(37)が開発したのは、保育者のコンディションを診断するサービス「キッズリー保育者ケア」だ。

保育士はスマホやPCから、約50の質問に答える。「子どもの成長を身近に感じられる」→「とてもそう思う」「そう思う」「どちらともいえない」など5択の形式になっている。回答はレポートに自動的にまとめられ、「仕事に対するモチベーション」と「職場の働きやすさ」の2つの指標がそれぞれ5段階で評価される。

2つの指標の総合点で、「仕事も職場も充実」「仕事は満足、職場の働きやすさは注意」など、保育士のコンディションはざっくり6タイプに分けられる。

「事前調査により、離職か勤続かを大きく左右するのはこの2つの指標であることがわかりました。どちらが欠けても、離職する傾向は高くなります。さらに、そうなっている背景も因子分解できるようにしました」(森脇さん)

面談のやり方も教えます

「仕事に対するモチベーション」が低いという結果が出ると、その背景にあるのは、保護者との関係がうまく築けなかったり、保育者として自信がなかったりすることではないか、という要因も同時にあぶりだされる。

園長ら上司は、このレポートをもとに保育士と面談する。面談で話すべきポイントをタイプ別にまとめた「面談の手引き」も、このサービスのセットになっている。園長がゼロから保育士の悩みを聞き取らなくても、「100点ではないにしても80点くらい」(森脇さん)のアドバイスをすることができる。

例えば、2つの指標とも結果が悪く、「仕事も職場もとても注意」となった保育士、つまりもっとも離職リスクが高いタイプの保育士には、このようにフォローのポイントが整理されている。

とても注意が必要な水準です。

まわりに相談できないままに、悩んでいる可能性もあります。まずは、今の気持ちを丁寧に聞くところから始めてみましょう。聞いてくれる相手の存在があるだけで、気持ちが落ち着くということもあります。その上で、一歩一歩何を変えていけるか(自分自身も園としても)を相談しながら決めていきましょう。

保育園ならではの感覚

ところで、このサービスに目新しさを感じない人もいるかもしれない。評価シートや面談、ストレスチェックなど、従業員が自身の健康状態やストレスを定期的にチェックする機会をもうけている企業にとっては、ごく普通のことだからだ。

しかし、保育の現場ではこれまで、体系的なマネジメントがされてこなかった。一般企業では四半期に一度あるような面談はなく、年に一度、園長とおしゃべりするだけの「面談」だったり。中長期的な目標を設定する機会はなく、年間行事として決められた運動会や卒園式をそつなくこなすことがなんとなく「目標」になっていたり。

東京都内で働く現役保育士の女性(26)は「キャリアアップするといった感覚すらありません」と話す。

「保育士のキャリアを判断する基準は、経験の長さと、乳児から幼児まで幅広い年齢の子どもをみた経験があるかどうか。キャリアというより、場数ですね。どのように自分が成長するかなんて考えたこともなかったし、指導してくれる園長は少ないのではないでしょうか」

保育士として経験を積んで園長になった人はマネジメント経験が浅く、保育士経験がない法人経営者の園長は保育の専門的なアドバイスはできない。保育士は子どもと向き合う日々に精いっぱいで、長期的な視点をもちづらいーー。

森脇さんは開発にあたって保育園や法人本部でヒアリングを重ね、現場の実態を目にしてきた。

「園側が、保育士に何をしてあげればいいのかわかっていないケースが多い。まず、診断によって保育士の状態を見える化する。面談のやり方がわからない、という声もあったので、診断後までフォローする仕組みにしました」

園ごとに課題をあぶり出す

レポートは個人別のほか、園別にもまとまる。複数の保育園を経営する法人の場合、離職者の多い園と離職者の少ない園のデータを比べることができる。

こんな事例がある。離職者が多いA園について、本部は「仕事の負担感」が大きいからではないか、業務を減らせば解決するはずだ、と考えていた。ところが診断結果では、離職者が少ないB園でも「仕事の負担感」は大きいことがわかった。A園の離職の要因は別にあるはずで、対策を変えたほうがいい、となった。

こうした効果を期待する半面、一つだけ心配がある、と森脇さんは強い口調で語る。

「保育士の評価には絶対に使わないでほしいのです。コンディションが悪い人を守るためのシステムなのに、評価が下がるかもしれないという不安が少しでも生まれると、真実を入力してもらえなくなります。本来の目的と変わってくるので、評価に使おうという意図がある園には販売しません」

「保育者ケア」は今年4月にリリースし、導入する園は増えつつある。年間利用料は1園につき21万6000円。

「園長と保育士のコミュニケーションを深める手段にしてほしい。保育者ケアが面談の代わりになるのではなく、より質の高い面談をするためのツールにすぎません」

「保育者ケア」の前に生まれたサービス「キッズリー」も同じ狙いだ。「出欠・お迎え管理」や「連絡帳」「園からの一斉送信」などの機能が手元のPCやスマホで使えるものだ。保育園と保護者のコミュニケーションを深めたい、と森脇さんが2016年3月に開発した。同社の新規事業提案制度で2014年度にグランプリをとり、実現したのだ。

「保護者と保育者が幸せに子育てできる環境をつくることで、子どもたちに幸せにすくすく育ってもらいたい。これらのサービス共通のミッションです」

今は5カ月の男の子の父親だが、当時は子育てや保育とは縁遠かったという森脇さん。

開発のきっかけは1冊のノートだった。

「僕の知人で、小さなお子さんがいる女性が病気で亡くなったんです。死後しばらくして、彼女がお子さんの状態を細かく記録した日記を、夫である男性が見つけました。僕は電話で男性からそのことを聞いたんですが、泣きながらめちゃくちゃ悔いていました。子どもの日常や妻の気持ちをまったく知らなかった、もっとコミュニケーションを取っていればよかった、と」

子どもの情報をみんなで持ち合える状態にすることは、社会的な価値が高いのではないか。デジタルだと一瞬で関係者に届けられるのではないか。そう考えて保育園の連絡帳にたどり着き、「キッズリー」が生まれた。その営業で保育園とやりとりするうちに、保育士の採用、定着、離職の課題をほぼ100%の園が抱えていると知り、「保育者ケア」の開発につながった。

「僕自身にも子どもが生まれ、自分の子どもを預けたい保育園ってどんな環境か、潜在保育士を生み出さない保育業界にするにはどうしたらいいのか......と、より熱が入ります。だって、子どもめっちゃかわいいじゃないですか! 子どもが幸せになるために何を改善すればいいか。保育者ケアはまだどこにもないサービスなので、使命感に燃えますね」

今後は、データを活用して保育業界に還元する取り組みも模索しているという。